ケンタロウ


 5月14日、ケンタロウの誕生日。ケンタロウは今年の誕生日を何か特別なもののように考えていたようだった。何か特別なことをしなくては、この日に何か特別なことをしなくては、一生がだめになるのではないかと考えていた。夕方ぼくに電話をしてきた。正確に言えば昼間だったんだけど、ぼくは人と話すのがいやで、電話に出ず、折り返しかけ直すこともしなかったのだった。かれの誕生日のことなどすっかり忘れていた。そして夕方また電話がかかってきた。今日、誕生日だというのに、これでは、何もせずに、無為に終わってしまう、などと言っていた。ぼくにはやるべきことがあったので、6時頃まで待つように言った。ぼくはやるべきことをやった。かれが「とても高い、大人が行くようなホテル」に行きたいと言っていたことを思い出した。そしてぼくたちはパンパシフィックホテルに行った。「大人が行くようなホテル」に男二人で。
 最上階の部屋の窓から見える景色にかれは感動していた。観覧車だとか、ベイブリッジだとか、赤レンガ倉庫だとか、山下公園だとか、マリンタワーだとかに。薄煙の夜の気配の中にそれらは、それらの明かりは浮いているようだった。目下に歩く人はまさにありんこのようだった。かれは何かを感じたがうまく表現できないようだった。それでありきたりのことを言った。おれたちのような無産者が、無産者ともいえないようなのが、こんなところに泊まってこんな景色を見れるなんて、世界はなんかゆがんでいるんだと。そうかもしれない。
 こういう景色を女は好む。だがこういう景色に美の表象というものはひとかけらもないのではないのか。ぼくも適当に言ってみた。


 妹が1ヶ月くらいバリに行っていた。マレーシア?あの辺の地理は全くわからない。どこかその辺。昨日帰ってきた。場所というものは記憶に密接にからみつく。ぼくは最近よく新横浜に行くけど、行くたびに姫ゴンのことを思う。姫ゴンとは2回くらい新横浜に行った。楽しかった。ぼくたちは何も特別なことをしなかったのに、いつも楽しかった。かのじょのはにかみが忘れられない。かわいかった。かのじょがなぜ恥ずかしがったのかというと、ぼくたちはラブホテルに行ったのだった。かのじょはそういうところにはじめてきたという。それにそこはかのじょの実家の近くだった。よくバスに乗りながらそういう建物を見て、いや見ないようにしていた。そういうところは悪い人が行くところだと思っていた。ぼくがそういうところに行こうよとむりやり連れて行くと、かのじょは抵抗しながらも、喜んでいた。ずるいよと言った。ずるいよと、かのじょはよく言った。それは悪意からではなく、いつも喜んで。かのじょもバリだかその辺に行っていた。やはり1ヶ月くらい。一人で。行く前、一緒に来るようにさんざん言われた。先に行っているから、どこそこで落ち合おう、かのじょは自分の立てた計画をぼくに熱心に話して聞かせた。だのにぼくは行かなかった。くだらない理由で。だからぼくはあの辺の地理が全く覚えられない。それは苦い記憶と結びついているから。



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