第4章-3 (完成!)



■THE BOOMからのメッセージ

曲の仕上がり。それは私は何も心配していない。彼らが本番に強いことはもう実証済みだ。もう2回のリハーサルでみんなの力を引き出してきた。そして、最後のリハーサル、本番。彼らはすごいパワーを出すのだ。これは確信に近かった。でも、あとひとつ。ああ、私はこのことだけが心のどこかに引っかかっている。まだ連絡が来ない。ステージに花を添えるあるエピソードを内緒で企画していた。

11月下旬。公文の教室中だった。携帯が鳴った。03・・・東京の電話番号だ。ワン切りだろうか。じゃ、ない。ずっと鳴り続ける。誰だろう。
「はい。えっ?え~~~っ?」
私は興奮するしかなく、電話を切った後も一人でキャアキャアわめいている。生徒たちが
「どうしたの?」
とたずねて駆け寄った。
「すごくいいこと。でも言えないの」
涙が出てとまらない。でもうれしい。そう、THE BOOMのマネージャーさんからの連絡だった。カーニバルあてにボーカルの宮沢和史さんがメッセージを録音してくれたという。もうすぐ届きますとのこと。

このうれしい電話の2ヶ月前。THE BOOMは日本百景全国コンサートツァーの真っ最中だった。この情報を私は土井さんから聞いた。
「もちろん、行きますよね?」
と。私は10月10日に宮崎市民文化ホールでのTHEBOOMのコンサートに行き、こちらのビデオを手渡すつもりで準備した。電話ではGAKUONユニティフェイスが預かってくれるとのことだったが、心許ないので役場の福祉保健課の山田さんに相談。すると、すぐにファンクラブであるムーブメントクラブの代表の方と連絡をとってくれ、手はずを整えてくれた。カーニバル宛に、会場の観客にコメントをいただくことができれば、関わったみんなが大喜びする。スタッフTシャツを着ていなくても、チケットを預かってくれたり、誘い合ってくれた人たちばかり。会場を埋め尽くしたボランティアたちに、最高のご褒美になることは間違いなかった。私は心を込めて手紙を書いた。これまでのカーニバルの歩みに、「風になりたい」にまつわる私たちのエピソードを添えた。
もうリハーサルを2回した後の文化会館。すっかりホームグラウンドになっているのに、私は自分の体が自分でないような、そんなふわふわした中にいる。特に今日は。私は宮沢さんの声の入ったMDを手にしている。会館の技術スタッフの中村さんに面会に。
「このMDを聞いて欲しいんです」
じゃ、一緒にと調整室へ。その道々、THE BOOMへアタックし続けてやっとメッセージが届いたこと。これは誰にも内緒にしてほしいこと、などをお話した。
「いいねえ。感動だねえ」
中村さんの目が優しく笑った。

初めて聞く宮沢さんからのカーニバルへのメッセージ。

三股のみなさん。カーニバルのみなさん。こんばんは。THE BOOMのボーカル宮沢和史です。いつも僕たちの「風になりたい」を歌ってくれていると聞きました。とてもうれしいです。どうもありがとう。僕は小さいときとても引っ込み思案で消極的でした。あるとき、歌を覚えて、普段は口で言えないことも歌を通して言える気がして、歌うことが好きになりました。そして今歌うことを仕事にしています。今日はコンサートに伺うことはできませんが、いつの日か皆さんにお会いできることを楽しみにしています。では、コンサートがんばってください。宮沢和史でした。

宮沢さんの子ども時代のエピソードまで入った心のこもったメッセージだった。これを流すタイミングとバックに映し出す画像のことを打ち合わせた。この準備は第2ステージの映像編集をお願いしていた関先生にしていただくこと、必要最小限のスタッフにしか言わないこと。よりよいステージのために、みんなが快く協力してくれた。

■かがやいたお陽さまたち

《集合~開演前》
みんなが元気で来てくれたら。もうそれで大成功。この寒い季節。それぞれ風邪も早めにひいて準備してくれた。練習はけっして無理させない。とにかく本番に向かって体調を整える。3回目のリハーサルは、千春さんの司会進行が入って本番通りにやってみることができた。全員がステージに立つことができれば、それだけでうまく行く。みんなにいい思いをさせてあげたい。今日はみんなが主役になれる、そんな日だ。関先生は第2ステージの映像を最後の最後まで粘ってやり直しをしてくださった。本番の今日届いた1枚のDVDが最終のもの。この1枚にひとりひとりの輝きがつなぎ合わされて入っている。心のこもったお手紙までが添えられてあった。
今日はみんなは午後2時に文化会館に集合する。最後のリハをしたあと、食事をとり、身支度を整えて本番。お客様を迎えるスタッフが夕方には集合し、打ち合わせ。6時半開場。そして、7時から開演となる。駐車場に車が集まってくるのが6時過ぎからだろう。全ての準備が整っている。たった一つの不安は、一昨日前からの小山さんの体調不良。みんなの声をリードしてくれる小山さんがいなかったら……。そう、誰一人欠けても、今日のステージは成功しない。
あっ来た!思ったより元気そうだ。
「僕はもう来れないかと思ったけど、ここで頑張らないとって思ったんだ。来てよかった」
と大きな声が通路に響く。みんなが笑顔で迎える。
「そうよ。わたしもそんな時あるよ。でも、みんながんばっているんだからね」
ゆかりさんから小山さんが励まされている。教育実習から帰ってきた二川さんも、疲れが気になっていた恵さんも、ソロボーカルで緊張気味のはずの康子さんも、みんな元気な顔だ。
リハーサルも時間を長めに取った。ゆったりと確認をしていくことが主で、本当の力は本番に残しておく。今日の日をとにかくみんなで楽しもう。みんなで過ごす時間が長ければ長いほど、チームワークができてくる。ずいぶん馴れた文化会館だが、何かいつもと違う感じがする。楽屋にはステージ衣装がスタンバイ。拓也君のお母さんのアイデアで、大きく名前を書いた一人ずつの紙袋が準備され、楽屋がゴタつく心配がないようにしてあった。私が知らないところでも、そんなうれしい気配りが段取りされていた。受付も早めに準備が進んだ。すべてのエネルギーが結集して、本番へと向かっているのを感じる。いい緊張感がみなぎっている。

リハーサルが終わった夕刻、おにぎり弁当とあたたかい豚汁が用意されていた。ホールへとお客様が入っていくホワイエには、1年前のデビュー時の広報に掲載された写真が、さらに畳大に引き伸ばされ、目を引く。また、メンバー11人の笑顔の写真が11本の楽譜スタンドに飾られ、お客様をホールへと誘導する準備ができている。6時頃には紘子さんが手配してくれた若い美容スタッフさん3人が仕事道具を持ってやってきてくれた。楽屋の大きな鏡の前、希望者一人ずつ丁寧にステージ用のヘアーデザインが始まる。完成すると共にみんなから「お~!」と声が上がる。いつのまにか紘子さんも来てくれていた。みんながだんだん華やいでいく。
ボランティアの学生たちも楽屋に顔を出す。
「すごいよね。みんなすごいよね」
高校生の原田さんは始まる前から感激して涙を流している。開場時刻前から長蛇の列ができているらしい、うれしい知らせだ。ステージ前だからといって、それほど緊張はしていないようだ。私も。すでに今日のリハーサルで、すべての準備が整っている。会館の技術スタッフ、千春さん、上手と下手にはそれぞれ中井さん、土井さんがついている。みんながそれぞれの役割をきちんと責任もってくれている。私たちは見守られながら、今までで最高の環境で演奏をするのだ。もうすぐ開演。リハーサルの時と同じようにどんちょうの下りたステージへと闊歩し、臆することもなく全員が定位置についた。

《第1ステージ》
「みなさん。よろしくお願いします」
どんちょうの手前。これからのステージでひとりひとりのミュージシャンになる彼らに、私は深々と頭を下げた。お互いの顔を見ながら笑う人、うんうんと頷く人、「任せておけ」という自信に満ちた顔もある。私はステージ監督の中村さんに開始の合図を送る。
私のカスタネットと共にどんちょうがあがる。あっ、客席はいっぱい。前の方には車椅子のお客様。子どもたちや介助をする人たちの笑顔が見える。純子さん緑さんがはしゃいだように手を振る。客席からも手を振る様子が見える。それを見て、「ほらほら」とお客さんを指差す純子さん。会場から笑いが起こる。また満面の笑みを浮かべる彼ら。「SMILE」はタイトル通り、客席とステージの笑顔のラリーで始まった。キーボードに続いて拓也君のハーモニカが入る。力強い音だ。デビューステージを経験したこの歌は、すっかりカーニバルのものになっている。「ここはこうやって歌いましょう」なんて言う必要がない。こんなにみんなの身体になじんでいる。緑さんなんか、あんまり手振りを大きくつけて歌うものだからマイクに声が入らない。でも、これでいい。彼女のこの一生懸命さが声よりも大きな感動を呼び込んでいる。会場いっぱいの拍手を集めて1曲目が終わった。
ステージの下手に千春さんが立った。
「みなさーん。こんばんは。カーニバルです」
千春さんのあたたかい笑顔と声が会場の隅々まで届く。
「第1部はカーニバルのオリジナル曲を、第2部は映像でカーニバルの活動やメンバーの紹介を、そして第3部は会場のみなさまと一体になる楽しいステージをと考えています」
これからは、千春さんのアナウンスに従ってすべてが進行していく。

「なんと発声練習のために作った曲だそうです。みんなでルンバ」
小山さんの作ったイントロが流れる。みんながリズムをとる。今日はマイクの数は十分ある。恵さんも歌いやすそうだ。まぶしい照明が彼女を照らす。いつもは脚光を浴びることが苦手。一緒にわいわい騒ぐよりも、部屋の隅っこで微笑んでいるのが楽なスタイル。クラシック音楽を一人で聴くことをこよなく愛す物静かな人。だが、今日の恵さんはテンションが高い。笑顔がはじけている。こんなはしゃいだような彼女の顔ははじめて見る。観客のあたたかさをいっぱい受けて、彼女の目の中には、少女マンガみたいに星がいっぱい見える。歌っている、歌っている。揺れながら歌っている。
「次は小さいころから誰でもが親しんできた童謡をメドレーで歌います。DOYOカーニバル」。歌い込んできた、このメドレー。スルドが気持ちよくリズムを刻んでいる。知毅君の見せ場だ。彼の前にはスルド・ボンゴ、そしてトライアングルを吊るしたものがセットされている。童謡まつりの時はこれらの楽器のチェンジが彼の課題だった。内心ハラハラしていた。でも今はどうだ。足元にタンバリンや鈴まである。スルドの音の大きさも自分で加減している。楽器も曲調に合わせて自由に選択している。練習日、ずっと彼は部屋の片隅でみんなの歌に合わせてリズムを刻んできた。疲れたからやめるとか、今度はやらないとか、そういうことは無い。いつでも彼が私たちの歌を支えてくれた。今日、彼は色とりどりの照明の中、華やかに歌い踊る仲間たちを見守りながら、真剣な神妙な顔で自分の音を作っている。まさに音作りの職人と化している。 
そして4曲目「素晴らしい日々」。この曲は浩臣さんの生ギターが入る。その力強いイントロが始まると、なんと貞雄君がタンバリンを叩きながら前に出てきたのだ。全く予測になかったこと。そして、ギターに合わせてタンバリンで会場を盛り上げるというパフォーマンスに出た。浩臣さんを励ますため?浩臣さんと張り合うため?いや、そんなことはどちらでもいい。確かに彼は会場の手拍子を誘った。練習やリハでは「イヤ!」と言って隠れたり、いなくなったりする彼が、本番で変身した姿を見せている。みんなをびっくりさせるために、初めから本番では「これをやる」ともくろんでいたのかも知れない。ひょうきん者の彼らしいではないか。この堂々としたステージングにはメンバーみんなが驚き喜んでいる。歌う声にも最高に力が入る。「さあ、みんなで手をたたこう」と、ステージはここで最高潮に盛り上がりを見せた。
そして、第1ステージ最後の曲。バラード「あなたが教えてくれたもの」。
「これまでたくさんのことを教えていただいてきたことへの感謝の気持ちを込めて、歌います。先ほどSMILEでハーモニカソロをしてくれた岡田拓也君が最後にソロボーカルでしめくくります」。
千春さんがそう言うと、拓也君は大いに照れて、嬉しそうなくすぐったそうな笑顔を見せた。それから丁寧に丁寧に頭を下げた。その仕草は万人に対して高感度百%のマナー。威張ってちょこんと「どうも」なんていうミュージシャンとは格が違うのだ。この場にいること、この場で自分がソロで歌えること。そのしあわせを素直に身体で表現している。彼はこれまで「アレがしたい。コレがしたい。ソレはいや。アレはいや」という自己主張をしたことがない。だが、与えられた自分の役目は見事に果たしてきた。「もっとできるぞと主張することは、きちんとやることなのだ」と拓也君が無言で教えている。本当はもっとやりたいし、本当はすごい目立ちたがり屋なのかもしれない。私は拓也君からいろんなことを教わっているなあ。
男性から歌が始まる。サビから女性が加わる。あっ、突然すすり泣きがマイクに入る。広大君だ。この曲の美しいメロディと歌詞からくるメッセージ。彼の豊かな感受性が受け止めると、答えは涙なのだ。彼の心という容れ物は、きっと感情が大きく大きく膨れ上がる実に柔らかな素材でできているのだろう。それにしても、いつもよりタイミングが早い。マイクに入ったのも初めてだ。このすすり泣きがまるで心地よいオブリガードのように私には聞こえてくる。この歌になくてはならない効果音。歌いながら感動する彼の姿、そっと手をつなぐ浩臣さんの姿が、会場をさらに不思議な感動で包んでいる。この曲はCDにも収録したものだ。でも、彼のおかげで今日のライブが一番の出来だ。
小山さんのギターが優しく胸に響く。そして、拓也君の安定したソロで、静かに感動的に第1ステージの幕がおりた。

《第2ステージ》
第1ステージの華やかさから一転。映像を使いながら、カーニバルの日頃の活動やメンバーの一人一人を紹介する。私たちが最も時間をかけて作り上げてきたものだ。カーニバルの今日までの歩みを客席は静かに映像を観ている様子。いよいよメンバー一人ずつの紹介が始まった。
「みてみて」と緑さんの詩の朗読が始まる。「みてみて」と追いかける声。あっ、会場で一人の子どもが緑さんの声を真似している。「子どもは真似をしたがるものだ。仕方ないな」と思った時「わたしをみて。わたしがうたうから」と緑さんの声。いつ聞いても鳥肌が立つ。ここで会場は静まりかえった。子どもでも緑さんの声に凄みを感じたにちがいない。
続いて「お母さん。久寿米木寿美子」と二つ目の朗読。寿美子さんのはっきりした声が会場に響く。「お母さん」という全ての人に共通のキーワード。寿美子さんの思いとそれぞれの胸にあるお母さんが重なり合って、静かだが胸が詰まるほどの感動。
次にソロの3人の度胸が試される、期待の瞬間がもうすぐやってくる。幕の影に貞雄君がスタンバイした。ナレーションが「貞雄君の即興演奏をお楽しみください」というと、彼は颯爽とステージ上へ。キーボード前に行き、ミュージシャンらしい構え。おもむろに演奏開始。黒鍵を両手の指が激しく行ったり来たりする。今日の演奏はいつもより速い。張り切っている。客席の反応を見ながらどういう終わり方をしようかと考えているように見える。「やあ!」フィニッシュもかっこよく決まった。会場からどよめきと大きな拍手。
続いて、ゆかりさんのキーボード演奏。小山さんとのアンサンブル「さとうきび畑」だ。今日のリハーサルでは何回もひっかかってしまった。大丈夫だろうか。小山さんのあとをゆかりさんが続いて歩く。キーボードに指を置く。一瞬も迷うことなく演奏開始。メロディを弾きながら、時々会場を見ている。なんだ、その余裕は。あっ、少し音をはずした。だがすぐに修正。ゆかりさんがやりたいと言って決めた曲が、今会場にとぎれることなく流れている。曲の最後はゆっくりと落ち着いて締めた。今までの彼女の演奏の中で最高の出来だ。いくら練習をしても本番で発揮できない人がほとんどなのに、彼らはほとんど逆とも言えるではないか。
そして康子さん。もう私が励ます必要もない。彼女のファッションセンスはこの一年で驚くほど磨かれた。今日は黒いブーツカットのパンツにピンクのカットソー。腰周りをチェーンベルトで飾っている。スタイルがいい彼女、順番を待つ姿もきりっとしている。出番が来ると、マイクを手にしてさっさとステージに立っていく。歌声はいつもと同じ、一点の曇りもない「赤とんぼ」。心が洗われるような歌声に、ピーンと張りつめたものを感じる。2番の歌詞。あっ、出だしを間違えた。おでこをピシャリ。でもすぐ立ち直って歌い続ける。おー、この余裕。私の想像をはるか越え、康子さんはステージで本当に独り立ちしている。歌が終わると、会場からため息まじりのどよめき、そして大きな拍手が起こった。
次は作詩の2曲だ。じゅん&めぐの「愛」と弘樹君の「サイクリング」。会話から曲ができたことに観客は「うん、うん。納得」と頷いている。歌を聞きながら誰もが微笑んでいる。傑作な録音風景を見て笑いが出る。
広大君、知毅君、拓也君の練習風景も映像の中で紹介。「あ、こんなところで練習しているんだね。楽しそう。ヘッドホンつけて録音かあ。歌手みたい。いいなあ、好きなことがあるって。仲間がいて楽しいだろうなあ」彼らの歌が、練習場で笑顔で歌う様子が、会場の空気をしあわせなものにしている。
そして、もう一度、ゆかりさんのソロ「オリオン」。サポートメンバーが参加する練習風景とのコラボレーションだ。関先生が歌に合わせて秒数を計り、きめ細かく映像を選んでくれているのがわかる。バックの映像とぴったりマッチした会場を魅了する歌声。身体をゆすって気持ちよさそうに歌っている。ゆかりさんは、言葉でうまく伝えられないメンバーの気持ちを汲み上げて、自分の言葉に置き換えて代弁することができる。これは心やさしいゆかりさんが持っている素晴らしい能力。「私を待ってる人がいるからこの手の温もりを持ってゆきたい」これは私のメッセージだった。だが、ゆかりさんは長い時間をかけて、今自分のメッセージとしてこの歌を歌っている。彼女ならではのオリオンになっている。バックの映像が終わり、やがて星空をイメージするライトに変わって大サビに。緊張で会場へ一人で入れなかったゆかりさんが、第2ステージを堂々と感動的に締めくくってくれた。やった。

《第3ステージ》
ソロのステージを務めた三人を出迎えてくれたのは、デザイナーの笠野さん。みんなの着替えを心配して来てくださっていた。メンバーのみんなはすでに第3ステージの衣装に着替えていた。一人一人違うデザインを比べあっては笑っている。笠野さんは、初めて見た彼らとその演奏をとても褒めてくださって、みんなを激励してくれた。「みんなスゴイ」って。私たちは私たちで、一人ずつに合わせてこんな素敵な衣装をデザインしてくださって「スゴイ方だ」と思っている。ステージの合間のちょっとした時間に、こんないい出会いができたことがとてもうれしい。
観客があるということは、私たちにこんな大きなパワーをくれる。パワーを引き出す力が観客にあるのかもしれない。だからステージと客席は相互関係で成り立っている。さて、いよいよ最後のステージだ。これこそ、会場全体が一体になることをイメージしていた。これまでの歩みもカーニバルのメンバーも理解してくださった観客と、カーニバルとのコラボレートだ。女性・男性がそれぞれスタンバイした。

「マイ・セレナーデ」が始まる。このダンスを何回練習したことだろう。最後の作品がこれから繰り広げられる。
女性全員、ステージで間隔をとって両手を上に開くポーズをとった。暗いステージ。音楽と共にどんちょうが上がる。照明が急に私たちにあたる。衣装に客席から歓声が沸く。康子さんと二川さんが握手する。私たちは同じ町でこれまでお互いに知らずに生きてきた。でもこうして出会えた喜び。四十代の康子さんと十代の二川さんだが、音楽を通じて一緒の活動ができる。二人手をつないで礼。二人のこの始まりだけでも不思議な縁を感じさせて、もう私は胸がいっぱいになっている。
次に寿美子さんと恵さんの握手ダンス。ゆっくり出てくる恵さんをフォローするかのように走り出てくる寿美子さん。寿美子さんは若いメンバーに優しく接することが多くなった。「じゃね、いいですよ」と譲ったり「がんばりましょう。ファイト~~~!」と自慢のロングトーンで励ます場面も多い。年上であることをしっかり自覚して言葉を選ぶ。おかあさんがいないとダメという「おかあさん」の詩とは、全く違った寿美子さんを今見せてくれている。
緑さんと純子さんが腕を絡めてぐるぐる回る。この二人の回転スピードが異様に速くてユーモラス。緑さんは真剣だ。その真剣さが、この回転につながっている。純子さんは、うれしくて仕方がない。だって客席の笑顔や手拍子が見えるから。お客様からは照明があたってきっと楽しい二人に見えているのだろう。私たちは決して自分を観ることはできない。逆に楽しんでいる観客の表情は、こちらからしか見えない。目に映るものはみんなちがっているが、間違いなく同じ空間の中に私たちはいて、それをみんなで共感している。素敵な時を分かち合っている。
貞雄君の力強いダンスソロが始まった。会場がわっと沸く。会場の空気を全部、その固いこぶしで引き寄せている。ああ、私は彼を押さえつけないでよかった。私の色を押し付けなくてよかった。彼の才能は、ほら一人で勝手に花開くではないか。
次は弘樹君と浩臣さんが登場。スピード感あふれる長身で足が長い二人が、下手と上手から走り寄りタッチして駆け抜ける、こういう振り付け。だが、今日は二人が特別に速いものだから、タッチしたかどうかも定かでない。「いいぞ、走れ。弘樹君」と心で言う。練習中はその場に居ないことが多いのに、さっきのステージではマイクから離れなかった。彼なりに緊張している証拠だ。隣にいる小山さんと肩を組んだり、話しかけたり、時折時間が止まったかのように固まりながら、いつもの彼をステージでも表現していた。弘樹君のサイクリングの曲。会場のお客様はもう知っている。「素敵な詩を書いたあの人だな」と思っている。
そのあとの男性によるダンスは、もうでたらめ。この日の勝手な振り付けになっている。まともに踊っているのは広大君くらいだ。あんなに時間をかけて練習したのに。こんな勝手な振り付けが堂々とできるのなら、あんなに練習しなくてよかったじゃないか。よくもまあ、こんな芸当ができるものだ。それでもいい。みんなにこにこで自信を持った動きだ。「なんかバラバラだな」くらいにしか思われないよ。初めて見る人ばかりなんだから。さあ、エンディング。中村さんが用意したステージ中央の照明の円めがけて、みんなが駆け寄る。フィニッシュ!うまく決まった。

さあ。いよいよみんなが大好きな「世界に一つだけの花」。
「この曲は発表することが今までできませんでした。SMAPのようにかっこよく歌って踊れないことが理由でした。この日を夢見て練習を重ねてきた三人をご紹介いたします」。
緑さんと広大君、純子さんがマイクを持って前に進み出る。
「メインダンサーの貞雄君です」
彼は手を振りながら「オレに期待してくれ」と言わんばかりの堂々のスタンバイ。千春さんもバックダンサーに加わる。聞きなれたイントロが流れた。「世界に一つだけの花」は、テレビ番組でもどこのイベントでも、この頃よく使われる。しかしカーニバルのは一味違う。発音不明瞭の三人がメインボーカルを務める。前代未聞の演奏なのだ。きっと親戚家族は固唾を飲んで見守っている。歌えるのかと。
歌が始まる。マイクから聴こえる確かな歌詞。上手いとは言えないかもしれない。だが、あのやたらと言葉が多い歌詞をみんな間違いなくしっかり発音している。三人の声がマイクを通してちゃんと聞こえる。
初めての練習日を思い出す。教室を訪れた緑さんの姿。不安で質問ばかりする緑さん。私を避けて、怒って逃げる純子さんの姿が。自分の思い通りの展開にならないと泣き崩れる広大君が。だが、彼らは自分でやりたいように練習を重ねて、この大好きな歌でのメインボーカルの座を勝ち取ったのだ。「この歌は発表できない、無理だ」と私は決めつけてきた。その期間がやたらと長かったことにたった今気づく。「彼らには無理だと思わない」ように自分を戒めてきたはず。だが実は「無理だ無理だ」と心の中で壁を作っていたのだ。彼らを信じていたなんて、嘘っぱちだったのだ。私は自分の都合のいいように彼らを解釈して、表現しようとしてきた一人のちっぽけな人間なのだ。もちろん、きっとそんなこと、今までの私の努力に免じて許してくれる彼らであることを、私は十分すぎるくらい知っている。彼らに合わせて踊りながら「ありがとう。ありがとう」と何度もつぶやいている。

「SMILE」のレクチャーが終わり、いよいよこのステージの目玉。それは何といっても宮沢さんからのメッセージだ。メンバーにもサポートメンバーにも内緒の企画。その時、千春さんがこれまでのリハーサルにはなかった言葉を言った。
「ここでみなさんにある方からのメッセージが届いています。さあ、だれでしょうね?」
「えっ?」「えっ」「えっ!」
とみんなが口々につぶやいた時、ステージの照明が落ち、後ろのスクリーンに大きくTHE BOOMの4人が映し出された。「え~~っ」会場からどよめきが起こり、やがて宮沢さんのメッセージが流れた。貞雄君がスクリーンに手を振った。「それでは、みなさん。コンサートがんばってください」という宮沢さんに「はい」と緑さん。「はあい」と純子さん。「ハーーーイ」と寿美子さん。会場もステージも大きな拍手でいっぱいだ。これは宮沢さん、そしてTHE BOOMに対する拍手。カーニバルによかったねという拍手。関わったものに対するねぎらいの拍手。喜びの拍手。いろんなものが交じり合ったものに違いなかった。会場に温かい気持ちがあふれきったところで最後のプログラム「風になりたい」の演奏が始まった。今までこんなに幸せな、こんな贅沢な「風になりたい」はあっただろうか。宮沢さんのボーカルと小山さんのボーカルが、もうどちらかわからないくらい交じり合って、力強く聴こえる。リズムや声のバランスを気にすることも無い。あんなに心配したデビュー前の演奏とは全く違った自信に満ちた顔、顔、顔。みんなで歌う最後のこの曲を、たくさんの観客の前で、ただただ歌える喜び。そう、「歌うことは本当に楽しい」って彼らの笑顔が私に教えている。初めぽっと光があたっていただけのお陽さまたちは、今日ステージの上で、私の想像をはるかに越えてきらきらと最高に輝いていた。

カーテンコール。彼らと手をつなぎながら、客席やたくさんの無償の力を提供してくださった方々に、心をこめて頭を下げた。
「すごいでしょ。すごいでしょ。私はこんな素敵な人たちを見つけたのよ」
と心の中で言った。会場は今までで最高の拍手を私たちに贈ってくれた。その音は、大きく大きく膨らんで、やさしく私の肩をたたいた。
「よく見つけたね。見つかって本当によかったね」
と。

《終演後》
コンサート会場を出た観客が集うロビーは、いまだかつて経験したことの無い興奮と熱気であふれかえった。いたるところで顔をくしゃくしゃにするほどの笑顔が見られた。もう一歩で泣きそうになるほど。もう泣いている人もいる。もらい泣きする人。だれもが予測していたものと違う感情に襲われて、お互いに周囲を見てしまう。何か言わなければこの場を立ち去れない、そんなロビーの人だかり。その中央で、この人が声を上げて泣いていた。今まで一度も涙を見せなかった緑さん。努力を惜しまなかった彼女が初めて人前で見せた涙。心ゆくまで泣いてほしい。その美しい姿に…たくさんの人が立ち止まり……見守った。

(コンサートの写真挿入)





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