日常・・・

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第二章 【ホテル殺人】


山中の目立たない所にひっそり立っている「Bright Hotel」。
名前は「明るいホテル」という所だが、実際山に囲まれた場所にあるためいたって暗い。
さらにかなり目立たない場所にあるため、客足も少ない。
ただの斜面を整えただけの舗装していない駐車場があり、正面に立ついたって古い館っぽいホテル、
そこの駐車場に一台の赤い車が止まった。
中から出てきたのはいかにもやる気の無さそうな顔の中年の男だ。
「はぁ~・・・」
そういうと彼はホテルの入り口の入り口を押して、中に入る。
ペルシャじゅうたんが敷き詰められた広いホールの正面に受付窓口がある。
そこにいた男性が窓口から飛び出てくる。
「よしラリー、交代だ!頑張れよ!」
ラリーと呼ばれたやる気の無さそうな男は、笑いながらシフトチェンジした。
やがて男性が出て行くと、広いホールに一人になった。
しかしこんなことは慣れっこだ。
経営難で平日は従業員一人・・・そんなこと日夜万事であった。



サンダーは人気の無い山道を走っていた。
道路は舗装されているものの、道幅は狭く回りは木々で囲まれている。
「きっついな・・・」
独り言を言いながらサンダーは、警察官が出すスピードではないほどの早いスピードを出す。
そのとき、車に衝撃が走った。
「!?なんだ?」
舗装道路から、一気に舗装されていない砂利道に出たのだ。
「くそ!何でこんな所が・・・」
その時、また車に衝撃が走って、再び舗装道路に戻った。
どうやら工事中だったらしく、暗くなっていたのでサンダーには工事中の看板が見えなかったらしい。
サンダーは再び車をスピードに乗せた。
しかし、空は一気に暗くなってしまった。
ライトを点すが、前方が明るくなるだけであたりはまったく明るくならない。
このままでは事故を起こしてしまいそうだ、そう考えたサンダーはスピードを落とした。
よくよく考えれば急ぐ必要はなかった。
サンダーはこのあたりにある宿泊施設に向かおうとしていたからだ。
「くそ・・・どこだ?・・・」
暗くなって、完全にあたりは見えない。
しかも気が続くため、さらに暗闇が演出されてしまう。
そのとき、右折できる場所を見つけた。
どうやら舗装はされていないようだが、よく見ると看板が見えた。
【「Bright Hotel」この先】
「・・・あった」
明るいホテル、と名がついたホテルの看板を見つけた。
これが宿泊施設らしい。
想像していたのとは違って、案外綺麗な場所かもしれないな・・・
と考えながらサンダーはそこを右折すると、舗装されていない道を走り出した。

しばらく進むと、かすかに明かりが見えた。
「あそこか」
そう呟いた瞬間、左右の林が途切れて広い空間に出た。
といってもどうやらそのホテルの駐車場らしく、土の上にロープが引いてあり駐車場所が区切ってある。
車は4台、ミニバンにコンパクトカー、それに古いBMWと赤いバンが止まっている。
そして肝心のホテルだが、映画にでも出てきそうなふるい館といった感じである。
正直うんざりしたが、木で出来たボロい流行らない宿泊施設よりはましであった。
「仕方ないか」
サンダーは荷物を持ち、ホテルの入り口を開いた。
広いホールに敷かれたペルシャじゅうたんの赤い色が目立つ。
正面にチェックインなどに使う窓口、左側には階段がある。
サンダーは窓口まで歩き、そこにいた面倒くさそうな顔の男に話しかけた。
名札を見ると、「ラリー・ビーン」と書いてある。
「泊まりたい」
ラリーはどこか面倒くさそうに用紙とペンを取り出す。
「何名様?」「見てわからないのか?1人だ」
サンダーが呆れながらいうと、ラリーは用紙に何やら記入しながら聞く。
「名前と職業を」
「アレクサンダー・オクスファル。警官だよ。サンダーと書いてくれ」
サンダーもぶっきらぼうに答えてやった。
すると警官という言葉に反応してか、ラリーは目を丸くして顔を上げた。
「どうした?」
サンダーは男の反応を楽しむように問いかけた。
ラリーは「い、いや」とだけ反応すると、用紙をちぎってファイルに閉じた。
そして引き出しの中から鍵を取り出した。
「部屋は4号室を。そこにある階段を上がってほぼ正面にあります。チェックアウトは午後10時。
部屋にシャワー室はありますが、トイレはそこの階段の脇か2階の一番隅にありますんで」
従業員の男はそういってサンダーに鍵を渡した。
狭くて古いところだが、のんびりと出来そうな雰囲気が漂うホテルだった。


ホテルの3号室には、既に先客がいた。
ロール・ベンジャーという若い男性である。
彼は狭い部屋のベッドに座りながら、カメラの機材を整備していた。
職業はカメラマン、取引のために移動中であったが日も暮れてきたのでホテルに宿泊することにしたのだ。
その時、尿意を催したロールはトイレに行くため部屋の扉を開けた。
すると、大きめのケースと、小さいかばんを持った中年の男が部屋の前をうろうろしているではないか。
不思議に思ったロールは、その男に話しかけた。
「あの・・・何をしているんです?」
するとうろうろしていた男が我に帰ったように顔を上げた。
「あ、今階段上がってきてトイレに行って・・・4号室に向かうとこだったんだ」
中年の男はそういって部屋に向かおうとしたが、ロールが引き止めた。
彼、一度話した人とは少しでも友好を深めようとする人物なのだ。
「名前は何なんですか?」
「サンダー・オクスファルだ」
ロールは頷きながら次の質問をした。
「オクスファルさん、なんで・・・」
「サンダーと呼んで構わない。ところで君の名前は?」
中年の男、サンダーが笑いながらロールに言う。ロールも笑いながら答えた。
「これは失礼。僕はロール・ベンジャー。カメラマンをしてるんです。あなたは?」
ロールがサンダーに聞いた。
サンダーはにやっと笑うと、あえて笑いながら答えた。
「警官だよ」
そういってサンダーは4号室に引き上げていった。
ロールはその直後、尿意の存在を思い出して慌てて廊下の端にあるトイレに向かった。


ジョージ・クインはチェックインを済ませて、3号室と4号室の間にあるソファと自動販売機がある場所で
タバコをすいながらサンダーと名乗る刑事と、ロールと名乗るカメラマンのやり取りを笑ってみていた。
2人が散ると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
階段から若い男女二人組みが上がってきたのだ。
「こんなとこ来るんだったら山道抜けてた方が良かったわ!」
女のほうがそうわめいているのだ。
「仕方ないだろ。夜の山道だ。事故ったらどうする?」
男のほうはいたって静かに対応しているように見えるが、怒りは募ってそうだ。
そんな若い男女がジョージに気付き、何やら視線を向けてきた。
まじまじ見ていたのを気付かれたようだ。
「ようおっさん、俺達がそんなに珍しいか?」
男のほうがジョージに向けてそう言った。
ジョージはなれたような口調で答えた。
「いや、私は16歳と15歳の息子がしょっちゅう喧嘩しているのを見てるからそんなに珍しくも無いな」
その一言で何処か変人扱いされたらしく、女のほうが目で男に合図した。
「早く行こ」ともいった感じにも取れたその合図で、二人はジョージの前から姿を消した。
その瞬間、彼は尿意を催してトイレに向かった。


時刻は午後6時を回った所だ。
このホテルには食堂があり、食事がしたい客はそこに集まってもらうことになる。
今日は客の全てが食事を希望しているため、そろそろ準備にかからないといけない。
といっても食堂の隣にある準備室という名の厨房のような所に蓄えられたインスタント食品や
冷凍食品を調理して出せば良いだけなので従業員一人でも十分こなせた。
窓口にあるボタンでホールの左側、階段上り口の隣にある扉から向かう食堂の電気を点す。
そしてその隣にあるボタンを押した。
クラシックなメロディがホテル中に流れ出した。
午後6時を知らせる館内放送である。
廊下で緩やかに流れ、かすかに客室へと聞こえるレベルの音量だ。
ラリーは一旦事務所に引き上げた後、そのまま食堂へと向かった。


10分後、宿泊客の全員が食堂に集まった。
食堂といっても広いスペースにテーブルと椅子が並べてあるだけである。
ラリーが食堂に面している隣の部屋からせっせと食事を運んできている。
サンダーの前に並んだ食事はミートソーススパゲティである。
隣のテーブルにいるロールのそれと比較すると微妙に量が少ない。
どうやらラリーが必死で盛り付けを行っているらしい。
「さ、食べてください」
ラリーがそういいながら、自らもスパゲティを口に運んだ。
サンダーもスパゲティを勢いよく吸い込む。
10個あるテーブルのうち使われているのは5個。
サンダー、ラリー、ロール、サラリーマン風の男、そして若いカップルだ。
カップルの会話は響くが、もちろん他の男達は他人同士なため会話は行われていない。
いたって静かだ。
そのとき、食堂にある窓ガラスに光が差し込んだ。
「?」
みていると、ラリーが慌てて立ち上がってロビーのほうへと向かっていった。
どうやら客が来たらしい。そう、客が・・・


ラリーは慌ててロビーまで走った。何とか客が扉を開ける前に窓口に駆け込めた。
ホッとしたのもつかの間、彼は入ってきた客の男性に目を丸くしてしまった。
あのラーマス議員だったからである。


ロールは食堂に入ってきたお客に唖然としてしまった。
L・ラーマス平和党議員・・・いまやメディアで見かけない日は無い ―いい意味でも悪い意味でも。
有名議員がこんな古ぼけたホテルにいるのが、なんとも不思議であったが。
好奇心に駆られたロールは、議員に向かって駆け出していた。
「あの!ラーマス議員・・・」
その途端、ラーマスの2人のSPのうち威圧感をかもし出すSPが彼の前にたった。
「近づかないでください」
低い声で言われたロールは、渋々後退した。
次にラリーが近づいてラーマスに話しかけた。
「議員、食事はスパゲティでよろしいでしょうか?」
「そうしてくれ」
ラーマスがそういうと、ラリーが慌てて隣の部屋に入っていく。
ジョージはサンダーに近づいていて、小さな声で話しかけた。
「サンダー刑事、ラーマス議員が来たぞ、おい」
サンダーはなぜジョージが自分の名前を知っているか疑問に思ったが、すぐに返答した。
「休暇中なんだろう」
ふざけてそう答えながらジョージに笑みを送ると、サンダーは立ち上がった。
そしてラーマスに近づく。
「この間はどうも。議員閣下」
サンダーがあえて嫌みったらしく言うと、ラーマスはすぐに気がついた。
「あ、君は・・・事故救助の時の警官じゃないか」
そういいながら手を差しのべる。
しかしサンダーはそれを跳ね除けてみせた。ラーマスにやられたのと同じように。
一度はそれで笑って見せたが、しつこく手を出したままでいるため二人は握手をした。
「不思議だよ、私は貢献賞をもらって、君は何もないとは」
「警察官として当然ですから」
二人は互いに、自然と皮肉をぶつけ合っていた。
そのときサンダーの背後からものすごい声が聞こえた。
「お前!」
サンダーが振り返ると、声の主が突っ込んできていた。
何とかサンダーは避けたが、声の主はラーマスの胸倉を掴んで突っ伏した。
「俺から金を巻き上げやがって!」
それはカップルの若い男であった。ラーマスに罵声を浴びせかける。
「弁償しやがれ!・・・」
そこまで言った所で、サングラスをかけた大柄なSPが男を引き離す。
そしてもう一人のパッと見間抜けな顔だが、意外と渋い顔つきのSPが若い男を取り押さえた。
「離せよ!・・・」
若い男も反抗するが、相手はSP、簡単に押さえ込まれてしまう。
「その人を放してよ!」
男の彼女が叫ぶが、SPは無視をしてラリーに叫んだ。
「おい!この男は危険だ!こいつの部屋に案内するんだ!」
体の大きいSPは低く響く声でラリーに命令すると、威圧感に押されてかラリーがすぐさま案内を開始する。
彼女の方も慌てながら後を追う。
そして一同が食堂を出たとき、一瞬にしてその場が静かになった。
「はぁ・・・」
ラーマスの大きなため息がその空気を破る。そしてジョージが言った。
「なんだったんだよ、おい」
誰ともなしに聞いたその質問で、再びこの場が静かになった。
残った渋い顔をしたSPがラーマスを椅子に座らせた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、それより、なんだったんだ?」
ラーマスの質問に、固まっていたロールが答えた。
「多分、あの男は何か議員に対して恨みを持っていたのでは?」
ロールはそういうと、チラッとサンダーを見た。
「君は頭の回転が良いな」
サンダーが言うと、ジョージが小声で呟いた。
「あこまですれば普通分かるだろ・・・」
その時食堂の扉が開いて、ラリーが戻ってきた。
興味本位でロールが椅子から立ち上がって質問する。
「あの若い男はどうしたんだ?」
「あぁ、あいつなら部屋でじっとしていると思う。SPが扉の前で見張ってるから、大丈夫だろう」
ラリーはそう答えると、ラーマスと目を合わせた。
「すいません、議員。こんな目に合わせてしまって・・・」
ラリーが頭を下げると、ラーマスが手を前に出した。そして顔が渋いSPが前に出てくる。
「君が悪いんじゃない。しかし、あんな事があった後だ。お客全員を部屋に戻していただきたい」
その発言に反応したのはロールだった。
「え?マジですか?だって、まだ食事も途中ですよ?」
「食事なら部屋にもって行って食べろ。議員の安全が第一だ」
大きい体のSPがきっぱり言うので、ロールは一歩後退した。
その後ラリーは渋々頷く感じで言った。
「分かりました。すみませんがお客様、部屋に戻ってくれませんか」
サンダー、ロール、ジョージはラーマスとSP、ラリーに部屋に入るのを見届けられた。
3人は狭い部屋で虚しくスパゲティをすすった。



それから一時間も経つか経たないかするころ、ラーマスは部屋で読書をしていた。
秘書のエメットは別の部屋に泊まらせ、大柄のSPことトッドはラーマスを襲った若い男の部屋を見張り、
顔が渋いSPことデレクはホテル責任者のラリーの所に向かっている。
その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
しばらくスルーしていたが、秘書のエメットがいないことに気付いて慌てて立ち上がる。
そしてドアについている小さな穴からノックしている主を見た。

―お、こいつか。

「なんだ?何のようだ?」
そういってドアを開けた。
その瞬間、相手はいきなり刃物をラーマスの腹部に刺した。
ラーマスが怯むと同時に強烈な右ストレートをラーマスの顔面にぶつけた。
ラーマスが吹き飛び、部屋の床に転がった。
それを見た相手は扉を閉め、何処かに立ち去った。
転がったラーマスは何とかして犯人を伝えようと声の限り叫ぼうとした。


しかしそれも出来ず、彼は息耐えてしまった。


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