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昨日のブログにコメントありがとうございました。息子は今でもあまり自分の気持ちを私に話すことがなく、何を考えているのかわからないので余計心配になります。小学生の頃は学校のことなどほとんど話さず、聞いたことがなかったです。私は母に学校であったことを何でも話したものですが。息子は小学校1年生の時も2月の半ばから急に学校に行くのを嫌がったことがありました。その時は担任がクラスの子からいろいろ話を聞いて、その子はいじめているつもりや悪気は無かったようですが息子にとっては嫌な思いをしたことがあったようでした。でもそのことを私に話す事はなかったです。その時も3学期末まで学校を休みましたが、嫌だった子と違うクラスにしてもらって担任も変わって2年生の時は行くことが出来ました。子どもは自分の気持ちをなかなか言えないのかなと思いました。何か言われたことが受け取る方にとってはつらい事もあるのかもしれないなと思います。私は今までいじめられたり嫌な思いをしたことはあまりなかったです。自分が鈍感で気づいていないだけかもしれないですが。それにあまり気にしない性格ですが、それでもずっとその言葉を忘れず心を傷んだこともありました。骨折で入院した時、いろいろな看護師さんがいました。最初ひどいことを言う人だと思った看護師さんも1か月もいるとこの人はこういう性格の人なんだなとわかってきて許せる気持ちにもなったものです。でも看護師さんならあまり良くないことに対して思った事をズバリ言うのもどうかなと思いました。患者さんがいない所で言うならいいですが。私は最初手だけでなくお尻も打って痛くて動けなかったので、病室の中の洗面所の水も自分ではコップに入れられませんでした。立って歯磨きが出来ない患者さんには水の入ったコップと口をゆすいだ後吐き出すための小さな桶が配られました。お茶は別に配られていたのですが食前の漢方薬や食後の薬もいろいろ飲むので水が欲しかったのです。お茶でも飲んでも足りずもっとお水が欲しいと言ったら歯磨きにそんなに水がいるのと言われてしまいました。別の看護師さんは文句を言わず必要な時は言ってくださいと言ってくれたりもしましたが。それを聞いた同室の患者さんがこれをよかったら飲んでくださいとミネラルウォーターのペットボトルをくださって涙が出るほどうれしかったです。その後電動ベッドになり少しは起き上がれるようになって飲料水のペットボトルはお金を出して看護師さんに買ってきてもらいました。私は普段から尿の回数が多いのですが、悪いと思って普段よりは出来るだけ我慢していました。それでもトイレの回数が多いように言う看護師さんもいました。同室の方で私以上にトイレによく行く人がいました。その人が食事を配る時にトイレを呼んだら、今食事を配るのに忙しいのにこんな時に呼ばないで欲しいと言われていました。看護師さんが忙しいのはわかりますが、みんなが聞こえるような大きな声で言うのはどうかなと思いました。ある看護師さんは今時間があるしトイレが空いているうちに行きましょうと声をかけてくれて嬉しかったです。話は変わって長くなってしまいますが、今サントリーの創始者の鳥井信治郎さんの本を読んでいます。その中で正露丸が出てきました。あの少し臭いにおいの下痢止めの薬です。日露戦争の頃は征露丸と言って、命名にロシアを征すという意味の征露の文字を付けたので爆発的な人気となり、各薬商も製造販売したそうでした。最初は戦場に赴く兵士たちに軍が脚気用に持たせたそうでした。脚気には効用が無かったが、帰国兵士から下痢止め、歯痛に効果があることが喧伝され、その後もヒット商品となったそうでした。正露丸は日露戦争の頃からあって最初は脚気の薬だったとは驚きました。今読んでいるこの小説は下巻を読み始めたところなので詠み終わったら感想を書こうと思っています。
August 30, 2022
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千日紅のお花に誘われていろいろな蝶が蜜を吸いに庭に来ています。先日ブログを書いていたら、庭の方でアゲハが踊っているのが見えました。2頭で求愛ダンスを踊っていました。蝶の数え方は頭だそうでしたが、普通は匹でもいいそうでした。動きが早いので撮るのは難しかったのですが、初めて身近で見ました。 昨日、いつも読んでいる日経新聞の夕刊の精神科の医師のコラムになるほどと思う事が書かれていました。「そうですね。」と相手に言われると、自分と同じ気持ちを共有出来て嬉しいという気持ちとこの人になら話しても大丈夫だという安心感が持てるという事です。精神科医のこの医師は患者さんに「そうですね。」と言ってもらえるように心がけて話をしているそうでした。逆に、「でも」と言われてしまうと否定されたような気持ちになり、それ以上お互いに話しにくくなるという事でした。「そうですね。」と言われるように話す事は医師と患者間だけでなく、上司と部下や家族の中でも同じではないかという事でした。こういうブログも書いている方も読む方も「そうですね。」の気持ちを持っていればお互いに楽しめて長続きすると思います。同感のコメントをいただけるとこちらも又嬉しくて書きたくなります。でも、のコメントも時には刺激になり勉強になるので、私はそれも否定しませんが。これからも「そうですね。」の心を忘れずに書いていきたいと思いますのでよろしくお願いします。
September 1, 2012
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以前から好きな曲でも、ガンの体験後や震災後は又違って聞こえるものです。より歌詞に敏感になったような気がします。最近改めて聞いて特に好きになったのは、いきものがかりの「YELL]とゆずの「栄光の架橋」です。YELLは「サヨナラは悲しい言葉じゃない それぞれの夢へと僕らをつなぐYELL」栄光の架橋は「悲しみや苦しみの先にそれぞれの光がある さあ行こう振り返らず走り出せばいい 希望に満ちた空へ」の歌詞がとても励まされていいと思います。今は辛くてもその先には希望や夢があると思う事で気持ちが前向きになり明るくなります。 昨日の読売新聞の放送塔で、司会者の発言に対する投稿がとても気になりました。司会者が出演者にガンを宣告されたみたいな顔をしていると言って笑ったとの事でした。私は直接言われた出演者が嫌な思いをするのではと思いましたが、見ていた人も不快に思う事もあるのだと気がつきました。放送塔に投稿した人はがん患者で辛かった告知を思い出してしまったとの事でした。いろいろな人が見ていていろいろな見方をするわけで、テレビでの発言は放送していいものかを考えなくてはならないと思いました。放送塔を書いた記者の人は言った人ががん患者だったら、克服すれば笑って言えるようになると励みになるかもとの事でしたが、やはり不快に思うような発言は良くないと思いました。自分では気がつかない間に誰かを傷つけてしまった事は私もあったと思います。言葉は励ましにもなり傷つけもする、使い方の難しさを再認識しました。自分では考えて書いているつもりですが、もし嫌な思いをされている方がいたら申し訳ないと思います。
August 15, 2011
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私の家には4月から小学生になるような幼児はいません。でも、何故か学習机のパンフレットが送られてきたり、「何とかちゃんのお母さんはいますか?」というどこかの幼児教室らしきところからよく電話がかかってきます。昨日は又そういう電話が若い男の人からありました。いつもなら、該当者がいないとわかると失礼しましたと言ってすぐ切ってくれるのですが、昨日の人はしつこかったです。ああ言えばこう言うで、絶対自分は間違っていない、推測するにはどうとか、私が孫に申し込んだ事を忘れたのではとまで言いました。しつこく電話を切らないので、腹立たしくなって若いので孫はいませんと言って私のほうから切りました。孫がいてもおかしくはない年ですが、そしていつもは明るく若い声ですが嫌な相手だと声のト-ンが下がるので、もっと年に見られたのかと思うともっと腹が立ちました。何故、幼児がいないのにいるという情報が何社かにいっているのか不思議です。登録ははずしてもらっても又別の会社から電話が来るのです。怒っていたせいで電話が外れていたのか、息子の帰るコ-ルが祖父のほうにかかりました。父は電話がかからないのは、たまちゃんのいたずらのせいにしていました。私は日経新聞の私の履歴書が好きです。今月はユニチャ-ムの会長の高原慶一朗さんです。今日はあがり症の話でした。クラスの委員で企画した謝恩会でうまくいかなかったときに、担任の先生から、「世の中にはいろんな人がいて、いい人もいれば嫌な人もいる。でも嫌な人も人間だ。そうした人を避けてはいけない。大人の言葉で言えば、「清濁併せ呑む」だぞ。」 と言われたそうです。「清濁併せ呑む」は善も悪も分け隔てをせず、丸ごと受け入れるという事。度量が広い事を言うそうです。リ-ダ-は旗を振るだけではなく、自分の意に沿わない人にも共感が得られるようにするための話し方、伝える力が必要であり、うまく組織をまとめていく力を持つ事が求められるという事です。仲間内だけだと狭い世界になってしまうので、他の意見も聞くことが大事であり、それが対立するだけではなく両方の意見をあわせてよりいい方向にまとめていくリ-ダ-がどこの世界でも必要なものです。リ-ダ-になる人はそれだけの心の広さが必要だと感じます。独裁もいけないが決断力がないのも問題です。私も人前に立ったりリ-ダ-になるのは苦手で子供の頃から避けて通っていましたが、よく通信簿にクラスのリ-ダ-になって頑張って欲しいとありました。私はとうとうリ-ダ-になれずにきましたが、高原さんはどうやってあがり症を克服してリ-ダ-になったのか今後の展開が楽しみです。
March 4, 2010
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池上彰さんの「伝える力」は文章を書く上でとても参考になっています。感想は一度に書ききれないので、何回かに分けて書こうと思います。新聞やテレビで最近の大学生の国語力が低下していて、論文の文章もきちんと書けなくなったと指摘しています。大学によっては、文章の書き方のテキストを作ったところもあるそうです。私の読んでいる「伝える力」は主に会社員の人が対象のようですが、私が読んでも役立つ事がたくさんありますし、書くためのヒントをもらえます。文章にカタカナや四字熟語が多すぎるのは難しすぎて読みにくいけれども、接続詞が多いものは幼稚な文章になりがちだということです。「そして」「それから」とか順接の「が」は避けたほうがいいし、「ところで」「さて」も話が別のところに飛んでしまうので良くないとの事でした。「いずれにしても」も今までの論理を否定する事になるので使わないほうがいいとの事でした。使わないほうがいい言葉を知るだけでも書くための参考になりますし、なるほどと思います。難しいことを簡単にわかりやすく書くこと、相手の立場に立って伝える事を心がけるのは大事だと思いました。文だけでいろいろなことをわかりやすく伝える事は本当に難しいと思いますが、普段から心がけていれば少しは書けるようになるかなと思います。自分の気持ちや思いを何とかして伝えるためにこれからも工夫していこうと思います。言葉や作品で自分を表現する事は私の目標の一つです。いろいろなことに興味はありますが、すべては自分を表現する事につながっているような気がします。写真も表現方法の一つです。庭に自然に生えて千両だか万両かわからないのですが、葉も紅葉してきれいで、ひっそりと咲いているのを見つけました。以前からですが、植物、動物は大好きで心惹かれます。
February 12, 2010
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昨日は小雨が降り、とても寒い一日でした。寒くて出かけるのが億劫でしたが、義父の3回忌に出かけました。天気が悪いせいか道路はすいていて最高に早い記録でお墓につきました。途中の道の駅では花や野菜がたくさん売っていてとてもにぎわっていました。今の時期は葉物の野菜が地元のものが多く取れて安くて助かります。親の喪は3年だそうで、3回忌をもって喪があけるそうです。こういう供養をする事が親孝行になるとの事でした。3回忌は正式には参廻忌と書くのだと卒塔婆を見て気がつきました。廻と書くほうが廻っている様子が表現されると思いました。古くからの習慣は気持ちを切り替える上でも大事だなと思いました。この前、テレビで最近の日本語が変わってきていておかしくはないかという事を取り上げていました。差別になるとかで最近はいろいろな言葉が違う言葉に置き換えられているようです。確かに漢字で表すといろいろ気になることもあると思いました。障害者は害を及ぼすような感じがするので害をひらがなのがいにする事が増えているようです。又、民主党の子ども手当ても子供とするとお供のようだと言う事であえてひらがなにしているそうです。最近肌色と言う色はなくなり違う言葉になったそうです。日本の子どももいろいろな国の人もいるので肌の色も様々だからだそうです。今は「うすだいだい」というそうで、息子の色鉛筆を見たら確かに書いてありました。でも、息子は肌色と教わっているようです。時代とともに言葉も変化していろいろ気にしていたらきりがないなと思います。書くときにもいろいろ考えると言葉の使い方は難しいと思います。日本語、特に漢字は奥が深いので、いろいろ使い方に注意していこうと思います。漢字クロスワ-ドパズルの期限が迫ってきましたので、今日は追い込みで忙しいです。
November 23, 2009
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昨日頼んでいた谷村新司さんの新曲「ムジカ」が届いたのでさっそく聞きました。この曲は平城遷都1300年を記念した公式テ-マソングです。710年に奈良に平城京が作られてから長い年月が経っても、「なんと(710)大きな平城京」と覚えられ受け継がれてきた事に歴史を感じます。キ-ワ-ドが「道」「星」「色」で世界へのつながり、橋を架けたいというテ-マで作られたそうです。「ムジカ」は音楽の事で、この詩では人をムジカの花に例えています。道は果てしなく遠くまでつながり、時を越えて音楽を通して夢をつないでいく。スケ-ルが大きな希望、野望が歌われています。編曲も古風な感じなのが、現代の歌とは一味違った落ち着いた雰囲気でいいと思いました。奈良は青と赤が合う美しい都市だと思います。歌詞にもなっていますが、あをによしは奈良の枕詞で青色が似合うようです。万葉集の「あをによし 奈良の都は 咲く花の におうがごとく 今盛りなり」という句を思い出しました。奈良の都は咲く花が美しく照り映えかおるように、今を盛りと繁栄していることだ。奈良は今でも歴史を感じさせる静かな美しい都市だと思います。歌詞の最初に出てくる六連星(むつらぼし)はプレアデス星団の事で昴と同じだとわかりました。昴がここでも出てきた事がわかりました。又、プレアデス星団の名前が色々あることに驚きました。プレアデス星団はおうし座にあり、私はおうし座の生まれという事に不思議な縁を感じました。今、村上春樹さんの1Q84を読んでいますが、やっと四分の一ぐらい読みました。登場人物の事がだいぶわかってきました。こちらも時代背景やいろいろなつながりがありよく読むと含みが多いです。数学の世界と物語の森との違いを書かれている箇所がちょっと気になりました。物語の森では、どれだけ物事の関連性が明らかになったところで、明快な解答を与えられることはまずない。そこが数学との違いだ。物語の役目は、大まかな言い方をすれば、一つの問題を別の形に置き換えることである。そしてその移動の質や方向性によって、解答のあり方が物語的に示唆される。この本の中でこの考えは重要な鍵を握っているような気がしました。そしてなぜ天吾が数学の教師なのかが少し理解できました。私は本も数学も好きですので確かにそれは言えると共感しました。昨年の今頃は息子が修学旅行で京都、奈良に行っていました。1年間は早いなあと思います。「ムジカ」には「せんとくん」のステッカ-が入っていました。評判が悪かったのに、今も残っているんだなと思いました。この写真は息子が昨年撮ったものです。
July 14, 2009
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昨日の読売新聞の夕刊を見ていたら、「ちなみに」についての意見をねじめ正一さんが書かれていました。私は今まであまり使ったことはなかったのですが、最近テレビを見ているとアナウンサ-やコメンテ-タ-が良く使っているなあと確かに気になります。「ちなみに」は参考までにちょっと付け足したい時に使う言葉でそんなに頻繁に使う言葉ではないそうです。息子もテレビの影響か、よく使っています。息子の良く使う言葉に、「微妙」というのがあります。あまり私に話をしないで、いつも簡単な単語で答える事が多いです。例えば、私が「テストはどうだった?出来た?」と聞くと、「微妙」と言います。他の子も良く使うようです。「微妙」と答える時は、自信がなくあまり良く出来ていない時に使うようです。それなら、「難しくて、わからなかった。」という方がわかるのになあと思います。ブリゴキのレ-スプのCM、字と映像が出るのでなるほどと思います。直接言いにくい言葉はこういうのも面白いとは思います。でも何でもこんな風にいうのは、不快に感じます。言葉の表現は難しいと思います。相手に誤解されないように考えても、別の解釈もあるのだと気づかされることがあります。又、わかりやすく書こうとすると、幼稚な文になってしまい、考えて書くと堅苦しい文になってしまいます。私が書道を習っていた時も、どうしても型にとらわれてしまい、遊び心が出せませんでした。どうしても字には個性が出てしまうようです。同じ文でもここで書くのと実際に会って話をするのでは又イメ-ジが違うのではと思います。言葉の勉強には本を読むことがいいようですが、本を読んでいても自分で書くときにはやはり同じような言葉を使ってしまいます。ここでは、リラックスして書きたいので、細かい事は気にしないようわりきりたいと思います。自分の言葉で書きたいのでご了承願います。昨日から真夏の暑さになってきました。30度以上だとやはりつらいです。エアコンを掃除していたら、怖いのかいつの間にか、はなちゃんがいなくなっていました。「はなはどこに行った」(同名の歌も思い出してしまいました。中学校の英語クラブで歌っていました。)夜になってやっと自分で出てきました。暑いのに隠れていて大丈夫か心配になりました。たまちゃんは、暑いと色々な場所で寝ています。エアコンは寒すぎて嫌のようで、藤の家具の上の風通しのいいところで、午後は寝ています。ここは暑いのではと思うような変な場所でも寝ています。たまちゃんは見えるところで寝ていて、鳴いて自分がいる場所を知らせるので心配ないです。しろちゃんは日陰を求めて寝ています。私や母が玄関から出たり、空の皿を持つと、おねだりします。いつも近づきすぎて上手く写真が撮れなかったのですが、初めてお行儀良く立派に映りました。暑くても3匹とも元気です。
June 27, 2009
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言葉は受け取り方によって、随分と違ってくることはいつも感じています。ここのところ、言葉の受け取り方による問題点をテレビや新聞で改めて感じました。まず、地域医療を頑張っている医師が、患者さんが肩が痛いといっていたのにくも膜下出血だと診断できなかったことを気にしていたところ、その患者さんが他の病院で回復し、この先生に「誰でも間違いはあるのだから、気にしないように。」と言った事で、又医師を続けようと決心したことを話していました。患者の受け取り方次第で、医師を励まし、元気づけて地域医療に残るような気持ちにさせるなんて、素敵なことだと思いました。医師も大変な仕事なのに、患者から文句ばかり言われたら、続けようと言う気力がわかない気がします。余命の告知後の医療者側と患者の思いの違いについて新聞に出ていました。患者は最後まで病気と闘いたいのに、医師は治療はあきらめて死ぬ前の準備を考えるように考えている人が多いそうです。医師は他人事のように割り切って考えているんだなあと冷たいなあと思いました。実際余命を宣告されたら、自分ではどうかと思ってしまいます。告知だけでも冷静に考えられずに精神的に参ってしまう気がします。今はまだ遠い?ことなので、今の段階の私は効果がない治療はやめて副作用や痛いのだけがなければいいと考えていますが、どうしてもその立場でないと実感できないことだと思います。阪神淡路大震災から14年になるそうです。建物が戻っても、心はまだ以前には戻れないと言うことでした。集合住宅もそれぞれ孤立し病気の人や高齢な方も増えているとのことでした。その中で、高校生との文通から元気になった人たちがいるとの放送を見ました。手紙でお互い励まし相談しあうということも素敵な交流の仕方だと思いました。メ-ルよりお互いの気持ちが字や絵や写真で伝わるような気がします。又、若い人と年配の人との交流もお互いにいい刺激になると思いました。漢字クロスワ-ドパズルの締め切りが近づいてきました。答えにこんな言葉がありました。人間到る処青山ありジンカンイタルトコロセイザンアリ意味を調べてみました。釈 月性の「将東遊題壁」の漢詩からの文だそうです。自分の骨を埋めるのは必ずしも先祖代々の故郷を望みはしない。この世はどこに行っても自分の墓地となる青く美しい山はあるのだから。故郷を出て大いに活躍すべきである。いい言葉だと思いました。これからの若い人たちに知ってもらいたい言葉だと思いました。漢字パズルでも言葉の勉強になっています。
January 16, 2009
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息子の受験で出そうな漢字を調べて、塾で前にやったプリントを見ていました。そこに、袖すり合うも○○○○と言う問題がありました。息子はわからなかったようで書いていませんでした。私も今まで多少の縁かと思っていましたが、塾の回答は他生の縁でした。国語辞典で調べると、多生の縁と書かれ、他生は俗用になっていました。漢字って難しいとつくづく思いました。他生は(仏教で)現世を「今生」と言うのに対し、自分が生まれ変わる前の過去の境界とこれから生まれ変わるであろう未来の境界の称。多生は(仏教で)生き物の宿命として動物・人間・天人などとして何回も生まれ変わること。だそうです。袖すり合うも多生の縁は、見も知らぬ旅人同士が同じ木の下に一時憩い宿るのも決して偶然ではなく、この世に生まれる以前からの深いつながりによるものだ。と言う意味です。いい言葉と思いました。なぜこの言葉が目にとまったかと言うと、現在NHKの朝の連続テレビ小説「だんだん」の竹内まりやさんの主題歌「縁の糸」でこのフレ-ズが出て来るからです。毎日聞いているのに意外と漢字がわからないものだと思いました。たまちゃんはすっかり元気になり、軽々とテ-ブルに飛び乗っています。テ-ブルに乗られると邪魔で困るのですが、うれしい回復です。時々せきやくしゃみをしていたので風邪だったのかも知れません。薬を飲まなくて注射だけで回復できて、自然治癒力に驚きました。
December 4, 2008
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昨日の日経新聞夕刊のコラムで、KYについての意見が書かれていました。KYは周りの空気、雰囲気が読めないということで悪く言われているが、これにこだわっていたら、現状維持で何も変わらず先に進めないのではと心配していました。指導者や若者はもっと勇気を持って新しいことに挑戦していくことも必要ではとの事でした。その意見もなるほどと思いました。周りの人に合わせることも必要だと思いますが、みんなに反対されても新しい事を始めることはとても難しいことだと思います。最初は誰もがえ-と思ったことでも、いいことなら続けるうちに認められると思います。昨日のNHKのプロフェッショナルで紹介していた大腸内視鏡医の工藤先生も、30年前に新しく大腸内視鏡を日本で広めようと思ったころには、周りの反対もたくさんあったようです。それでも、患者さんのことを考えて、技術を磨いてきたことは並大抵では出来ない事だと思います。何と言っても、治療後の患者さんの生活のことまで考えているところがうれしいと思いました。技術もそうですが、先生の人柄で、全国各地から患者さんが集まるのだと思いました。手術で悪いところは取り去られて良くなったとしても、体を傷つけてしまうと他に後遺症が出てくるものです。でも、医師は治療さえ終わればそれでいいと思ってしまうものだと思います。私も手術を受けてから、その後の後遺症に悩まされています。手術後の腸の癒着と更年期症状です。腸の癒着では、2回腸閉塞で入院しましたし、ホットフラッシュ、腰痛、肩こり、骨粗しょう症、薬による肝機能の低下にはずっと付き合わなくてはなりません。それでも、命が助かったなら仕方がないように、そして更年期症状は我慢するより仕方がないと医師には言われてしまいます。手術後の患者さんの生活の事まで気にかけてくださる医師がいるということは、患者にとってはありがたいことですし、そういう先生が増えてほしいものだと思います。
September 17, 2008
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