剣士汁でまくりやねん。

剣士汁でまくりやねん。

<15.変わらない想い>


アークは、名古屋の国立病院に池原都樹という名前で入院していると言っていた。
ここは東京だ。
名古屋までは新幹線で約2時間かかる。

二階からバタバタと階段を降りる音がして、一階の台所にいたオカアサンが、私
が形相を変え、外に飛びだす姿を見た。

綾香!

私は、家を出ると、静止するオカアサンの声を振り払って、駅に向かった。

ずっと、パソコンの前に座っていたらしいが、思ったより走れる。
頭がはっきりしてる。

あなたのもとに行きたいの。


駅に着くと、名古屋行きの新幹線に乗りこんだ。

どうか、間に合って。
名古屋に着き、私は適当にタクシーを拾うと国立病院までお願いした。

「急いで下さい!」

タクシーを降り、受付で池原さんが入院している部屋を聞くと、202号室だと教え
てくれた。私は待合室を抜け、エレベーターで二階に上がった。202号室は、意外
とすぐ見つかった。

ここだ。
アークは私だってわかる?
今まで一回も会った事ないのに。
勢いで、出てきてしまった。髪はぐしゃぐしゃだし、服もジャージだし。

ここまで来たら行くしかない!
私は覚悟を決め、202号室のドアを開いた。

ガラリ

狭い個室。
机の上には枯れた花と、開いたままのノートパソコンがある。アークのパソコン
にも、アヤカとアークが大きな木の下で並んでいるシーンが映し出されていた。
そこには、ベッドに横になり複数の点滴に繋がれた、アーク―池原都樹がいた。


アークは眠っていた。痩せた顔。
抗がん剤で抜けてしまったスキンヘッドの頭。
口の下にあるホクロ。
この人が、アーク。
会いたかった、会いたかった。

思わず涙がこぼれる。
だけど、感傷にふけっている暇はなかった。
医者が、心臓マッサージをしている。
看護師が慌ただしくしている。アークは眠ったままだ。


俺、もうすぐ死ぬんだ。


アークが打った文字が蘇った。

しばらくして、医者の心臓マッサージのかいあって、アークは息を吹き返した。

「都樹君!!」

アークはぼんやりした目をしていて、その目は宙をさ迷った。
そして、私と目があった。

アヤカ

そう、唇が動いた気がした。
アークはすぐにまた意識を失った。
アークの顔に白い布がかけられるまで、私は動けなかった。

名前を呼んだの?アヤカって。
一気に溢れた涙は、留まる事を知らない。
私はアークにすがって泣きじゃくった。



私はどうやって東京まで帰ったか覚えていない。気付いたら、オカアサンの顔が
ドアップにあって、それはみるみる泣き顔にそまっていく。

心配したのよ

オカアサンはそう言うと私を抱き締めた。

オカアサンも、泣くんだ。私はぼんやりした頭でそう思った。



何日かして、ノートパソコンを開き、ゲームに接続した。
いつものログイン画面に、IDとパスワードを入力する。
ああ、私が愛した変わらない世界がここにある。

だけど、ここにはもう、私の一番会いたい人がいない。

本当に?
もういないの?

あなたはどこにも。
いくら名前を呼んでも、もう。

消えてゆく。
消えてゆく。
手を伸ばし、やっと届きかけた指先。

いつもこの距離だ。

痛む傷さえ忘れてしまうほど、あなたの笑顔を追いかけて追いかけて、こわくな
かったのに。

「アーク」

呟いた。
分かってる。
アークはもうゲームにインしたりしない。

私の嗚咽があたりに反響して消える。残酷に夜は明けていく。


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