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通夜の法要は終わり、私と姉が棺に入った母の遺体と共に葬儀場に残ることになった。遺族控え室は十畳の和室で、奥の襖を開けると、母の遺体が安置されている式場に直接入れるようになっている。通夜の晩はここで身内が泊まって棺に付き添い、祭壇の蝋燭と線香の火を絶やさないよう番をするのだ。葬儀場の係の人の説明では、大きな蝋燭だから蝋燭は明日の朝まで充分にもつが、蚊取り線香のように丸くなった線香は一時間半くらいで無くなるので、それだけ消えそうになったら、ご家族の方が交代で新しい線香と取り替えてやってくださいと言うことだった。控え室で姉と二人になると母の臨終のときの話しになったが、やはり最後まで苦しんで死んだので、遺体の表情は苦しそうだと姉は言った。それから二人分の布団を敷いたが、今祭壇で火のついている線香は、もう三十分もすれば交換しなくてはならないので、姉に先に休んでもらい、私は式場で明日の葬式の喪主の挨拶文を仕上げることにした。私は式場の喪主の席に座り、キャスターのついた焼香台を傍にひいてきてテーブル代わりにして祭壇の明りで原稿を広げていたら、妻がまた戻って来た。私に電気かみそりと鏡を家から持ってきてくれたのだ。コンビニで買ってきた夜食やコーヒーは控え室に置いておくという。コーヒーはありがたい。ひげも明日の朝には伸びてしまうし、妻もなかなか気が利く。 式場で再び一人になると、喪主の挨拶文はじきに出来て、何度も読み返してみた。祭壇の線香を新しいものに換え、また喪主の席に戻ると、焼香台に置いた鏡が揺れていた。正確には鏡に映った部屋の景色が揺れていた。 一瞬地震かと思ったが、後で考えて分かったのだがあの時は次元が揺れていたのだ。写真立てのような小さな鏡だが、その鏡に目の焦点を変えて見れば、異次元の空間が映るだろうと閃いた。そして今この鏡を覗けば母が映るかもしれないと思った。私は椅子から立って自分の顔が映るように姿勢を変えて鏡を覗き込み、目の焦点をいろいろと変えてみた。やはり母はそこにいた。私の後ろに母が映っている。怪奇映画でよくある、洗面所で顔を洗った後に現れる幽霊のような、おどろおどろしい姿ではない。鏡に映る母は、元気な頃の日常の姿だった。いつものようにマイペースで何かしている。お気に入りだった薄いオレンジ色のカーディガンを着て、下を向いて何かを探しているようだ。落とした煎餅のかけらでも探しているのかもしれない。振り向いたら母が消えてしまうだろうと思ったので、鏡を覗いたまま、自分の後ろに手を伸ばして母に触ろうとした。指先が母のカーディガンに触れた。私はそのまま母の腕を掴んだ。成功だ。母を掴まえた。ニットのカーディガンの感触も、厚着はしているけど母の腕の感触もある。生きているようだ。鏡の中の母も顔を上げて何か用?という顔で私を見る。私は母の腕を掴んだままゆっくりと振り返った。軽いめまいを感じた。目の前の母は鏡を通して見た母より若くなっている。でも別人が特殊メイクをして母に変装したように顔の表情に精彩がない。間違いなく母だが、鏡の中で見たような日常の母の顔とは明らかに違っている。私は母の腕を掴んだまま襖を開け、控え室で寝ている姉を起こした。ほら母さんだよ。姉にも見える筈だ。布団の中で目だけ開けた姉は母を見ても驚きもしない。それはそうだ自分の親だもの。でも母に会えて嬉しそうでもない。「顔が変だ。嫌だ。そんな顔、見たくない」そう言って姉は布団をかぶった。そう、私もそう思う。実際の母はもっと年をとって顔の皮膚も弛んでいた。今は若いときの母の顔だが、表情は死んでいる。私に腕を掴まえられていることも不本意な様子だ。分かった。母は自分で自分がどういう顔をしていいのか分かっていないのだ。きっと死んだことも理解していないのだろう。私は掴んだままの母の腕を引いて、また葬儀場の祭壇の前に戻り、母に自分の遺影を見せた。そして棺の対面窓の扉を開けて遺体の顔も見せた。しばらくじっと自分の遺体の顔を無表情に見つめていた母は、納得したのか自分から遺体に入っていった。そのとき私が掴んでいた母の腕の感触も無くなった。母の遺体の顔が笑顔になった気がした。私は葬儀場の喪主の席に座ったまま居眠りをしていたようだ。足元に鏡が落ちて割れていた。鏡が落ちて割れる音で姉は目を覚ましたらしい。姉は交代するから私に休めという。姉は祭壇に近づいていき、棺の扉を開けて覗いて言った。「あれ、いい顔になった。良かった。私さっき変な夢を見たから」あの、母の腕を掴んで私が振り向いたあの時から、私は鏡の中の世界にいたのだ。でもこのことは誰にも言うまいと決めた。
2007.05.22
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先日「日本文学館」の「超短編小説大賞」に応募したところ。応募総数642作品中、第一次・二次選考を通過して最終選考14作品の中に入りました。結局、「佳作」で、賞金も賞品も何も無いのですけどね。「超短編」ですから、原稿用紙5枚にまとめるのが、しんどかったです。小説作家志望者応援サイト「下読みの鉄人」によると、最終選考まで残れば、実力はそれなりとのことですので、素人の私としては、これだけで、結構気を良くしているわけです。日本文学館の方からもお褒めの言葉もいただき、「ご応募いただいた多数の作品群の中でも、メッセージ性に優れた斬新な作品でした。軽快な筆致に加え、高い文章力と執筆センスが感じられ印象深い作品として審査員から好評でした。 ご自身の世界観をさらに磨き上げることによって、より高いクオリティーを目指していただけるものと確信いたします。現状に安住することなく、創作に邁進していただきたく存じます。」ですって。ボールペンでもいいから、何かくれないかなあ。
2007.05.21
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先々週はお題が「動物園」先週は「歯医者さん」でした。おとなのコラムは、やはり少し下ネタが受けるようです(笑)右下のリンクからご覧くださいね。
2007.05.12
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第20回激突コラム お題:動物園 でチャンピオンになりましたー!右下のリンクからご覧くださいね。
2007.05.06
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