藍円寺微意の世界

藍円寺微意の世界

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

es1-海坊主

es1-海坊主

Freepage List

2006.11.06
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類

マスコミで連日のように学校での虐めの問題について報道しています。虐めの先頭にたった教師やそのいじめの事実の存在の認定にのみに右往左往する学校や、保身に徹した名ばかりの教育委員会はまったくの問題外で教育者として致命的な失格者といわざるをえませんが、そのことのみ大きく取り上げて、自殺してしまった子供やその家族はただの被害者として扱って、ことを簡単に治めてしまおうというような報道の姿勢はいかがなものかと思うのです。
 勘違いしてもらうと困るのですが、死んでしまった子供が負け組みだったから、しょうがないことだと言っているのではありません。むしろ、その「勝組・負組論」が良くないといいたいのです。勿論、死んでしまった子供さんの悪口を言うつもりはありませんし、子供を失った失意の両親を責めるつもりもありません。虐めた側の子供をかばう気もありませんが、報道を中心に今の世間の風潮がどこか違う方向に向いて動いているような気がしてならないのです。

 何はともかく犯人探しや責任問題を論ずる前に、いじめが悪いという前に大至急、子供に自殺は良くないことだと教えてほしいのです。自分を殺すのも人を殺すのと同じで決してしてはなりませぬ、良くないことですと教えてください。会津藩の「什の掟」ではないですが、ならぬものはならぬものですと。

 残されたご両親のわが子に向けられたいじめに対する怒りは充分に理解できます。さぞ悔しいことでしょう。情けないことでしょう。しかし、今のその怒りのエネルギーを生きることの苦しさと共に命の大切さ、生きる知恵など苦労話をしながらでも親子で社会の矛盾や理解についての対話や、視点を変えるものの見方とか、大局的な見方とかそういうものができなかったのが残念でたまらないのです。母が子供をかばうように自分以外に守るべきものがあって、生きることに使命感があれば自殺はしないだろうし、親がそういう苦労、例えば生活の糧を得る苦労をしているのを見れば、食に対して、生に対しての感謝も生まれ、自ら死ぬようなことはできないだろうと思うし。自分自身しか守るべきものがなくて、守れないから、応援もないと勘違いしていたから、やってしまったということなのでしょうか。こんなに情報が氾濫しているというのに、身近に感銘を受ける出来事がなくて不幸だというのでしょうか。世界中の不幸な出来事を我が身と置き換えて考えることができなかったというのが自分自身の不幸を招いてしまったということなのですか。ヘレンケラーやマザーテレサなどの偉人といわれる人の例を挙げるまでもなく、不幸な出来事から生まれる人間の優しさについても学ぶこともなかったのですか。
 どうか宇宙の大きさについて、銀河系の素晴しさについて、太陽系や地球の美しさや神秘について、マクロ、ミクロの大自然の営みや人類の歴史等について考えたり、話し合ったり、日常の視点を変えて子供の自己評価が上がる、できれば感動するような機会を作ってやってください。
 やはり「いただきます。ごちそうさまでした」という日常様々なものに素直に心から感謝する習慣に欠けていたのも一因ではないでしょうか。
 そして子供をなんでもかんでも競争社会に組み入れてはいけないですよね。バラエティ番組に限らずマスコミのなんでも勝組と負組の二つだけに決めなければならないという風潮は決して満たされることはありません。白黒つけずとも他の色もグラデーションもあるのですから認めてあげましょう。中間が灰色だけではないということを。そして誰か一人を虐めて喜ぶ罰ゲームもやめましょうよ。怒り声を売り物にする芸人も本当はよくないですね。
 やはり、なんといっても「笑う門には福来る」で「泣きっ面には蜂」なのです。
大人も子供もお願いですから、好きな人、好きなこと、好きな物、楽しいことをもっともっといっぱい考えて、明るい笑顔でいてくれませんか。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006.11.06 16:49:53
コメント(2) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


しみじみ  
chie さん
ほんとそうだなあと思う日記です。

もっと、根っこの部分で大事なことがあるのを
沢山の人が知ったら自然になくなっていくことかもしれないですね。 (2006.11.06 22:32:59)

まだまだモヤっと。  
es1-海坊主  さん


今学校では世界中の戦争をしている国や貧しい国の子供達の境遇に関してテレビでも見た後にそのことで話し合ったことはないのですか。広島や長崎の原爆記念館を見て平和について語り合ったことが無かったのですか。地震で多くの人が無念にも亡くなっていったことに対して思いをはせたことは無かったのですか。愛する妻や子供を残して事故や病気でこの世を去った人の死に対して涙するような話は無かったのですか。家族や身近な人の死について話しをさせたり聞いたりすることはなかったのですか。戦時中に比べて自分たちが幸せだとは考える時間はなかったのですか。寄付をする機会はあっても形だけで、その悲惨な現実に目を向けてわが身に置き換えて考える機会がなかったのですか。虐めを受けて悲しんでいる子供がいるという事実について考えたこともなかったのですか。虐める側もそのことから起きるかも知れない結果について考えることはないのですか。家庭では身近にいたわるべき老人や小さい子供はいないのですか。たとえペットでも愛を表現できる相手は一人もいないのですか。自分がもし死んだら親は悲しまないとでも思っているのですか。もう、いくらでも聞きたいことがあります。
自分が死ぬことによって、それ以上他に傷つき悲しむ者もいないし、将来に夢も希望もないというあてつけで自殺したのではないかと思ってしまうほど、あまりにも性急すぎるのです。こういう報道があると連鎖反応式に似たことが起きるので、とにかく急いで子供と話し合ってほしいです。
(2006.11.07 08:38:46)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

Comments

chie@ 残念無念 この言葉の解釈、目からウロコでした。 …
chie@ お久し振りです♪ 政治のことは、かなりうといんですが 選…
chie@ この前 美容院で髪の毛をCUTしてもらいながら…
chie@ 本当に H君の胸のアレは、動物霊なのかもしれま…
chie@ ぶはは 相変わらず、面白い発想ですねえ(,, ' …

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: