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繁華街(1.例えばナンバ・パークス)

繁華街(1.例えばナンバ・パークス)

 世界中、形こそ違え、都会には様々な繁華街があちこちにある。大きなものから小じんまりしたものまで街の規模や人口に比例し、夫々の土地の特色をもたせた代表の様な場所である。最近では再開発によって出来たものが多くある。想い出すのは学生時代に都市計画の宿題で出た再開発案である。場所も規模も自由課題の計画案だったから夫々が想い想いの案を作りあげた。ボクは好きな科目でもあったから夢中になって練り上げたものだった。当時、ブラジリアが話題になっていた事もあって新しい理想的な都市計画というものはこう在るべきだと日本風の新しい都市計画案を作った。そして期限になって提出し、後日採点の結果、教授から優秀案だと誉められたのが嬉しかったのを覚えている。

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大阪の繁華街のひとつ、難波球場跡地のナンバ・パークス(1)。

 実際には、具体的な場所を指定した方が、教授としても採点がし易かったと思うのだが、敢えて各自の自由案を出させたのは学生の都市計画の概念や理解度を確かめるものであったのだろう。その後ボクは、都市計画の分野には進まず建築家になった訳だが、友人の都市計家の話によれば日本では白紙の状態から都市計画をするという事は先ず無く、再開発の手法を通じての部分的な都市計画しか無いということだった。ブラジルや中国のような広大な余地が在る訳でも無い日本では、それは当然の事なのだが、明治時代に札幌の都市計画をした役人・島義勇は壮大な開拓精神を抱きながら円山の丘からはるか東方を見渡し、街づくりの構想を練ったであろう事を想うと実に羨ましい限りである。

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大阪の繁華街のひとつ、難波球場跡地のナンバ・パークス(2)。

 新しい国づくりにも通ずる都市計画は、神に代わる仕事を人間の手で成し遂げて行ったという事である。旧約聖書に観る都市でソドムとゴモラという街が神の怒りを買って崩壊してしまう話があるが、人間の欲望が神をも恐れぬ物を作りあげた時(例えば現代では核爆弾と言う事になるのだろう)人間の愚かさを如何にして諭す事ができるかが大きな問題となる。それよりも手前の大きな欲望としては、レバレッジという一種の経済活動があるが、あれもまやかしの経済で実態を伴わないからバベルの塔のようなもので、最後には矢張り神の怒りに触れ破壊されてしまう。破壊されて始めて分かる人間の無恥さは今更始まった事ではないが、歴史を学んだ筈の人間が直ぐに忘れてしまって傲慢・無知になるのは実に不思議である。どうしようもない人間の性なのだろうか。

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大阪の繁華街のひとつ、難波球場跡地のナンバ・パークス(3)。

 さて、ボクがよく行く繁華街の一つにナンバ・パークという街がある。昔の難波球場跡地に出来た再開発ビル群である。南海電車の用地も含めて広大な土地に人工庭園をビルの屋上に階段式に設け、自然の緑でアスファルト・ジャングルを潤いのある街に変えている。ヒート・アイランド現象にも効果的な手法だから今後はこういうスタイルの繁華街が増えて行くと想われる。この街は難波駅(近鉄と地下鉄)の地下街とも繋がっていて、東は日本橋、西は湊町(地下鉄桜川駅付近)の地下鉄の駅にして三つ分のエリアが再開発としての繁華街になっている。昨日、久しぶりに歩いてみてJR湊町駅のショッピング・モールも出来ていたので早速、観て廻った。大店舗方式は最近の流行で郊外にも沢山出来ている。

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大阪の繁華街のひとつ、難波球場跡地のナンバ・パークス(4)。

 大型店舗は人を集めるのに様々な工夫がしてあって映画館や大型書店や飲食店もある。車の展示もしてある処もあって、言わば百貨店の変形のようなものだが、共通するのは天井が高い事と大空間である事だ。天井が低いと圧迫感を感じるし、狭いと閉所恐怖症的なものも感じ息が詰まる気がする。野球場のドームやサッカー競技場のような広大な建築空間に慣れて来た我々は、狭小な場所よりも広大な場所の方が落ち着くのだろうか。それでも茶室のように狭い処はそれなりに落ち着くメリットもあるのだから、目的によって使い分けるのが良いのだろう。それは車でも同じ事が言える。大きな身体の人間が小さな車に乗っているのを見ると笑えて来る。小さな人間が大きな車を運転しているのも笑えて来る。

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大阪の繁華街のひとつ、難波球場跡地のナンバ・パークス(5)。

 しかし勿論、分かっていてそうしているのだろうから、それには意味があったり趣味の問題でもあるのだ。他人が訳も分からず軽々に笑うのは、コメディーなら別として軽率で失礼な話ではある。尤も、経済効率からそうしている場合もあって、ミニ地下鉄の場合、トンネル断面積が半分で済むそうだから大阪でも花博線にそれが使用されていて20年以上も走っている。ところが、それに何度も乗っているが、ボクは嫌いである。というよりも圧迫感を感じてしまうのだ。天井も低く車幅も狭いので窮屈に感じてしまいボクには合わない。が、そうは言うものの、世の中は経済効率優先で動くから今後も小さくて済む物は乗りものに限らず何でも小さくなって行く事だろう。(つづく)


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