藍円寺微意の世界

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es1-海坊主

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2007.05.22
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カテゴリ: カテゴリ未分類

通夜の法要は終わり、私と姉が棺に入った母の遺体と共に葬儀場に残ることになった。
遺族控え室は十畳の和室で、奥の襖を開けると、母の遺体が安置されている式場に直接入れるようになっている。通夜の晩はここで身内が泊まって棺に付き添い、祭壇の蝋燭と線香の火を絶やさないよう番をするのだ。葬儀場の係の人の説明では、大きな蝋燭だから蝋燭は明日の朝まで充分にもつが、蚊取り線香のように丸くなった線香は一時間半くらいで無くなるので、それだけ消えそうになったら、ご家族の方が交代で新しい線香と取り替えてやってくださいと言うことだった。
控え室で姉と二人になると母の臨終のときの話しになったが、やはり最後まで苦しんで死んだので、遺体の表情は苦しそうだと姉は言った。それから二人分の布団を敷いたが、今祭壇で火のついている線香は、もう三十分もすれば交換しなくてはならないので、姉に先に休んでもらい、私は式場で明日の葬式の喪主の挨拶文を仕上げることにした。私は式場の喪主の席に座り、キャスターのついた焼香台を傍にひいてきてテーブル代わりにして祭壇の明りで原稿を広げていたら、妻がまた戻って来た。私に電気かみそりと鏡を家から持ってきてくれたのだ。コンビニで買ってきた夜食やコーヒーは控え室に置いておくという。コーヒーはありがたい。ひげも明日の朝には伸びてしまうし、妻もなかなか気が利く。
 式場で再び一人になると、喪主の挨拶文はじきに出来て、何度も読み返してみた。祭壇の線香を新しいものに換え、また喪主の席に戻ると、焼香台に置いた鏡が揺れていた。正確には鏡に映った部屋の景色が揺れていた。
 一瞬地震かと思ったが、後で考えて分かったのだがあの時は次元が揺れていたのだ。写真立てのような小さな鏡だが、その鏡に目の焦点を変えて見れば、異次元の空間が映るだろうと閃いた。そして今この鏡を覗けば母が映るかもしれないと思った。私は椅子から立って自分の顔が映るように姿勢を変えて鏡を覗き込み、目の焦点をいろいろと変えてみた。やはり母はそこにいた。私の後ろに母が映っている。怪奇映画でよくある、洗面所で顔を洗った後に現れる幽霊のような、おどろおどろしい姿ではない。鏡に映る母は、元気な頃の日常の姿だった。いつものようにマイペースで何かしている。お気に入りだった薄いオレンジ色のカーディガンを着て、下を向いて何かを探しているようだ。落とした煎餅のかけらでも探しているのかもしれない。振り向いたら母が消えてしまうだろうと思ったので、鏡を覗いたまま、自分の後ろに手を伸ばして母に触ろうとした。指先が母のカーディガンに触れた。私はそのまま母の腕を掴んだ。成功だ。母を掴まえた。ニットのカーディガンの感触も、厚着はしているけど母の腕の感触もある。生きているようだ。鏡の中の母も顔を上げて何か用?という顔で私を見る。私は母の腕を掴んだままゆっくりと振り返った。
軽いめまいを感じた。目の前の母は鏡を通して見た母より若くなっている。でも別人が特殊メイクをして母に変装したように顔の表情に精彩がない。間違いなく母だが、鏡の中で見たような日常の母の顔とは明らかに違っている。
私は母の腕を掴んだまま襖を開け、控え室で寝ている姉を起こした。ほら母さんだよ。姉にも見える筈だ。布団の中で目だけ開けた姉は母を見ても驚きもしない。それはそうだ自分の親だもの。でも母に会えて嬉しそうでもない。「顔が変だ。嫌だ。そんな顔、見たくない」そう言って姉は布団をかぶった。そう、私もそう思う。実際の母はもっと年をとって顔の皮膚も弛んでいた。今は若いときの母の顔だが、表情は死んでいる。私に腕を掴まえられていることも不本意な様子だ。
分かった。母は自分で自分がどういう顔をしていいのか分かっていないのだ。きっと死んだことも理解していないのだろう。私は掴んだままの母の腕を引いて、また葬儀場の祭壇の前に戻り、母に自分の遺影を見せた。そして棺の対面窓の扉を開けて遺体の顔も見せた。しばらくじっと自分の遺体の顔を無表情に見つめていた母は、納得したのか自分から遺体に入っていった。そのとき私が掴んでいた母の腕の感触も無くなった。母の遺体の顔が笑顔になった気がした。
私は葬儀場の喪主の席に座ったまま居眠りをしていたようだ。足元に鏡が落ちて割れていた。

姉は祭壇に近づいていき、棺の扉を開けて覗いて言った。「あれ、いい顔になった。良かった。私さっき変な夢を見たから」
あの、母の腕を掴んで私が振り向いたあの時から、私は鏡の中の世界にいたのだ。
でもこのことは誰にも言うまいと決めた。





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Last updated  2007.05.22 15:09:48
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うーむ。。。。  
chie さん
すごくよかったです。しみじみ。

以前、宮部みゆきなど数名の作家が書いた短編集を
読んだことありますが、その作品の中に入ってても
違和感ないな~と。。。
特に中盤からは、いっきに引き込まれました。

次回も是非! (2007.05.22 20:56:30)

怖いような…  
cocoroten  さん
怖くないような…

不思議な感覚ですね。 (2007.05.24 01:38:12)

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Comments

chie@ 残念無念 この言葉の解釈、目からウロコでした。 …
chie@ お久し振りです♪ 政治のことは、かなりうといんですが 選…
chie@ この前 美容院で髪の毛をCUTしてもらいながら…
chie@ 本当に H君の胸のアレは、動物霊なのかもしれま…
chie@ ぶはは 相変わらず、面白い発想ですねえ(,, ' …

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