何故それほど会話が必要なのか?




僕は、あまり親しくない人と一緒にいるときはかなり気を使う。

気を使うとどういうわけか"間"が異様に気になる。
みなさんはそんなことないですか??


あまり知らない人の前で無口だと、悪い方向に取られる可能性が高いからだ。


僕がずっと無口でいたら、たぶん相手は…。

「この人、なんか怒っているのかな?」とか、
「暗い人だな」とか。

したがって、僕は"間"に耐えられない(相手にもよるけど)。


だから無理やり会話をしようとする。


しかし、いかんせん話題がない。

相手のことをあまり知らないからだ。それは当然だ。
なぜなら、相手との共通点がないからだ。


したがって、僕は下のようなジレンマに陥ってしまう。


相手とそれほど仲良くない⇒「何か会話をしないと(汗)」と焦る。
相手とそれほど仲良くない⇒仲良くないので話題がない。


つまり、会話がない相手と会話をしようとするから焦るわけだ。
な~んだ、そういうことか。

日本人は外人のようにほっぺたにチューをすればオッケーな民族ではない。


会話をするということは、相手に対して「あなたに敵意はありませんよ」「むしろ懇意になりたいです」という意思表示であると思う。


話をしなくても、別に敵意や悪意を持っている人たちばかりではない。むしろ、実際は敵意や悪意を持っていない人の方が多いだろう。


しかし、世の中には「会話をしない人はダメ」みたいな傾向がある。
なにがダメなのか知らないケド。とにかくダメらしい。

だから、話したくもないときでも、話したくもない相手でも、話題がなくても、何か話をしなくてはならない。

僕は時々そんな脅迫観念とらわれることがある。


話をする人の方が心が清いんかい?
話をする人の方がエラいんかい??


本質的なことを言うと、話が下手かどうかと、心が清いかどうかは関係ない。

心が通じ合っていれば、会話がなくても穏やかな関係でいられるハズである。


初対面であった人とほとんど何も話さないで一緒に一日に過ごす、なんてのはどうだろう。


話すのは必要に迫られたことのみ。


「キップ代は220円だよ。」
「トイレ行ってくる」
「そこのレストランに入ろう。」

「映画館は3ブロック先を右に曲がったところだ。」
「じゃあね。また会おう。」


なんか~無味乾燥な会話だなぁ~。

やっぱ、会話っていうのは多少努力が伴っているから相手に誠意が伝わるものなのかな~?

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