子どものびのびネットワーク

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子どもの居場所


~自分が自分らしくいられるために~  内田宏明

はじめに
 「居場所」という言葉は、ある意味で現代社会の一つのキーワードである。これは、現代日本人の多くが“自分には居場所”がないという感覚を有しているということなのだろう。「居場所」は物理的空間を示すに留まらず、“自分が自分らしくいられる”場所という極めて内面性を含んだ概念ということができよう。
 本稿の目的は自治体における子ども条例において保障すべき「子どもの居場所」についての考察である。ここにおいては主に放課後および休日に、家庭以外で過ごす場所を地域の「子どもの居場所」として考える。年齢的には日常生活における行動範囲が拡大する小学生以降、中学生、高校生を中心的な対象としたい。ここで注意を要するのは、おとな自身の居場所はまず自らが求めるものであるといって差しつかえないだろうが、子どもの居場所は二つあることである。一つは自分で求めて得たあるいは創りあげた居場所であり、もう一つは好むと好まずにかかわらずおとなから宛がわれた居(るべき)場所であろう。この点は子どもの居場所づくりにおいて最も大切なポイントとなる。

1 子どもの居場所をめぐる動向
 では、子どもにとっての居場所とはどのようなところであろう。子ども自身に「居場所」を尋ねれば、実に多様な答えを得ることができる。家の子ども部屋、布団の中、学校の教室、部室、公園、友達と一緒にいる場所、野球のポジションなどなど。
 本来であれば、子どもの居場所は家庭であり、学校であり、地域の遊び場(空き地や公園、はたまた秘密基地)であろう。しかしながら、全ての子どもが学校に「居場所」を感じているわけではなく、家庭もまたしかりである。また、交通面、防犯面の危惧からかつてのように地域でのびのびと遊べる状況でないことが現在の前提条件になっている。特に下校途中に誘拐され、命を奪われる事件が相次ぎ、放課後の安全を確保するために居場所の必要性が大きく取り上げられてきている。従って、子どもの居場所はおとなの責任で造らなければならないという考えが急速に広がっている。文部科学省も2004(平成16)年度からの3カ年計画で「子どもの居場所づくり新プラン 地域子ども教室推進事業」を予算化し、各自治体や委託を受けた民間団体、ボーイスカウト等が居場所づくりに取り組んだ。この事業の目的も「子どもたちに関わる重大事件の続発など、青少年の問題行動の深刻化や地域や家庭の教育力の低下等の緊急的課題に対応し、未来の日本を創る心豊かでたくましい子どもを社会全体で育むため」となっている。2007(平成19)年度から文部科学省と厚生労働省が連携して事業化された「放課後子どもプラン」における「放課後子ども教室」も、先行事業である「地域子ども教室」を継承したものである。これの目的としては、「すべての子どもを対象として、安全・安心な子どもの活動拠点(居場所)を設け、地域の方々の参画を得て、子どもたちと共に勉強やスポーツ・文化活動、地域住民との交流活動等の取り組みを推進する」が示され、いわゆる全児童対策として、勉強を含めた活動内容の拡充を意図している。

2 子どもの居場所のタイプ整理
 さて、この「居場所」という言葉は実に多面的に用いられる。本稿のテーマである子どもの居場所に関しても、用いる人によって異なった意味内容を示すこともあり、整理が必要である。
 概念整理が不十分であり精緻さに欠けるが、一応の基準として保護性の軸と家庭代替性の軸を設定し仮に整理を試みる。ここで「保護性」としたのは、外部から守られ、身体的・心理的安定を子どもが得ることのできる居場所の性質である。「家庭代替性」としたのは、家庭が事情により果たせない、子どもが生活する場を保障する機能を代替する居場所の性質である。これに従うと、次の4つのタイプに分類が考えられる(図1)。
1、<保護性強><家庭代替性強>:福祉施設型 ex.児童養護施設、グループホーム、自立援助ホーム
2、<保護性強><家庭代替性弱>:不登校型 ex.フリースクール、フリースペース
3、<保護性弱><家庭代替性弱>:地域型 ex.児童館、プレーパーク、放課後対策
4、<保護性弱><家庭代替性強>:学童保育型
 本稿のテーマは自治体における子ども条例において保障すべき「子どもの居場所」なので、検討は1の領域を中心としながら2,4を含みこむ範囲となる。1に関しても重要な事項ではあるが、自治体としての取り組みと言うよりは児童福祉法と自治体におけるその執行という側面が中心となるので今回は検討範囲に含めないことにする。

3、子どもの居場所が示すもの
 ここでもう一度、「居場所」という言葉が示すものを考えたい。「居場所」とは、自分が「居る」ことのできる「場所」、言い換えれば自分が「存在する」ことのできる「場所」を意味する。従って、ここで重要なのは、“自分が「存在する」”ことが保障されることであり、その場所で何かをしていること、あるいは何もしていないことが、そこに居る前提にはならないということである。従って「居場所」とは、活動内容が重視され、活動集団のために用意される、活動に適した場としての「活動場所」とは全く異なる質の場所ということができる。これに関して岩川 は以下のように指摘している。
「ひとつの場所が『居場所』になるかならないかは、本来、そこでその人が静かに安らいでいるか、活発に活動しているかにはかかわりがない。そこで、『何がどう』行われているかではなく、そこに『誰がどう』存在しているか。『居場所』ということばは、そうした諸種の活動以前の人間の存在の仕方そのものを問題にすることばだからである。
 それは、一言で言えば、『人間が存在する場所』なのだといっていい。」
「『居場所』とは、たんに『人間が存在する場所』というだけでなく、『私が私として存在しうる場所』という意味を帯びている。」
この意味で「居場所」とは、憲法第25条が示す「生存権」保障の一つの形態として位置づけることも可能である。また、子どもの権利条約第6条の「(生命への権利、生存・発達の確保)締結国は、子どもの生存および発達を可能なかぎり最大限に確保する」に関わってくる。さらには、岩川の言う「私が私として存在しうる場所」としてとらえたとき、川崎市子どもの権利条例第11条の「ありのままの自分でいる権利」 を直接的・実態的に保障する場とすることができる。
 おとなが決めた活動内容やプログラムが絶対化し、子どもが一参加者として取り扱われてしまうような場では、子どもはありのままの自分ではいられず、集団に埋没することしかできないのではないだろうか。おとなが子どもの4つの「カン」(時間・空間・仲間・価値観) を過度に管理した結果として失ってきた地域の子どもの居場所を、個の尊重と主体性の回復の中で取り戻していくことが求められる。

4、子どもの居場所づくりのあり方
 今後地域において前節で考えたような子どもの居場所づくりを進める中で、共通の基盤とすべき事項はいったい何であろうか。これについて、岩川 は居場所づくりの原理として、「1安心、2応答、3現れ、4承認、5差異」の五つを提示した上で、以下のように述べている。
 「その場所が、活動の強制や評価のまなざしを意識せずに自分でいられる安心な場であり、何気ない呼びかけに穏やかに応える応答が織りなされる場である時、やがてそこに私の存在を開示するような現れが生まれる時がある。その存在の現れを承認しあう関係の中にこそ、居場所は生まれるのだといえる。」
 「安心」とはただ単に、安全管理者が外部からの侵入者への警戒や、設備の使用の管理・監視を通して得られるものではない。子どもが「強制」や「評価」から守られる中で得られる「安心」について深く留意したい。その環境の中で、子どもは自己を開いていき、新たな関係性を結んでいくことができるのであろう。
 これに関連して田中 は、子どもの居場所づくりのポイントを三点にまとめている。第一に、若者の「参画」が大事であり、「企画から運営、評価に至るあらゆるプロセスで対象である子ども・若者の参加を認めて、共同で運営していくような体制が必要である」。第二に、「居場所が関わりの場として機能するためには、関わりを創り出し、つなげ、発展させる『指導者』が必要なことである」。第三に、「施設の管理者が権威的であったり官僚的であっては子どもや若者の参画を促すことは困難なこと」であり、公設民営など行政と民間・市民組織の協働での運営を模索する必要がある。
 子どもの居場所づくりにあっては、子どもの権利条約第12条で示される「子どもの意見表明・参加の権利」の保障が極めて重要である。それはただ単に「子どもの声を考慮した」という程度の「見せかけの参画」 ではなく、「企画から運営、評価に至るあらゆるプロセス」の参画であり、つまりは子どもとおとなが居場所づくりに関してパートナーシップの関係を形成するということである。おとなから一方的に与えられたお仕着せの場所では、子どもは「居場所」と感じることができないであろう。また、この居場所づくりへの参画は、地域社会への参画、まちづくりへの参画につながっていくのである。
 また、居場所は特定の施設だけを意味するものではないことを改めて確認したい。つまりは、居場所づくりは単なる「箱もの」には留まらないということである。「箱もの」発想のみでは、結局のところ子どもは子ども専用の空間に「囲い込まれる」状態に留まってしまう。子どもは地域の生活主体であり、地域自体、まちそのものが子どもの居場所であることが大切である。子どもが安心してまち全体で遊び・暮らし・学び、秘密基地 など「すき間としての居場所」 をおとなが大切にできる“子どもにやさしいまちづくり”が求められる。

5、子どもの居場所の機能
 では、子どもの居場所はどのような機能を有するべきであろうか。これに関して、浜田はまず、居場所が「『生存』『発育』『保護』『参加』の4つの権利をホーリスティック(総合的)に支援するため」に、子どもの保護と自立を統合的に理解する必要を示した。そして、居場所の2つの側面を「ありのままを受け入れてくれる空間や人間関係」、「子どもや若者がおとなになるための空間や人間関係」としたうえで、居場所を「ひとつの家」に例えてキーワードを設定して、機能として以下の5つを導いた9。
(1)『居間』ホットできる場所。「安心・安全」が確保され、子どもをありのまま受け入れてくれる空間や人間関係
(2)『壁』子どもがおとなになるために何かヒントがえられ、踏ん張って「壁」を乗り越えようとする空間や人間関係
(3)『隠れ家』失敗や挫折も含めて非効率な体験やプロセスが許容されたり、おとなの評価を受けたりしない空間や人間関係。
(4)『皮膚と心』他者と生身でふれあい、地域のおじさん、おばさんから生きる知恵を学ぶ空間や人間関係
(5)『窓』自分で閉じたり開いたりしながら多様な生き方や価値観と出会える空間や人間関係
居場所の主要な構成要素は「空間」と「人間関係」であるが、この2つのあり方によって、居場所は多様な機能を発揮する。これは規則で縛られた管理的空間と、業務的役割で区切られた人間関係では保障されえないだろう。

6、居場所づくりへの子ども参加の事例
 以上見てきた子どもの居場所づくりには子どもの参加が不可欠である。いかに、崇高な理念の下に推進され、多様な機能を発揮したとしても、おとなだけで企画・運営したのでは、真の子どもの居場所にはなりえない。具体的に居場所づくりにどのように子どもの参加を得ていくのか、事例として長野県茅野市の“Chukoらんどチノチノ”を見ていきたい。
 茅野市は長野県の中部の東よりに位置する諏訪盆地の中央に位置し、市の東は八ヶ岳連邦に連なる高原地帯であり、人口は約5万7千人である。“Chukoらんどチノチノ”は中高生専用の居場所として市が2002年に設置した施設であり、市の中心である茅野駅前に立地している。中学生・高校生の「可能性が追及できる場」「つながりの場」というコンセプトのもとに、多目的広場、スタジオ、ダンスルーム、学習室、クラフトルーム、食堂が設備されている。
施設建設にいたる最初のきっかけは茅野市の方針である「パートナーシップのまちづくり」に基づき策定される「子ども・家庭応援計画(通称:どんぐりプラン)」であった。この策定過程で市民ワーキンググループから、「子どもの意見を生かしたまちづくりを実現すること」が提起され、以下の3点が確認された。
1、もっと積極的に子どもたちの言い分や意見を聞くことが重要。
2、おとなの価値観で子どもに押し付けることを改める。
3、我々おとなは、子どもたちのエネルギッシュな考え方を受け止める。
 これを受けて子どもの参加を募り子どもの意見を聞く子どもフォーラムが開かれ、「中高生が自由に利用できる施設」の希望が出された。ちょうどこのタイミングで茅野駅前の商業ビルからテナントが撤退し、駅前を活性化させる後利用策が検討されており、「中高生の居場所づくり」がとんとん拍子で採用された。建設に当たっては公募に応じた中学生18名、高校生9名によって「子ども建設委員会」が組織され、設計段階から委員会の子どもが主体となってすすめた。この子ども建設委員会の場には当初行政職員や市民のおとなで組織したサポート委員会のメンバーも参加していたが、子ども委員なかでも中学生が発言しづらそうにしていることを感じた高校生がおとなの退席を求め、おとなはそれに従った。そして、おとなは子どもだけの議論で煮詰めた案の報告を受けるという形式をとることになった。子ども建設委員会は、単に「おとなに意見を言う場」でなく、「子どもが決める場」に劇的に質が変化した。これが象徴的な出来事となり、おとなのサポート委員会は“子どもが困ったと訴えてきたときだけサポートする”というスタンスが固まった。子ども建設委員会は2001年9月から12月までの間に7回の会議を重ね、子どもの他には設計士以外のおとなが立ち入らないまま原案を作成し、市長に対してプレゼンテーションを行い、おおむね原案通りで建設されることとなった。建設案ができた後、子ども建設委員会は子ども運営委員会にシフトして継続された。子ども運営委員会は利用規則作成や問題事項への対応、イベントの企画などの役割を担っている。
 初代子ども運営委員長の半田裕さんは「自分たちを“信じて任せてくれた”のでやる気が出た。自分たちが使う場所だから、自分たちでよくしたいと思った」と、当時を振り返って語ってくれた。そして、「今は大学に進学して離れているけれど、自分が参画したまちに必ず戻って来たい」と目を輝かせた。

7、条例で保障する子どもの居場所の事例
 子どもの居場所づくりへの子ども自身への参画をはかるためには、具体的な制度による保障が必要である。他の自治体に先駆けてこれに取り組んだ先行事例としては、やはり神奈川県川崎市がモデルとなるだろう。2000年12月に川崎市議会で可決された川崎市子どもの権利に関する条例では、子どもの参加する権利や居場所について条文に盛り込み、明確に子どもの権利を規定している。それに基づいて、子どもの参加拠点として「川崎市子ども夢パーク」が2003年7月に開設された。
 (子どもの居場所)第27条 子どもには、ありのままの自分でいること、休息して自分を取り戻すこと、自由に遊び、若しくは活動すること又は、安心して人間関係をつくり合うことができる場所(以下「居場所」という。)が大切であることを考慮し、市は、居場所についての考え方の普及並びに居場所の確保及びその存続に努めるものとする。
 (参加活動の拠点作り)第31条 市は、子どもの自主的及び自発的な参加活動を支援するため、子どもが子どもだけで自由に安心して集うことができる拠点づくりに努めるものとする。
 子どもの権利保障と言う観点から見て、その基盤として自治体において子どもの権利条例が定められるのは極めて重要である。往々にしてそのときどきの自治体の長の方針や予算のやりくりの都合で、保障されたりされなかったりしてしまうものである。それでは、子どもの権利として保障されていることにはならない。おとなの都合で与えたり与えなかったりということに過ぎない。子どもの居場所づくりについての市民的合意形成の達成点として、条例の制定を目指すことが望まれる。

1,  岩川直樹「居場所という原点 -目的志向の活動から存在志向の場作りへ-」子どもの権利条約総合研究所編『子どもの権利研究』第8号、2006、日本評論社、p5
2,  川崎市子どもの権利条例(ありのままの自分でいる権利)第11条「子どもは、ありのままの自分でいることができる。そのためには、主として次に掲げる権利が保障されなければならない。(1)個性や他の者との違いが認められ、人格が尊重されること。(2)自分の考えや信仰を持つこと。(3)秘密が侵されないこと。(4)自分に関する情報が不当に収集され、または利用されないこと(5)子どもであることをもって不当な取り扱いを受けないこと。(6)安心できる場所で自分を休ませ、及び余暇を持つこと」。これについての詳細な解説は、子どもの権利条約総合研究所『川崎発子どもの権利条例』2002、エイデル研究所
3,  近年わが国のおとなは子どもの生活における時間と空間を過度に管理下(学校、塾、習い事、スポーツクラブなどで)においてきたといえる。そのなかで、地域に縦横無尽に出没する生活者としての子どもの存在は消失していき、西岸良平の漫画「3丁目の夕日」の世界は遠くノスタルジーの世界となってしまった。そして、おとなによる管理は結果として、子どもの仲間関係まで縛り、管理下におくことにつながり、子ども自身の価値観にまで管理が及ぶことになった。
4,  岩川、前掲書。p8
5,  田中治彦「子ども・若者の『居場所』の構想」子どもの権利条約総合研究所編『子どもの権利研究』第8号、2006、日本評論社、p10-14
6,  ロジャー・ハート著、木下勇・田中治彦・南博文監修『子どもの参画-コミュニティづくりと身近な環境ケアへの参画のための理論と実際』萌文社、2000
7,  秘密基地はおとなと全く異なった観点からの、子どもの空間に対する意味付与である。秘密である故にその存在はおとなには明かされず、そこには秘密を共有する仲間だけが招かれ、子どもだけの空間・時間が守られ、子ども固有の価値観が形成される。4つの「カン」が最高に保障されているのが秘密基地である。しかし、約18年前に筆者が行った東京都目黒区を中心とした地域の調査において、すでに小学校高学年において秘密基地はほとんど作られておらず、保育園の年長から小学校低学年においてわずかな「すき間」にささやかな秘密基地が作られていたことが確認できた。秘密基地に関しては、寺本潔『子ども世界の地図  秘密基地・子ども道・お化け屋敷の織りなす空間』1988および『子ども世界の原風景 こわい空間・楽しい空間・わくわくする空間』1990、黎明書房に詳しい。
8,  浜田進士「安全・安心のまちづくりと子どもの居場所」子どもの権利条約総合研究所編『子どもの権利研究』第8号、2006、日本評論社、p15
9  浜田、前掲書。P16

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