ココ の ブログ

長生き(2)

長生き(2)

 ボクの子供時分は100歳なんて本当に珍しかったし、60歳と言えば完全に老人だった。還暦の祝いに赤いチャンチャン子を着て家族に囲まれて喜んでいる他人の写真を見せられ、自分も将来こんな爺になるのかと何故か溜息をついたものだった。ボクの祖父と言えば、父方ではボクが小学低学年の頃に高齢で大往生し、田舎町を挙げての盛大な一種の祭りのような葬式だったのに対し、母方の祖父はボクの結婚式に参列してくれたのが最後に観た程度の付き合いだったから、老人と一緒に生活をした事が無く、老人と言うものは皺くちゃだらけで何が楽しみで生きているのだろうと遠くに観るだけだった。だから老人というイメージは他人の姿でしか知らず、身内の老人と言えば疎遠にしていた両親の葬式で棺の中の顔をしげしげと眺め、縁が薄かった自分の運命を噛みしめ、近所に住んでいた妻の両親で老人を辛うじて知っている程度なのだ。

Mni1ni2Mni3Mni4Mni5

 幸い、ボクと妻の両親は長生きした方だった。それでもボクの母が88歳だったとか妻の父が86歳だったという程度で、今時珍しくも何とも無い年齢なのだ。戦後の食生活が高カロリーになった事や医療関係の発達で高齢化が当たり前になって、先述のように100歳近い老人が全国的に増え、ボクのような60代世代は中途半端な老人世代になってしまった。だから年金制度は長生きの老人が増え過ぎて当初の計画が狂い、更には団塊の世代が定年を迎えドッと老人が増え、団塊ジュニア以降の世代が少子化になって行く現象のせいもあって近い将来、年金制度は破綻してしまうだろうという言われている。が、そうなる前に、議員や公務員の年金が手厚い事から、それを取り崩し全体の年金と合わせて平均化し、年金制度の破綻を遅らせようとするだろうし、多分それは10年先迄には法改正しなければ間に合わないというのがボクの読みである。 

Mni1ni2Mni3Mni4Mni5

 年金の支給開始年齢もボクの世代から60歳が65歳になって、68歳に変更されるのも時間の問題で、多分70歳になるのも近いとされる。そうなれば老人は厄介者扱いで早く死んでくれと言わんばかりで、日本は長寿社会になったものの姥捨て山社会が復活しそうな気配になりつつある。現に、東北大震災と大津波のせいで壊滅的になった東北地方は政治家と役人にとっては老人を切り捨てるに千載一遇のチャンスと観ている節があって、復興は掛け声ばかりで遅々として進んで居ず、役人の課長がインタビューを受けて応えるに、復興が軌道に乗るには10年は先になるだろうと平気な顔をして言っていたが、それが本音だろうと想えた。彼等は政治家の顔色を観ながら仕事をしているから政治家が権力争いをしている現状を観てそう判断するのも当然なのだ。自分から率先して行政改革をしようとする役人なぞ居ないのは当たり前だ。

Mni1ni2Mni3Mni4Mni5

 そんな役人に憧れ、自分の子が役人になってくれるのを願ったり、何もしないぐうたら政治家を義理や人情がらみで投票しているのが国民なのだから、自分が常識ある国民と思っているなら余程しっかりと見直さない限り政治家は現状のままで行くだろうし、それにぶら下がるマスコミもいい加減な政治の下での利権を死守する筈だ。掛け声ばかりの政治改革や公務員制度改革をのたまう政治家を国民がどの程度審判するかで政治の流れが変わる筈なのに、期待して投票した野党が与党になった途端、以前の与党と何等変わらないばかりか体たらくの上、内部で権力闘争を始めるのだから国民は呆れて騙されたと臍を噛むしか無いのだ。これでは2年先の総選挙で落ちると不安を抱える議員は生き残りの為に政治改革どころでは無く右往左往している。情けない状態である。小粒になってしまった政治家をどうやって大物にするかは国民次第である。

Mni1ni2Mni3Mni4Mni5

 そこで経験豊かな老人が知恵を出すべき時なのだが、ノウノウと歳ばかり喰った老人では期待も出来ず、ぐうたら政治家しか現れない世の中なのだから小粒の議員候補の中から仕方無く選ばなくてはならないジレンマに陥る。それは結局は国民が悪いという事になり、国の行く末は今の政治家では期待できないと分かった国民は暴動を起こすか目先の商売で食いつなぐしか無い様な後進国になってしまうだろう。それをあざ笑う官僚や政治家、マスコミは、それでも国民の暴走が怖いから締め付けや出鱈目の報道でコントロールする。まるで何処かの国のニュース映像を連想させるが、極端に言えばそういう状況に日本は追い込まれているのである。だから老人は片隅に追いやられ、肩身の狭い想いで暮らすしかないのだ。若者も夢が無くなった社会では気力も失せ、精神も荒廃する。言わば二極化が進めば進むほど人心は乱れる。

Mni1ni2Mni3Mni4Mni5

 長生きをすれば色々な事が観られて人生が楽しめるというのが一昔前の世界の常識だった。今の世の中は変化が在り過ぎて退屈はしないものの余りにもブラック・ユーモア的過ぎて決して楽しくもなく生活も苦しいだけに老人には大変な時代だ。否、老人どころか、それを支える勤労者層でさえも大変な時代である。仮に長生きをして働けても生活の心配をしなければならない様な社会は間違っている。贅沢は言わなくても程々の収入で暮らせる社会が理想とするなら、資本主義であろうが社会主義であろうが大方の国民はどちらでも構わないのだ。今時、政府や権力者の主義主張だけで生活が振り廻されるなぞ誰も望みもしない時代なのだ。平凡で平和な生活が出来る社会を国民は望みながらも心の底には慾もあるから、金はあるに越した事は無いと想うものの不浄の金なぞ要らないのが偽わらざる気持ちなのだ。因みに他国を騙して金儲けをする国家は犯罪国家であり、それを良しとす国民は犯罪者であるという事を認識する必要がある。(つづく)

にほんブログ村 美術ブログ 建築家(芸術家)へ ←ブログランキングに参加中です、クリックをどうぞ!




© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: