1970年代も末期になるとJ-POPも多様化してくる。もっとも大きな変化は
詩の説得力で聴かせる 文学作品 が減っていき
視覚的な要素で見せる 美術作品 が多くなっていくのである
音響はしだいに 厚く 激しく インパクトを重視したものになっていく
大脳生理学的?にいうと 言語や判断による前頭葉音楽から
視覚と条件反射による後頭葉音楽へと変わってゆく
ちょうどインベーダーゲームが登場したのが1978年だった
そして80年代にはいると、メディアの状況が激変する。
すでに70年代後半からオーディオ機器の普及がめざましく、
いい音が安価で聞けるようになってくるのだが
もう1つ貧乏学生の大きな味方になったのが レンタルレコード である。
物価の上昇によって相対的に安くなったレコードであるが やはり2800円は高い。
レンタルなら数百円 カセットテープ込みでも千円以下で
実質的にアルバムが手に入る(当然著作権がらみで裁判もおきた)
結果的にこれが音楽文化の若者化を加速し
歌謡曲とニューミュージックの比率が逆転していくことになる
1980年の年間売上の上位を見ると
1、ダンシングオールナイト もんた&ブラザース
2、異邦人 久保田早紀
3、大都会 クリスタルキング
4、ランナウェイ シャネルズ
5、順子 長渕剛
6、送る言葉 海援隊
演歌が上位を占めた前年とはうってかわって
ニューミュージック勢が独占している
不思議なことに奇数の年は男性の演歌が強く
79年 夢追い酒 渥美二郎
81年 ルビーの指輪 寺尾聡
83年 さざんかの宿 大川栄策
がそれぞれ年間1位になっているが
82年 待つわ あみん
84年 もしも明日が わらべ
偶数の年は女性ユニットが年間1位をとっている。
そして80年代前半は 第2期アイドル黄金時代でもあった。
これを演出したのは TBSのTV番組 ザ ベストテン だったかもしれない
その一方で サザンオールスターズ チャゲ&飛鳥 中島みゆき などが
独自のスタイルを貫くことで支持を広げて行った。
(これらのアーティストは20年以上たってもまだ現役である)