哲学者


 その本が出てきた。長谷川宏訳の『精神現象学』。さっそく読みはじめた。友人が埴谷の『死霊』を読んでいるのに啓発されて、読もうと思った。難しい。ヘーゲルが悪く言えば若気の至りで書いた挑発的な文章は難解で、読者を突き放した観がある。
 ぼくは卒論をフロイトとラカンで書いた。構想は壮大だったが、見事な失敗作だった。
 ぼくがまだ幼稚園児か、小学校低学年の頃、子供向けの百科事典を愛読していた。その中に「哲学者」という項目があった。「哲学者」の項の挿絵は『ザ・ロード・オブ・ザ・リングス』のガンダルフみたいなじいさんが、星を見上げているすてきな絵だった。哲学者とは、世界とはなにか、人はなぜ生きているのか、そう言うことを考える人です、そんなことが書いてあった。ぼくはよく分からないながらも、哲学者に憧れた。

 いまでもそうだ。ぼくはなにかといえば、物事の本質に思いをめぐらせ、本質というものがあるのか、ということを考え、フロイトを愛読して人間について学び、マルクスを読んでは、労働と資本について考えた。

 去年、ある役所で、派遣社員で働いた。ぼくはそこで、多くの役人が自分を見失っているのを見、いい社会勉強になった。マルクスが労働に関していっているのは、現代でも見事に当てはまるのだと、実感した。より、形而下的に見ても、かれらは憲法で全体の奉仕者と規定され、その事について、おそらく宣誓しているのだろうが、かれらは自分の役所全体の向上を考えるどころか、自分の科、係の権益に固執しているように見えた。権益と言ったら言い過ぎだろうが、みなあまりにも保身のことばかり考えているようで、ぼくは吐き気がした。みなさんには大変よくしてもらい、個人的にはいい人ばかりなのだけど、いい人だから、いいんだというのでは、論理のかけらもない。そんな中でも、ぼくはひとり好きな人がいた。****さん。ぼくが見た仕事は全体像のごくごく一部だから、かなり偏見に満ちていると思う。いつか機会があったら、****さんにいろいろと話を聞いてみたい。


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