日常・・・

日常・・・

第八章 【変える男】


<クラッシュ>は大気圏外へ出て宇宙空間へと飛び出した。
そこで繰り広げられていたのは、あわや宇宙に浮かぶ企業の宇宙船が密集するオフィス・ブロックまで
巻き込むかもしれない宇宙戦であった。
首都惑星であるリカルアの周りには各省庁やら大企業やらの支店兼宇宙船がある。要塞がたくさんあるようなものだ。
そんなリカルア宙域と衛星オリアとの間の宙域で激しい戦闘が繰り広げられているのだ。

その光景を見た<クラッシュ>乗組員一同は呆然とするしかなった。
幾度と無くこの規模の戦闘を見てきたつもりだったが、やはり首都惑星付近となると危機感が全然違う。
全員がその光景に呆然としていたところだったが、アイザックがいち早く正気を取り戻す。
「皆、見とれている場合じゃない。ロック、進路をオリアに向けろ。ナリは念のためシールドの強化を。
ジュリアも万が一に備え火気のチェックをもう一度してくれ」
「「「了解」」」
指示された3人が返すと、そつなく自分の仕事に没頭する。
それをみたアイザックは、自分の席にもたれた。この攻撃の狙いは一体なんなのであろう。
反乱分子がわざわざ予告を出してオリアを攻撃するとは。。。
これから先、なにかよくないこと、全面的な戦争が始まるとしか思えない。
その予告、それを楽しんでいるようにしか思えない。アイザックの勘はそう告げていた。
アイザックが一人考えを巡らせていると、ロックが椅子を回転させアイザックの方を向いて報告する。
「オリアまでは最高速度で通常航行だと約20分かかります。短距離ですが、フラッシュ航行を使えばほんの1分で・・・」
「この距離でフラッシュ航行?惑星と衛星の距離よ?下手すれば制御できなくてうまく着地できないわ」
ジュリアがさらっと反論する。
それもそうだ、フラッシュ航行は俗に言うワープ航法、長距離移動を想定して設計されている。
長距離だとワープとはいえ数時間はかかるので、その間に何度も航行中、ルート計算をして
安全な場所に着地=ヴロウする事ができる。
今回のような、惑星と衛星との間、短距離の場合だと着地地点にわずかなずれも許されない。
ルート計算をしなおす時間もないので一発で正確な計算を出さないといけない。
それゆえに滅多にない、もっというとタブーとされている行為ではある。
「いや、そういった話もありますよ、って話だ。」
ロックも万が一のプランだ、といったように念を押す。
「俺だってガチで言ってるわけじゃ・・・」
「いや、フラッシュ航行を行う」
ロックの念押しの言葉を遮り、アイザックがさらりと述べた。
「・・・艦長?まさか本当に行うんですか?」
ロックが聞き返すが、ブリッジ中央に座ったアイザックは表情一つ変えずに答えた。
「もちろんだ。冗談など言ってる場合ではないだろう」
ロックが「マジかよ」といった具合に椅子を回転させ正面を向く。アイザックは続けた。
「ナリ、ロック、二人はフラッシュ航行の準備をしてくれ。ルートの計算は私がやる」
アイザックはそういうと座席の手元についているボタンをいじると、目の前にホログラムスクリーンが現れた。
そして座席のどこかに格納されていたキーボードがどこからとも無くアイザックの前に現れると、
彼はそのキーボードを目にも止まらぬ速さで打ち始めた。
スクリーンに表示されている文章やら数字やらもそれに伴いどんどん変わっていく。
そして、しばらく続いた後、スクリーン上にアイザックが求める答えが出た。
「ルート計算完了。ヴロウ位置確定。ロック、ナリ、結果を送信する」
普通ならばルート計算、ヴロウ位置の計算は別々のパイロットが数十分かけて行うものだが、
アイザックは違う。ただの変わった自由人な艦長ではないのだ。
そしてその答えをロックとナリ、二人の操舵手に送信する。
それは的確かつ、大胆なアイザックの計算結果であった。ナリはそれを見て目を丸くする。
「艦長、計算は的確ですが、ヴロウのポイントがあまりにも・・・」
「私の計算に揺るぎは無い。信じてくれ、我が乗組員達よ」
ナリはアイザックの言葉を信じて手元のキーボードでアイザックの結果をインプットさせた。
ロックももう仕方が無いといった具合に、フラッシュ航行の準備を進めている。
「フラッシュ航行、準備完了」
ロックが一旦手元の作業を止め言う。
「船体に支障なし。影響はゼロに留まります」
黙って船体の状況を確認していたジュリアも報告する。
「・・・ポイント読み込み完了。フラッシュ準備OK。」
最後にナリが報告するのを待って、アイザックは船内へのスピーカーのスイッチを押す。
「<クラッシュ>、フラッシュ航行に突入する!」
アイザックの合図で、ナリとロックが同時にとあるレバーを引く。
たちまちブリッジから見える宇宙空間は光り輝き、<クラッシュ>は光に包まれ消えた。




統一軍パイロット、スペンサー・デイの乗るブラックのスターファイターから、そんな光が確認できた。
あれはSSFの軍艦だったな・・・しかもフラッシュ航行に入った光だった。この戦況を見て銀河の裏側まで
逃げようとしたのか?腰抜け連中だ。。。そんなことを考えながら、彼は背後に率いるフォース中隊の
面々と、一糸乱れぬ編隊を敷いていた。
彼らの任務はオリアへ降下してくる例の無人機を撃墜する事。
そのために無人機が一番降下されている数が多いポイントへと向かっているのだ。
『隊長』
彼のヘルメットに内蔵されている通信用スピーカーから声が漏れる。
モニターはこの声がフォース4のパイロットであると表示している。
「なんだ?フォース4」
『このフォース中隊は寄せ集めで招集されてできた部隊も同然ですが、一応隊長の
腕や経歴とかを知っておきたいと思いまして・・・』
もっともだ。
スペンスは護衛任務にて壊滅させられたアルファ部隊の生き残りだ。
同じように所属していた部隊が何かしらの形で壊滅し、その生き残りの面々で先ほど臨時で形成された、
それがこのフォース中隊である。
「身の上話は今度にしないか?」
スペンスが面倒くさそうに返す。まぁそれもごもっともだ。
『いやぁ、スペンサー・デイ大尉って名前とデータは知っているんですが、年齢的にもこの中隊、
誰がリーダーを務めてもおかしくないんですよね。なのに、何であなたが起用されたかって詳しい話がしたいんです』
なかなか面倒くさい。任務に集中したいものだが。
「誰が務めておかしくないのならそういうことだ。誰でも良かったんだろう」
適当に流すと、『なるほど』と満足できていないような声が返ってくる。
正直なところ、このフォース中隊が発足、そこに配属が決まったときにスペンスがお世話になっている
デスクワークで腕をならす(?)、マッケン少佐から上にほうへ直々にお願いしてもらっている。
スペンスはそのためにフォース中隊のリーダーを務めている。
そんな会話をしていると、彼らはどんどん衛星オリアに近づいていく。
宇宙空間での戦闘している区域は避け、裏側に回り大気圏内に入った後に、地上を攻撃する
無人機連中を攻撃するというプランだ。
「無駄話は終了だ。さてそろそろ点呼に入ろう。各機報告」
『了解です、フォース4、準備完了~~』
気の抜けたフォース4の声が一番に返ってくる。どこまでも感に障る奴だ、スペンスは舌打ちをする。
『フォース3、準備完了。』
『フォース2準備完了』
こんな感じで9人の報告が終わるとスペンスは深呼吸をした。
「フォース中隊、目的空域まで、マックススピードで行くぞ!」
スペンスがそういい残してギアを最大限まで回してエンジンを燃やし、一気に宇宙空間を駆け抜けた。
『隊長、飛ばしすぎですよ』
フォース4の呆れる声が返ってくるが、そんなもの気にして入られない。
「何はともあれ隊長は俺だ、着いて来い、フォース4」
スペンスは冷静に返すと、スロットル全開のまま目的地に向けてファイターを飛ばした。




「フラッシュ航行・・・ロイ君、早速だが死亡の危機だ。」
フラッシュ航行に入ったことを知らせるアナウンスが入った瞬間に、ザックが冷静に語る。
第21小隊の面々は、とある部屋に入って着替えの真っ最中だ。緊急なのでメリルも一緒にいる。
「・・フラッシュ航行って・・・えっと・・・オリアに行くんですよね?衛星の・・・」
「ああ、目的地は衛星オリア第615区画だ。アイザック艦長、漢だぜ・・・」
ザックが呟きながらSSFの戦闘用スーツに身を通す。
こんな危険な賭け、漢だろうがそんなものは関係ないが。
胸や腿にはアーマー、黒とシルバーが基調のデザイン、腕には通信機、さらに柔軟性に富み、
低レベルのレーザーなら物ともしないSSFの隊員が本格戦争の時に着込むものだ。
そんなスーツに、既に身を包んだアダムが、すっと立ち上がりながら言う。
「漢とか云々の前に、これ本当にオリアまで・・・」
「あの艦長だ、何をしでかすか分からんぞ」
エクスも便乗して語る。ロイは良く分からずスーツを見真似で着込んでいた。
「えっと・・・ここを通して・・・」
「あ、ちょっと待って」
ロイが右腕をスーツに通した時、声をかけて立ち上がったのはメリルだった。
「そう着込むと最後背中がきつくなるから、先に体を伸ばしてから腕を伸ばしてからの方がいいよ」
メリルがロイの体にいちいち触れながらアドバイスする。もちろん、ザックはそれを見逃さなかった。
「おいおいおいロイ君、メリルちゃんから離れろぉ。さりげなくボディタッチされてんじゃないよ!」
ザックが言って2人の間に割って入る。ロイはしっかりスーツを着込み、メリルと笑顔で顔を合わせた。
「いいじゃないか、俺とエクスの時を思い出す」
ベンが最後に手袋をしながらぼそっと呟いた。
「おいおい!なんかそんな趣味だと思われるだ・・・」
エクスがそこまで突っ込んだとき、艦内のスピーカーから声が響いた。
『フラッシュ航行解除する。各員、衝撃に備えよ。』
この声はアイザックだ。大半の予想通り、フラッシュ航行の解除の知らせである。
「くそ!やっぱり惑星から衛星の間なのにフラッシュ航行したのかよ!アイザック艦長、馬鹿だぜ」
「漢じゃなかったのかよ」
慌てるザックの発言に、即アダムの突っ込みが入る。
「とにかくブリッジに様子を見に行こう。ヴロウしたらすぐにブリッジにまで走るぞ」
スーツを着込んだエクスが慌てながらキビキビ指示を飛ばす。
ロイは今更になって危険な行為を行っているんだという実感がわいてきた。
「・・・ああ、終わるかも・・・・・」
ロイのボソッと呟いたこの声は、近くにいたメリルにしか聞こえなかった。



<クラッシュ>ブリッジでは、緊張感が漂っていた。乗組員クイズ選手権なんぞのときとは大違いだ。
その時、扉が開いてリーナが入ってきた。ロイを21小隊の面々に合流させた後、ブリッジまで走ってきたのだ。
「ちょっと、嘘だとは思うけどフラッシュ・・・」
そこまで言った所で、彼女はブリッジからみえるはずの漆黒の宇宙が、光に輝いているという事に気づいた。
フラッシュ航行の真っ只中という証明である。
「・・・・・・本当にとんだのね」
「嘘には見えないでしょう?」
期待の制御を行うジュリアが、リーナと目を合わせそう言う。
「・・・まぁそうでしょうけどね・・・」
リーナはそう返すだけ返して、アイザックに目を向けた。
「艦長、例の新兵器の開発。コンピュータにインストール完了しました」
その報告に反応したのはジュリアだった。
「まさかついに完成したのね、発狂弾!」
モデル体型の体を椅子から飛び上がらせると、すぐにまた着席し椅子と体を持ち場のコンピュータに向けた。
彼女パネルをいじると、どうやら目的のものが表示されたようだ。
「完成しているじゃない!よく全砲等とレーダーのリンクを成功させたわね」
ジュリアが褒めると、リーナは頭に手を当てながらベタに照れる。
「いやいやぁ、私の実力ではそんなくらい当然・・・」
「それはもう使用可能なのか?」
「はい、インストールが完了されてます。エネルギーさえあれば、すぐに使用可能かと」
リーナが言い終わらぬうちに、アイザックとジュリアが会話をした。
何はともあれ、リーナは目的を果たしたようで、前方を向いているロックとナリが並んで座る
操縦席に向かった。ナリが座る椅子に手をかける。
「で、どうなのよ、このフラッシュの成功確率・・・」
リーナがナリにだけ聞こえるような、小さな声で問う。
「そうですねぇ・・・艦長の計算が正確だとしても、やはり運とかタイミングとかを考慮すると一桁・・・」
「うそぉ、まだ死にたくないんだけど・・・」
リーナがそこまで嘆いた所で、突然サイレン音が鳴り響いた。
これはフラッシュ航行手動解除地点10秒前という、事前に読み込ませた計算結果に従いコンピュータが教えてくているのだ。
慌ててナリが手元のモニターとレバーの類に目を移す。
「フラッシュ航行完了予定座標到達目前。・・・解除5秒前」
ナリが手元のスクリーンを見ながら淡々と述べる。
「4、3、2、1、・・・」
「フラッシュ航行解除!」
ナリのカウントダウンを合図に、ロックがそう叫んでレバーを引いた。
一同、この瞬間に力をこめる。
すると目の前のガラスの向こう側で光り輝いていた世界は、一瞬のうちに暗い宇宙空間に・・・
変わらなかった。
変わったことには変わったのだが、そこには別の物体も含まれていた。
なんと目の前から小さな戦闘機が突っ込んできたのである。
「回避!回避しろ!」
アイザックが席に座りながら慌てて叫ぶ。
「分かってますよ!」
その声にロックも条件的に反射して手元の操縦桿を捻る。
戦闘機は船体ギリギリを通過する。何とか直撃は避けられたようだ。
何はともあれオリア付近まで一気にヴロウした。あとは、目の前にあるはずのオリアを目指せばいいはずだ。
しかしオリアらしきものはどこにも無い。向きが違っていたとしても、周りに見えるはずのほかの星の光もなかった。リーナの声が響く。
「・・・これはどう言う・・・」
そして、各乗組員は察した。
前方のガラスからチラホラ見える空中戦の炎、そして今まさに一気のファイターが炎を上げて墜落していく。
話に聞く無人機か、はたまた統一軍のものなのかは分からない、だが宇宙空間では墜落はしないはずだ。
そしてそのファイターは近くにそびえ立っていたビルに激突して炎を高く上げると永久に光る事はなかった。
・・・つまりこのヴロウ先には建物があるということだ。
「・・・なんという・・・すごいな」
ロックは信じられなかった。何度も振り返って自分の席に偉そうに座っているアイザックを見た。
「・・・天才にもほどがありますよ」
ロックはアイザックにそういった。
それもそのはずだ。惑星から衛星まで、という極端に短い距離でのフラッシュ航行でさえそれなりの
度胸がないと出来ないはずだ。しかしこの人は、目標となる座標の設定を星の大気圏内に設定したのだ。
運が悪ければ・・・いや、普通は衛星の中心部、つまりは星のコアにヴロウしてしまいその時点で死を意味する。
これを逃れるためには通常のフラッシュ航行の座標設定云々より、さらに細かな座標設定を行わなければならない。
さらには運とタイミングも大事になる。少しでも座標点をずれたりしたらそれも終わりだ。
・・・説明もまどろっこしいが、とりあえずアイザックは常人じゃやらないことをあっさりとやってのけた。
ロックは今度は隣に座るナリと目を合わせて、再びアイザックを見た。
いつもの涼しい顔で何事も無いようにただひたすら前方のガラスの向こうを眺めている。
<クラッシュ>は衛星オリアの大気圏内にヴロウしたのだ。大気圏内に。
「さすがアイザック艦長、こういう男ってのが本当の男よ」
機器管制をしていたジュリアが椅子を回転させながらブリッジ中に声を響かせる。
「そればかりは同感。こんな人、滅多にいないわよ」
ただただ立って感心していたリーナも口を開いた。
アイザックはというと、涼しい顔のままだが、二人の女性に褒められてか若干頬が緩んでいる。
「私の素晴らしい所は、こういう的確な座標設定に計算、さらに無駄に気も利いているということだ」
アイザックはいつもの調子を取り戻すと、その途端にブリッジの扉が開いた。
入ってきたのは第21小隊の面々だ。エクスを先頭にぞろぞろと入ってきては、目の前の光景に目を丸くする。
アダムだけは、リーナに気づき、なにやら会話を交わしていた。
エクスが早速アイザックの横に行く。
「・・・おい、フラッシュしたのは分かった。でもこれは・・・もしかしてオリアの・・・」
「大気圏内だ」
エクスの言葉が終わる前に、アイザックがきっぱりと言った。
遠くでは戦いの炎が見え、下のほうに広がる地上には少しの建物と、森が広がっている。
「マジかよwアイザック艦長最高」
ザックがおちゃらけながら便乗する。
アイザックは席から立ち上がると、エクスと向き合った。
「私の素晴らしい所は、こういう的確な座標設定に計算、さらに無駄に気も利いているということだ」
先ほどの台詞だ。引用している。
「ほほう・・・そうか・・・確かにさすがだ」
さすがのエクスでさえ返答に困っている。苦笑いしながら何とか返した。
「だろう。で、何に対して気が利いているかと言うと君たち第21小隊に対してだ。」
聞いてもないのにサラリサラリと説明を続ける。機嫌のいいときのアイザックだ。
「・・・というと?」
苦笑いのままエクスは聞き返すと、誇らしげにエクスは細い体で胸を張った。
「ここは衛星オリアの615区画、つまり君達が防衛任務に回された場所の上空だ」
なんと言うことだ。そんな細かい設定までしてフラッシュしたのか。
エクスは感心を通り越して呆れてしまった。長年付き合ってきた戦友の一人だが、相変わらずこういう面に対しては慣れない。
だがアイザックの気配りにより、第21小隊は早々に任務につくことができそうだ。
「ありがとう、感謝するぞアイザック艦長」
「いやいや。もっと言えエクス隊長」
この2人が階級をつけて呼ぶときは半ばおちゃらけ雰囲気だ、ベンはそんなやり取りに呆れながらエクスの肩を叩いた。
「エクス、新入りさんもいるんだ。さっさと任務の地に行って、詳しく状況の説明と判断を」
ベンの真面目なそのトーンに、エクスも真顔で頷くと、再びアイザックを見た。
「よし、小型シャトルを!第21小隊はこれから防衛任務へと向かう!」
エクスが声を張り上げる。
「それでこそ君達だよ」
アイザックが笑顔で呟くと、今度はこちらが声を張り上げる。
「ロック、ナリ!この空域でしばらく待機だ。シャトルで小隊を下に送る。敵に気づかれる可能性もある。
もしそうなったら火気の使用を許可する。エネルギーチャージ率は?」
そこまで言って席に座るジュリアを振り返る。
「8割です。戦闘に支障はないでしょう。先ほど言った通り発狂弾の準備も出来ています」
ジュリアが自身満々に語ると、アイザックは静かに微笑んだ。
「よし、では向かおうではないか、任務の地へ」
そう切り出すと、一番前を歩き出したアイザックに次いで、第21章他の面々はぞろぞろと歩き出した。




第21小隊は廊下を歩いていた。小型輸送艇があるという格納庫まで。
ロイの胸のうちは砂漠が広がっていた。
混乱や交錯ではなく砂漠・・・なんだか一人、状況に取り残されているような気がする。
新入りの自分がいるのを忘れてしまったのだろうか・・・
そんな不安が胸によぎると、心の砂漠に風が吹きつけた。
「大丈夫?」
顔を下げていたロイがその声に顔を上げると、メリルが顔を覗きこんでいる。
うつむいていた自分に気づいたらしい。
「あ、はい、大丈夫・・・だと思います。」
2人は前を行く大の男性陣より、少し離れて歩いていた。
ロイの言葉を聞いたメリルが少し微笑んだ。その顔は、ロイが見ても綺麗だとわかる。
「そんな敬語使わなくてもいいのに。同じ歳なんでしょ?」
「はい、、、ですけど、先輩ですし、階級も上ですし」
ロイがしどろもどろ答える。
この胸の高まりはヤバイ。顔がほてるのを感じながら、ロイは慌ててそれを隠した。
「どうしたの?」
メリルがさらに顔を近づけて話しかけてくる。
肩まである銀に近い髪に大きな瞳、それが切実にロイの脳内に入り込んでくる。
(だめだ、これから戦場に向かうんだ!・・・こんな意識捨てないと・・・)
ロイは心の中で誓い、まだ赤みの残る顔を上げると、はっきりといった。
「少し心配なんです!はい!」
その声は狭い廊下を歩く、一同の耳に十分すぎるほど届いた。
前を歩く全員が、歩を止めることなく振り返る。
「まぁそりゃ心配・・・」
「おい!メリルちゃんと何ちゃっかり並んで歩いてるんだ!」
アダムが慰めの言葉を言おうとしたらしいのだが、ザックの大人気ないにもほどがある発言がそれを覆う。
「すいませんでした!」
ロイは慌てて謝罪して一歩前進しするとメリルと、前の集団との間に入る。
そして胸の高まりを抑え、羞恥心で赤くなった顔を見せないように、うつむきながら歩く。
すると、メリルが早足でロイの隣まできた。
「ザックさん、大人気なさすぎですよ。」
これはなんと言う展開、メリルさんは心配してくれている、とロイは一人で興奮する。
メリルの呆れたような声に、先頭を行くリーダー格二人、エクスとアイザックも振り返った。
お叱りを受けるか?ロイはつい身構えた。
「うん、全くだ。もうすぐ三十路だろ、ザック。少しは大人になれ」
「そうだな。心を広くとはまさにこのことだ」
エクスとアイザックが続けて言う。
なんとも能天気なリーダー達だろうと、ロイは感心したあと心配になった。
ザックはなぜかアダムをひたすら小声で馬鹿にし続け、ただ一人ベンだけが任務前の集中といった感じで黙っている。
ロイはそんなベンを尊敬の眼差しで見ながらも、すぐにチラッと隣を歩くメリルに視線をやった。
今は恐らくザックのあの発言に呆れているようだが、とにかく可愛いものは可愛い。
呆れ顔すら一種の芸術のようだ。
・・・ロイはそんな寒い言葉を心の中で発すると、自分で自分が馬鹿らしくなった。
これからSSFの一員として迎える初めての任務だ。オリアが緊迫した状況にあるのになんだこの展開は!?
と自分の心を殴りつけると、一旦メリルから目をそらし、深呼吸をした。
タイミングよく、その部屋に着いたようで、先頭のアイザックが扉をスライドさせて開ける。
「よし、おふざけはここまでだな。全員気を引きせめて乗り込めよ」
といって格納庫にある小さな、本当に小さな輸送艇にさっさと乗り込む。
そしてエンジン音が狭い格納庫に響き渡った。
それを見届けると、エクスが振り返り全員にむけて言う。
「さて、オリア防衛の本番だ。ゆるい心を引き締めて、いつもどおり立ち向かえ」
「了解!」
1分前のやり取りが嘘のようにまさにいっぱしの軍人へと全員が変身する。
切り替えが早いすぎる。
ロイも釣られて了解、と威勢のいい返事をする。
「ああ、それから、ロイ。」
エクスから突然声をかけられ、ロイは緊張の上に驚きが重なり目が大きくなる。
「あ、はい!」
「今回はオリア防衛といってもそこまできついものじゃないはずだ。もし敵襲にあっても
俺達が前線を守り、お前は後ろに引っ込んでてもらう。とにかく、危険な行為に巻き込む予定はない。
期待の人材だ。早々死なれてもらっちゃ困るからな。」
エクスの言葉に、感動するロイ。
「はい!そのお言葉、ありがたく受け取ります!」
緊張で何を言ってるかよく分からないが、嬉しいのだけはわかる。
憧れだったSSFに、”期待の人材”として加わる事ができていたとは。
「堅くなるなよ。気を抜いていけ。」
「フォローは俺達がするさ」
ベンから低い声で指示が飛ぶと、アダムからも冷静なアドバイスがはいる。
ザックもその流れに便乗したかったのか、ロイに人差し指を向ける。
「よし!お前の教育係りを引き受けよう。決着は、この任務の後だ!」
すっかり闘志に火がついたらしいザックが意味の分からない宣言をする。
もはや大人気ないなんて言葉は、この人に通用しない。
それでもロイは頷いて全員を見渡す。
「ありがとうございます」
本気で泣きそうだった。
しかし、戦いもとい任務はこれからなんだろうと気を引き締める。
「準備が出来た、乗り込んでくれ。」
格納庫にある輸送艇から、スピーカー越しにアイザックの声が響いた。
「よし、ならば向かおうとしよう。全員、乗り込め!」
「了解!」
一同がなぜか駆け足で小さな輸送艇に入り込んだ。
ロイも最後尾ではいると、さっと座席と操縦席だけの船内を見回すと、空いている席に座る。
本当に輸送だけが目的の船らしい。
「乗り込んだな。ならば向かおう!任務の地まで」
アイザックがそう気合を入れると、レバーを引き船体を浮かせた。
『スライドハッチ、開放します』
船内に<クラッシュ>のプログラムを制御しているジュリアの声が響くと、前方にあった壁が、
正確に言うと扉が横にスライドすると、外には夜のオリア上空が現れる。
「発進!」
アイザックの一言で、輸送艇は<クラッシュ>から飛び出し、一気に降下をはじめた。




オリア上空では果てないドッグファイトが繰り広げられていた。
無人機が軍のファイターを追い詰め、爆破したと思いきや、その無人機も派手に飛び散る。
かと思えば、無人機を破壊したファイターが、さらに無人機に吹き飛ばされた。
「フォース6!くそぉ!」
ひときわ目立つ黒い塗装の軍のファイター、フォース中隊のリーダーを務めるスペンスの声が響いた。
オリア上空までは順調にたどり着いた。
しかし、そこでの死闘の様には目を疑うしかなかった。
まさか首都惑星の近くでここまでの空中船が繰り広げられるとは思っても見なかったのだ。
流れたレーザーが高いビルに命中し、破壊されたファイターが炎を上げて林に突っ込んでいく様は、
まさに文明の破壊を意味している。
スペンスはそれに耐えられなくなりかけていたところで、敵の無人機の集団の攻撃にあっていたのだ。
我が10機で編成された部隊は、既に7機にまで減っていた。それに引きかえ、レーダーと
目視で確認できた無人機部隊の数およそ20は、1機自分が撃ち落しただけで、後は一向に減らない。
機動力で勝る敵側の攻撃で、受けに回るしかないのだ。つまりは逃げ回るほかない。
『フォース3!敵につかれている!』
『くそ!振り切れないぞ!』
そんなやり取りが常に繰り返される。しかし部下を見捨てるわけにはいかない。
「フォース3、俺が援護に向かう!」
スペンスはマイクに向かい叫ぶと、レーダーを頼りにフォース3の機体を探す。
みるとフォース3は、スペンスより遥か上空で3機の無人機に追われているではないか。
旋回、急降下、急上昇を繰り返しながら必死に逃げているが、無人機も気持ち悪いほどについてきている。
「くそ!なんなんだよあいつらは!」
スペンスはフォース3目掛けて急上昇すると、タイミングよく下からフォース3を追う無人機1機に照準をあわせトリガーを引いた。
しかし、即座に反応されると、まとまって飛んでいた3機は3方向に散らばってしまった。
「交わしやがった!」
とりあえずフォース3の援護には成功したが、敵の破壊は失敗してしまった。
しかしスペンスは慌てず落ち着いて、逃れた一機の後ろにつく。
動きが機械的すぎるその無人機は、スペンスの腕を持ってしてもついていくのがやっとであった。
ましてや照準など合わせている暇はない。
「こうなったら!・・・」
スペンスはプライドを捨て、トリガーを全力で引きやみくもに撃ちまくることにした。
発射口から赤いレーザーが無人機の周辺にばら撒かれる。
そのうち、一発が命中したのか一瞬無人機の動きが鈍った。
このときを見逃さなかった。
照準を一瞬で合わせると、即座に再びレーザーを連射する。
レーザーをまとめて喰らった無人機は、跡形もなく吹っ飛んだ。
『さすが隊長!』
フォース4の声が響く。また茶々を入れ始めた。
『数撃てば当たるの精神ですな』
「今はその精神が大事だ。」
スペンスは軽く受け流すと、新たな標的にロックをする。
すると、背後からレーザーが流れた。操縦桿をひねって交わすと、背後を確認する。
油断している間につかれたらしい、不覚であった。
「くそ!」
立て続けに背後から放たれるレーザーを交わし、敵を振り切ろうとする。
しかし敵もしっかりとスペンスのあとをつけてきていた。
反転して曲芸技までも披露したものの、意味なく無人機はついてくるのだ。
「どうやったら!・・・」
そのとき前方から一機のファイターが向かってきた。
よく見ると軍のファイターだ。俺が見えてないのか、とスペンスは慌てて操縦桿をひねって機体を上昇させる。
『隊長避けてください!』
フォース4の声が響く。無論、避けた後ではある。
そのフォース4の機体は、上昇したスペンスの機体の下を潜り抜けると、その先でスペンスを追っていた
無人機に向かってレーザーの嵐を浴びせた。
さすがに対応しきれず爆破して木っ端微塵になる無人機。
その炎の中を、フォース4は突っ切った。
『よっしゃ!感謝してくださいよ、隊長!』
フォース4の嬉しそうな声が響く。
さすがにこればかりは受け流してはいられない。
「感謝するよフォース4。」
『相変わらずお堅いですな』
フォース4もスペンスも、どこか心で通じ合えた気がする。
しかしそんな友情は後回しだ。先手を打って、無人機の背後につかなければ死んだも同然。
今は飛び交う無人機の一つに、狙いを定めるしかないのだから。




SSF本部では、上官たちが慌てた足取りで廊下を走っていた。
ドルジもその中の一人だ。だらしない無精ひげを気にもせず、彼はスーツ姿で疾走していた。
最高司令官からの突然の呼び出しである。
最高司令官はSSFのトップ、そんな人がSSFを動かすトップ3を司令室まで読んだのだ。
トップ3といっても現役の隊員であるが。
ドルジは最高司令官の補佐官なので、もちろんお呼びがかかったわけである。
彼は最高司令室へと行くためのエレベーターに乗り込んだ。
扉が閉まると、真っ直ぐ上へと向かう。
その中で、ドルジはふっとため息をついた。
軍と共同で行っているオリア防衛も、反乱分子の未知の無人機によりほとんど防衛しきれていないという現状だ。
しかし、このオリア攻撃、意図がいまいちはっきりしない。
正直、ドルジはただの脅迫と思っていて、最初の部隊プラスアルファ程度の攻撃で、相手側は攻撃を
やめると思っていた。しかし違う。軍の飛行部隊が圧倒的に押されている報告と、オリアにある
伝統的な建造物が破壊されている現状を見ると、ただの脅迫ではないのではないか。
そんなことを考えていると、エレベーターの扉が開いた。
ドルジはすかさず鼻息を止める。
すると、途端に異臭悪臭あらゆるものが、彼の嗅覚を刺激する。
エレベーターを降りた先に直接ある最高司令室は、一つのタワーである。
外から見れば、巨大な球体の<マザー>の一部分がタワーになっている、そこが最高司令室だ。
そして比較的広いその部屋の中心にある立派な机と近くにあるソファー、部屋の一角にあるヴィーナスの彫刻、
高い天井はガラス張りでドーム状になっており、<マザー>の微妙な自転的回転により街並みが天井に見えたり、
もちろん果てない空が映し出されることもある。
そんな組織のトップがいるのにふさわしい部屋。紹介だけではそう見えるかもしれない。
だが、今は食べ散らかったゴミが散乱していて、まさにゴミ屋敷である。
どこからともなく漂ってくる異臭は、部屋全体を包み込んでいた。
ドルジはなれた足取りでエレベーター出口から、広い円状の部屋の中央に位置する、これまた
円になっているソファーのもとへと、ゴミを掻き分けながら足を進める。
呼び出しを受けた現役司令官たち3人は、既にソファーに座っていた。
短い銀髪のしわのある男、メガネをかけた中年の男、そして大きな黒い瞳と小さな口、大きな頭と
爬虫類のような毛のない皮膚を持つリアエインという種族
―まさに典型的なエイリアンだ
の男の3人である。
「ご苦労様です。」
長い間戦い続けてきた3人の司令官に比べれば、30代そこそこのドルジなど若造に過ぎないが、
ドルジは最高司令官補佐官の役職に就いているゆえ、地位はこの司令官達とほぼ同等、細かく言えばそれ以上である。
ドルジはそんな司令官達から声を受け取ると、自らも
「ご苦労様です」
と一礼してからソファーに腰かけた。
「ところで最高司令官は?」
そう言って彼が座ると、早速目の前にいる短髪で銀髪のきりっとした老け顔の男が話し始めた。
「約10分前、私達が着いた頃には最高司令官はいなかった。おそらく、トイレにでも行ってらっしゃるのでは?」
トイレといえど、中央少し奥にある最高司令官の指定席、机の近くのゆかにあるパネルを開けばすぐに現れるのだが。
―面倒くさがりの最高司令官のため、わざわざ改装されたのだ。
ドルジは一応その説明で納得する。あの人のことだ、考えるのだけ無駄だと結論付けた。
無論、他の3人の司令官達も分かっているだろうが。
「ところで・・・」
今度口を開いたのは、メガネの男だ。
「今回の例のオリア侵略、これは一体どういった目的で行われているんでしょうかね」
その言葉に、ドルジも同意する。
「私も同じことを思ってました。」
そして増え続ける増援からただの脅迫ではないだろう、という推測まで話す。
「・・・確かにそうですな。ここまで執着的な攻撃が続くとさすがにただの脅迫、という船は薄くなりますな。」
銀髪の司令官が腕組みしながらつぶやく。
「理由はさておき、とにかく止める方法を考えなければならない。まず、どこからその増援が現れているかだが・・・」
そこまで銀髪の司令官が言った時、プシューと何かが開く音が聞こえた。
エレベーターでも、その近くにある扉のものでもない、床からだ。
最高司令官の定位置である机の近くの床の一部が、横にスライドして開いたのだ。
3人の司令官とドルジは慌ててソファーから立ち上がり、その方向を向く。何が起こるかは察しがついている。
やがて、床下から何かが上昇してきて人影・・・が現れた。
といっても人ではない。
赤い肌をしている。姿は人間っぽいが顔や体はぶくぶくに太って丸い。
それにあわせた、今にもはちきれそうな服が見ていて辛い。
おまけに背も低く、色がピンク色ならば豚という地球産の食肉用生物と間違えそうなほどだ。
顔は目がいや嫌みったらしく吊りあがり、小さな鼻と横に広がる大きな口のアンバランスが酷い。
一応髪の毛はあり、長さは適当に伸ばしており後ろでまとまっている。
出てきたそんな人物は、完全に床下が上昇し終えると、4人の姿を認めてその短く太い脚で前へ歩き出した。
体からも異臭が漂っているためか、4人は今までスルーしてきた悪臭を再び感じることとなった。
もちろん、この部屋に呼び出される上で、こういうことは想定しておかないと生きてはいけない。
「おっと、よく来たな」
男は引きつった笑みを見せながら歩み寄る。
そしてドルジ含め、4人の客はそんな醜い男に向かって敬礼をした。
「お呼びでしょうか、最高司令官!」
SSF最高司令官・・・この醜い赤くて太くて臭くて短足不細工な男は、SSF最高司令官、
アライミス・ボチャ・ポルトンであるのだ。
そしてドルジが代表して言うと、その醜い豚のような男もといポルトン最高司令官は大きな口でニッと笑うと、
4人を見渡して静かに呟いた。
「この戦い、反乱分子を押さえ込むことができるならば、したほうがいいよな?」
その問いに、思わず心無しに全員が頷く。もちろん押さえ込むことができれば万々歳だ。
「ですが報告の通り敵は圧倒的でして・・・」
ドルジが言いかけたが、ポルトン最高司令官は短く太い腕を前に突き出す。
「いやいやまぁまぁ」
そういってドルジを静めると、釣りあがっている様でたれている様な目を見開いた。
「まぁ聞いてくれ。私は天才だからな」
ポルトンは決して笑みを崩さず、4人の司令官を見渡した後、再びにんまりと笑った。
ちなみに、とても可愛いとは思えない。


戦況を変えるならば、今はこの天才と称される醜い男の考えに託すしかないのだ。


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