悠太郎(☆KALEIDOSCOPE☆)

悠太郎(☆KALEIDOSCOPE☆)

Gooood morming Vietnam!(1)



 1月7日から15日までベトナムに滞在しました。
 今回はトレッキング、ダイビング、街歩きと、山あり海あり列車移動あり
の盛り沢山の旅でした。少しずつ旅行記を書こうと思っています。

 とりあえず、日程を書いておきます。

1月7日
 12:30 ハノイ着、空港から駅へ、夜の寝台車予約、11日のニャチャン行き
    寝台車の予約。民族学博物館見学。
 21:30 ラオカイに向け列車出発。車内泊。

1月8日
 05:30 ラオカイ着、ミニバスでサパへ。
 07:00 サパ着、投宿、現地ツアー予約。
 09:30 トレッキング開始。
 17:00 帰着。
 19:00 夕食会。

1月9日
 07:00 花モン族が毎週日曜だけ売り買いに集まるバック・ハー市場を
    見に行くツアーに参加:出発。ラオカイをはさんで逆側にあるため
    長時間のバス移動になる。

 19:00 ハノイに向け列車出発。車内泊。

1月10日
 04:10 ハノイ着、投宿。バイクを借りて市内観光(しかし月曜日のため
    余り見る場所が開いていない(涙)。
 19:00 夕食会。

1月11日
 14:40 ニャチャンに向け列車出発。車内泊。

1月12日
 12:50 ニャチャン着、サイゴン行きの寝台を予約し投宿

1月13日
 07:00 ダイビング
 19:00 ホーチミン市サイゴン駅へ向け出発

1月14日
 05:45 サイゴン着。投宿。
 08:30 クチツアー発
 14:00 帰着

1月15日
 15:00 ホーチミン発

ハノイ・ノイバイ空港からミニバスで市内へと考えていました。
あちら、こちらにミニバスが止まって客を呼び寄せていますが、
最近トラブルが多いと聞き、正式なミニバス乗り場に行きました。
乗っている人は日本人2名。どうやら満員になるまで粘るらしい。
一時間近く待たされました。結局乗客数は数名しか増えず、
止む無く出発。
ミニバスはベトナム航空のオフィスの側で止まる。

 とりあえず参考までに移動予定のハノイーニャチャン間の
飛行代金を尋ねる。
83.5ドルで、この額をベトナムドンかクレジットカードで支払う
必要があるとの事。

 心づもりは、鉄道にあったので本当に参考だけです
(航空代金はHPにも書かれていないので、直接確かめるしかなかったので
す。)。

 taxiに乗ってハノイ駅に行きました(本当は徒歩圏内です)。
そしてトレッキングをしにサパという街に行くため、
当日夜発のラオカイ行きのハード寝台3階を取り、120,000ドン
(以降千未満を取り除いて120ドンというように表示します)を支払う。
またニャチャンへは、SE1という列車で22時間乗車するし、
昼間も走っているので、明るい時に風景を見られないかもしれない
というリスクを考えて、ソフト寝台1階を予約しました。
ドンの持ち合わせが無かったので、米ドルで払います(56ドル)。

サパで少数民族の村を訪問する以上、
ハノイにある民族学博物館は訪れてみたほうが良いと思った
ので行くことにしました。

 ちょっと郊外にあるので、taxiを使うことに。
しかし、このtaxi ドライバー、 曲者でした。
博物館の場所を知らない? 途中で人に聞いています。

 素人でも大回りしているのを簡単に分かるのに、これでいいんだと
言ってばかりだったので、このままトラブルになると
どうなるのかなと面白そうなのでそっとして置きました。
いよいよ博物館そばになってもドライバーは周りの人に聞いて
間違ったところに入ろうとしました。これも演技なのか。

 私は「メーターどおりの額は払わないよ。高々3~4kmのところを
遠回りして13,8kmも走ったのはあなたのせいだから」と一発かまして
おきました。

 それでもやつはにたにたしています。
完全になめられているなと感じたので、穏やかにするようにしました。
過去の歴史上、戦争する気がどこまで相手国にあるのかの判断材料に、
攻撃的なやり取りをして来るのか、あるいは常に穏やかにしているか
というメルクマールがあります。
常に穏やかに対処するというのは、戦いの意思が固まっているという
ことです。この態度で周りのものに、悪いのは相手であると自然に判断
させるのです。

さて前言したように、taxiを降りるとやつは
メーターどおり80ドンを要求してきました。
私はその額は到底払えない旨伝える。
運転手仲間が近寄ってきて介入してくる。
そして、メーターは正確であるからメーターの料金を
払うべきであると言うものも居たが、
大抵のドライバーは、奴の非を納得させようと、
遠回りしたのは、私が主張している正しい道が工事中であるからだとか等
言って来ました。どうしてそう見え透いたうそをつくのだろう。

 審判は入場員の人がしてくれた。
遠回りしたのだから正しいと思われる金額を支払えばよいと。
私は穏やかに30ドンを取り出し相手に見せる。
相手は興奮している。私はこの額で要らないのなら、
金は払わないよと告げる。
周りのドライバーは奴にこれ以上やるのは止めておけと制止する
(帰りに出てくるところを待ち構えればよいとでも思っていたのでしょうか)。

 仕方ないので私は、とっとと館内に入っていく(なぜ奴はゲートを跨いで
それ以上は追いかけてこないのか理解できなかった。
一種の結界なのだろうか(笑)。)。
どうせ夜まで時間があることだからと納得いくまでゆっくりと
館内、屋外展示を見て歩きました。
まさか奴が3時間近くも待っていようとは思ってもみなかったです。
門をくぐると誰かが向ってきます。奴でした。
私は館内パンフレットに近くにバス停があることを知り、
そちらに歩いていこうとしますが、奴は目の前を遮ってきます。
奴もそれなりに考えたらしく、帰りも行きにお前が乗った場所まで
連れていくから往復で80ドン払ってくれということでした。
これなら交渉の価値があります。私は60ドンだと主張します。
奴は冗談じゃないといった仕草。
じゃ~帰りはおまえの言うとおりに行くしその時に表示した額の
二倍をくれといってきました(私も6万ドンは飲みにくい額なのだな
と思っていました。)。

 実際帰ってみると、どこが工事中なんだです。
そして私がtaxiを拾ったハノイ駅まで行かずに途中で降ろそうとして
きました。条件通りでなければお金を払わない旨伝えます。
仕方なさそうにハノイ駅に到着です。
35ドンを示していました。
博物館に長時間待たせたし、これ以上やるのもと思い、
要求どおり80ドンを支払いました。

列車出発まで時間があるので、近くのお店で食べることに。
ガイドブックで駅近辺のレストランを調べ、
Indochineという少し高めのところに入りました。

 これは今回の旅の食事の中で、最も高価で美味しいものでした。
ネム、エビの湯葉(というより材料は魚のパテを乾燥させたもののようです)
の包み、おこげご飯(もち米で作った団子みたいなものを焼きおにぎり風にし
てありました)の鳥焼肉ぞえ(ソースはベトナム風ですが、日本の焼き鳥に似
ています)、でした。エビの湯葉の包みと白い飯だけでも満足だったかもしれ
ません。とても美味しく頂ました。

 さて、ゆっくり食事をしてもまだ時間が余ります。駅周辺では中々暇つぶし
ができないようなので、待合室で本を読んでいました。やがて別の列車の改札
が始まり、そろそろ自分の列車も改札かなと思っていると、少年が近づいて来
て、ラオカイ行きのあなたの列車は来ているし改札も始まっているよ、と教え
てくれる。しかしながら、私に纏わり、私の荷物を持とうとするので、大丈夫
だからと帰してしまう。

 列車に乗り込むと、ハードの三段寝台、ちゃんと薄い敷き布団と上掛けがついていました。これだったら何の問題もないなと思いました。
到着時間が早いので、早く寝ました。

ラオカイ駅には05:30に到着。

ガイドブックにはサパ行きのバスは駅から離れたところにある
と出ていますが、ラオカイ駅前には何台ものミニバスが止まっていて
客引きをしていました。

 これに乗りサパへは07:00に着く。ミニバスを取り囲むように宿の客引き
が来る。サパでの宿情報は頭にあったので、眺めが良いとされている宿へ行く
(残念ながら滞在中ずっと霧がかかっていて谷の方が見られなかったです)こ
とに。しかもミニバスの止まった場所がその宿であった。

 早速現地ツアーの予約をしに行く、少数民族の村を訪ねるトレッキングと
バックハーの日曜市の2つを予約(しめて20ドル)。
この二つのツアーメンバーが全く同じで、仲良くなりました。
初日のツアーはラオチャイという場所のモン族の村を訪ねました。

 メンバーはフランス人カップル、韓国人カップル、アイルランド人女性、
私の6名。韓国人カップルはグループ内で余りしゃべりませんでした(だから
名前すら知りません)。

 フランス人カップルは29歳ステファン23歳メラニー、アイルランド人女性
レイチェル、私の4名がトレッキングのペースを乱したり、色々と勝手なこと
をしていました。

 ガイドは男性1名、モン族の衣装を着た女性1名(実際にラオチャイ出身)です。

 ひたすら悪路を下っていくトレッキングでした。
降り口には竹やりを手にした子供たちが待っています。
私はガイドにこれは必要?と聞くと、慣れていない人は必要ですとの答え。
買うことにしました。子供が5,000ドン(以下千の位を切り捨て5ドンと表示)と
言ってきましたが、ガイドは怒るように2ドンだと叫んでいました。


この竹やりが後でかなり役立ちました。
前の日に雨だったらしく泥だらけの道を進みます。
滑りやすいので竹やりは持っていて良かったです。
ふらりふらりと道を降りていきます。
途中から棚田が見え始めます、行けば行くほどきれいに見えてきます。
遠方にはきれいな滝があり、田園風景と水の流れに心が癒されます。

 一気に下まで降り、河原で休憩です。先程から出会う少数民族の人が
みんな織物を持って売り込みをしてきます。
私は朝市場で買ってしまったのでもういらないと思っていました。
ので値段も聞かなかったのですが、レイチェルは何人かと交渉して、
何点か購入しています(後で見せてもらいましたが、私が市場で買ったもの
よりしっかりしていて、かつ安価でした。)。

 自然に私はレイチェルと一緒にいることが多かったのですが、彼女が織物売
りと交渉し始めると私はさっさと先に行ってしまいました。

さて村に着くと少数民族の衣装を着た小さな女の子から老婆まで
すべて女性が織物売りをしていました。
簡易食堂みたいなところで一休みしますが、かなりの人数の物売りがやって
来ます。

 ツアーの皆はカメラを彼女らに向けて、びしばしと写真を撮っていました。
私はデジカメの電池容量がなくなってしまい、撮影できず。
そのことをレイチェルに言うと、「私のカメラ(銀塩とデジタル)は
フィルムもたくさんあるので、写真を撮りたいシーンがあったら言ってね、
代わりにとってあげるから」と言ってくれます。
さりげない女性らしい心遣い嬉しかったです(でも、
あれ撮ってとはお願いしませんでした)。

 街中をぐるっと巡ります。子供が遊んでいる場所に出ました。
男の子のみではなく、女の子もいました。物売りの子供たちと何が違うのでし
ょうか。わかりませんでした。

 帰りは遠回りで車で上っていきます。
 我々にあてがわれた自動車は年代物のジープ系のものでした。
ちょっと心配になるくらい調子悪そうでした。

 これで終わってくれればよかったのですが、帰路の道も相当なもので、
恐怖でした。

 舗装工事中なのですが、ほとんどの場所で始めたばかりらしく、
砕石が至る所に盛り上げられています。
村から見た山肌の白っぽいものの正体が分かりました。
そして道はぬかるみ、霧が出ていて数メートル先しか見えない。
そこを限界近くまでスピードを出す自動車。ガードレールなんてありません。
そして下は深い谷です。

 たまに急ブレーキ(これが本当に怖かった)を踏むと横滑りします。
生きた心地ではなかったです。
また時間も長時間に感じられます。
仮舗装が済んでいるところまで行くと安心しました。

 夕は7時から皆で食事ということになりました。
少し早く行くとレイチェルと宿のおばさんが、石炭を炊いている
バケツに向かって手足を温めていました。
時間が経つにつれて、何人も集まってきます。
バケツの中に入った石炭めがけて。美味しい夕食でした。

 その夜は寒かったです。毛布を二重にして寝ました。

1月9日、朝7時バックハー目がけて出発です。
ちらほら雨が降っています。
ラオカイまでは意外に小一時間で到着しました。
この分だと到着は早いなと思ったのも束の間、またもや舗装途中の悪路です。

 対向車とすれ違うので長時間止まったりして、かなりの時間を要しました。
でも断崖絶壁の昨日よりはかなり楽でした。
乗っていたのもミニバスです。

 11時半に市場に到着しました。14時までの滞在です。
市場の道は来た道位にぬかるんでいました。
ここは花モン族の人々が集まっています。

 「花」というくらいあって、皆鮮やかな彩の衣装を着ています。
取り引きされているのは、日常品が多かったです。
布地や民族衣装を扱っている場所もありました。
サパの市場とは違い売り込んでくる人はいませんでした。
ここでは個人行動です。昼食の場所だけが決められています。

 かなり広い場所で靴やジーパンは泥だらけになりました。
昼食後、もう泥だらけはいいやと思ったので、一人でカフェに佇んで、
残りの時間を楽しんでいました。

帰路はまた悪路です。
しかし私はすっかり眠りこけていました。
目が覚めてから暫らくするとミニバスは突然止まりました。

 運転手は大きな石を持ってきて後輪にかませているようでした。
ステファンが、パンクだ!と言っています。
外に出て見ると、タイヤが見事にしぼんでいます。
あーあ、アフリカ駐在中ですら、他のトラックは別にして、
自分自体はパンクに出合ったことは無いのに何と云う不運。

 タイヤ取り替えるの待つしかないかと思っていると、
メラニーが皆に提案です
「パンクを直している間、皆で先に歩いていくのはどお?
後でミニバスにピックアップしてもらえばいいじゃない!?」。
冗談だと思っていたら、皆歩き始めました。
歩いていくと途中でお店がありました。
外国人が本当に珍しいらしく、
おはぐろをした女酋長みたいな人が挨拶してきました。
子供たちは好奇心の塊です。

 ハロー、ハロー私たちはkityちゃんではありません。
素朴で良いです。

 途中、ここからラオカイと書いてある看板が目に入ったので
写真を撮ります。よく見るとお墓が沢山ありました。
画像を確認すると、気持ち悪いことに、あたりが真っ黒で看板のみ
浮き出ていました。気持ち悪かったので直ぐに削除しました。
そうこうしている内にピックアップされました。

 列車が出るまで時間があるので、ガイドさんはラオカイ駅近辺の寺や、
中国との国境の橋など案内してくれました。
駅に着くと近くの食堂で夕食です。
もう6時を回っている、まだ切符も買っていない、
他の人に聞くと切符は持っているという、え~~。

 私以外はハノイからのツアーで来ていて、宿から現地ツアーから
列車から食事から、みんな自動で来ているとの事。
私はダッシュして切符販売窓口に行きました。
時間を聞くと20時30分の列車は予約で埋まっているが、
19:00の列車はまだ寝台が残っているとの事、
直ぐ買求めて食堂へ戻ります。6時半を回っている、
頼んだものは来ていない。
となりのレイチェルに列車のことを聞くと皆は20:30発だという。

 直ぐ厨房に行き代金を払う(後で皆に迷惑をかけるわけにはいかない)、
そして列車のことを店の人に言うとすごく急いでくれる。

 45分過ぎた位にチャーハンが出てくる。
しっかりした火力で作ってあるらしく、とても美味しい。
時間が迫ってくるアイルランド人が面白そうに頑張れといってくれる。
食べ終わった。

 直ぐ列車へ。自分の寝台のところまで着いた瞬間、列車は発車。
3分早い出発、間に合ってよかった。

 寝台は来るときとは違い、鉄のフレームにござをひいてあるだけでした。
来るときよりも料金が安い理由が判明しました。




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