花夢島~Flower Dream Island~

花夢島~Flower Dream Island~

14~覚醒と決着~


「よう、待ったか」
 5分前に着くように来たのだが、亞姫菜さんは既に来ていた。
「いえ、私も今来た所です。では、行きましょう、湊さん」
 俺たちは並んで調理室へと向かい、そこから中に入った。そして、階段を登り、5階に辿り付くと、またあの憎悪心溢れる敵意が向けられてきた。しかも、昨日よりも明らかに強くなっているのは明らかだった。その悪意で窓ガラスが震動しカタカタ音を上げていた。
「亞姫菜さん……」
 息を呑み亞姫菜さんの名前を呼ぶ。亞姫菜さんも同じことを考えていたらしい。点頭き、そして俺たちは同時に後ろを向いた。
 だが、振り向いたその瞬間、その存在がスッと消える。どこかに移動したんだ。
「ヤバイッ!アイツ、この学校から出ようとしてる。もう校舎の外だッ!!」
 何故だかアイツの居場所が手に取るように流れ込んでくる。俺はなりふり構わずその階段を駆け下りる。後ろには亞姫菜さんもついて来ている。
「亞姫菜さん、結界とか、そんなもの張れない?」
 階段を猛スピードで降りながら隣を走る亞姫菜さんに尋ねた。
「はい、この校舎を覆うくらいなら何とか」
「じゃあ今すぐ頼む。アイツがこの学校からでたら大変な事になる」
 俺がそう言うと亞姫菜さんは立ち止まり詠唱を始めていた。俺はそれを尻目に正門へと向かう。恐らく、今日が最後のチャンスになるんだろう。今日を絶対に逃してはいけない。
 俺はまた調理室の窓から外へ抜けると勢いを殺すことなく尚走り続ける。既に結界は張れている。恐らく直に亞姫菜さんも来るだろう。
 俺は正門へと辿り付く。案の定悪霊はそこで結界にはばまれ立ち往生していた。
 俺は、亞姫菜さんがくるのをじっと待つ。一人で飛び込んでまた昨日の二の舞を踏むつもりは更々無い。
 草陰に隠れて息を殺す。全力疾走して直に息を殺すのはどうしようもなく辛いものがあったが、生死の境目にあるだけありそんな辛さは気にはならなかった。
「湊さん、あの悪霊は何処に?」
 亞姫菜さんが到着するや否や、訊ねて来た。やはり最後のチャンスであろうことはわかっているらしく同時に焦っているように見えた。
「あそこで佇立してる」
 俺はその場所を指で指し示す。すると、亞姫菜さんは立ち上がり、その場所へと向かっていった。
 そして、相手が気付く寸前に除霊を開始した。
 悪霊に向けたその手に鈍色の耀きが集う。
「禁忌を犯す者よ。その魂、緑川 亞姫菜の名に措いて無に返れ!!!」
 その鈍色の耀きが悪霊を包む。
「やったッ!!」 
 俺は歓喜の声をあげる。亞姫菜さんも安堵しているようだった。
 だが、様子が可笑しい事に暫くして気付いた。鈍色の光が徐々に内側に吸い込まれている。まるで、その能力までをも吸収するかのようにして、その耀きが消える頃には、悪霊は更に巨大化を果たしていた。そして、咆哮をあげるかのように体を反らし、口を大きく開けた。
 その威嚇に俺も亞姫菜さんも完全に動きを失っていた。もう一歩も動けない。拭い去ったはずの死への恐怖が甦ってくる。
 その怪物と形容できるほど凶悪な悪霊は亞姫菜さんを一睨みした。それと同時に悪霊から鋭い薄白色の鋭い無数の気が亞姫菜さん目掛けて飛んでいく。もう助けることすら間に合わず、その気は亞姫菜さんの体に突き刺さる。刹那体中から血を噴出して、倒れた。
「ッ!」
 俺は、何かが外れる音を聞いた。悪霊への怒りが異常なほどに込み上げる。
「ウォォォオオオオオオオォオオォオォ!!!」
 吼えながら両手を悪霊へと向ける。込み上げる怒りをそのまま能力に変える勢いで力を篭める。その耀きは夜空を明るく照らし、銀色の世界がそこに生まれた。
 そして、その輝きを悪霊へと放つ。悪霊はその耀きに包まれもがき苦しみ、やがて消滅を果たした。
「はぁ、はぁ……」
 とてつもない疲労感が体中を襲う。だが、まだやるべき事は残っている。
 俺は亞姫菜さんの許に近づき、手を伸ばす。そして、銀色の輝きを点し、亞姫菜さんを包む。
 除霊。魂を除去する事ができるなら、逆の事をやればきっと魂は戻ってくる。俺は確信していた。天に延びた銀色の柱が徐々に短くなっていき、その体に回帰する。
 そう、俺が昨日自然に行っていた事だ。魂が消滅していなければ蘇生はできるんだ。
「しかし、さすがに疲れた……」
 俺はその場に頽れ、仰向けに寝転んだ。満天の星空。俺を祝福するかのように時々強く瞬き、時には流れる。常に動き続ける夜空はずっと見ていて飽きる事はなかった。  



 やがて、亞姫菜さんが目を覚ました。何が在ったのかわからないと言った感じか。
「あれ、湊さん……わたし、死んだはずじゃ……」
「ああ。一度死んだ。だけど、俺が魂を呼び戻したんだ。除霊と全く逆のことをやってな」
 俺がそう言うと、亞姫菜さんは信じられないと言った風に俺を見てきた。
「蘇生には、甚大な霊力を必要とするのに……それをどうやって湊さんが?」
「俺さ、一度霊に殺されかけて生命を維持する為に常に霊力を使ってるんだ。だから、実際に自分で使える霊力は極微量なものなんだ。だから、もしも俺の能力が失われていなければ亞姫菜さんは死なずにすんでいたのかもしれない。そう考えると凄く悔しくて、同時に自分への怒りとあの悪霊への怒りが同時に込み上げてきたんだ。霊力はその感情が何であれ強い思いに比例して大きくなる。あの時の怒りの感情が俺の霊力を異常なほどに高めたんだと思う」
 俺は思っていることを全部言った。それを聞いて亞姫菜さんはどうやら納得していた。
「確かに霊力の大きさはその術者の思いに比例する。その時の湊さん、余程起こってたんですね」
 まああん時はマジで悪霊に切れたからな。自分でも思い返すと怖いわ……
「でも――」
 そこで言葉を区切り、亞姫菜さんは微笑んだ。
「ありがとうなのですよ。助けてくれて」
 そして、いつもの喋り方に戻り、お礼を言ってくれた。この口調を聞いて俺は漸く終わったんだと実感を得ることができた。
「こちらこそ、一人だけじゃ何も出来なかったよ。ありがとな」
 俺は亞姫菜さんを寮まで送り、家へと向かった。



「ただいま」
 俺は既に0時を回り、暗くなった家の扉を開け、中に入る。既に皆寝ているであろう故に、足音を立てないように中に入る。だが、リビングの前を通る時に、そこに薄らと光が灯っている事に気がついた。そして、そこには机に突っ伏し寝ている湊さんがいた。
「待っててくれたんだな、きっと」
 俺は湊さんの横に座り、一言だけ言った。
「ありがとう」
 そして、俺は一向に起きる気配の無い湊さんを抱きかかえる。さすがにこのままほうっておくわけにも行くまい。そのまま湊さんの部屋まで向かい、その扉を開いた。
「うーん、やっぱり何か侘しいんだよなぁ……」
 湊さんをベッドに寝かせてから呟く。家具とかは一通りそろっているものの、やはり女の子の部屋と言う感じは微塵もしない。壁紙はしかたないとして、何か買ってやりたい。ぬいぐるみでもなんでもいいからこの殺伐さを何とかしたいと思った。
「まあ今は部屋に戻って寝よう。いい加減眠くなってきたし」
 欠伸をしながら部屋の敷居を跨いだとき、何時の間に起きたのだろう湊さんが声を掛けてきた。
「湊さん……」
 俺の名前を呼ぶその声にはなぜか不安と恐怖が篭っているかのように切なく儚げだった。
「どうした?怖い夢でも見たのか?」
 多少冗談のつもりだったが、湊さんはその言葉に頷いていた。
「湊さんが、元の世界に帰ってしまう夢……もう二度と会えないって思ったら、とても辛くて……」
 俺はどうコメントすればいいんだろう。今ではこの世界に居たいと思って入るけど、やはり戻る術が見つかったら俺は多分もとの世界に戻る道を選ぶだろう。でも、それは皆との別れを意味するんだ。
「湊さん……ずっと、一緒に居てくれますよね……?」
 肩を、声を震わせて弱々しく訊ねる。こんな悲しげな湊さんは始めてみた。そして、もう二度と見たくない。やっぱり元気で居て欲しかった。だが、ここで軽軽しい約束はできない。
「ゴメン……ずっと一緒に居ることはできないかもしれない」
 やはり嘘はつけない。俺のその言葉はきっと湊さんにとって辛い物かもしれない。だけど、それでも嘘をつくよりはまだいい。
「一つだけ、聞かせてくれませんか……?」
 俯きながら、より震える声で聞いてきた。
「湊さんは、私のこと……好き、ですか……?」 
「好きか嫌いか、で言えば『好き』だと即答できる。だけど、その『好き』は湊さんが俺に感じている物とは違うと思う」
 確かに湊さんのことは好きだけど、同じくらい麻衣ねえや芽衣、明緋や亞姫菜さんのことも好きだ。つまりは、そういう友達としての『好き』なんだ。
「そう、ですか……でも、私絶対に湊さんを諦めません。例え、いつか別れが来るとしても、私が湊さんを思う気持ちに代わりはありませんから」
 そう言って湊さんは俺に微笑みかけた。俺は申し訳なさでいっぱいになりその部屋から逃げるように立ち去り、自室に戻った。
「湊さん、強いな……」
 俺だったら好きな人といつか別れが来ると知ったあの状況で微笑む事なんてできるかどうか分からない。
「はぁ……来るべき別れか」
 そんなもの当分来ないと思っていた。だけど、その日は唐突に、けれども確実に訪れていた。

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