
いつも買っている行商のおばさんの馬鈴薯が発芽していたので、ポテトにでもしようと思いPCを立ち上げる傍らで、せっせと切除していた。やり始めたら終わるまでは自分の仕事でもある。どんなバカげたことでも必死にやる。手を抜かない。そこで死んでもいい。遣りかけて死にたくはない。片づけてないものが多いけれど、目の前のことを一生懸命にやる。他人が下らないと思っても、自分には大事なことはいくらでもある。
・そういえば行商のおばさんが来なくなった。大抵いない時は伝えてある。ここ1年ばかり、その約束を守っている。よくおばさんが来ている近所の方に妻から訊いてもらった、そこにも来ていないらしい。初めはお盆で休みだろうと思っていた。いつも来ていた土曜日の午前に数回来ないので、ご主人の病気でも悪くなったのではないかと心配していたが、近所の方のお話では、ご本人も体調を崩して入院されたことも、以前にはあったとのことだった。またどこか悪くなられたのではないでしょうか、との話をされていたようだ。私はご主人のことしか知らなかったし、あんなに律儀に来られていたので、ご本人は健康で、元気だとしか知らなかった。どうも他人を見る目がない。
・へ2・・・鈍感と敏感の「間」というのが、私の性質の心理学的分析の特徴でもある。どちらかに極端に振れるらしい。夢中になるが見るところを見ていない。どうも世間知らずのところがある。知らないから仕方がないで済まされないこともある。馬鈴薯の発芽は完全に切除しなければならない。それだけが頭にあって、それしか目にはいらないかも知れない。何かに夢中になるのはいいが、大事なことを忘れてもいる。子供のようなところがある。向いたところしか考えようとはしない。せめて、それを終わらせることしかないだろうか。