楽器演奏者概論(その1)



まず、<父>の音楽に関する経歴を紹介します。

小学2年~4年 ヤマハ・エレクトーン教室(最終グレード11級)

中学3年    同級生とバンド遊び(キーボード担当)
        (春先、小型のアナログシンセサイザーを買ってもらう。)

高校1年~3年 高校のジャズビッグバンドでトランペット演奏
        同高校で並行してバンド活動。ドラムの他キーボード等を演奏
        (入学祝は80鍵の本格的シンセサイザーを買ってもらう。)

浪人時代    家でドラム代わりに座布団をはたく。

大学1年~4年 学生ジャズビッグバンドで本格的にドラム演奏。
        (4年の時、念願のドラムセットを購入)

社会人     高校のOBで組むジャズビッグバンドでドラム演奏。
        他に不定期で2~3管のコンボ(小編成バンド)。
        ここ数年、ピアノトリオではセミプロ活動(自称)。

・・・と、人並みの経歴を持ってはいるつもりです。その、十ウン年の中で自分なりに蓄えて来た様々な経験から、以下に順不同にて述べさせて頂きます。


★ドラマーとベーシスト★
自身の経歴には表われて来ませんが、ドラマーとしての自分を考えた場合、その成長過程において時期毎のベーシストとの関係は非常に重要な物がありました。端的に言えば、ドラマーとしての自分はベーシストに育てられた、と言えるのです。

大学時代、本格的にドラムを始めてまず、先輩の引退を機に2年生からレギュラーバンドで演奏するチャンスを得、4年生まで3年間、同期のベーシストS藤とのコンビでした。このS藤は、掲示板でも登場していますが、現在順調にプロ活動を続けています。学生時代からその才能は抜きん出ており、コンサートマスターとしても4年生の時にはバンドを山野ビッグバンドコンテスト3位にまで引き上げた功労者です。

そのS藤と最も間近でやっていたので、未熟そのものだった小生にはある意味非常に大きなプレッシャーが掛かっていたのも事実です。彼の求める音楽的要求は常に高く、ドラムの奏法に関する細かい指摘まで受けて、シャクに障ることもしばしばでした。しかし結果的には、彼の言っていた事は数年後になって初めて実感したり、現在の自らの持論の中に定着したものも少なくありません。学生時代には消化し切れませんでしたが、ある意味ドラマーの先輩に教わるよりも有意義な指摘を数多く受け、その後の自身の音楽的思考の基礎を与えてくれたのが彼だったと言っても過言ではありません。

さて、社会人になって間もなく、高校時代のOBで組むビッグバンドでは、社会人として、学生時代と比較して1段も2段も上のレベルの演奏が求められ、始めはかなり戸惑いました。学生時代はお互いに罵声を浴びせ合って切磋琢磨しましたが、社会人ともなるとメンバーは皆大人なので何も言ってくれません。

そういった中で、自分としてはやるべき事は見えていたもののレベルがそれに付いて行かず、迷惑を掛けまくったのがベースのYっちゃんです。特に、リハーサルにおいて譜面を初見で演奏するのが当たり前の世界ですが、小生あまり譜読みが得意でなく(耳から入るタイプなので)、毎度のように進行が分からなくなっては、タイトなラインを刻みつづけるYっちゃんを聴いて立て直しました。高校では1年下の彼ですが、非常に紳士な事もあり、先輩ヘボドラマーに文句ひとつ言わず、小生のドラムを下支えしてくれていました。彼が積極的に干渉してくるという事は一切なかったものの、自分の気持ちの中では彼に助けられて社会人ドラマーとしての駆け出しが軌道に乗ったと思っており、とても感謝しています。

最後に、ここ5年程、相当にお世話になっているN津さんがいます。彼は小生より年上でもあり、音楽的にも非常に頼りになる存在です。出会ったのは、都内のジャムセッションの場だったのですが、そこで小生が初めて演奏した時に、たまたま彼が弾いており、非常に盛り上がったのを記憶しています。後日、彼曰く「自分と感じているビートが近いなと思った」のだそうです。

確かに、小生は学生時代ビッグバンドをやっていた事もあり、相当に前ノリである事(ビッグバンドでは、リズム隊がホーンより後ろになる程カッコ悪い物はないので)は事実で、それが、N津さんがジャムセッションをやっている範囲では他の所謂ジャズ研系の(全ての人がそうではありませんが)重いドラマーとはビート感が合わなかったのだろう、という事は容易に想像がつきます。小生自身、そのジャムセッション(月1回)でN津さん意外のベーシストとやると、彼らの余りに重いビート(というより、それ以前にテンポキープできない人が多かった)に異常な違和感を覚え、小生が必死にテンポキープしているのに平気で遅れて行き、しまいには1拍以上ズレる事もしばしばでした。

そうなると、自由奔放なインタープレイなど出来るはずもなく、苦しみながら必死にテンポキープ(1拍ズレれば字余りで修正してやる)だけに集中するという、最悪の状況でした。演奏している事が苦痛だと感じる機会はなかなかありませんが、その時は正にそのものでした。他のドラマーが平気でやっているのを見ていると、結局そのような人同士がやると、ドラマー、ベーシストの演奏双方にビートが無い状態なので、お互いそれなりに気にせずできているんだろうなあ、と漠然と結論付けましたが、それ以上考える価値もないと思いました。

さて、話をN津さんに戻しますが、彼に「本業は何ですか?」と聞くと、「ウ~ン、釣り師かなあ」と言うので始めは冗談かと思いましたが、よくよく聞くと実際、毛鉤を自分で巻いて卸したり、釣りのガイドをしたりして生計を立てているという、珍しい人でした。音楽についても殆どプロ級で、オリジナルの曲を作っては自分のバンドでやり、都内の小さなライブハウスで細々とライブ活動をされていたようです。ただ、音楽の指向がECM系とも何ともつかぬ独特のもので、ECMを理解する人でもちょっと取っ付きにくい代物でした。

知り合ってすぐに「ウチのバンドでやらない?」と声を掛けられ、脱退しようとしていた前ドラマーと交代する形で、彼をリーダーとするピアノトリオに参画しました。ピアノは小生と同い年の女性(S沼さん)で、しっかりプロ活動をされている実力派でしたが、やはり音楽性がECM系(こちらはキレイなECM系=キースに近いイメージ)なので、売れ線で押す人よりは営業的に苦しいらしく、ライブをやってもチャージバックは交通費とトントンぐらいのN津バンドでも、音楽性の近さによる楽しみと自己研鑚(N津さんの譜面は、そりゃあ難解でした)だと思ってやっている旨の話を聞いた事がありました。

そして小生も期せずしてS沼さんと同じ状況に。N津さんの譜面がどう難解かというと、例えば変拍子は当たり前。それも7拍子とかいう意味ではなく(それだったらメセニーを好む小生には苦ではない)、4/4の途中に不規則に2/4が挟まっていたり、ベースが5拍子・ピアノが7拍子を同時にやって、1コーラスが35小節で完結する等々。また、コードの話は小生苦手なのですが、プロのS沼さんをして初見に苦労するような常識では考えられない進行で作られていたり。結果、譜面にかじりつきながら高い集中力を要求される演奏を余儀なくされました。ただ、非常にエポックメイキングな曲が多かったので、良い緊張感で演奏でき、慣れてくるとその不規則さが気持ち良くなったりしましたが。

奏法的な注文も突飛な物が多く、例えばバラードの曲でマレットのみで演奏しろとか、パンクみたいに出来るかとか、それ位ならまだ当たり前ですが、しまいに4拍子の曲で「手で5拍子、足で3拍子をキープするって出来る?」と聞かれ、「人間には出来ないと思います」と答えて勘弁してもらった事もあります。ただ、全般的には「好きなようにやってみて」と言われ、やってみて若干の注文が付いたりしますが、ほぼN津さんのイメージを汲み取れる素養はあったようで、その辺、聴いてきた音楽遍歴が近かったのが幸いしていたようです。

そんな訳でそのピアノトリオではまず、3人だけでやった時の各個の重要度の大きさ(丸裸ですからね)のプレッシャーが良い経験でした。ビッグバンドでは得てしてやり過ぎるとかえって邪魔になるような、自由な色付け、表現やインタープレイも、トリオではそれが最も必要だったり、当然ソロも多くなりますが、フリーのソロなどビッグバンドでは殆どやる機会が無かったものですが、これもライブの度に数曲で指示されたり。何しろ、自分の演奏がバンドのカラーを作っている、という強い意識を持たされたのは、このトリオが初めてでした。

また、ライブでチャージバック(所謂ギャラ)をもらうというのも初めての経験で、もらえるギャラに相応しい演奏をしなくては、という責任感と緊張感が、演奏に対する集中力をさらに高める事にもつながり、良い方向に作用しました。そういった、音楽的にも営業的にも様々な未知の経験を数多くさせてもらったという意味で、N津さんに引っ張ってもらったここ数年の自分の成長度は、学生時代よりも大きかったようにも思います。

以上、長々と書き殴りましたが、そんな訳ですから、小生のドラマー人生のかなりの部分を自分よりレベルの高いベーシストに影響されながら歩んで来たのは間違い無く、それ故、ヘッポコベーシストとやると非常に不満が沸くのも、良し悪しだなあと思いながら、本件を結論付けるでもなく終わりたいと思います。


★自身の音楽的素地★
聴いてきた音楽の遍歴が、全ての人の音楽的素地を作る物だという事に異論を挟む方はいないと思います。小生も例に漏れず、今の自分の音楽性は、特にここ10年程の内に聴いてきた音楽が大きく影響していますし、そこに至るまでにはそれ以前の連続的な経過があった訳で、まずはそれを振り返ってみようと思います。(これを全部知ってる人がいれば、奇跡でしょう。小生とは一生話が尽きませんね。)

小学校低学年
母親がステレオで聴いていたFM番組の、歌謡曲や洋楽、クラシックが耳に入ってきました。この頃流行っていた曲は、強く印象に残っています。また、児童唱歌シリーズのEP版セットの中で「バナナの歌」とか「新幹線ひかり号(?)」とかが好きで、自分でプレーヤーに乗っけて聴いていました。

小学校3、4年頃
子供らしく、母親が買ってくれたTVアニメの主題歌を集めたアルバムを良く聴いていました。「大空魔竜ガイキング」とか、「母をたずねて三千里」が好きでした。他に、「宇宙戦艦ヤマト」の劇場版サントラのレコードがすっかり気に入り、毎日聴いていました。

小学校5、6年頃
歌謡曲が好きになり、ラジオのベスト10番組等を聞いては、好きな曲をテープに録音していました。シャネルズがお気に入りでした。また、姉の部屋から聞こえてくるABBAやゴダイゴが自然に耳に入って来ました。

中学1年~2年頃
姉の影響で洋楽に目覚め、FMのヒットチャート番組や、TVの「ベストヒットUSA」を一生懸命見ていました。MEN AT WORKやらQUEEN、DURAN DURAN等を好んで聴き、貸しレコード屋で借りてテープに録音して伸びるまで聞いていたのもこの頃です。他に、ガンダム、ザブングル、ボトムズといった、サンライズ系のアニメのサントラも大好きでした。

中学3年~高校頃
突然JAPANに目覚め、一気にイギリス系にのめり込んで行きました。というか、気付いたらイギリス系しか聴いていなかったという方が正確です。JAPAN、David Sylvianにはとにかく没頭し、一生聴き続けると当時は思っていました。YMO(解散の頃)もこの頃でした。他に、ULTRAVOX、U2あたりも好きでした。高校ではパンク方向にも踏み込んでしまい、日本のインディーズも含めバンドでもやりました。一方でBrian Enoの環境音楽にもハマり、激と静の両極端な時代でした。そして同時に、高校ではついにJAZZにも出会い、CASIOPEA(JAZZか?)を聴きあさりました。バンドでも本当はCASIOPEAをやりたかったのですが、ベース、キーボードまでは見つけたもののギターがなかなか見付からず、1度だけに止まりました。JAZZの素養はこの頃培われたと思っています。

浪人時代
一瞬、種ともこ、ヒカシュー、原マスミ等、日本のマイナー系を追っかけた時期です。結構すぐに飽きましたが。

大学時代
入ってすぐに、先輩から借りたChick Corea Elektric Band でDave Weckl に出会い、人生を決める(?)程のカルチャーショックを受けました。元々がフュージョン好きだった事も手伝い、Wecklのコピーに明け暮れるドラム小僧になって行きました。この頃は図書館でレコードをコンスタントに借りて色々なのを聴きあさりましたが、大きな発見はWindam Hillレーベルでした。環境音楽的な趣味も強く持っていたため、いっぺんに好きになりました。また、Keith Jarrettのソロコンサート等、自分の楽器とはおおよそ関係のない趣味の物も良く聴いていました。しかし、何しろ金がなく、好きなCDを買いあさるという事はできず、図書館の限られた範囲で我慢していました。しかし、さすがにPat Metheny は自分でも買わずにはいられず、10年以上経った今でも当時のアルバムも良く聴きます。

社会人(~現在)
経済的に余裕が出ると、いよいよCDを狂ったように買い始めました(と言っても、友人の多くは小生よりずっと狂っていましたので、小生のCDラックはかなり見劣りします)。これ以降、最近に至るまで、ECM系の占める割合が多くなり、Jan Garbarek 、John Abercrombie 、Dave Holland 、Bobo Stenson 等々、ECMの有名どころは殆ど網羅しています。

・・・と、こういった遍歴を辿って現在の小生がある訳でして、小生の演奏を御存知の方なら、その片鱗を垣間見る事ができるのではないでしょうか。例えば、「ああ、ここは母をたずねて三千里だな」とか(??)。


★カラオケは嫌い(歌心とは)★
会社の付き合いで行くカラオケも、バックはカラオケだと思っているソリストのカラオケをやるのも両方嫌いです。

今まで色々な場面で出会ったプレイヤーとの演奏を振り返ると、ぼんやりとその傾向が見えてきます。それはいくつかのタイプに大別でき、「<一緒にやって>すごく楽しい」人から「<バックでやってて>全く面白くない」人まで、様々ですね。ドラマーの目で分析してみます。

(1)「生真面目」タイプ
音楽理論を一生懸命勉強し、楽器のスケール練習も熱心にやった結果を、アドリブソロで発表する人。一応テンポにも乗り、理路整然とスケールトーンを並べて行きます。JAZZも好きで、散々聴きあさっているはずなのですが、フィーリングが伝わって来ません。気持ちも入っていないのか、盛り上がる事も無く、淡々と割り当てられたスペースを埋め、帰って行きます。中には盛り上がりまで計算し尽くされたソロを取る人もいますが、いずれにしても他のプレイヤーとのインタープレイは一切なく、バックは文字通りバック、所謂カラオケ状態になっています。入りこむ隙もありません。

(2)「ノリ一発」タイプ
意外と楽しいのがこのタイプ。音楽理論はちょっとは知ってるけど、そんな事よりビートとハート。気持ちが前面に出てきて、聴いてる方も一緒にやってる方も楽しくなります。アマチュアなら、前のタイプよりこっちの方が重宝です。こういう人は先天的な音楽的センスに非常に良い物を持っており、ビート感、ピッチ感も往々にして良いです。それと後天的なイメージが上手く融合して、曲を盛り上げてくれます。でも、譜面は苦手だったりします。このタイプ、好きです。

(3)「テク無しセンスオンリー」タイプ
もっと意外なのがこのタイプ。テクニックは首をかしげたくなるものの、それがかえって心地よいスペースを作りだし、たまに出てくるナイスなフレーズとそのスペースによってバックが自由に遊べます。本人は多分、思うように出来なくて楽しくないのでしょうが、バックは楽しんでます。聴いてる人はどうなんでしょうね。

(4)「デタラメ(ドレミファソロ)」タイプ
理論無し、センス無し。「ドレミファソ~」「ソファミレド~」的なフレーズを繰り返しながら、本人は妙に盛り上がってます。得てして、アドリブソロを取りたがります(よく恥ずかしくないな、と思います)。しかも、なかなか終わりません。こちらは言葉無し。誰か止めてやってくれ~!!

(5)「インスパイアされる」タイプ
プレイヤーとして完璧な人です。プロにならないのは本人の意思だけの問題でしょう。まず音がキレイ。アカペラで吹いて(弾いて)も、ビートもコード感も完璧、バックと一緒にやっても楽器で言葉を投げかけてくれます。こちらの仕掛けにも臨機応変、大人の対応を返して来ます。つられて、バックのプレイヤーも100%以上のイメージが引き出され、ひとつの音世界が創り出されます。こうなると、楽しくて仕方ありません。ずっとやり続けたくなります。

以上、細かくはもっと色々なタイプの人がいましたが、印象に残っているのはこんなところですね。自分自身は、社会人ともなると時間もないため、テクニックは学生時代に散々基礎練習したものに頼るしかないのが実情ですが、学生時代よりもはるかに多くのCDを聴き、イメージを広げ、深める事で補っています。というか、補えてません、はい。

バランスが大事ですね。学生時代はイメージが貧弱だったのですが、今はイメージを表現し得るテクニックを自分が持っていない事がストレスになります。特効薬はないので、レベルアップのための基礎練習が出来る時間が取れない限りは、今後は現状の自分のテクニックを最大限に生かせる演奏を模索する事に終始するのでしょう。(自戒)


★前ノリと後ノリ
こないだ、通勤電車の中でMD(その時はMichel Camiloの新譜)を聴きながらボーっと考えていたら、ふと思いました。「前ノリ」とか「後ノリ」とは何か。

そのアルバムのドラマーが、Michel Camiloに対してエラく後ノリで、おいちゃんが随分やりにくそうだったんで、余計に気付いたのでしょうが、要するに後ノリって、オン・ビートから後ろのオフ・ビートの流れのセットと、その流れで行くとここだろう、という次のオン・ビートの間が妙に空いている時に生じるんですね。逆に言えば、オン・ビートのテンポ感が合っていても、オフ・ビートの中のビートが前のめりだと、一緒にやってる他の人は「重く」感じるはずですよね。

無理矢理表現すると、例えば16ビートのパターンで2拍を「チクツクチクツクチ」とハイハットを叩くのがジャストとすると、「チクツク・チクツク・チ」という具合になってると、ジャストの人より相対的に後ノリになりますよね。そんな事なんだと思います。

そのアルバムのドラマーの場合、オフ・ビートの中で微妙に揺らぐ感じがラテンっぽくて(始めは)結構気持ち良く、そのへんのノリを買ってMichel Camiloも起用したんでしょうが、場面場面で、結構苦しそうに自分のフレーズの流れ(ビート感)を変えながらドラマーに合わせていますね。繰り返し聴いてるうちに、小生もだんだんイライラしてきました。あれに比べたら、昔のアルバム数枚でやってたDave Weckl はジャストだったんだなあ、と思いました。Michel Camilo 自身は相当前ノリですけどね。・・・で、「前ノリ」ですが、その逆ですよね。やり過ぎるとせわしなく聴こえますが、小生はこれです。というか、何故そうなったのか大体分かってます。

学生時代、フルバンをやっててリハを録音した時に気付いたのが、他人の出したビート(カウントでも可)に「合わせて」演奏を始めると、間違い無く遅れますね。つまり、音の出だしを「ここ」と思って出したら、すでにそれはビートには乗り遅れてしまってます。

じゃあどうするかと言うと、まず、すでにあるビートに自分のビート感を同調させて、自分の体の感覚より(乱暴に言えば)若干前めに音を出そうとします。すると、後で録音を聴くとジャストになってます。演奏中はこういうのを連続的に行っている訳です。だから、「人に合わせて」音を出そうとする人が大勢集まってやればやる程、全体としてのビート感は一体感がなく、ダサダサな演奏になりますよね。逆に、「自分のビートで」音を出し、そのビート感を全体に同調させようという意識の強い人が多いバンド(プロは全員がこれ)は、ガチっと固まったバンド一体のビートが聴こえて来ますよね。

小生のやってきた経験の中では一度だけ、そのようなバンドがありました。学生時代、他の3大学と合同で毎年やるライブがあり、そこでのピックアップバンド(フルバン)でやった時がそうでした。まあ、そのバンドも結局はその「意識が強い人が多い」だけで、全員がそうではなかたのですが、そうでない人はそのような人に引っ張られるので、全体としては固まって聴こえますね。これは、気持ち良かったです。ちなみに、そのような経験はフルバンでは後にも先にもそれっきりでしたが。

話を戻すと、そういう訳で「前、前」という意識を強く持ってやってきた小生であったが故に、時に必要以上に(フルバンで、管が余りに遅れるような場合は特に)やりすぎたりもします。しかし、他でも書いたように、フルバンでは得てして管は遅れがちで、これに合わせて一緒にリズム隊も遅れてるような演奏だと救いようがないので、最悪でもリズム隊は前ノリで、というポリシーで今までやってきてます。(それでも、ちょっと油断するとブレイク後の出だしが周囲より遅れちゃったりしますよ。)

というか(また脱線)、アマチュアの管の人は上述のような意識を全く持っていない人が殆どですね。むしろ、「せーの」で出すように指示されても、一呼吸置いて出すのを何とも思っていない様子で、それじゃあアンサンブルでも出来ない訳だ、と思う事が常ですね。「リズム楽器と違って吹いてりゃ疲れるんだから、リズムトレーニングなんてやってらんない」という主張を聞いたこともありますが、そうじゃなくて、前述のような「意識」だけの問題なのですけどね(・・等々、懇切丁寧に説明してもピンと来てない様子の人が多いのも事実)。リズム隊であって、この意識を持っていない人は・・・???(別項参照)「どないせーちゅうねん」ですね。

ともあれ、別項のN津さんと小生は、前ノリ同士でビート感がシンクロしましたし、逆に後ノリ同士で聴いてて気持ち良い人達もいるので、あとは相性の問題になってきますね。でも理想は、どんな人とやっても、お互いのビート感を融合し合えるような懐の深さを持つ事なのでしょう。その点、小生はまだまだです。はい。

(その2)に続く・・・

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