ココ の ブログ

梅雨の晴れ間(1)

梅雨の晴れ間(1)

 最近、監理業務で出掛けている事が多いから1週間が速く過ぎて行く感じだ。設計の方は総て経済情勢が安定しないとクライアントの方で足踏み状態が続くから、プラン変更があったり、確認申請の取り直しやゼネコンの見積もりのやり直し等で時間ばかり取られている。他には昔やった設計のリニューアルの依頼があったり、マンションのリノベーションの話もあるものの矢張り経済情勢で二転三転するから不確定要素が多過ぎ、目の前の当面の監理業務が優先するのは仕方が無い。言わば日銭の入る手だてをしているようなものである。バタバタと有名設計事務所が潰れて行く中で生き残りを掛けて所員と頑張っているのが今の日本の設計事務所の実態だろう。その中で耐震設計・監理業務だけが動いている感じである。

梅雨の晴れ間(1) 梅雨の晴れ間(1)

 そういう人間世界の事なぞココにとっては関係が無く、朝5時にはボクのベッド横の椅子で目覚め、腹が減ったという小さな一啼き「ニャ~」でボクを呼ぶ。その啼き声でボクは手を差し出して「分かった。分かったが・・・眠い」と相図するだけである。ココはその手に顔を摺り付けたり甘噛みして「さあ、起きて!」と次なる行動を促す。が、ボクは寝返りを打ってしまうから「こりゃあ駄目だ」とばかりに隣室の愚息の方へ行く。それから2時間ばかりして起き、階下に降りると階段下に置かれたココの餌皿に僅かばかりの餌が喰い残されているのが認められる。ココは愚息に貰った餌を食べ終えて外へ遊びに行っているのだ。多分、啼き付かれて仕方なく与えたか、それとも与えたくてやったかのどちらかだろう。

梅雨の晴れ間(2) 梅雨の晴れ間(2)

 ボクならツナ缶を与える処を愚息はカリカリ(チップ食材)だけを与えている。ツナ缶は皿に入れて箸でほぐす手間が要るから面倒なのだ。ほぐさないとココは食べないのだ。どこまでも甘えん坊のペットだ。甘えん坊のもうひとつの癖になっているのはミルクを飲む場合だ。皿に適量のミルクを入れて与えても直ぐには飲まない。仕方が無いから指先をミルクに浸し、それをココの口元にもって行くとペロペロと舐める。それを三度繰り返すとようやく自分から皿のミルクを飲み始める。皿の向こう側は舌に弾き飛ばされたミルクのハネが飛んで一体がミルクの点々だらけである。飲み終えてからフローリングをティッシュで拭きとらねばならない。何とも面倒で甘やかされたペットではある。

梅雨の晴れ間(3) 梅雨の晴れ間(3)

 さて、朝から家の周りをぐるりと一周してみると庭の花々が満開で、中でも皐月のピンクとスカーレットと朱の三種類が満開の他はアブチロンの小さな赤い金魚というかボンボリのような花が目立つ以外は白い花が多いのに気がつく。ラッパの様な形のカラーの花は白ばかりが育って黄色いものは育たず、赤いバラは盛りが過ぎて白っぽいパステル調に代わり、蕾の段階で濃い目のパステル・カラーであったのが開花すると白になって行く。そう言えば前の家では秋の彼岸花が一般には毒々しい真っ赤なのに、真っ白ばかりが咲くのだった。珍しいので以前のブログで紹介したものだったが案外多くあるようで、中には別の色のものまで紹介されていた。バラも品種改良で人の名前を冠した多くの新種が紹介されている。

梅雨の晴れ間(4) 梅雨の晴れ間(4)

 ボクは園芸は余りやらないから知っている草花の名前も僅かばかりである。姿は知って居ても名前が分からないものは五万とある。唯、綺麗だなと鑑賞するだけである。バラや蘭なんか愛好家になれば専門家顔負けの知識を持っているものだ。自宅にその為の温室を持って居て自分で品種改良をしたり新種を開発するぐらいだ。東京ドームで毎年開催される蘭展やバラ展に出品される見事な花をテレビで観て感心する。関西からわざわざ行って実際に観ればもっと迫力があって感銘する事だろう。愛好家なら当然行っているだろうし出品もしているだろうが、ボクの友人では其処までやる人は居ない。尤も、ボクに蘭をくれた自治会長は庭に温室を持って居て冬場はストーブを焚いて管理しているというから立派な愛好家だ。

梅雨の晴れ間(5) 梅雨の晴れ間(5)

 ボクも仕事をやらなくなればそういう趣味を持っても良いとは想っているが、当面は出来そうにない。それにゴルフもするから欲張り過ぎてもいけない。生涯現役で行きたいと想っているのだが、実際は若い頃のようには身体は動かないから加減して、仕事も趣味も程々で行くのが良いのだろう。やりたい事が多すぎるのである。慾張り過ぎるのだろうか。そう言えば、長年、クラシック・ギターも弾いていない。フラメンコも同様だ。何故か気忙しい気がして出来ないで長年来ている。その気忙しいものが何なのか分かっていない以上、再開するのは難しい。ひょっとしてパッションを失ってしまっているのではないだろうか。何もかも覚めた目で観てしまうのは如何なものだろう。馬鹿になるべきだ。言わば阿呆になれば良いのである。(つづく)

にほんブログ村 美術ブログ 建築家(芸術家)へ ←ブログランキングに参加中です、クリックをどうぞ!




© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: