いつかどこかで

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児童書 『 からすたろう 』


『 からすたろう 』  八島太郎                     2007/1/8



珠玉の絵本、日本編。
昨日紹介した 『 百まいのきもの 』 同様、いじめや教師の資質などの話題が出るたびに思い出す一編です。

日本編と書きましたが、作者は日本人で物語の舞台も日本ではあるものの、原作は英語で描かれています。
1955年にアメリカで出版され、日本語翻訳版が出たのは1978年。20年以上経ってからです。
作者、八島太郎氏は1908年鹿児島生まれの画家で、軍国主義批判で思想犯として何度も投獄され、日米開戦直前にアメリカへ亡命、
1994年、アメリカで亡くなりました。
そんなことが、日本での出版が遅れたことの原因でしょうか。分かりません。
海外で数々の賞を受けており、現在でも日本でより海外での評価の方が高いようです。

“ 人が人のありのままを受け入れる ” ことを考えずにはいられない、1編です。




『 からすたろう 』

        文・絵 八島太郎 原題 『 CROW BOY 』 1955

体が小さく “ ちび ” と呼ばれるその少年は、先生を恐がり、同級生とも打ち解けず、授業では放っておかれ、休み時間もひとりで
ぽつんとしています。
ちびは教室では、天井や机や級友の背中や窓を眺め、校庭では目を閉じて様々な音を聞いたり虫を眺めて過ごします。
みんなはちびを “ まぬけ ” とか “ とんま ” と呼びました。

『 しかし、「 とんま 」 であろうがなかろうが   
    くる日もくる日もちびは、とぼとぼと学校にやってきました。 』

6年生になり、“ いそべ先生 ” が担任になります。
いそべ先生はちびが虫や花に詳しいのに感心し、ちびの描いた絵やちびにしか読めないような習字を好きだ、と言い、教室に
貼り出します。

学芸会でちびはからすの鳴き真似をします。
赤ちゃんからす、父さん母さんからす、朝のからす、嬉しいからす・・・・
みんなはちびが毎日通ってくる遠い山に思いを馳せます。
いそべ先生はちびがどんな生活の中でそれをできるようになったか話します。

『 日の出とともにいえを出て、日没いえにかえりつきながら ・・・
    まいにちまいにち 六年ものあいだ ・・・ 』

みんなはその6年間、ちびに辛く当たったことを思い出します。
それからちびは “ からすたろう ” と呼ばれるようになります。

卒業して時々街で会うと皆は 「 やあ、からすたろう 」 と呼びかけます。
たろうはほほえみ、大人になりかけた肩を自慢げに張って、遠い山の家に帰ってゆきます。



野心とか向上心に燃えて闘う生き方があります。
多分人間にしかできない生き方であり、今の日本に生きる私たちの、特に若い人たちのほとんどが目指しているもの、というより
目指すべきとされているのはこれです。
毎日毎日何らかの方法で、夢を持ちなさい、それに向って努力しなさい、と言われます。
何のため ? あなたのより良い生活のため、人類の明るい未来のため。

一方で、何も変えようとせず、ありのままを受け入れて生きる生き方があります。
これは命あるもの全ての生き方です。
子に餌を運ぶツバメや、巣を作るハチ、道端の草、飼っているイヌやネコの中にさえあるのは、“ 生きる ” 以上のことを望まない強さ、
潔さです。
これが “ ちび ” の生き方なのだと思います。

物語の舞台となる80年前の日本の田舎でさえ、そういうちびの生き方は容易には受け入れられません。

いそべ先生はそういうちびを受け入れます。

人が生きることの意味を考えずにはいられません。

作者が生まれ育った鹿児島での級友と先生をモデルに描いたということです。
氏は本来画家ですから、絵も非常に美しく印象的です。
アメリカに在住しながら描かれたものですが、作者の日本への思いが胸に迫ります。

生涯、軍国主義批判を貫いた八島太郎氏は、書いています。


今やこれらの人々に ひた押しに強いられつつあるものは
「 東洋平和 」 のために 他民族を 「 殺リク 」 するということであった。
生活者を生活者の手で殺させることによって もたらされる 「 東洋平和 」 とは、
そもそもだれのための平和なのだ ?





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