月と華と神の酒

そして去る者 残る者 第1話



アイスコーヒーの注がれたグラスを口に運びながら、視線は文字の羅列を追う。
『神の見えざる手』有名な経済学者が書いた、需要と供給における市場経済の書物。そこそこ有名な一冊だ。

来店客を待ちながら時間を潰す、静かなひと時。
経済書を読む時もあれば、他愛の無い娯楽書を読むこともある。偉人伝や歴史書も嫌いではない。
何か一冊の本さえあれば、時間の流れは苦ではなかった。

プロンテラに店を構えて、1年半ほどが経過していた頃。
あの頃はまだ【神羅堂】の名は無く、ただ冒険者が持ち込む武具、道具を安く買い、多少上乗せをして売っていく、
そんな日々を過ごしていた。

そんな、書物に読み浮けったまま来店客を待っていた、ある日の午後……

彼は、来た…。

チャリ~ん…。

「こんにちわ(^ ^ 」
「買い取ってもらいたい物が、いろいろあるのですが…」
一人の騎士が、扉を叩いた。

どんな容姿をしていたのか……どんな名であったのかは……いまはもう、思い出せない。

持ち込まれたのは、どれも相当使い込まれていることが窺い知れる、業物の武具。
そしてそれを私の言い値で、どんな値でも良いから売ると言う。

微妙な品ならいざ知らず、流石にそれら業物を安値で買い取る気にはなれなかった。
買取資金が底に付くのを承知で、いつも通り相場の約8割を提示する。
持ち込んできた騎士は、快く承諾してくれた。

聞けば、剣を置き、戦場を去るのだという。

どんな容姿をしていたのか……どんな名であったのかは……いまはもう、思い出せない。

ただ、言葉には表現できぬ、何やら不思議な、
奇妙な感情が芽生えていたことだけは、いまでもよく覚えている。

この地に降り立って一年と半……。
彼が私にとって、最初の【去る者】となった。

……………To be continued

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