ココ の ブログ

運転(5)

運転(5)

 車の運転はルールという基準を守る事を前提とし、更にそれを相手が実行するであろうと信頼する事によって成り立つものである。だから少しでも人間不信になってしまうと疑ってばかりいて用心の上に用心を重ねる事になるから運転はスムーズに行かなくなる。何故なら、事故が生じないようにするには自分は勿論の事、相手が確実に安全と分かった状態でしか対峙も出来ないし摺れ違う事も出来ないからだ。簡単に言えば、信号待ちで対向車が赤でも平気で渡って来たり、青なのに動かなかったりすれば危なくて近寄れないのだ。行けるべき処を行かないというのは後続車は迷惑するだけでなく不信感をもって横をゆっくり通り過ぎざま睨みつけて行く。だから車は渋滞する。前の車が停止している理由が分かればそれなりの対応が取れる。

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 が、訳が分からないと暫く様子を観る事に成るだろう。それでも分からない場合は多分、故障か何かでトラブっているのだろうと推測する。推測は人間不信と機械の故障のどちらかだろうという根拠に基づくから後者の場合は「仕方がない」と諦めて通過するだろう。時間切れになって信号を渡れない場合は完全に車の故障と分かり、前の車が合図をすれば納得するが、合図も何も無ければ怒り出す事になる。つまり人間不信に陥る訳である。人間不信は不気味で恐ろしい。それだけに何を考えているのだろうという小さな疑問が膨らみ怒りに変わって行く。怒りの最初はクラクションを鳴らして合図する。それでも応じない場合は車から出て相手の方へ向かう場合もあるだろう。文句を言いに行くのである。行かない人も当然居るだろう。

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 そこで喧嘩になる場合と堪えてやり過ごす場合との比率は五分五分も無いだろう。人はトラブルを好まないから精々10%もあれば多い方だ。つまり9割以上の人が相手の事を腹を立てながらも堪えてやり過ごすものである。通り過ぎれば暫くは余韻が残っても次第に忘れて行くものなのだ。何時までも馬鹿を引き摺って気分を害していては自分が馬鹿馬鹿しくなるだけだからだ。喧嘩をしてまで相手に不満をぶつける人は直情型で自分をコントロール出来ない人が多い。そういう人は事故を起こし易い。腹が立っても其処までは普通はしないものである。つまり普通で無い人が喧嘩をするという事になる。そうなれば前も後ろも同じタイプの運転者同士になりぶつかり合う。不幸な出逢いである。 

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 かつてクラクション殺人事件というのがあった。クラクションを鳴らされただけで腹を立て、鳴らした相手を殺してしまった事件である。異常な空気の状態だったのだろう。事件として報道された頃は世間の耳目を集めたものだったが、もう30年以上も昔の事だから知らない人も多いだろう。が、それ以来、クラクションを鳴らす人が減った。変な相手だったら怖いとか困るという理由から鳴らさないのだ。そういう暗黙の了解のようなルールが出来上がると、クラクションを鳴らしただけで鳴らされた方は逆にビクッとする。鳴らした相手は異常と観られても構わないと覚悟して鳴らしているのだから覚悟が出来ている。覚悟が出来ている相手に抗してまで自分のミスを棚に上げ無視するのはマナー違反であり常識が足りない事になってしまう。

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 最近では謝意や会釈のつもりで割り込みをした車がハザード・ランプを点滅させる事が多くある。「やあ、どうもどうも」とか「有難う」の意味である。ボクはハザード・ランプの目的が違うからそういう使い方はせず、片手を上げて相手に合図する事にしている。手を上げる程度のアクションも取れないドライバーは、パソコンや携帯でメールをするような気分でやっているのだろうが、何でも機械に頼る癖は現代的ではあるが、人間不信の初歩になっている自分に気がつかないのである。家庭内で声を掛けるのが面倒くさいからメールをするようなものである。「お茶にする?」とか「食事だよ」と連絡するのである。何とも寂しい家族ではある。尤も、メールする本人は寂しいとは想って居ず、それが現代風と勘違いしているのだろう。

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 かくして人間不信や疎外感は広がり、マナーが希薄になって行く。親子の対話が不足する現代社会だからこそ、最低限のマナーを護ってこそ人間不信は払拭できるのに、敢えてそういう事もせず自分の殻に閉じこもって、そうなった理由が相手のせいにして自分本位で暮らす。そこまで自信があるなら人の居ない山奥で独りで暮らせば良いのに気が小さいものだから恐ろしくて出来ない。人に群れたがるくせに格好をつけるのだ。「自分はお前達とは一寸違うのだ」と言わんばかりの不遜さがついて回る。「では何処が一寸違うのか?」と問われれば応えられないのである。言わば身勝手さが自分では分からないのだ。自分の殻に閉じこもる自信の無さが人間社会の最低限のルールさえも護れ無くしているのである。(つづく)

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