翔琉が駆ける!!

翔琉が駆ける!!

指導者との出会い



そんな長距離出身じゃない指導者の下での競技人生で一人の熱意ある先生がいた。中学1年生の時の出会いである。日体大出身の女性の先生で、多分やり投げの出身だと思う。年齢も25歳前後だから新採用で赴任してきたんだろう・・・。指導することにやりがいを感じているのか、朝練でも顔を出し精力的に声を上げ、大会では一人ひとりに手紙を渡して自己暗示をかけている。その細かさには恐れ入った感じだ。駅伝では1年生の自分をアンカーに抜擢してくれたが、期待に応えられずに3人に抜かれてしまってがっかりさせてしまった。後になって聞いてみたら、県大会を狙っていたなんて・・・(悲)当時の翔琉はそこまで考える余裕がなかったのだ。抜かれなくても県大会は行けなかったのだろうが、上級生たちには最後の駅伝だったので、半ば諦め気味で走っていた自分に後悔している。

彼女は当時、アルトという軽カーに乗っていて、そんな車に6,7人乗せて試走に行くという無謀な先生だったけど、部員が先生を慕うのだから何か魅力というか引きつける何かがあったのだろう。結局、一年間で地元の会津若松市に転勤となる。その後の翔琉は、県大会に行くには到底無理な記録で中学校を卒業することになった。

中学校・高校は指導者の熱意で生徒の潜在能力を充分に引き出せる大事な時期である。一人ひとりに目標を持たせてやれば絶対に記録が伸びる年齢だったのに、たったの一年間でお別れとなった事を今でも残念に思う。その後の指導者は、部活に顔も出さなくて、次第にやる気が失せていってしまったのは言うまでもない。そのおかげかどうか分からないが、一人で時計を見ながら走れる技術を身につけた。その時から翔琉の「一匹狼」伝説が始まったのだ・・・。

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