Hard-boiled or soft-boiled

長野新潟


『冒険の書というよりは古文書』

「クロフネさん、新潟行きましょうよ、新潟」
ゴールデンウィークが終わった頃、
バイト先のO君の一言によってこの物語の幕は切って落とされた。

「新潟?例の直線コースか。いいね。行こ。行こ」
O君の発言を、話の流れ、その場のノリだと判断した俺は
切って落とされた幕をそのまま放置した。

三ヶ月も経った後に、
その舞台上でタイタニックばりの悲劇が上演されるとは
当時は夢にも思っていなかった。

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8月半ばの金曜日の午前7時と言えば
普通にラッシュアワー。
俺が待ち合わせの駅の改札を三分遅れで通過すると、
O君はすぐに俺を発見して近寄ってきた。

「珍しいッスね、眼鏡。どうしたんスか?」
「ああ。ちょっとモノモライっぽいんだ」
うるせえよ。コンタクトだと眠れねぇだろ。
俺は眠いんだよ、この無駄にマッチョがなんて言えるはずもなく、
いやー参ったよホラホラまぶたブヨーンなんて言いながら
再度改札を通り抜けて逗子行きの快速に乗り込んだ。

東京駅で上へ上へ。京浜東北に乗り換え、上野まで。
上野から、高崎線で高崎まで。
高崎から、上越線で越後湯沢まで、と
前日にライコスの路線検索でちょっと見ただけのプラン。

ふん、計画は立てるときが楽しいんであって、
きっちり守るのは頭の弱い瞬発力のない生き物じゃ、
という極めて傲慢で尊大なイデオロギィを共有している
2人なわけだから当然どっかで予定が狂ってくるわけだ。

事の発端は高崎での約1時間待ち。
高崎ってところはイカレた土地で、
なぜか高崎駅構内で福岡名物の手作り最中を売っていやがった。

Oー!ここは何県だー!言ってみろー!と
戦時中の陸軍士官学校の先生のような
金切り声で問い質してみたが、
「はぁ、群馬県ッスよね、高崎って」
というような間の抜けた答えしか返ってこない。

こんな狂った駅で1時間も潰せたもんか、
いや、潰せるはずがない。
というわけではるか遠くに
蜃気楼が見えそうなアスファルトの上を
高崎競馬場目指して歩き出してしまった。

ちなみに高崎が狂ってる証拠をもう1つ挙げると、
駅前の献血ルームの窓ガラスに赤いゴシック体ででっかく、
高崎熱血倶楽部って書いてあったことかな。
考えた人は頭に血が上り過ぎだね、俺個人としては好きだけど。

駅前のデカイ地図によると、高崎競馬場、
行って帰って40分、余裕じゃん、のはずが、
「クロフネさん、これヤバイッスよ。
 さっきからずっと競馬場の壁ッスよ」
「ああ、ヤバイね。Tちゃん連れてこなくて正解だったね」
「そうッスね。今頃すげぇ勢いでキレてますよ」
「あの子の場合、大体想像つくよね」
「つきますね。きっといたら俺にばっかりキレますよ」
「あ。ここ開いてるじゃん」
「あ。行ってみます?警備員さんいるけど」
「すいません。ちょっと中覗かせてもらっていいッスか?」
「つーかクロフネさん、もう45分経ってる。
 今から帰っても 電車間に合わないよ。ヤバくないッスか?」
「まぁ、いいっていいって。
 どーせ次の電車また1時間後だからさ。
 せっかくだからちょっと見てこうよ」

競馬場が予想外に遠い、ということ自体は
予想外の事態ではないだけに
俺らは警備員さんの競馬観を長いこと聴く余裕もあった。
そして今後の心配をするよりもむしろ、
ボロい、以外の言葉でここを表現できるのか、
ということの方が俺にとっては重大だったし、
表現できないという結論の方が
高崎競馬場にとっては致命的だった。

高崎に到着してから約2時間後、ようやく電車に乗った。
この電車に乗ってしまえば後はもう着いたも同然だな、と
4人用のボックス席を2人で占領して弛緩しきりながら、
ハシノタイユウやレジェンドハンターなどの
地方競馬の優駿の話に華を咲かしていた。

そのうちに終点~、終点~というアナウンスが聞こえてきた。
あれ、越後湯沢通り過ぎちゃったのかな?
と少し心配になって立ち上がり、
最前の車両まで行ってみて
俺は生まれて初めて自分の目を疑った。

線路の先がなかったのだ。

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どこまでも続くと思われていた線路を遮断する
小さな小さな壁が、小さな小さなヌリカベに見えた。
小さな小さなヌリカベは3匹並んで、線路を遮断していた。
ヌリカベだったら可愛いが、よく見るとそれはただの壁だった。

横川、最果ての地であり、終着駅の名である。

軽井沢行きのバス、こちらです。
という看板が改札の前に立っている駅。
新軽、旧軽、もちろんどちらにも用はない。

そういえば最近知り合った女の子が
今日は車で軽井沢まで来たよー。100kmも乗っちゃったー。
すごくない?

なんてメールを送ってきたのを思い出して、
今日は電車で軽井沢まで行きかけたよー。新潟と間違えて(笑)。
ある意味、すごくない?

という媚びたメールを返したが、
(笑)える余裕は既にどこにもなかった。
今度は生まれて初めて自分の耳を疑ったのだ。
そう、その横川駅の駅員の発言は
自分の耳がギョーザなんじゃないかと思わせるに
十分なものだった。

あぁ、新潟に行きたいの。
それだったらまた帰んないと、高崎まで。
そっから水上まで行くんだよ。
んでそこで乗り換えて越後湯沢。
でもなぁ、確か水上からの越後湯沢行って
1時のが出ちゃったら、
次は5時だぞ。

1時のが出ちゃったら、
次は5時だぞ。

1時のが出ちゃったら、
次は5時だぞ。

1時のが出ちゃったら、
次の列車は5時まで待たないと来ないらしい、ふ、ふーん、
という字面通りの内容を理解するのに結構な時間がかかった。
5時って志村ケンと石野陽子がさんざん使い古したネタだな、と
少し恥ずかしくなりながら内容を理解した。

落ち着いて携帯電話の時計を見てみると、
ハードボイルドなデジタル数字は12:34と
ニヒルにならんでいた。

俺たちを乗せてここまでやってきた列車はいってしまった。
つぎの列車がくるまで30分かかり、
高崎から水上までも30分以上かかる。
どう考えても1時の次の5時の列車を待つしかなかった。

俺たちは駅に置いてある時刻表を必死になってめくった。
きっちりとここから新潟までの道のりと列車の時刻をメモり、
何度も何度も新潟までの乗りつぎをシミュレートした。

しかし、何度計算しても到着時刻は夜の9時を回っていた。
そして、そのシミュレーションの結果からある推論が成立した。
予約をしていない俺らに今夜の宿はない、という推論だ。

さらにその推論は、
宿ナシの俺らが駅の地下道に新聞紙にくるまって寝ている、
という残酷極まりない現実を脳裏に描かせた。

まぁ、男2人だ、なんとか飛び込みでも宿はとれるだろう、
という気休めにもならないセリフをとりあえず俺が吐いておいて、
日本一早い、秋のG1予想!と洒落込んだ。

スプリンターズSはブレイクタイムかもよ、
でも短距離はワンシーズンごとに強い馬が代わるからなぁ、
秋華賞は今度こそテイエムオーシャンだね、
でもムーンライトタンゴってローズS、
本番と連続三着っぽくない?、
天皇賞はクロフネに決まってんじゃん、
いやそれ予想じゃなくて希望でしょただの、
とまだ何ヶ月も先のレースの予想に夢中だったが、
それは今夜の俺たちの運命が簡単に予想できたことの
反動だったのかもしれない。

日付が変わるころ、嬉しくも何ともない予想が的中した。

駅構内の大きな通路から外にある広い自転車置き場に
一本の階段が伸びていたが、
その踊り場に新聞紙を敷いて俺たちはバッグを枕に横になった。
そこは2人の人間が踊るには狭すぎるし、
2人の人間が眠るのにも狭すぎた。

しかし、足を4本とも階段に垂らし身体を丸くしながらも、
すぐに2人は深い眠りについた。

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俺が目を覚ますと、そこには当然空が広がっていた。

この日の空は、絵の上手い小学生が使い終わった
絵の具バケツの中の水のような空だった。
下手な子の真っ黒な空じゃない、
赤みがかった薄く薄くにごった空。

そんな色の空の下、
俺は眼下に見えた公衆便所目指して階段を下っていった。
寒さをものともせずに眠りこける相棒を残して。

用を足して階段の下まで戻ってくると、
あづき色のチェックのスカートを抑えながら
恐る恐る相棒の眠る踊り場を通り抜けようとしている
女子高生を目撃した。

彼女はスカートを覗かれるんじゃないかと
警戒したようだったが、
その必要はなかった、この時ばかりは。
こんなところで寝たふりをしながら巧妙にのぞきをする、
何ていう余裕はとてもなかった、この時ばかりは。

駐輪場から駅にのぼってくる人の数が多くなり始めるのを
見計らって、俺はOを起こして駅の中へと移動した。
今日一日、競馬場で過ごす体力を回復させるために、
列車に乗ってとなりの無人駅に移動して待合で再び眠りに落ちた。

10時、競馬場へのバスがやって来た。
それに乗り込んだ俺らは、
40分ほど揺られてから吐き出された。

改装された新潟競馬場はとても清潔で、
やって来ていた人間も家族連れが多く、
普通のレジャーランドに見えないこともなかった。
しかし中には壊れ果てた人間もいただろうし、
俺らに関しては間違いなく壊れ果てていた。

パドック、馬場、馬券売り場を言葉少なに往復する
2人の男の頭には今夜の宿のことしかなかったため、
馬券はほとんど当たりもせずに紙屑に変わっていった。
もはや馬券の結果、いやレースの結果さえもどうでもよかった。

ドリンクバーだけで何時間も馬について語り合い
10年のキャリアを誇る無類の馬好きである俺らは
この日、生まれて初めて最終レースが終わったことを喜んだ。
普段感じる名残惜しさ、などというものは微塵もなく、
バスへと向かう足は自然と加速がついていった。

にやにやしながら新潟駅まで戻り、
フカフカの布団にダイブする感触を思い出しながら
駅前に乱立するビジネスホテルの一軒を訪れた。
すると、フカフカの布団の幻想にひびが入り、
その後ろにコンクリートの階段の現実がかすかに見えた。

すいません。お陰様で、本日、満員ですぅ。

受付の八重歯が可愛いおねえさんはそう言った。
姉さん、で始まる手紙を毎週書きそうな
若いベルボーイもそう言った。
そして、ちびまるこちゃんに出てくる花輪君ちの執事であり
俺の個人的なリスペクトの対象でもある
ヒデじいのようなロマンスグレーの紳士さえもそう言った。

そして最後に訪ねたホテルで聞いた情報を元に
駅前の観光協会に向かったが、
結局そこでも同じセリフを聞く羽目になった。

ついに布団の幻想はきれいに崩れ去り、
コンクリートの固い現実がはっきりと見えた。
こうして観光協会がとどめを刺す形となり、
2人の悪意のない観光客は新潟駅前で、死んだ。

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昨晩、あらゆるホテルが満員だったため、
とりあえずバスで近くの温泉に向かった。
新潟駅のバス乗り場案内のオバちゃんが
あたしもねぇ、毎日行くのよ、というどうでもよすぎる、
いらんコメントを発するほど地元の人に愛される温泉だった。
露天風呂はもちろん五右衛門風呂まで各種風呂があったのも
多くの人が入浴しにくる理由なのだろう。

だが、そんなことは俺らにとってはどうでもよかった。
俺らにとって重要なのはそこが夜の十二時まで営業しており、
そこのロビーが畳になっており、寝れる、ということだった。
だから俺らは温泉をゆっくり味わうこともなく、
ロビーの畳の上で堂々と爆睡していた。

夜の十二時に温泉から閉め出されたので、
俺らは再び新潟駅で一夜を過ごした。
昨日の階段はあまりに寒かったため、
ダンボールハウスが建ちならぶ、
ダンボール横町とでも呼べそうな通路の一角に
新聞紙をしいて眠った。

浮浪者のダンボールハウスはよくできたもので、
中に人が入っているのかどうかは外からでは判別できない。
そしてそれはとても複雑な造りになっていて、
風が吹いたぐらいではビクともしない。
そんな立派な家をもつ彼らをうらやましげに見ながら
いつのまにか朝を迎えた。

俺たちはゴソゴソという物音と複数の人間の気配で眼を開いた。
うっすらと開いた俺の眼にはとても奇妙なものが映っていた。
建ち並ぶダンボールハウスの玄関が開かれ、
どうやら中の人間が行動を開始したようで、
中から這い出てはダンボールの形を元通りにしている。

ダンボールハウスの中身が一瞬見えたが、
奇妙なもの、ってのはそれのことではない。
ダンボールから這い出てゴソゴソやっているのが
普通のスーツとネクタイを着用した男たちだったのだ。
それも典型的過ぎてイッセイ尾形のネタにでもされそうな
ごく普通のサラリーマン風の男たちが這い出ていたのだ。

日本人の持ち家なんてウサギ小屋だぜ、
ヘイ!ジャップ! イエローモンキー!
という外国人のコメントを聞いたことがあるが、
まさか彼らはこの光景を見てしまって
そのようにコメントしたのではあるまいな、
などと一瞬心配しかけたが、
あまりにどうでもよすぎるその思考を放棄した。

第一、ダンボール族より下級な新聞紙族の俺に
この件に関する発言権はなかった。

こうして2日分の疲労とともに午前中から競馬場に繰り出した。
今日もまた、パドック、馬場、馬券売り場を往復したが、
今日はマジでギャンブルをするためにコンタクトをはめていた。
ここ新潟では日本初の直線レースである
アイビスサマーダッシュが、
同時開催の札幌ではダービー馬が登場する札幌記念が組まれており、
いよいよ今年の夏競馬が最高の盛り上がりを見せてきていた。
しかし、身体は正直なもので、2人は鬱そのものだった。

どれくらいテンションが低かったかは以下の通りである。
俺の相棒が三万馬券を当てた。
百円で買った馬券が三万円になっちまったわけだ。
で、そのレースが終わった直後の会話を再現すると、

あ、これ当たってますよ。
あ、そう。
あ、ちょっと高いかも。
あ、そうなの。
あ、万券すよ。
あ、すごいね。
あ、しかも三万だ。
あ、そう。

ある程度競馬を知ってる人がこれ読んだら気付くでしょう。
あ、これ末期的症状だ、と。

三万馬券を当ててもこれだし、
札幌ではダービー馬はわけのわからない負け方するし、
楽しみにしてた直線レースはいつのまにか始まって、
一瞬のうちに勝負がついてるし、
なんの盛り上がりも見せないままに
終わってしまった新潟旅行ですが、
1つだけ盛り上がったものがあります。
それはなんと俺のまぶたでした。

乞食のような生活をしていたら
ほんとにモノモライになってしまった、というわけで。
                       -了-
(2001年夏、アイビスサマーダッシュ&札幌記念)


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