瀬戸内シーカヤック日記

瀬戸内シーカヤック日記

July 9, 2005
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カテゴリ: 休日
雨で海に出る事ができないので、古書店で購入した『瀬戸内諸島と海の道(吉川弘文館)』を読んでいる。

この本は、古事記の時代から戦後までの瀬戸内について、考古学、民俗学、人類学など幅広い分野の専門家が執筆し、まとめたもの。この本の編者である山口徹氏は、構成を考えるために様々な史料や、宮本常一氏の研究資料を眺観したそうだ。
巻末の参考資料も豊富で、これまで訪れた資料館や博物館で得た知識や、本から学んだ瀬戸内の歴史などのエッセンスが、この本にぎっしりと詰まっている。

気候の温暖化による海水の増加で7~8千年前に形成された瀬戸内海。そこには俗称3000とも言われる島が点在し、その面積は瀬戸内海の約1割を占めている。
また、周囲が100m以上の島は727あり、そのうち広島県に属する島が一番多く142。続いて、愛媛県133、山口県127、香川県112、岡山県87。
やはり、一生かかっても全ての島を訪れるのは難しそうだ。

そして、シーカヤッカーとして興味を持ったのが、『廻船と航路』。
1672年に河村瑞賢によって酒田から下関をまわり大阪、江戸を結ぶ西廻り航路が整備されてから、東北/北陸から年貢米を積んだ船が瀬戸内を訪れるようになった。
初夏や秋に蝦夷地の産物を積んで西廻り航路をやってきた北前船は、積み荷である米やニシン、昆布などを各地で売り、大阪で一冬越した後、今度は瀬戸内の塩や甘藷などを積んで北国に向かったのだそうだ。


また当時の瀬戸内航路は、『地乗り』と『沖乗り』のコースがあった。
中世までは、上関~津和地~鹿老渡~蒲刈~忠海~鞆~笠岡諸島~下津井をむすぶ『地乗り』が主流であったが、江戸時代になり、木綿帆を用いることで帆走能力が向上し、上関~津和地~鹿老渡~御手洗を通ることで距離が短縮できる『沖乗り』航路が主流になったそうだ。
これらのコースは、瀬戸内横断隊や、ソロでの尺取り虫瀬戸内横断旅で漕いだルートとほぼ一致している。やはり、手漕ぎで進むシーカヤックは、期せずして、昔の櫓漕ぎ船や帆船と同じようなコース取りになるのだろう。
当時の船が、潮待ち/風待ちをしたことは、手漕ぎ船の漕ぎ手ならその必然性が実感できる。 ただ、潮待ち/風待ちで栄えた街が、昔の名残だけを残して静かな町になっているのは残念である。

瀬戸内海は、沖縄や伊豆、三浦半島などに比べると、シーカヤックのフィールドとしては地味であり、またカヤッカー密度もかなり低い(海を漕いでいても、他のシーカヤックに出会う事はまれである)。
しかしながら、初心者から旅慣れた人まで幅広いニーズに対応でき、また無人島ステイから観光地巡りまでスタイルに応じた多様なコース設定が可能な事など、アイランドホッピングツーリングを楽しむには日本でも最高の海域であろう。

『瀬戸内諸島と海の道』。瀬戸内海を漕ぎ、その歴史や人々の暮らしに関心を持つシーカヤッカーには興味深い資料だと思う。





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Last updated  July 9, 2005 02:17:18 PM
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