からまつそう

からまつそう

『Prayer』(☆mam様から)


『DARKER THAN BLACK・黒の契約者』のヘイのお話です。
mamさん、ありがとうございます。

『Prayer』


どこかで打楽器を派手に打つ音、そうかと思えばトランペットの金切り声。
あちらでジャグリング、こちらではアクロバット一輪車、それらを囲む人々の群れ。
通路に並ぶ各国料理の屋台からは食欲をそそられる匂いが漂ってくる。
性善説のような空はそれら全てを鷹揚に抱えこんで青い。
年に一度の大道芸フェスティバルで公園は文字通りお祭り騒ぎだ。
臨時に設置されたスピーカーから流れる、噴水前の広場でピエロのパントマイムが始まるという知らせ。
本日のスペシャルショーの一つだ。
屋台で買った点心の一つ一つに「これは四川風。」だの、「こっちは上海。」だのと解説つけていたあなたが、「行ってみよう。」と指差す。
隣りの屋台のタイ料理に気を取られていた私は、右往左往する人たちにぶつかってよろけてしまう。
その私の肩を抱いて支えるあなたの笑顔は頭上の空のよう。

広場には既に結構な人が集まっている。
メークと衣装でバッチリ決めたピエロは、そろそろ頃合と、スピーカーのスイッチを入れる。流れ出した音楽は妙にセンチメンタルで、初夏の光溢れる昼間には何ともちぐはぐだ。

スピーカーと木の椅子、そしてスピーカーの近くの木の枝に縛り付けられたたくさんの風船。屋外のショーはとてもシンプル。
ピエロは黄色の風船を取ると、輪を描いて見ている人々の前をゆっくり歩く。そして椅子に結びつけると、少し離れた。
深呼吸して一拍、キョロキョロと辺りを見回す仕草は子供のものだった。

ピエロは風船に始めて気が付いたかのように目を止める。風船に近付き、しゃがみこむ。
何もない空間に伸ばされる右腕、その手首がひねられる。そして左手に持っていく。
子供が花を摘んでいる、ではあれは菜の花?。

子供は花束になった菜の花に顔を寄せ、その香りを確かめる。
ふいに自分を呼ぶ声に気付く、相手は立ち上がった子供が見上げる背の高さ。
デフォルメされた手足の動きが、子供の純粋な喜びを表現する。
子供のお父さんとお母さん、子供は二人に花束を渡す。

そんな風に色にまつわるエピソードが語られていく。
青い風船は夏の日の海で遊ぶ子供。
緑は山の中での虫取り。
白はかじかんだ手で作る雪だるま。

噴水の音も、人々のざわめきも、全ての雑音が消えうせ、私は子供に引き込まれる。

ピエロが最後に選んだのは赤。けれど椅子には結び付けない。
とても大事そうに胸に抱き、行きつ戻りつを繰り返す。先ほどまでとは所作が違う、明らかに大人の男性のピエロがそこにいる。
意を決してあげた顔、歩み寄った視線の先に、ピエロには女性が見えている。立ったまま、両腕と頭、そして細やかな指先の動きだけで語られるピエロの想い。
ピエロは右手の風船を女性に捧げる。そして風船ごと女性を抱きしめる。
心にほんのりと暖かさが灯る告白と抱擁。

ピエロは椅子に結ばれている風船のひもを切る。ほぼ無風なので、風船は真っ直ぐに空に上って、たちまち青い台紙に落とされた絵の具になる。
ピエロはゆったりと一礼すると赤い風船も手放した。

名前を呼ばれ、私の耳に雑踏の音が戻ってくる。既に私には赤い風船だけがやっと目で捉えられ、それすらも消えてなくなりそうで、必死に目を凝らす。
「面白かった?。」と訊ねるあなたも空を見上げている。
「あなたは?。」と私は聞き返す。
「面白かったよ。」
あなたの横顔の向こうの噴水、その水滴が陽の光にきらめいて、あなたの目元に重なる。
けれど私は知っている。
あなたは泣かない。そんな感情は手放してしまったから。

ピエロが子供達にバルーンアートを売っている。子供のリクエストに応えて出来上がる花や動物達。
私はピエロの元に行き、木に結ばれた風船を指差して「赤を下さい。」と頼む。未だピエロに成りきっている彼は、無言のまま首を傾げる。
「だからつまり、愛の告白が欲しいのよ。」
私は目線であなたを示しておどけて見せる。ピエロは“分かった、分かった”と頷いて、私に赤のひもを握らせる。「お幾らですか。」と聞けば、人差し指をゆっくり振って“いらない”の意思表示。
あげく風船を持った私の手を、両手で包み込んで“うんうん”と何度も頷くから、私は笑ってしまう。

あなたの元に戻ると、もう新しい屋台料理にパクついている.。今度はブラジル料理のシュラスコ 。
プラスチックトレーと箸で両手がふさがっているのを良い事に、私は風船のひもをあなたの腕に結び付けてしまう。
まわりの人たちがクスクスと笑うので、あなたは照れて困った顔。
その表情さえも偽物かと言う疑念を、私は深層に押し込める。

「やるね、おじょうさん。」と屋台のブラジリアンが言う。
皆がジロジロ見てるから、あなたはいたたまれなくなって、私の腕をつかんでその場から逃げ出す。
私とあなたの、二人の間に浮かぶ赤い風船。

いいえ、あなたは知っている。
これはあなたの気持ち、手放してしまった多くの物の一つ。

けれどもし、あなたの中に小さな欠片でも、かつて私を好きだと言ってくれた心が残っているのなら、どうかそれをほどかないで。
しがみついて、つなぎとめていて。

私は強引に立止まってあなたの歩みを止める。振り返ったあなたの表情が逆光で見えない。

この願いを人は“祈り”というのだろうか。
そう思いながら、私は影の中のあなたにくちづける。


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