ヘイフリックの限界part2

ヘイフリックの限界part2

2018.01.31
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た。この自己肯定は、この時代のことばの軽さと危うさを感じるだろう。


芭蕉の句に、

「よくみれば なずな花さく 垣根かな」


道端に生えた雑草が春先に小さな白い花を発見した感動を詠んでいる。


加藤周一に「小さな花」という詩がある。

「どんな花が世界中でいちばん美しいだろうか。春の洛陽に咲き誇る牡丹に非ず、宗匠が茶室に飾る一輪に非ず、チロルの山の斜面を蔽う秋草に非ず、
オートゥ・プロヴァンスの野に匂うラベンダーに非ず。
 1960年代の後半に、ベトナム戦争に抗議してワシントンに集まったヒッピーが、武装した兵隊の一列と相対して、地面に座りこんだとき、そのなかの一人の若い女が、片手を伸ばし、眼のまえの無表情な兵士に向かって差し出した一輪の小さな花ほど美しい花は、地上のどこにもなかったろう・・・
 一方には史上空前の武力があり、他方には無力な一人の女があった。一方にはアメリカ帝国の組織と合理的な計算があり、他方には無名の個人とその
感情の自発性があった。権力対市民。自動小銃対小さな花。一方が他方を踏みにじるほど容易なことはない。
しかし人は小さな花を愛することはできるが、帝国を愛することはできない。・・・権力の側に立つか、小さな花の側に立つか、この世の中には選ばなければならない時がある。・・・」(1979年作)

加藤は、「知的活動を先に進める力は知的能力ではなく、一種の直感と結びついた感情的なもので、いくら頭がよくても駄目なんで、目の前で子供を殺されたら、怒る能力がなければなりません」と語る。

不条理に対する人間としての怒りを失ったら、それはもう人間ではない。


小さな花の側に立とうとする人間がいるから、明日に夢をもてるのだろう。









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最終更新日  2018.01.31 23:22:08
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