豊かな熟年

豊かな熟年

「さんしょ情報」230号より



 まずは、戦争の悲惨さを数字で再確認してみよう。 
 東京の大空襲。その被害の大きさは、意外と知られていない。3月10日
午前0時8分から2時37分までの149分間に死者が8万8千793名、
負傷者11万3千62名。この数字は広島、長崎を上まわるものだ。

 海外での軍人の戦死者についても知らないことが多いがその内容は恐るべ
きことであったようだ。例えば戦死者 200万人のうちの7割が餓死者であ
ったといわれる。日中戦争で徴発という名の略奪で戦った経験から、太平洋
戦争でも「現地自活」の方針を与え、大半を送り出した。「現地自活」とい
うと聞こえはいいが実質略奪だった。特にニュギニアのジャングルは実に冷
酷で食べられるものがまるでなく、大勢の犠牲者が出たのである。

 さらに、外国での戦争の犠牲の数値を上げてみよう。

 毒ガスは、ドイツ軍により1915年4月22日に、はじめて使用され
た。それは黄色い霧の塩素ガスで、この毒ガス戦で犠牲となった連合軍側の
中毒者は約1万4000人、死者は5000人にも達している。

 ベトナム戦争の戦死者は5万人であったが、その戦死者の数より驚くべき
数字がある。それは、ベトナム戦争体験者の中から10万人もの自殺者が出
ていることである。さらに悲劇は、いまでも社会復帰できず、森の中に逃避
している人が1000人以上もいるという。

 少し前に、ルワンダの内戦による難民の惨状がTVや新聞紙上で大きく採
り上げられたが、この内戦の犠牲者は、死者が20万人から50万人と推定
されている。その上、難民が約300万人もいて、コレラやチフスなどの病
気が蔓延した。

■ 何故、戦争が起こったのか 

 次に、日本が戦争を起こすに至った原因は何だったのだろうか。入江徳郎
氏は次のように言っている。「軍部が強大になりすぎたこと、昭和初頭の不
景気、貧困から脱出のため軍部が武力による近隣への膨脹政策に出たことな
どがまず挙げられるが、日本の教育が下地を作ったことを見落してはならな
い。小学校や中学校で、まわりの国と仲よくしようとか、各国にはそれぞれ
すぐれた文化があることを教えていない。教えていたのは、もっぱら戦争と
天皇の歴史だった。」と。   

 また、あのような悲惨なことを行う軍隊の人は、鬼のような精神の持ち主
なのだろうか。大蔵省診療所長安藝基雄氏は自己の体験から次のように語っ
ている。

「どんなに心のやさしい人でも、ひとたび組織の中に組み込まれると、個人
の価値観や、善悪の判断で行動することはとても難しい。人間らしさを剥奪
する組織の最たるものが軍隊です。今日の自衛隊にしても、いざとなれば結
局は武装集団としての独自の原理で行動するにちがいない」と。

 戦争に荷担した人として、多くの科学者が挙げられる。前に述べた毒ガス
の製造を担当したのは、ノーベル賞を貰った化学者フリッツ・ハーバーであ
る。
 ハーバーの妻クララは必死に化学戦から手をひくように夫をいさめたが、
彼は「化学者は平和時には世界に属するが、戦時には祖国に属する」と言っ
てきき入れなかった。そこでクララは一子を残して自殺する。悲劇はこれに
つきず、彼が信じていたドイツは、ヒットラーのユダヤ人排斥によって、ハ
ーバーを国外に追放し、スイスで客死させている。

■ 戦争の未然防止に何をすべきか

 戦争防止の一つの方法は、政治家や科学者そして企業が各々のエゴを裁ち
切り、軍事研究や開発を拒否してゆくことだろう。その行為を支えるのは、
一般市民が形成する世論である。我々は、いつの時代になっても戦争の悲惨
さや虚しさを忘れることなくどうすれば平和が維持できるかについて考え続
ける必要がある。

 詩人、坂村眞民は「二度とない人生だから」の第7節でつぎのように詠ん
でいる。

    二度とない人生だから
    戦争のない世の
    実現に努力し
    そういう詩を
    一篇でも多く
    作ってゆこう

 各々の立場で戦争のない世の実現のために努力して頂きたいものである。




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