ちーファミ

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ちっぴーの川崎病闘病記


ちっぴーの様子がおかしいと思い始めてから、
川崎病と診断され入院、その後の様子までの日記です。
(文中でも書いていますが、ちっぴーは川崎病の中でも
重症例でした。多くの川崎病にかかったお子様は
特効薬である「ガンマグロブリン」で熱が下がり
快方に向かうそうです。)




6/3(1日目)
 暑い日。誰も遊び相手がいなくてつまらない子供たち2人。
ゲームショップに私と3人で出かける。かなり歩いていく。
いつもはそんなことを言わないちっぴーがくたびれたといって座り込む。
今思うと辛かったのだろう(ごめん)帰りにミスタードーナッツで
休憩した。
帰りのバスで「寝ていい?」と聞くが、うとうとしている間に着く。
家に戻った後も、眠そうなちっぴーだったが、外で遊ぶ!と出て行く。
夕飯は好きなメニューだったけど、あまり食欲がなく、
「首が痛い」という。
おかしいと思い、熱を計ると38度近くあったので休ませる。


6/4(2日目)
熱が上がっていく。首を触ると、腫れていたので
おたふく風邪かと思い、病院へ。
いつもと違う感じに、おたふくだったらいいなという気分だった。
しかし、かかりつけの病院では感染症が考えられると言われ
抗生物質をもらった。
そして、家でおとなしくしているように言われた。
かかりつけの病院の先生はいつも詳しく説明してくれるのだが、
今回はほとんど説明がなく、もやもやとした不安といらだちがあった。
ちっぴーは病院から帰っても不機嫌であまり食欲が無い。
アイスを少しとポカリスエットを飲む。
小さなおにぎりと、ぶどうを食べた。
夜中も苦しそうで、ほとんど眠れない。
嘔吐。熱は40度。


6/5(3日目)
朝方、胸のあたりが痛いと、転がって苦しむ。
「うーん、うーん」うなっている。嘔吐。
タクシーを呼び、おんぶして玄関に行く。
その時私の背中にまた、吐いてしまった。
タクシーの運転手さんに「そこ。汚れてますよ」と注意されたが、
「わかってます!」と言いそのまま乗り込んでしまった。
運転手さんすみません。

昨日のことがあったので、かかりつけ病院には行かず、
直接大学病院へ行った。着いた時には少し治まった様子で、
あせりすぎたか..とも思った。
今は詳しい検査ができないのでまた正規の時間に来るように言われる。

正規の時間に小児科を受診する。ちっぴーの様子を見た先生は、
私にも聞こえる声で「これはまずいな」と独り言を言う。
点滴をしながら、血液検査の結果を待つ。
このとき目と唇も多少赤い感じ。

この日は平日だったが、ちっぴーの尋常ではない様子に、ちっぴー兄は
「僕も病院について来る!」といいはってついて来てくれていた。
実際とても助かった。
点滴の最中に私の偏頭痛の兆しがあり、まずいなー、と思いつつ
我慢していた。
しかし吐き気がひどくなったのでちっぴー兄に頼んで
薬局に走って薬を買ってきてもらった。

検査の結果が良くないとのことでそのまま入院。
私も頭痛でひどい状態で入院説明をうける。
先生に「過労ですか?」って聞かれてしまった(^^;

ちっぴーの熱は高いまま。点滴で抗生剤を入れるが下がらず。
川崎病の可能性を示唆される。
食事はほんの少し。寝たまま食べさせる。
熱でうなされて幻覚を見ている。
面会時間が終わり、帰るときもうんとうなずいただけ。

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6/6(4日目)
面会時間になり病院に行くとからだをアイスノンのようなもので
冷やしていた。作日より辛そう。
おやつに牛乳が出るが、いらないという。
ジュースや、コーラなどを欲しがる。
飲ませてやりたいができないのがつらい。
(吐き気が強いので禁止されていた)
頭を氷水で冷やしたタオルで冷やす。
よく見ると、手足に発疹が出ていた。唇もあれて痛そう。
看護婦さんのはなしだと、着替えも辛くて痛がっている様子。
今はベッドに座ることもできない。夕食も食べられない。
あんなに良く食べる子なのに..
「ごはんぜんぜん食べてない!」というが、口に運ぶといらないと言う。
帰るころ少し、収まったのか、目が開いた。
首をさして「もう痛くない」家に帰るという。
私にも帰らないでと手をつかむ。肝機能も落ちているとのこと。
川崎病だと言われて、説明を受けた。
明日からガンマグロブリンの投与が始まる。
これで熱が下がってくれたらいいと祈る。


6/7(5日目)
面会に行くとちっぴーのベッドが無い。愕然としていると、
ナースステーション横の乳児の部屋に移されていた。
熱が高く、嘔吐もあったために、目の届きやすいところに
移したとのこと。
行ってみると、目の周りが赤く、うつろで酸素マスクをつけていた。
下痢もしていて、着替えも大変そうだということでオムツだった。
ショックだった。
ガンマグロブリン投与が始まっていたが、まだ熱が下がらず、
ステロイドも使われているとのこと。
できる限りの治療はしているので、励ましてやってくださいといわれる。
川崎病にしては重症だとも言われた。
食事もとれず、水もだめ。氷だけかろうじて口にしていいといわれる。
つらそうで見ていられない。
「ジュース買いに行く。お母さんも一緒に行こう」という。
うわごとも多い。持っていった「マリル」のキーホルダーを
目の前に持っていくと、病気になって初めて少しだけ笑顔を見せて
「マリル」と言ってくれた。
ベッドの柵の見えるところにつるすと、時々さわっている。よかった。
オムツを買いに行ってくれと言われ、薬局に行くと、
子供向けでちっぴーがはける大きいサイズはなくしかたなく大人用を買う。
6時半ごろから良く寝ていた。起こさないようにそっと手をさわって帰った。
明日はきっと良くなっていますように!


6/8(6日目)
昨晩、単身赴任中の夫が一旦帰ってきてくれた。
夕方には母も来てくれる事になった。
3時の面会までが、なんと長いことだろう。
幼稚園からお見舞いを届けてもらった。3時になって面会に行くと、
熱が下がっていた!一気に平熱の36度台。
見た限りずいぶんと楽そう。
ベッドの上でおまるを使わせてもらい、ほっとする。
髪も三つ編みに編んでもらっていて、少しの間座れたのかなと思う。
しかし、まだ氷だけしか口にできず、ずっと食べ物のことを言う。
「何にも食べてない!おうちに帰って食べる。ピザを食べる!」
かわいそうで、何か食べられませんかと聞いて
やっと、ヨーグルトを食べさせてもらえた。
それはおいしそうに食べていて良かったなと思う。

夕方1回目の「心エコー」炎症は通常3ミリのところ、3,6ミリ。
このまま熱が下がればあまり心配なさそうに言われた。
ガンマグロブリンは明日の朝まで投与するとのことだった。
明日が気になるが、とりあえずよかった!

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6/9(7日目)
熱は上がっていなかったが、まだ食べられないようだった。
今朝からは食べられるかと思っていただけになぜ?と思う。
幼稚園児の部屋に戻してもらっていたが、周りの子があまりに
元気で、気になる様子。
おやつにアイスが出るが、ちっぴーはもらえず。かわいそう。
今日は、マクドナルドで食べたい日のようだ。
ずっと言っている。そして、人手も足りないのかまたオムツだった。
午後から段々と熱が上がっていった。夕食は出たが、
このタイミングではあまり食べられなくなっていた。
食欲はあるが、実際は食べられないみたい。
38.9までになってしまい、頭も痛がる。
先生は今日お休みだったが、お願いして
後から来てもらえるようになった。下がってくれたらいい。


6/10(8日目)
熱は下がっていなかった。またガンマグロブリン投与。
けれど話などはわりとしっかりできて安心。
おやつに出たクッキーをおいしそうに食べる。
おせんべいは塩が口にしみて痛がる。
塩をなめてくれと言うのでなめて食べさせる。
楽しみにしていた夕食がきたが、熱が上がってつらそう。
結局いらないといって食べられなかった。

夕方先生から「血漿交換療法」の説明を受ける。
最終手段だそうだ。電話で夫と話し合って、治療をお願いすることにした。
輸血の同意書にサインする。熱が下がってくれたらと祈る。


6/11(9日目)
午前中に電話があり、今日血漿交換を行うことになった。
ちっぴーは完全な「ガンマグロブリン不応例」だそうだ。
注射針を打つ時点でだいぶ泣いたようだ。立ち合わせてもらえたので、
ちっぴーも安心したかもしれない。意識はしっかりしていた。

たくさんの先生(10数人)の見守る中、血漿交換が始まる。
先生がついていてくださるので少し安心。
途中でセキが出て止まらなくなったので、アレルギーを止めるお薬を
打ってもらう。正味3時間ほどで終わる。
長いチューブに血が流れ出し、ぐるぐると回っていた。

あとで面会時間に行くと、熱が出ていた。
また、手足に発疹がでて、目も痒がる。
すぐに先生にきてもらい、アレルギー反応を止めるお薬を再度いただく。
しばらくするとすっと症状が良くなった。薬のせいでずっと寝ていた。
両手に針をさしたまま固定しているので辛そう。
すごく汗をかいていた。
濡れタオルで顔や首を拭いて、髪を少しだけとかし、軽く結んだ。
帰りがけは顔色も良くなってきた。
これから「心エコー」だそうで、結果が気になる。
次の血漿交換は13日の午後の予定。
「早く来てね」と涙ぐんで言われる。明日もがんばって早く行くね!


6/12(10日目)
結果が気になり早くに行く。ご近所の方々からいただいた
千羽鶴を持っていった。
結果は3.3ミリおさまってきているようで安心。
しかし、川崎病で腫れてくるのは10日目以降だそうで。
今後の検査が気になる。
血漿交換以降、目に見えて楽になってきている気がする。
ちっぴーは元気に良く食べていた。お昼ご飯の後のおやつに出た
おだんごもぺろり。夕食にでたアメリカンチェリーを喜んで食べた。
両腕を固定されてストレスがたまっていたが、フルーツで一気に
明るくなった(^^; 私にはわがままを言うが、
看護婦さんにはおとなしく黙っている。甘えて良いんだよ。
明日の午後の血漿交換が無事に済みますように。

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6/13(11日目)
午後2時から血漿交換が行われた。前回アレルギー反応が出たので
その点も配慮してもらった。
最初痛がるが、落ち着いて治療を受けられた。
5時過ぎまでかかったので終わりの方は眠っていた。
今朝の血液検査も結果が良かったそうで、
血漿交換もこれで終わりとのこと。

これからは検査をしながら見守りだそうだ。
部屋に戻ったちっぴーは片腕の針を外してもらっていた。
テープを外すのが痛くて泣いていた。
また、止血のため押さえられそれも痛かったもよう。
しばらくして機嫌も良くなって絵本を読んでとせがむ。
明日はお父さんが来てくれるからねと話して帰る。


6/14(12日目)
今日は元気!大きなお姉ちゃん部屋に移っていた。
カレーを食べたとうれしそうに話してくれた。
絵本を読んで過ごしていたみたい。
髪がまたぼろぼろになっていたのでとかすが、もつれ合って大変。
点滴は入っているが、おきて歩いても良いそうだ。
が、まだ起き上がるとつらいようで、なかなか座れない。
もう少ししたら自分でご飯を食べたり、歩いたりできるかもしれないね。
お父さんと本をよんだり、楽しそうに話していた。
帰る前に寝てしまったので、何も言わずに帰ったから、明日は
文句を言われるかも。


6/15(13日目)
夕食に出たハンバーグをきれいに食べた。うれしかったようす。
折り紙をする。
ハムスターを折って同室のおねえちゃんにあげると言う。
仲良くなってくれてよかった。
表情も日に日に明るくなっていく。


6/16(14日目)
食事を置く台をつけてもらっていた。
ベッドの背中を高く起こしてもらって自分で食べている様子。
ゲームボーイを持っていった。
同室のお姉ちゃんが2人とも外泊なので少し心配。
看護婦さんも心配してくれたが、本人がこのままで大丈夫だと言っていた。
あんなに広い部屋に一人なんて、ほんとに大丈夫なのかな..


6/17(15日目)
点滴とおなかにつけていたコードが取れていた!よかったねー!
だっこができた!何日ぶりのだっこだろう。
トイレもベッド脇まで降りているようで、毎日良くなってくる姿がうれしい。
ゲームをしたり、テレビを見たり、折り紙や製作をする。
おばあちゃんにと、手紙を預かる。
「はやくよくなりそう」と書いてあったので、もしかしたら明日にでも
退院できると思っているのかと少し不憫になる。
父の日に作った画用紙のネクタイを預かった。

手紙「はやくなおりそう。おばあちゃんクワガタのえさたべないで」
   「おすしやさんいこう。よくなってから」
   「よくなったら、マクドナルドいこうね」
   「ピザ。ギガミート」

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6/18(16日目)
今日から看護学生さんがついてくれるそうだ。
すこしは退屈がまぎれるかな。昼間は車椅子で散歩をさせてもらった
そうでうれしそうだった。折り紙や、絵本を読んで過ごした。
今日もおやつはアイスでうれしそう。
トイレに歩いていくというので支えながら歩いていった。
ずいぶんふらふらするので、一人では絶対に行かないように念を押す。
検温で7度1分。気になる微熱。
暑いからかな。下がったら、なんでもなければいい。
今日も先生とはお話できなかった。
検査もしていないという(ちっぴー談)明日は、用事があるので
最初はおばあちゃんが来ると話して帰ってきた。


6/19(17日目)
今日は最初母に行ってもらった。少しは話せたようでよかった。
そして、今日も車椅子や歩いて散歩した。
本のコーナーまでいって、好きな本を選び戻ってきた。
いろんな看護婦さんに励まされる。
部屋も幼稚園部屋に変わった。
(かれこれ6回目のお引越し)大変ですねーと言われてしまった。
午後7度3分あったのと、親指が腫れている感じなのが気になる。
明日は心エコーの日。なんにもなければ良いねー!


6/20(18日目)
夫と面会に行く。なかなか先生がいらっしゃらないので、聞いてみると
インターンの先生が答えてくれた。
拡張はほぼおさまっているとのこと。一安心。
血液検査の結果はまだでていないがこの頃は目に見えてよくなっているとのこと。発病当初はCRPが10あったそうで、やはり重症だったんだと思う。
転居の予定があるので、引越し後の病院を聞くと2箇所教えてもらえた。
今後どうするか悩む。


6/21(19日目)
よく眠っていた。そこを検温で起こされ機嫌は最悪。
抱っこして部屋を連れ出し、しばらくしてやっとおさまった。
先生が来てくれて結果をもう一度説明してくれた。冠動脈の状態は正常。
1年後までに再び拡張する可能性は9%。
再発した場合もガンマグロブリンは効かない。
病院からは1時間以内のところが良いでしょう。
引越しは8月以降だったら体力的には大丈夫だと思う。
退院は6月末くらい。
そして、あれだけ重症だったのに、ここまで状態が良いのは
多少無理をしてでも治療をしたからでしょうね。といわれた。
ほんとに先生と、祈ってくれたたくさんの人たちのおかげだと思う。


6/22(20日目)
今日も不機嫌。ストレスたまってるんだろうけど。
いただいたビーズでアクセサリーを作って遊ぶ。
今日は学生さんもお休みでつまらなかったもよう。


6/23(21日目)
お風呂に入れてもらっていた!やった何日ぶりのお風呂だろう!
本人も気持よかったらしく機嫌がいい。持ってきてといわれていた
メモ用紙にお友だちへのお手紙を書いた。


6/24(22日目)
ご飯も良く食べる。看護婦さんの名前も覚えてきて、
だれだれさんと教えてくれる。
この頃帰りに別れるのがとてもつらいらしい。
「お母さんが帰ってから、ちっぴー泣いてるんだよ」って。


6/25(23日目)
今日は避難訓練のため30分遅れての面会。先生から、
今週の検査で何もなければ今週いっぱいで退院を考えています。とのこと!
やった。やっと退院と言う言葉を聞けた。
幼稚園児用のご飯の量じゃ足りないので看護婦さんに頼んで
明日から小学生用の食事に変えてもらった。帰る前に泣かれる。
「お母さん、いっしょにいて!」でもいざ帰るときは、涙をこらえて、
作り笑いで手を振ってくれた。


6/26(24日目)
今日はずっとベッドに寝ないでいろいろと遊んでいたそうだ。
おやつはおせんべい。とっても暑い日だったが部屋は結構冷房が効いていた。
寒くなければいいが..
はだしでずっと靴を履いていたのでお風呂に入れてもらったにもかかわらず、
足が臭かった(^^;
慌ててスリッパを買いに走る。今日も泣いたが、ぐっと我慢してくれた。
明日は検査。がんばってね!


6/27(25日目)
検査の日。遅れていったが、ちっぴーがうれしそうに
「明日なおるかもしれないって!」という。
看護婦さんが明日退院かもしれないといったそうだ。
ぬか喜びでもいけないと思ったが、あとで先生がみえて明日退院といわれた!
急で驚いたが、とにかく良かった。

じつは、川崎病での血漿交換はこの病院でははじめての例だったそうだ。
そして、今までのガンマグロブリン不応例の患者さんは皆重い後遺症を
残しているとのことだった。運命と先生に感謝。

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6/28(26日目)
午後1時に退院。先生に御礼を言って、手続きが終わって、
看護婦さんにお礼を行って帰った。長かった入院生活だったが、
無事に家に帰りつけて本当に本当に良かった。

7/1(29日目)
朝起きられなくなっていた!足を少しでも動かすと叫んで痛がる。
トイレにいけなくてドライブ用のミニトイレで用を足す。
あせりまくって病院に電話して救急で見てもらう。
ずいぶんと待たされて採血もされ、整形の先生に見てもらった。
念のため明日も病院。


7/2(30日目)
鎮痛剤のおかげか、朝から元気。昨日はなんだったの?と言う感じ。
整形では単純性の股関節炎ではないかということ。
でも本当は筋肉痛だったのかもしれないなぁ。


7/4(32日目)
退院して1回目の定期検診。先生に見てもらい、レントゲンを撮って、
エコー、心電図は予約しただけで帰る。検査は1週間後。
時間がかかるものだ。注意すべき症状を聞いたら、
高熱が出たときは注意してくださいとのこと。
風邪にも気をつけなくっちゃ。


7/9(37日目)
今日から幼稚園に行った。本人もすごく楽しみにしていた。
念のため午前中で帰ってきたが元気!目がトロンとして眠そうだったけど、
よかった。



現在、とっても元気です!ほんとに皆様のおかげです。
ちっぴーが頑張っている間、たくさん泣いたけど、
同じくらいうれし泣きもしました。支えてもらっていることを
いろんな場面で実感させてもらいました。
闘病中の皆様、今は辛いけど頑張ってください!


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