携帯


 それで、一日だけ、ぼくは携帯を3台も持っていた。2台持っているだけでも異常なのに、3台。1台は振られた姫ゴンのために、未練がましく取ってある。いつか、姫ゴンが心変わりして、携帯寄こせと言ってくるんじゃないかと、妄想して。
 昼間、ばあさんと話した。ばあさんはテレビばっか見ている。最近は北朝鮮がだいぶ気になるようだ。ばあさんが、敗戦後、朝鮮人が清水の映画館の前に陣取って、日本人を脅していた話をした。朝鮮人と日本のやくざの戦いとか。何回も聞いた。ちょうせんはきたない、むかしからそうだ、と言っていた。昔の人にはやはりそういう意識があるのか。
 戦前の話をしていた。日本でも天皇陛下の写真がどこの家にもあって、兵隊は死ぬとき、天皇陛下万歳って言って死ねと言われていたとか。あれと同じだね、そうだね、戦前の天皇と金正日、あんまり変わらないね。
 美濃部達吉の天皇機関説は当時、昭和天皇自身も認めた考えだったらしい。まともな教育を受けた人々はみな国家法人説を承認していたらしい。陛下、陛下と騒いでいたのは、もとはといえば右翼、軍部、それから天皇機関説事件後の、ばあさんのような高等教育を受けていない人たちだったようだ。ばあさんが生まれたのは大正13年。まだ、大正デモクラシーの余韻が残っていた頃。


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