「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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不動産
2017/06/28
続き
(2)
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この所、少し天気が良い日は日帰りの旅に出て
雨の日は映画館でのんびりと映画鑑賞をしている。
この前の続きを少しだけ書いておきたい。
世界中で自国の領土が増えるときや減るときは
だいたい戦争が原因なんだよね。
日本も日露戦争で勝利したときに樺太を自国の領土とした。
満州という場所に「満州鉄道」というものがあった。
元々はソ連が管理していたものだが
日露戦争で勝利して以降はこれも日本が管理することになった。
じつは、日本は満州そのものを手に入れたかったのだが
これに中国が猛反対をしていた。
そこで無理やり始めたのが日中戦争だ。
この戦争に日本は全勢力を傾けるということで
「国家総動員法」という法律を制定する。
これにより、軍人かどうかは関係なく
招集されれば日本国民は戦争に参加しなければならないという法律だ。
1941年には日本が本格的に参戦する「太平洋戦争」が始まる。
つまり、1941年以降、日本は職業を問わず一般国民も戦争に参加させられ
相手は中国(日中戦争)とアメリカ(太平洋戦争)という
最悪の状態へと突入していくことになる。
国民総動員で無謀な戦争をした日本は
1945年8月に無条件降伏をして敗戦国となる。
それまでの戦争で勝利して取得していた領土はすべて取り上げられ
北方4島はソ連軍に占領され日本人は追い出された。
日本本土も進駐軍というアメリカ軍が占領した。
1949年(昭和24年)、東西冷戦が激化すると
朝鮮半島の軍事的緊張が高まった。
その為にアメリカは沖縄に大規模な軍事基地や施設を建設した。
軍道1号線(現在の国道58号線)の拡張工事を行い
那覇軍港を整備し弾薬倉庫や米兵用住宅などの
軍用地開発が推進され沖縄本島は極東最大の米軍基地となった。
1950年(昭和25年) 朝鮮戦争が勃発し朝鮮特需が始まり
日本人の生活は豊かになってきた。
1952年(昭和27年)4月3日に平和条約が発効され
やっと日本の主権が回復した。
しかし、北方4島はソ連・沖縄はアメリカに占領されたまま帰ってこなかった。
ソ連やアメリカからすれば
戦争によって勝利し奪い取った島は自分たちの物だという認識だ。
日本も太平洋戦争に負けるまでは
そうやって自国の領土を増やして来た。
ワタクシが初めて沖縄を意識したのは50年位前になる
1968年(昭和43年)に東京の大学に入学した時だ。
汚い下宿の隣の部屋に住んでいた
沖縄出身の女子大生と友達になった。
その時に東京に来るのにパスポートが必要だと聞いた。
その時には
「え~~日本人が東京に来るのに何で??」
「俺、九州やけどそんなのいらんかったよ。」
使っているお金も円ではなくドルだと聞いた時には
「沖縄は日本じゃないのか??」
と強烈に思ったし
彼女に琉球政府発行のパスポートを見せられたときには
無知なワタクシはかなりびっくりした記憶がある。
日本の敗戦以後、沖縄の施政権はアメリカに渡った。
しかし、アメリカ国籍になったわけではなく
アメリカが統治する沖縄という地域が生まれただけ。
1952年からはアメリカ民政府の下で琉球政府が発足したが
その主席はアメリカ民政府による任命制であったから
アメリカのすることに対してなにも言う事は出来なかった
アメリカは戦争に勝利して奪い取った土地だから当然のように
住民の土地を収用して多くのアメリカ軍の基地を造った。
沖縄にはとりあえず独自の琉球政府が生まれた。
このように日本なのに日本で無い
アメリカでもないという奇妙な状態の地域になってしまった。
車が右側を走り、人々がドルを使って買い物をする。
本土の警察官はおらず、もちろん自衛隊もいない。
しかし、学校の教育は日本語で行われており
日本語のテレビもあり新聞も出されていた。
しかし、すべての最終的な意思決定権は
アメリカが握ったままだった。
その年の夏休みにワタクシは沖縄に帰省する友達に招待され
初めて沖縄に出かけた。
日本本土から沖縄に行くのもパスポートが必要だった。
しかし、このパスポートは日本の外務省発行ではなく
総理府発行の沖縄渡航専用パスポート(身分証明書)で
アメリカ民政府による渡航(入域)許可証(今のビザみたいなもの)
が渡航専用パスポートに添付された。
当時は1ドルが360円のレートだったので
たった50ドルと両替するのに
18000円以上必要だったのを覚えている。
戦後20年以上過ぎていたので沖縄の街はそれなりに賑わっていたが
ワタクシが初めて見た沖縄は日本とは違った街だった。
道路も歩いている人も走ってる車も違った。
空を見上げりゃ異国の旗が無常になびく沖縄の島。
場所も寺の名前も忘れてしまったけど
沖縄に滞在中に友達に連れて行ってもらった寺の坊さんは
右手が無く顔も首も見える所は火傷の痕だろう
ケロイド状になっていた。
ワタクシが本土から来た学生だと知ると
いろんな話しをしてくれた。
当時は沖縄から本土に出て行く人は多かったが
本土から沖縄に出かける人は少なかったので
珍しかったのかもしれない。
この坊さんは戦争前から教員をしていて
右手が無いのや火傷の痕はアメリカ軍の
火炎放射器で焼かれたもので
学生達と逃げている時にやられたのだが
ほとんど記憶は無く
気が付いたときにはアメリカ軍の病院だったようだ。
戦争中は日本人は日本の為に戦うべきと思っていて
子供達には死んで国のためになれ
死ぬ前にアメリカ人を殺せと教えていた。
たくさんの教え子は、その言葉を信じて
「アメリカ人を殺して立派に死にます。」と言って
学校に別れを告げて戦争に行った。
「立派に死にます。」
と言って出て行ったきり帰って来なかった。
と何度も言っていた。
自分は死なずに生き残ってしまった。
敗戦のとき自分がどんな事をしたのか思い知らされた。
その後も自分で自分の命を終わらせようとしたが
意気地なしで出来なかった。
子供達を戦争に追いやり、死なせたのは自分だから
自分はその後悔を、一生背負っていくと決めて
坊主になった。
自分が生きている間は供養し続けなければいけない。
そんなふうに、涙しながら、語っていた。
戦争中に
日本からアメリカや連合国軍を見たら鬼畜米英だが
アメリカから日本を見たら
やはり鬼畜日本だったのではないだろうか。
戦争は人間を鬼にする。
戦争だけはしてはいけないと言っていた。
ワタクシも戦争には反対派だ。
当時はベトナム戦争が拡大して
沖縄の米軍基地からも戦闘機や爆撃機が飛び立っていた。
ベトナムでの負傷兵は沖縄や横須賀の米軍病院にも
搬送されていた。本土ではベトナム戦争反対と
一部の学生が騒いでいたが、そんなに話題になる事は無く
1970年の大阪万博の準備が進んでいた。
1969年には当時の佐藤首相とアメリカのニクソン大統領の会談の結果
日米共同声明が発表され、日米安全保障条約の堅持
「核抜き・本土なみ」の返還が合意された。
これらに基づき1971年に沖縄返還協定が調印され
1972年5月に沖縄返還が実現した。
しかし、施政権は返還されたものの、米軍基地はそのまま残された。
沖縄に核兵器は持ち込まないという話だったが
それを検証する方法はない。
「核抜き返還」
についても大きな疑惑が存在したため反対運動が起こった。
沖縄返還の裏には密約があったとマスコミが騒いだが
ワタクシは密約があるのは当然だと思っていた。
戦争で自国の自治領となった領土を
無条件で簡単に返す国があるだろうか
少なくともワタクシは聞いた事がない。
表向きは日米安全保障条約の堅持を条件としてはいるが
裏ではいろんな密約があるのは当然だと思う。
とりあえず返してもらって日本国の沖縄県となってパスポートなしで
行き来できるだけでも良かった。
出来れば早い時期に基地が無い沖縄にして欲しいが
そう簡単にはいかないと思う。
少しずつ、少しずつ地道に少しずつだ。
北方4島なんて今でも自由に行く事ができない。
ビザなし交流なんていって時々は島に墓参りに行っているけど
ロシアが4島を返還なんてまず考えられない。
今も美味しそうな話をちらつかせて
日本から金を引き出そうとしている。
友好条約を結んだら2島は返還するなんて言っているが
まず無理だろう。
戦後70年もロシアの人民が住み着いて生活している島を
住んでいる人民を追い出して日本にお返しします
なんて事を言う国は見た事も聞いた事も無い。
クリミアを軍事力で奪い取ったロシアが
日本には特別に4島をお返ししますなんて事を言うと思うか?
1968年に初めて沖縄に行ってからもう100回以上沖縄を訪ねた。
この5~6年沖縄が変わってきたように感じる。
米軍基地は要らないという気持ちは理解できるが
基地の前で通路を塞いで抗議集会はどうなんだろう?
隣の国が行っている
日本に対して行われる蛮行は罪ではないという
反日無罪と同じように
沖縄では反基地無罪なのだろうか?
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Last updated 2017/06/28 09:58:02 AM
コメント(2)
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Re:続き(06/28)
CASHFLOW101
さん
本日の随筆、
素晴らしいです。
(2017/06/28 11:49:00 AM)
返事を書く
Re[1]:続き(06/28)
さくら1013
さん
CASHFLOW101さんへ
有難うございます。
最近感じた事と昔の事を書いてみました。
(2017/07/05 10:03:41 PM)
返事を書く
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