こがらしの吹くまち

こがらしの吹くまち


以前に書いた、短編ですー。
今度、新しくしますー。


 あぁ……冷たい。
 冬のある雨の降る夜……その日の雨はいつもにまして冷たかった。
暖をとることなどできない私は全身に冷たい雨が染み込み、
凍えるような寒さに身を震わせていた。
「お人形さんだ!」
 突然甲高い声がしたかと思うと、少女が黄色い長靴で水を飛ばしながら走ってきた。
 5、6歳だろうか、手にはキャラクターの印刷された黄色い傘を持ち、
フリルのついた白い服を身にまとっていた。
が、泥やら水やらが跳ねて折角の服が台無しである。
 彼女は私の真上で立ち止まると、暫く私を見下ろしていたが、不意に身を屈めた。
 しゃがんだまま再びじっと私を見ていたが、顔全体で大きく笑顔を作ると、私を高く拾い上げた。
「寒いでしょ? うちに入れてあげる!」
 彼女は嬉しそうにそういうと、傍の階段を駆け上がり、大きな戸を開いた。
「お嬢様、お帰りで……」
 迎えた執事には目もくれず――というよりは、手に持った私を隠すように
――まっすぐに自分の部屋へと駆け込んでいった。
「うわぁ、びしょびしょ」
 私も全身ずぶ濡れであったが、彼女もまた大変濡れていた。
「乾かさなきゃ」
 そう呟くとそっとドアを開いて廊下に誰もいないのを確かめると、抜き足差し足、部屋の外に出た。
廊下を進んで突き当たり、その部屋には大きな 黒いソファーと火のついた暖炉があった。
応接間だろうか。立派な鹿の剥製が飾ってある。
「ラッキー」
 暖炉に火がついているのを見ると、彼女はそれに駆け寄った。
「あったかぁい……」
 暖炉に手をかざし、冷えた身体を暖める……左手にしっかりと握られた私も同じように冷えた身を暖めた。
「お人形さんも暖かい?」
 勿論、返事などしても聞こえるはずもないが、一応「ああ」と答えた。
「そう、よかった!」
 さも、聞こえているかのように彼女は喜んだ。その笑顔はとても明るくて、私にとっては暖炉の熱よりも暖かいように感じた。
「ジェシー? 帰ったの?」
「あっ! ママだっ!」
 泡を食ったかのように彼女は慌て、私をどこかに隠そうと、周囲を落ち着き無く見回した。
 しかし、未だ幼い彼女は適当な場所が見当たらなかったようで、ドアが開いた瞬間には、両手を後ろに隠すことしかできなかった。
「ジェシー? 今、何を隠したの?」
「なんでもないのっ! 何も隠してないのっ!」
 彼女は強くそう言い張ると、後ろに一歩下がった。しかし、既に彼女は袋のねずみ同然。逃げ出す術はもう残ってはいなかった。
それでも最後の抵抗を、と壁に背を向けて私を挟み――少々痛かったのだが――両手を前に出して見せた。
「手を前に出したまま、こっちにいらっしゃい」
 全て見透かした、とばかりに母親らしき人は冷たくそう言い放った。
「やだっ!」
 頬を膨らませて身を縮める、がその拍子に彼女の背中から私が零れ落ちた。
「ほら! その薄汚い人形は何なの!」
 母親は小言をいくつか呟きながら私を汚いものに触るかのように――実際、汚れてはいたが――指先でつまみあげた。
「あっ! 駄目っ!」
 彼女は慌てて母親のところへ駆け寄り、つまみあげられた私を奪い返そうとするが、
飛び上がっても幼い彼女の身長では全く届かなかった。
それでもあきらめずに、何度も飛び跳ねる。
 それを呆れた顔で見ていた母親は溜息まじりに壁際の窓を開いた。
「お人形なら他にもいっぱいあるでしょ?」
 母親は冷たくそう言い放った。ああ、また外へ戻るのか……そう思うと私も溜息をつきたくなった。
「でも……」
「でもじゃないの! いい加減にしなさい!」
 言い返したいが、言い返す言葉が無い。
 彼女が慌てているうちに、母親は私を窓の外に放り投げてしまった。
「あっ!」
 私は冷たい地面へと強く叩きつけられた。同時に、少し乾きかけていた私の体も、間も無く冷たい雨に蝕まれていった。

 冷たい。

 胸の奥に、ほのかに残っていたじんわりとした暖かさ。先ほどまでは確かにあったそれが、いつのまにか薄れてゆく。
 そのことが私に自覚させるのだった。
「君は所詮“人の形”に過ぎないのだよ」と。
 そんなことを考えながら、私は路肩に寄りかかっていた。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: