「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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2回目の受診
今回はオットに送ってもらった。
先生の診察の前に、事前検査などをする助産婦さんがカルテを見て
「何かお変わりはなかった?出血はだいじょうぶ?」と聞いてくれた後。
「一応、お小水を取って体重も測りましょうか。」と言う。
『一応』の言葉にひっかかる。普通だったら毎回検診のたびに必ずすることなのに。どうして?
診察を待つ間も不安だった。もうじきはっきりする。
大丈夫、お腹大きくなってるもん。
ちょっと出血しているけれど、ちゃんと安静にして薬を飲めば大丈夫。
名前を呼ばれて内診室に案内される。
院長先生に妊婦検診を受けるのは、Kentuckyの妊娠のときと同じ。
何度も経験しているのだ。
無言で丁寧に見てから色々と説明してくれる先生なのに。
最初に「あぁ...」と息をつくのを聞いて血の気が引く思いだった。
超音波のモニターを私に見えるのように回転させた。
「あのね... 赤ちゃん、残念だけれど育っていないね...」
胸の奥に込みあがる痛みをほんの一瞬感じた直後。
「これはね... 見えるかな。この黒い丸い点々。
たぶん、胞状奇胎っていう病気かもしれないね...」
え?
自分の耳を疑う間もなく「仕度をして診察室に来てください」と言われた。
診察室で先生の前に座ると膝が震える。
超音波写真を手にした先生が言葉を続ける。
「この病気は、原因はよくわかっていないのだけれど。
赤ちゃんに染色体異常があった可能性が高いと言われていて。
絨毛という組織が水を含んで腫瘍みたいになるものなんだ。
少し癌に似ているけれど、癌ではないよ。
ただ、お腹の中をきちんときれいにしないと絨毛癌になることが多いんだ。」
さっきのパンチからまだ回復していない私はただうなずくだけ。
「手術と経過観察が必要になるから、病院で診てもらう方が安心だからね。
紹介状を出すけれど、どこの病院がいいかな...」
震える声で自宅からなるべく近い総合病院への紹介をお願いし、診察室を出た。
外で順番を待っている大きなお腹の妊婦さんを見るのが辛い。
さっきまで、不安ではあったけれど、あれは私の数ヵ月後の姿って
思っていたのに。
お腹の中の赤ちゃんは神様のところへ帰ってしまった...
そして得体の知れないものが代わりに入ってる...
会計を待つ間。
泣かないように。見ないように。
2歳くらいの活発に走り回る男の子を目を細めてみている臨月のような妊婦さんが
憎かった。
この子に私に触らせないで。
お願いだから、そっちで静かにしていて。
これまで。よその子もみんなかわいかったのに。
病院で走り回らせるなんて...とは思いながらも、赤ちゃんや幼児がいるのが
当たり前の産婦人科では和む光景だったのに。
辛かった。
会計を済ませ、オットに迎えに来てくれるよう電話した後。
とても、この医院の前で待つことはできなかった。
次から次へと出入りする妊婦さんたち。
健診に赤ちゃんを連れてくるカップル。
私心が狭い。見ることができない。
私にもかわいい男の子が二人もいるのに。
オットの車がやってくる自宅方向に向かって黙々と歩く。
急な下り坂、上り坂。少し息が切れる。
でも...もう安静にしても仕方ないんだよね...
春らしい陽気で花の香りすら漂っている空気さえ疎ましかった。
オットに話す。「病気だった...明日市立病院に行くように言われた。」
これが精一杯。オットには動揺は見られない。
無知って怖い。
そしてたぶん男の人にはお腹にいたはずの赤ちゃんがいなくなってしまったことで
女が受ける衝撃は理解できないことが多いんだろう...
翌日のオットの予定を聞くと
「午前中は外せない打ち合わせがある。夜はその結果で会食かもしれない。」
流産の疑いで安静を指示されている時ですら、早く帰ろうとか、
遅くなるからと電話して様子を聞こうとしてくれなかったオットのこの言葉。
会社のこともマンションのことも手一杯に抱えている状態で、そこから
意識が離れないのもわかるけれど。
私のことは心配じゃないのか!怒りがこみ上げる。
いや。この気持ちを共有してくれない、心配してくれないっていう怒りは
理不尽なことが起きたことを彼に八つ当たりしているだけなのかも。
悶々としながら自宅へ戻る。午後からはKentの授業参観と懇談会があるのだ。
家に帰ってすぐに市立病院に翌日の受診のための電話をした。
だいたいの診察⇒手術、それに伴う入院の有無などを確認したかったのだけれど
結果としてはわからなかった。
「診察の結果次第では、その場で入院の指示が出ることもあります。
一応荷物を仕度しておいて、後で家の方に持ってきてもらえるように
しておいたら?」とのこと。
心配させまいと、ここ2週間の体調について黙っていたけれど、実家の母に
来てもらえるよう、頼もう。
義母が来るのは絶対にイヤだ。
優しい人なのはわかっているけれど、不用意なことを言われたら一生憎むに
違いないもの。
会わない方がいい。
母に電話した。風邪で臥せっていたと母に事情を話すのは申し訳なくて。
「どうしたの?休んでるの?」と聞かれ。
「うん... あのね...」と言ったきり、どうしても言葉が出ない。
「あのね... 病気になっちゃったの...」
ようやく言葉を押し出したけれど、涙があふれてその先がどうしてもいえない。
「何の病気なの。どうしたの。」
途切れ途切れに事情を話した。妊娠しているかも、とも、流産の可能性が、とも
話していなかったのだから、母にとっては寝耳に水。
「ごめんね... 具合悪いときに心配かけて...」
「いつでも駆けつけるからね。」
良かった、電話して。
学校に向かう時間が迫っている。母との電話を切ってからひとしきり泣いた後
思い切って立ち上がり、学校に向かう。
国語の授業参観。この1年でなんと成長したことだろう、とクラスの雰囲気の
変化に目を瞠り。
当てられた子の珍妙な答えに、子供達と一緒になって笑い。
1年を振り返る懇談会に出席して、終わった後先生にお世話になったお礼を言い、
Kentの学力や友達関係に問題がないことを確認した。
隣の保育園にTactを迎えに寄り帰宅すると、久しぶりに友達を家に呼べて
嬉しそうなKentの笑顔。
私もTactも一緒に笑いながらその場に加わる。
悲しいことがあっても日常生活はそこにある。
どんなに打ちのめされていても、私にはKentuckyがいるんだ...
普通に夕食を済ませ、子供達を寝かせてからネットで胞状奇胎について調べた。
そして見つけた闘病記を読んでもらおうとオットにURLを送る。
ようやくオットは事の次第を理解した。
明日は休む、と言い出した。
外せない打ち合わせって言ってたからちょっと気になるけれど
でも嬉しかった。
「なんで産婦人科医医院で手術したりしてくれないんだ?
なんで先週わからなかったんだよ?」
先週は赤ちゃんも何も確認できなかったんだよ。
正常な妊娠よりも、お腹がどんどん大きくなったり、悪阻がひどかったり
出血したり、って今思うと全部当てはまる症状なのに、わからなかったんだよね。
でもあそこに通うのは辛いよ、あんなに嬉しそうな妊婦さんに混じって
手術して、経過観察に通うなんてできないよ...
オットの怒りはなんだか的外れで、やっぱり気持ちを共有してくれているようには思えず。
最初から感じている不信感はきれいにはぬぐえない。
でもやっぱり彼なりの「理不尽さ」への抵抗なんだろう...
何度も泣きながら見つけられるだけの情報を見つけ出し。
あとは覚悟を決めるのみ。
まずは明日市立病院に行ってから...だね。
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