憧れの母乳育児へ


が、今まで出なかったので今回も無理だろうという諦めもどこかにあった。

そしておっぱいの張りも出産を重ねるごとに軽くなっていってた。
なつのときはそれこそお産より痛かったんじゃないかってほどだったのに。
よって、最初はかなりミルクを足していた。

入院中はミルクが置いてありいつでも好きなだけ飲ませることができた。

そのためとりあえず吸わせてみて足りなそうな分(日数×10cc)を足していくのだけどいつも体重を測ると0か一桁だったので毎回ミルクを足していた。

退院後はあろうことか夫の実家に世話になっていたのでプレッシャーからもついついミルクを与えていた。

よく泣く子で泣くたびにお腹すいてるのよ、ミルクあげなさい、と姑に言われ、言われるままに足していたのだ。

でもやはり完全母乳を諦めきれず頻回授乳は続けていた。
夜中などさぼってミルク飲ませちゃおうかな~と思うこともあったけど1回さぼると張ってくる。
こんなこと、上の子たちにはなかったことだ。

短くても数十分、長いと1時間くらいは吸わせていて本当に一日中裸族だった。

そのうちミルクを足さなくても寝ることが出てきた。

おっぱいを吸わせた時間、飲んだミルクの量など全部記録していた。

自分なりには半々くらいかと思っていたのだけど新生児訪問の人が来てくれたとき、予想より増えている事がわかる。

ミルク足しすぎです、と今まで一度でいいから言われてみたかったことを言われる。

このままだと完母になれるかも!?
とまで言われ乳首の痛みさえなければ舞い上がっていただろう。

そう、なつのときは切れて授乳を断念したのだ。

ゆうの時は切れはしなかったが生まれてまもなく手術するような病気になりあえなく断念、りぃも切れていたらここまでこれなかったかも知れない。

それほど痛みには弱い私。

でも痛くないわけではなかった。
切れてはいなかったけど真っ赤になり水がかかるだけでも激痛だった。
それでも諦めたくない一心で吸わせつづけ、、、自宅に戻り生後1ヶ月半でミルクを足すことなく過ごせるようになったのだ。

自分でも信じられなかったがどんなに嬉しかっただろう。
痛みは相変わらずだったけど調乳しなくていいのがこんなに楽だったなんて、と思ったのはまだ夜だけで、昼間は相変わらずの頻回、そして長時間授乳、授乳の合い間に家事をしている状態だった。

途中、リンパ線が腫れ、何日か中断してミルクをあげたけどそれ以来今まで一切足さずにきた。

今でも小柄だけど大病ひとつせずここまで育ってくれた。

そんなりぃも今はもう歩くようになり卒乳も現実味を帯びてきたけど最後の授乳なので嫌がるまで続けたいと思う。



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