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cozycoach @ Re:徳川忠長 兄家光の苦悩、将軍家の悲劇(感想)(11/20) いつも興味深い書物のまとめ・ご意見など…
2023.07.12
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 ”若冲が待っていた 辻 忠雄 自伝”(2022年12月 小学館刊 辻 惟雄著)を読みました。

 江戸中期の絵師・伊藤若冲を奇想の画家として再発見し若冲ブームの扉を開いた、日本美術史大家の自伝的エッセイです。

 初め町狩野の大岡春卜につき春教と号していましたが満足できず、のちに相国寺をはじめ京坂の名刹にある宋、元、明の名画を熱心に模写しました。

 また、身近にある動植物を日々観察し写生に努め、”動植綵絵”30幅は、”釈迦三尊像”3幅とともに相国寺に寄進されたもので、若冲の悲願のこもった生涯の傑作です。

 濃艶な彩色と彼独自の形態感覚で大胆にデフォルメされた形がみごとに調和して、特異な超現実的ともいえる世界をつくりだしました。

 著者は戦争と重なる少年時代の若冲との出会いから、日本美術隆盛の今日までを綴っています。

 辻 惟雄さんは1932年名古屋市生まれ、産婦人科医の都筑千秋氏の次男で、母方の叔父の辻欽四郎の養子となりました。

 都立日比谷高校、東京大学文学部美術史学科を卒業し、同大学院博士課程を中退しました。

 東京国立文化財研究所技官、東北大学文学部教授、東京大学文学部教授、国立国際日本文化研究センター教授、千葉市美術館館長、多摩美術大学学長、MIHO MUSEUM館長などを歴任しました。

 現在、東京大学と多摩美術大学の名誉教授です。

 日本美術の時代や分野を通底する特質として、「かざり」「あそび」「アニミズム」の3つを挙げています。

 1995年に学位論文「戦国時代狩野派の研究 -狩野元信を中心として」で、文学博士(東京大学)の学位を取得しました。

 2016年に文化功労者に選出され、2017年に朝日賞受賞、2018年に瑞宝重光章を受章しました。

 伊藤若冲は1716年京都の錦小路にあった青物問屋の枡屋の長男として生まれ、23歳のときに父親の死去に伴い、4代目枡屋(伊藤)源左衛門を襲名しました。

 別号、絵を米一斗と交換したことから斗米庵といい、八百屋や魚屋が軒を連ねる錦小路で、海の幸や山の幸に囲まれて過ごし、若冲の原体験として後の作品に反映されています。

 若冲は絵を描くこと以外、世間の雑事には全く興味を示さず、商売には熱心でなく、芸事もせず、酒も嗜まず、生涯、妻も娶りませんでした。

 1755年に家督を3歳下の弟・白歳(宗巌)に譲り、名も「茂右衛門」と改めて隠居しました。

 何がきっかけで絵に目覚めたのか不明ですが、家業の傍ら、30歳を過ぎてから絵を本格的に学び始めました。

 最初は狩野派の門を叩きましたが、狩野派から学ぶ限り狩野派と異なる自分の画法を築けないと考え、画塾を辞めて独学で腕を磨きました。

 京都には中国画の名画を所蔵する寺が多く、模写の為にどんどん各寺へ足を運びました。

 やがて、絵から学ぶだけでは絵を越えることができないと思い、目の前の対象を描くことで真の姿を表現しようとしました。

 鶏の写生は2年以上続き、その結果、鶏だけでなく草木や岩にまで神気が見え、あらゆる生き物を自在に描けるようになったといいます。

 1758年頃から「動植綵絵」を描き始め、翌年、鹿苑寺大書院障壁画を制作し、1764年には金刀比羅宮奥書院襖絵を描きました。

 1765年に枡屋の跡取りにしようと考えていた末弟の宗寂が死去しました。

 この年に、「動植綵絵」全30幅のうちの24幅と「釈迦三尊図」3幅を相国寺に寄進しました。

 隠居後の若冲は作画三昧の日々を送っていたと見るのが長年の定説でしたが、1771年に帯屋町の町年寄を勤めるなど、隠居後も町政に関わりを持っていたことが分かったそうです。

 1572年正月15日に帯屋町・貝屋町・中魚屋町・西魚屋町の営業停止の裁定が下され、錦高倉市場の存続の危機になったことがありました。

 若冲は奉行所と交渉を続ける中で、商売敵の五条通の青物問屋が錦市場を閉鎖に追い込もうと謀っていることを知りました。

 このため、市場再開に奔走していたことが、若冲の弟の子孫が記した錦小路青物市場の記録などから分かったといいます。

 若冲はあくまで四町での錦市場存続を模索し、最終的に1774年に冥加金を納める条件で市場は公認されました。

 こうした事情のためか、この時期に描かれたことが解る作品はほとんど無いということです。

 1788年の天明の大火で自宅を焼失し窮乏したためか、豊中の西福寺や伏見の海宝寺で大作の障壁画を手がけました。

 相国寺との永代供養の契約を解除し、晩年は伏見深草の石峯寺に隠遁して、義妹である末弟宗寂の妻の心寂と暮らしました。

 1800年に85歳の長寿を全うし、墓は上京相国寺の生前墓の寿蔵と石峯寺の2箇所にあり、遺骸は石峯寺に土葬されました。

 後に枡源7代目の清房が、墓の横に筆形の石碑を立て、貫名海屋が碑文を書きました。

 本書は若冲についての書ではなく、著者の幼少期から、高校、大学、大学院を経て、東京国立文化財研究所に就職し、大学教授、美術館館長などを歴任した記録とエピソードです。

 2021年1月1日から1月31日まで日本経済新聞に連載された、「私の履歴書」をもとに加筆、再構成したものです。

 若冲との出会いは、東京国立文化財研究所時代に、アメリカの資産家の御曹司が若冲の絵を熱心にさがしている、という噂を耳にしたことだったそうです。

 その人が東京の古美術商と、2点の若冲の作品を買う契約をしたと聞いて、慌ててその店を探し当てました。

 当時は、若冲の本物に接する機会もありましたが、逸していたといいます。

 1957年に東横百貨店で「鶏図名品展」が開かれましたが、期間が短く見ることができませんでした。

 1964年に店に掛け合って、「紫陽花双鶏図」「雪芦鴛鴦図」の2点を借り出すことができました。

 西洋美術史の吉川逸治先生のセミナー室に持ち込んで、学生たちに見せたそうです。

 これほどの作品がアメリカにわたってしまうのは惜しいと思い、若冲の展覧会などをするようになりました。

 その御曹司はジョー・プライスさんであり、戦後初めて若冲を評価した第一発見者で、著者はさしずめ2番手だといいます。

 ジョー・D・プライスさんは1929年アメリカのオクラホマ州生まれ、江戸時代の日本絵画を対象にする美術蒐集家で、財団心遠館館長、京都嵯峨芸術大学芸術研究科客員教授です。

 1953年にニューヨークの古美術店で若冲「葡萄図」に出会って以来、日本語を解さないながら自らの審美眼を頼りに蒐集を続け、世界でも有数の日本絵画コレクションを築きました。

 若冲は当時は日本では今日ほど注目されておらず、奇の極みというべき若冲の真価がわかったのはかなり後であったといいます。

 1970年に刊行した”奇想の系譜”で、岩佐又兵衛や伊藤若冲などを奇想の画家としていち早く再評価しました。

 生前の若冲は平安人物志の上位に掲載されるほどの評価を受けていましたが、時代の変遷とともに江戸絵画の傍流扱いされるようになっていたのです。

 再評価により、琳派や文人画、円山派などを中心に語られてきた、近世絵画の見方を大きく変えました。

 日本の美術史に大きな影響を与え、特に1990年代以降の若冲ブームの立役者となりました。

まえがき-「運にお任せ」精神的に豊かだった半生/幼少時、あだ名は「めそめそピーピー」/幼稚園、かなわぬ恋の「事始め」/戦争に地震、恐怖が日常に/終戦の玉音放送はひとり自宅のラジオで/美術部で写生に励み、日比谷高校への編入をめざす/浪人覚悟も東大合格。しかしいきなりの留年/2年連続の留年で医学部断念。美術史学科に転部/「雪舟展」をきっかけに日本絵画に傾倒。卒論は浮世絵をテーマに/母、49歳で逝く。美術史の研究を生涯の仕事と決める/大学院進学。吉川逸治先生の講義で開眼/岩佐又兵衛と格闘し、修士論文は合格/東京国立文化財研究所に就職。そして、ついに結婚/曾我蕭白の奇怪で猛烈な絵に衝撃/『奇想の系譜』を連載、刊行。江戸の美術史の定説破る/東北大学に赴任。プライスさんの招きで米国に/性に合っていた東北大学ののんきな雰囲気・父親の死/仙台と東京との往復生活を経て、母校東大に戻ることに/恩師、山根先生との米国旅行の思い出/人との出会いに恵まれた東大での10年/「かざり」への開眼、日文研への再就職/千葉市美術館の館長に就任。高畑勲さんとの再会/多摩美術大学学長を引き受け、『日本美術の歴史』刊行/最後の奉公。70歳でMIHO MUSEUM館長に/辻先生への手紙/辻先生との思い出 悦子プライス/そのパトスだよ、君! と師は叫んだ 泉武夫/奇想の美術史家・辻惟雄先生への手紙 山下裕二/僕の芸術の師匠 村上隆/あとがき/あとがきのその後

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若冲が待っていた 辻惟雄自伝 [ 辻 惟雄 ]

若冲百図 生誕三百年記念 (別冊太陽) [ 小林忠 ]






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Last updated  2023.07.12 21:08:44 コメントを書く


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