日常・・・

日常・・・

第5章 【一夜を過ごす、人間達】


ロスソンは自分の出せる最高の声で叫んだ。
さっきからずっと同じ言葉を繰り返し続けている。
最後尾のグリーがやっと追いついた。
「どうだ!?」
走りながらグリーに訊く。
「やばい!」
そう答えてグリーは後ろを見た。
つられてロスソンも後方を確認する。
あの緑色の触手が ―太さは野球ボールの直径ほど― 5本、レストランのガラスを突き破って道路に出てきた。
さらに驚くべき事態も発覚した。
最後に出てきた触手は土管ほどの太さがあった。
しかも先端には鋭い牙を持った口も見えた。
「これはやばいな!どうするよ!?」
オーウェンが振り返りながら誰ともなしに言った。
するとノートルをダイソンと一緒に抱えているロックが声をあげた。
「あれはどうだ!」
指を指す方には、大きなトラックがあった。
しばらく放置されているため後ろのコンテナはさび付いているが、他に支障は無かった。
後は故障していたり、ガソリンがないという事態を避けるだけだ。
ロスソンは悩んだ。
もしもあのトラックが動かなかったら、一巻の終わりだから・・・
しかし、このまま走り続けても所詮は同じことだ。
後ろを振り返ると触手の大群が、口のついた太い触手を筆頭にものすごいスピードで近づいてきていた。
「よし!皆トラックに乗り込め!!」
そう言って自ら運転席に乗り込む。
助手席にはカーディーが乗り込んだ。
奇跡を信じてガソリンメーターを見た。
まだ半分は残っている。
後はエンジンがかかれば問題はない。
もっていた折りたたみナイフで、鍵の代わりをするとブルルルルン!!とすごい音を出してエンジンがかかった。
どうやら放置されていたせいでくたびれているようだ。
一方、オーウェンがコンテナを開けると中は何も無かった。
どうやら避難の際に狂った奴が全部物資をもって行った様だ。
そんな事は気にせず、結構高いトラックのコンテナに上がりこむ。
すぐにダイソンとロックが走ってきてノートルを放り入れると、2人もせっせと乗り込んだ。
次にカランが飛び込んできて、ソニーが乗り込み、最後にグリーが飛び込んできた。
「出せ!」
グリーは飛び込むなりコンテナから少し見える運転席に向かって叫んだ。
「分かった!」
運転席でロスソンが叫ぶと、アクセル音がしだし黒い排気ガスを出しながらゆっくりと加速していった。
そしてコンテナの扉を閉めようとグリーが手を出した時、レストランが吹き飛んだ。
そして中からは緑色の植物怪獣が出てきた。
高さはビルの2階の高さに匹敵し、何本もの触手を振り回し、そして生えている根っこで進み始めた。
本体は緑色のぶっとい怪物で・・・大きな口が前に突き出していた。
しかし本体のスピードは遅く、触手のスピードからは想像ができなかった。
グリーは思った。
狩りは触手に任せて、本体はゆっくり寝てるのか・・・
そのときオーウェンが叫んだ。
「グリー!触手が!」
その本体から無限に伸びる触手がトラックに追いつきかけていた。
しかしそのオーウェンも本体の姿を目に留めた。
「なんだありゃ!!“ビオランテ”か!!」
それが「ゴジラ」作品に出てくる怪獣の名前だとも知らずにグリーはコンテナの扉を閉めた。


ビオランテ


とりあえず危険は免れたようだ。
「なんなんだあれは!」
ダイソンがなからパニックになりながら叫んだ。
「ビオランテのことか?」
「そうだよ!なんで何十年の前の日本映画の怪獣がスモールサイズで現れるんだ?」
最後は嫌味っぽくなっていたが、ごもっともである。
「ところでノートルはどうなった?」
ロックがチェーンガンを降ろしながら尋ねる。
「ぐっすり寝てる」
ソニーが落ち着いた表情でノートルを見た。
一行に目覚める気配はない。
「いつになったら気がつくだろうな」
カランがそう言った瞬間、突然ノートルが起き上がった。そして咳き込む。
皆は一斉にノートルの周りに集まった。
「大丈夫かノートル」
グリーが皆の代表になって訊く。
「ああ・・・大丈夫だ」
ノートルが喉をさすりながら答えると、一同は安堵の息を漏らした。
グリーはいきさつを話した。
あの蜘蛛モンスターを皆で剥がしたこと、触手の植物モンスターが現れてトラックで逃げていること、ドローレムが死んだこと。
そこまで聞くと、またノートルが咳き込み始めた。
「本当に大丈夫か?」
オーウェンが心配そうに尋ねる。
「ああ、大丈夫だが・・・あいつに顔を覆われてしばらくもがいていたんだが、なんか口の中に何かが入ったんだよな・・・」
それを聞いてグリーはピンときた。
あの腹部のチューブ状のものは、口の中に何かを注入するための物であると。
その声は運転席にも聞こえていた。
パネル1枚で仕切られている向こう側のコンテナでノートルが液を注入されたと言った。
それは自分の服にかかった液体に違いない。
「おい!」
カーディーは声を大きくして、コンテナに聞こえるように言った。
「お前が注入されたのは・・・液体か?」
しばらくするとノートルから返事が返ってきた。
「ああ液体だ。吐き出せなかったんで、経緯上・・・飲み込んじまった」
何かは分からないが、危険なものなのは確かだろう。
しかし毒でも何もないようだ・・・発疹でも起きない限り特に支障はないものと考えた。
が、運転するロスソンは違う考えだった。

―わざわざ顔にへばりついてまで、意味の無い液体を注入するはずはない・・・

まだ口に出すべきではないと、口をつぐんではいたが。




キャメロンは落ち着いて対処した。
外にリッカーがいるのだから、これ以上パニックに陥れてはならない。
ホーキンスに先ほどの部下を集めさせると、キャメロンの前に部下が9人並んだ。
キャメロンは人数をかぞえる。
1人たりない。
その時大柄なコーラスが慎重に声を出した。
「あの・・・ですね、最高司令官」
「どうしたんだ?」
コーラスが一つ息を吸い込んでから告白した。
「ポイントが死にました」
「!・・・」
まさかとキャメロンは思った。
そしてコーラスはゆっくりと突っ込んできたバスを指差す。
判断できた。
それを忘れて話し出す。
「いいか、リッカーがいつ侵入してくるか分からない。まずこの玄関ホールから人っ子一人いなくするんだ。
そしてこの多くの避難民を2階か3階に移動させ、このホールに通ずる全ての扉を閉める。
これが私の考えだ。そして・・・その後に攻撃だ・・・リッカーにな」
キャメロンは早速コーラスたちを行動に移させ、自身は階段に座り込んだ。
「ワラライ!!ワラライはどこだ!!!」
「もう諦めろ!これだけ探してもいないんだったら、もうダメなんだ!!」
そんな怒鳴り声が聞こえてくるが、頭にたどり着く前に消えてしまった。
まさかこんな事態になろうとは・・・
キャメロンは避難民で溢れる玄関ホールを見ながら考えていた。
その時、正面にいきなり男が走りこんできた。
ホーキンスであった。
「最高司令官!言われていたものを調べてきました!」
その声を聞くなり、キャメロンは立ち上がった。
ホーキンスが、右手に書類か何かを持って向かってくる。
そのホーキンスはさっとキャメロンの右側に回りこんで、持っている書類を見せた。
キャメロンの目は丸くなった。
「・・・できたのか?」
「研究チームの報告を信じるならば」
半ば興奮気味のキャメロンの問いをホーキンスが冷静に返した。
研究チーム・・・もちろん信じようじゃないか。
この書類に書かれていることを。
デレック・アローンなんて目じゃないことを。
体内のLウイルスを完全に清掃してくれる薬が完成したことを。




荒れたカナダのハイウェイではバンとバスが留まっていた。
車にライトはあるが、道路を照らす電灯が点灯していないので危険とハンドレックスが停めたのだ。
バスの中の者たちに「休憩よ」、といってからエレナはバスを出た。
バスを回り込むと、7人乗りのバンの車内にジョン、ジェームス、ルーシー、そしてもう1人男が見えた。
そこで今ちょうどバスに入り込もうとしたハンドレックスと、一緒にバンの扉を開けた。
「おお」
ジョンがこちらを向き挨拶をする。
運転席にジェームスとジョン、そして真ん中の座席にルーシーとジェームスを慕うダグラスという30代の男だ。
何かとルーシーの隣は気まずいので、反射的に1番後ろの座席にハンドレックスを押し込み、エレナも乗った。
2人が乗り込み、十分な間が開いてから、ジェームスが口を開いた。
「で、今話していたことはだな、2人とも。今日はこのまま休むか、ここでゆっくり休息をとるか、だ」
ジェームスが伸びたひげを構いながら説明する。
すると次に、ダグラスが口を開いた。
「自分の意見からすると・・・やっぱり進んだ方がいいと思うんだけど・・・」
それを聞き、隣に座っているルーシーも口を開けた。
「私はとまって休んだほうがいいと思うんだけど・・・」
ルーシーはふと、エレナと目を合わせる。
つい気まずさを感じてしまい2人とも視線をそらしてしまった。
間が持たないというように、ハンドレックスが口を開いた。
「それより緊急事態だ」
緊急事態という言葉に一同はハンドレックスに顔を向ける。
「それが・・・バスのガソリンがそろそろ切れる・・・ガソリンスタンドによって補給しないと・・・」
その声を聞いた途端、一同にため息がこぼれた。
と同時に、いきなり危機感に襲われた。
「今までは比較的都市を動き回っていたからすぐに補充は出来たけど、ここはどこの地域か分からない。
分かるのはアメリカに向かっているというだけだ。簡単に補充できるかは分からないぞ」
ジェームスが説く。
しかしジョンは今の問題を優先的に考える。
「まずは今夜だ。ガソリン補充は朝に考えるとしよう。で、どうするルーシー」
「待て待て、バスの運転手は俺だぜ。決める権利は俺にあるんじゃないか?」
ハンドレックスは、頭に被っているインディ・ジョーンズ風の帽子をさすりながら言う。

―確かにハンドレックスにも選ぶ権利がある。

「だったらハンドレックス、お前の案は?」
ジェームスが問い詰める。
するとハンドレックスは自信満々で語った。
「もちろん、ここで寝泊りさ」




ロスソンはトラックを停めた。
グリーが言うには植物怪獣は追ってこなくなったようだ。
それにこのまま爆走していても、ガソリンの無駄遣いとなるだけである。
停車させ助手席のカーディーが警戒心も何もなく降りると、呆れるように自分も降りる。
「おい」
コンテナの取っ手に、手をかけようとしたときに反対側にいたカーディーに声をかけられた。
「なんだ?」
「なんでお前まで降りるんだ?」
低く冷たい声が響くが、ロスソンはそれをすぐに受け返した。
「いいだろ?コンテナに入って作戦会議をする。お前はどうなんだ?」
カーディーが辺りを見渡してから静かに言った。
「小便だ」
ロスソンはその言葉をすっと受け流してコンテナの扉を開けた。
すぐにグリーと目が合う。
「どうしてトラックを停めたんだ?」
「ああ、このまま走っていてもガソリンが減るだけだ。だから目指す場所を決めようと」
その声を聞いた途端、ダイソンが鼻で笑った。
「目指す場所?それは無いだろうな」
そこで間をあける。
「なんたって俺達の任務はゾンビやリッカーを消滅させることだ。目指す場所があるわけが無いじゃないか」
それを聞きロスソンは鋭い眼差しでダイソンを睨むが、すぐにいつものロスソンに戻った。
「誰か案は無いか?」
ロスソンが誰ともなしに訊く。
しかし、コンテナの中に異様な沈黙があるだけで、発言があるわけではない。
それが10秒続いた後、オーウェンがはっと顔を上げた。
「おい、普通任務にはエンジニアとか通信兵がいるだろ?どうして今回の抹消任務は、そういった役割の奴がいないんだ?」
「そういえばそうだな」
カランもメガネを拭きながら便乗した。
一同の視線がロスソンに集中する。
「理由を知っているのか?」
ロックが顔を近づけて問い詰める。
ロスソンはため息をついて話し出した。
「あまり触れたくなかったんだが・・・出発の前日に、各部隊のリーダーが集められた。
それで言われたんだ。何があろうと、1週間は迎えのヘリは来ないとな」
「それは知ってる」
一番奥で壁にもたれかかっているソニーが声をあげた。
そしてロスソンの方を向き、さらに一言言う。
「俺達が訊きたいのは、何故通信兵もエンジニアもメディックもいないかだ。ロスソン、知ってるだろ」
ソニーが深く問い詰める。
その低く、響く声にはかなりの威圧感も含まれていた。
しばらく間が開くとロスソンが息を吐き、意を決したように話し出した。
「分かった、話すよ。1週間救援のヘリが来ない理由からだ。これは俺達が抹消部隊だからだ。
それで衛生兵や通信兵がいない理由は・・・これもやっぱり抹消部隊だからだ。
最小限の人数で、反面最大限の力を出せるには通信兵とかはいらないということで・・・そうなった」
「くそったれが」
ダイソンが小さく吐き捨てるように呟く。
「俺達は1週間もここに置き去りか」
オーウェンも目にかかる髪の毛をかき上げながら歎いた。
誰もが意気消沈ムードになったとき、コンテナの扉が勢いよく開いた。
一斉に皆が銃口を向けると、そこに立っていたのはカーディーだった。
全員が胸をなでおろす。
「話は聞いてたぜ」
カーディーはコンテに乗り込まず、そのまま話し続けた。
「お前らそんなに落ち込む話じゃないだろう。送り込まれたどの部隊だって、苦労しないではいないさ。
それは助けも呼べないし、負傷したら応急処置もままならないだろう。しかしな、ハワイには残っている同僚がいる。
そいつらの中に、この任務に参加したいと望んでいた奴もいたかもしれないだろ。
・・・・・・俺達は選ばれた。だからなんとしても生き残るんだ。俺もそうしたい」
いつも冷酷でクールなイメージばかりが先立っていたカーディーの熱弁に、一同は関心と驚きが隠せないでいた。
しかし彼の意外な言動は、ロスソンのそれより皆の気持ちに火をともした。
「分かったよ、カーディー。やる気を起こす・・・」
グリーが無意識に銃を装填した。
「それで、カーディー、これからの作戦は?」
ロスソンは自分がリーダーという立場も忘れ、カーディーに意見を訊く。
しかしカーディーは真面目な顔をして、バスの向こう側を指差した。
「あそこに学校があるだろ」
グリーとロスソンはコンテナから降りて、カーディーの指差す方に目を凝らした。
暗闇なのでよく分からないが、近代的な校舎と思わしき建物が見える。
「見えるな・・・それがどうした?休もうってのか?」
グリーがカーディーに尋ねる。
「いや、休むのも含むがな、俺は脱出もしたいんだ」
「なんかさっきといってることが違うぞ」
ロスソンが鋭い突込みを入れるが、カーディーは意見を話すのを先決した。
「いいか、あれは多分小学校か中学校だ。遠距離通信機があるかもしれない。
それが無くとも少なからず電話があるだろ。遠距離電話であることを信じてあそこに行くんだ。
ロスソン、それが俺の案だが」
カーディーは今まで黙っていたのが嘘のように、かなり意見を述べた。
しかし学校だ。
いかにもゾンビやリッカーが出そうなシチュエーションである。
それをオーウェンが聞きつけたのだ。
「マジかよ。そんな幽霊が出そうなところにいくなんて・・・それに電話なら、そこらので十分だろ!」
オーウェンが騒ぐので、グリーが慌ててとめる。
「いいか、ここらへんは何年も使われてないんだ。だとしたら、公共施設のほうが・・・」
グリーは一瞬考え込むような顔をするが、すぐに元に戻る。
「つまり、公共施設のほうが電話の強度が強いし、遠距離電話を置いてある可能性が高い・・・分かった?」
オーウェンはグリーの顔を見ていたが、渋々頷いた。
5分後には、全員がトラックに乗り込んでいた。




ジョンは寝ていた。
ハイウェイの上で、なおかつバスの隣のバンで。
運転席の座席を倒して寝ていた彼は、ふと目を覚ました。
フロントガラスから差し込む月明かりがまぶしい。
隣には銃を持ったまま寝るルーシーがいる。
横のガラスから外を見ると、バスの中で眠っている者たちが見えた。
その中にはエレナの姿も見えた。
しばらくエレナを見つめていると、突然トランシーバーから声が聞こえた。
『ジョン、聞こえるか?起きてるか?』
ジョンは驚いてビクッと飛び上がってしまった。
体を落ち着かせるように深呼吸をすると、トランシーバーを手に掴む。
先ほどの声はジェームスを慕うダグラスのものと直感する。
「どうしたダグラス。何かあったか?」
一瞬間があきダグラスの声が返ってくる。
『ジョン大変だ。後ろを見ろ、後ろだ』
ジョンが急いで振り返る。
「そんな・・・」
ジョンは口をあけて黙り込んだ。
ゾンビの大群がハイウェイに登ってまで生き血を求めてきたのだ!
「ありえない・・・こんなことありえない」
そう呟くや否や、その中に一回り大きいものを見つけた。
体はリッカーのように筋肉むき出し、長い爪に長い舌、しかし2速歩行で、顔には誰かの面影を残している。
恐らく変異前の人間であろう。
『おい、聞こえてるのか?ジョン?』
ダグラスがそう叫んでくるが、ジョンは開いた口がふさがらない状態であった。
かつての親友、ダラック・ハイドがまさにその怪物だったからである。


エレナはバスの座席で強引に体を横にしていた。
かなり苦しい体勢だからか、何度も首を動かしたりしている。
そんなエレナがようやく熟睡の域に達したと思ったとき、バスの室内ライトが点った。
エレナが目をしかめると、次いで騒がしい音が響き渡った。
ハンドレックスがどこから取り出したか、フライパンを鉄パイプで叩いていたのだ。
「起きろーみんな起きろーー」
「どうしたんだハンドレックス!」
戦闘員の男が怒るように尋ねる。
「移動するのさ。その前に一つ、決して後ろは見ないこと」
ハンドレックスがそう指示をする。
しかし彼の努力は虚しく・・・当たり前だが皆後ろを振り向いた。
するとゾンビの大群がバスに迫っているではないか。
誰もが息を呑む。
ハンドレックスが咳払いをして、パニック寸前だった皆を黙らせる。
「え~戦闘員はいつもの武器を持ってバスの前に集合とジョンから連絡が入った」
その声を聞き、エレナも急いでマシンガンと弾薬の着いたベルトを締める。
そして戦闘用のブーツに履き替え、ハンドレックスの話を聞く。
「ジョンが言うには、とてつもない野郎が混じってるらしい・・・気をつけてくれよ。お前らに俺達の命運はかかっているんだから」
ハンドレックスが戦闘員達を激励する。
そしてすぐに数十名の男と女、そしてエレナも混じってバスの外に出た。
バスから出たエレナはまず敵を確認しようとバスの後方に回る。
距離は遠いが、かなりの数のゾンビが追ってきていることは確かだ。
するとバンに乗っていたジョンにルーシー、そしてジェームスとダグラスも合流した。
「皆、戦闘準備はいいか?」
ジェームスの質問に一同は頷く。
幾度と無く戦闘を切り抜けてきたが、こんなに大勢を相手にしたことは一度も無かった。
しかしその雰囲気もつかの間、バスの窓から顔を出したハンドレックスの叫び声が聞こえた。
「おい!!こんな狭いところで戦っちゃ死人が増えるだけだ!!!下に降りて、広いところで戦わないか!!!」
その提案に、ジョンとジェームスが顔を見合わせる。
確かにこんなに狭いと逃げる範囲が限られてしまう。
バスもあまり逃げることが出来なくなる。
たしかに下に降りて平地で戦った方が、勝利できる確率は高くなる。
「分かった。でもどこで降りる?」
しかし都合が良かった。
ちょうど良くここは高速出入り口近くだった。

バスが高速道路の下に降りて、その後からバンが数台続き、最後に銃を構えた戦闘員が続く。
その一人の戦闘員が、隣を歩いているジョンに質問してきた。
「なぁ、バスで遠くまで逃げられないのか?そうすればとりあえずは一件落着だろ?」
「そうしたいんだが・・・ガソリンがそこをつきそうなんだ。だから、あまり無駄に走り回れないんだ。
何処か行き先を決めて真っ直ぐ、無駄のない走りをしないと・・・」
ジョンの説明に、男はがっくりとうなだれて先を急いだ。
するとジェームスが追いついてきた。
「確かにあいつのいうことに一理あった。やっぱりここは戦闘放棄して逃げないとダメだな」
ジェームスも同じような意見を唱える。
しかしジョンは強く否定した。
「めちゃくちゃ強い化け物がいる・・・そいつは俺達と同じ実験をされたんだが・・・成功してしまったんだ。
前にも話したが俺は実験台で、それの失敗作だ。成功すると・・・リッカーとゾンビを足したような化け物になる」
ジェームスは一気に暗い顔になった。
それもそうだろう。そんな奴と戦うのは普通気が引ける。
「だから、そいつは俺とエレナの力でかたをつけるさ。お前達は普通のゾンビを頼む」
ジェームスは頷く間もないといった感じでうつむいた。
ジョンはそんなジェームスを励ますこともできず、無意識に後ろを振り返った。
曲線のインターチェンジを歩いているから本線の様子はよく見えないが、雰囲気で先ほどまで車がとまっていた
所にまで奴らが迫ってきている感じがする。
そして前を向く。
先頭を行くバスは、既に下へと降りて旋回している。
しばらく歩くと最後尾のジョンも高速道路を完全に降りた。
そして少し離れたところに停まるバスまで走る。
完全ではないが、地面は更地で建物の跡は完全に消えていた。
照らす光が月光だけなので良くは分からないが感触で砂と土の中間あたりと感じ、まさしくさら地状態であった。
ジョンは同じく最後尾を行くジェームスと数人の戦闘員たちと同時に、バスの周りに集まるほかの戦闘員と合流した。
「いいか、敵は大勢だ。その中にはジョンのような能力を持った化け物もいる・・・」
ジェームスの言葉に、ジョン以外の全員が暗い顔を落とす。
「でもそれと台頭に戦えるエレナとジョンという奴もいることを忘れるな。俺達“人間”は一般のゾンビを開いてにする」
ジョンは“人間”と言うジェームスの言葉に引っ掛かっていた。
そして自分はもう人間ではないという自覚が、一気にこみ上げてくる。
エレナの方も同じ気持ちらしく、頭を何度も振っている。
「決して化け物に手を出してはならない。そして・・・この広大なさら地を舞台に俺達は戦う」
ジェームスが締めると、一同は無意識にハイウェイの登り口に視線が向く。
ジョンがいつでも撃てるようにマシンガンの装填をしていると、エレナが駆け寄ってきた。
「ジェームスが言ってた化け物って・・・実験成功した奴のこと?」
「そうだ」
大体感づいていたようだ。―もしかしたら確認済みか
「そいつと俺達は戦う」
ジョンは強く言う。
エレナも力強く頷いてくれた。

その時、ジェームスの声が響いた。
「来たぞ!!」
ついに、あの化け物 ―ダラックが変異したHGアンデットを先頭としたゾンビの群れが姿を現した。
狭いハイウェイへの登り口を窮屈そうに歩いてくる。
「マジか・・・」
バスの運転席で、ハンドレックスが絶望的な声を出す。
とてつもない大群に、33年戦い続けた一団が怯んでいた。
「皆!」
ルーシーの力強い声が聞こえる。
「戦いはまだこれからよ!」
リーダー的存在の彼女の励ましで、一同にわずかながら活気が戻る。
しかしジョンから見たルーシーはやる気満々とは見て取れなかった。
怯えるのも当然だ、自分も怖いのだから、とジョンは心の中で思っていた。
ジェームスは脇にいるダグラスと一緒に、群集の先頭にいた。
「ダグラス」
ジェームスの一声で、ダグラスがジェームスを向く。
「なんですか?・・・」
「もし化け物が突撃してきたら俺らは死ぬ。だから・・・退くなよ」
ジェームスの必死の励ましで、怯えていたダグラスにも少しやる気がでた。
あとはジェームスの指示で一斉射撃を始めるだけだった。
近づいてくるゾンビの群れ。
ジェームスが息を吸い込んだそのときだった。
なんと、化け物の周りにいた十数のゾンビだけだが走ってこちらに向かって来たのだ。
「なに!」
ジェームスはその突然の行動につい叫んでしまった。
「よし一斉射撃だ!」
ジェームスの指示で走ってくるゾンビへ銃撃が始まった。

走ってくるゾンビを倒すのは困難を極めた。
今まではゆっくり歩くゾンビだったので照準が合わせやすかった。
しかし走ってくる奴は照準を合わせるのだけでも一苦労だった。
ジョンはこちらに向かって走ってきたゾンビに銃弾を浴びせると、一気に吹き飛ばした。
次いで前転して後ろから走ってきたゾンビを避け、強烈な蹴りを入れる。
その時絶叫が響いた。
誰か1人やられたのだ。
それに気を取られている隙に、ジョンは背後のゾンビに体の動きを封じられた。
肩を噛まれない様、必死に抵抗する。
すると突然ゾンビの顔が吹き飛んだ。
ジョンはとっさに力尽きたゾンビを跳ね除けて命の恩人の戦闘員を見た。
「ありがとう」
そう言ったきり、その戦闘員は何処かに行ってしまった。
ジョンも起き上がると、もう一度マシンガンを持って戦場の中心へと入っていった。

しばらくすると戦闘員の数が減っているのが分かった。
広大なフィールドで行われている攻防戦の勝敗がじょじょに明らかになってきた。
走り回るゾンビたちのほうが、圧倒的に有利だ。
しかもその中にはHGアンデットがいるので、さらに戦闘員の死者は増えた。
「クソ!」
ジェームスの歎く声が響く。
ジェームスが放つ銃弾はゾンビの腹に見事に命中していた。
しかしそれでも怯まずにゾンビは突進してきたのだ。
走ってくるゾンビに思い切り体当たりされたジェームスは、砂の上に転がった。
すぐにゾンビが腹部を噛み切ろうと、ジェームスの腹に近づく。
しかしジェームスの振り上げた足がゾンビの顔にクリティカルヒットすると、よろめいたその隙を見てジェームスは立ち上がった。
落ちていたハンドガンを握り締め、今度は冷静に頭部を狙い打つ。
ゾンビは絶叫も上げず、一瞬で動かなくなった。
ジェームスはさらに突っ込んできたゾンビにも同じく銃弾を食らわせた。
一方、バスの中に立てこもるのも限界があった。
走るゾンビたちがバスの中にいる人間目当てに、バンバンと外側を叩いていた。
そのたびにゴンゴンと鈍い音がする。バスの限界が今にもきそうで恐ろしい。
「みんな!絶対に窓は開けるな!」
ハンドレックスが運転席で指示する。
中にいるのは老人や幼い子供 ―このサバイバル生活の中で生まれた・・・― たちだけである。
ハンドレックスは自分がバスの運転手という役割を持って戦闘に参加できないというのに心を痛めていた。
しかしバスの中でも反撃することも出来た。
「銃を誰か持ってないか!ライフルでもピストルかなんかでもいい!」
ハンドガンをピストルというところ、いまいち素人である。
「ハンドレックス!なにに使うんだ!」
一人の元気な老人が問う。
「突撃なんかしないよ!だけど、窓を少し開けて奴らを撃ち殺せればと思って」
ハンドレックスは説明する。
「残念だが、誰もピストルなんか持ってないよ」
その時、バスの窓ガラスが割れた。
長身のゾンビが叩き割ったのだ。
そこからそのゾンビの顔と多くのゾンビの手が見える。
ハンドレックスは怯える者たちを静めて、後ろの方にやった。
ちょうどその席はエレナが座っていた、乗り込み口の左正面のところだ。
どうして倒すか・・・ハンドレックスは頭を回して駆け寄った。
「クソが!」
ハンドレックスが取った撃退法・・・
それは近くにあった硬いキャリーバックでゾンビの頭をばこばこ叩くことだった。;
「この!クソ野郎!」
重たく硬いキャリーバックを頭に受けたゾンビはびくともしなかった。
「嘘だろ!この!!」
そう言って大きく振りかぶった時、キャリーバックのふたが開いた。
あっと思った瞬間、近くに中身が散らばる。
その中に女性モノの下着を見つけたハンドレックスはしばし、それに目をとられてしまった。

じーーーーーーーーーーーーーー

そしてゾンビのうなり声で我に帰ったハンドレックスは、空になったキャリーケースをもう一度振りかぶった。
その瞬間、後ろの乗り込み口の扉が開いたかと思うと、長身ゾンビの顔が吹き飛んだ。
驚いたハンドレックスが振り返ると、逃げ込んできたようなエレナがハンドガンを構えていた。
「ハンドレックス!」
「ありがとうエレナ!このタイミングで・・・ちょうど良かった!」
エレナはハンドレックスの驚きっぷりに苦笑しながら指示を出した。
「この場所から少し離れましょう。少しくらい走って逃げないと」
了解、とハンドレックスが運転席に向かってエンジン音が響いた。
エレナは割れた窓ガラスから銃撃しようと元の自らの席に向かった。
バスはゾンビの大群の中を走り出した。
「皆、大丈夫?」
奥にいる者たちに声をかけようとしたその時、下に散らばっている下着に気がつく。
これはどこからどう見ても・・・自分のである。
そして一瞬にしてハンドレックスがキャリーバックを使っていたことを思い出す。
「ちょっと!ハンドレックス!これどういうこと・・・」
その時、何かにバスが激突してエレナは思い切り前方に転がった。
エレナはフロントガラスに思い切り体をぶつけてしまった。
「大丈夫か!?」
ハンドレックスがハンドルのエアバックが飛び出しているにもかかわらず、エレナを向いた。
「早く逃げろ!」
「は?」
―ただ柱か何かにぶつかっただけだろう、エレナはそう思った。
「馬鹿前を見ろ!」
エレナはいわれるがままに前を向いた。
暗闇にHGアンデットの長い爪と、剥き出しの強靭な筋肉が見えた。
一瞬の沈黙が訪れる。
―あいつがバスに体当たりしたのだ・・・
「早く逃げろ」
ハンドレックスが無我夢中で叫んでいる。
どうやら追突の際に足を挟んだらしい。
「分かったわ」
エレナは化け物のシルエットを見ながらいった。
しかしふいに振り向くと、後ろで固まる者たちに叫んでいた。
「ハンドレックスが、早く逃げろって!武器はいいわ、とりあえず逃げて!」
「馬鹿か・・・」
一斉に奥に固まっていた者たちが乗り込み口に走る。
エレナはすぐにHGアンデットに向き直った。
割れかけのフロントガラスの向こう側にいるHGアンデットは動こうともしない。
ただエレナだけをじっと睨んでいる。
「エレナ、お前だ、早く逃げろって!」
ハンドレックスの声が聞こえたのか、HGアンデットは強靭な爪でフロントガラスを突き破った。
ハンドレックスが同時に顔を背ける。
「なにするの!」
エレナが“力”を使って吹き飛ばそうとしたが、先にあちらに力を使われた。
そして一気に吹き飛ばされた。
(何で・・・あいつには力なんて・・・)
違った。
思えばHGアンデットもバスの内部に吹き飛ばされていた。
ジョンだ。
思ったとおりジョンがバスの前方で力を使った構えで立っていた。
「ジョン・・・」
そうつぶやいたかと思うと、ジョンが割れたフロントガラスからバスの中に入り込んできた。
そして一気にHGアンデットが倒れているところに駆け寄り、力で持ち上げた。
持ち上げたといっても、狭いバスの中だ。10センチほど浮き上がったに過ぎない。
「お前か!」
ジョンは奴に向かって叫んでいた。
「ダラック、お前なのか!」
エレナはふと気づいた。
・・・・・・・・・・・・こいつはダラック・・・
しかしHGアンデットはすぐに我に返ったようだ。
すさまじい雄たけびと共に足を伸ばしジョンを蹴る。
ジョンが一瞬怯むのを見て、HGアンデットは長い爪の生える手で、ジョンの首を掴みあげた。
力も相当強く、今にもジョンが死んでしまいそうな勢いである。
「この・・・」
エレナが力を発動させようと手を前にかざす。
しかし吹き飛ばされた衝撃で腕に力が入らなかった。
これで死んだら、ジョンは自分で死んだようなことになる。
そう思っていると、もう一度HGアンデットは雄たけびを上げた。
ジョンが何とか腰のマシンガンを奴の腹に命中させていたのだ。
が、それに怯むHGアンデットではなかった。
もう片方の腕でマシンガンを振り払うと、ジョンをバスの後部に放り投げた。
いわゆる、エレナの隣である。
吹き飛んできたジョンに、エレナは皮肉をぶつけた。
「これで死んでも、私を恨まないこと」
「分かってるさ」
ジョンは半分笑いながら答えた。
しかし顔は死を覚悟していた。
エレナもジョンの顔を見て死の覚悟を決めた。
人体実験なんかされたけど、もうここで終わり・・・
HGアンデットはそこに迫っていた。
大きな爪をエレナとジョンに振り上げた。
2人が顔を見詰め合って、覚悟を決めたその時・・・

・・・・・・リッカーの爪のようなものが、HGアンデットの腹部に突き刺さっていた。

ハンドレックスのわけが無い・・・ルーシーでも、ジェームスでもない・・・
HGアンデットは、いまや痛みに顔をしかめている。
刺さっていたものが抜かれると同時に、上半身裸の男が姿を現した。
暗くてよく分からないが、多分黒人系であろう・・・
しかし、どう見ても手からはHGアンデットと同じそれが生えている。
ジョンとエレナが同時に、警戒心を高めた時、男の口から声が聞こえた。
妙に親しみのある声で。

「久しぶりだな・・・ジョン・・・エレナ・・・」

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