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茶々は元気1年前は広島のマンションで辛かったと思うそれに比べたら茶々はしあわせ毎月1日はフィラリアの薬を飲ませるのが僕の役目なんだ
2013.07.31
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なぜ忘れなければならないのか俺にはまったく理解できない次の女性を愛するために過去の女性を忘れる笑わせるなそんな簡単に忘れるような恋はしてないよそしてなんだか違和感を感じるのは愛するというのは俺の問題であって相手がどう変わろうと環境が変わろうと愛は忘れられるものではないんjないかま俺は忘れずにきたから浮気者とか未練たらしいとか思われてきたかもしれないがぜんぜん気にならない過去に愛した女は今も愛しているこれって変かな?
2013.07.30
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海の底でうたう唄という名曲があったそれを歌っていたのが歌手ではないラジオ関係の女性3人だったモコ・ビーバー・オリーブ俺はモコ・オリーブ・ビーバーと呼んでたような気がするそのモコである高橋基子がソロでレコードを出した当時のラジオは信じられないくらいの影響力をもっていた落合恵子=レモンちゃんみのもんた=みの亀淵昭典=カメアンコーテッチャン糸居さんそのうえに吉田拓郎やら谷村新司やら歌手たちが入り込んできてもう昼夜逆転現象が起きていた1970年という不思議な時代に生きていたことを俺的にはよかったとおもっている高橋基子のの歌を聴いてみるかい?以前の記事もあるよ2006年の記事
2013.07.29
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俺このレコードもってないんだでもこのジャケットあまりなじみがないこの歌を聴いていたナショナルのラジオに耳をくっつけてそうなんだなぜか少年はわけもなく夢中になるものとであうんだ ↑このジャケットのほうがなじみがある↑このYouTube気に入った見てて気持ちがいい
2013.07.28
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伊万里から佐世保へいく最短の道が国見峠を越えてゆく道だ僕はあまりこの峠を何度も通ったことがないので久しぶりだったそれにしてもラブホテルの多さが気になった伊万里の人がエッチすることしか考えてないのかと思われるほどラブホテルの数が多いと感じたもちろん峠から見下ろす西有田の田園は美しかった
2013.07.27
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稲佐山にのぼってきたのは最後は息子たちと一緒だったからそう昔でもないが20年前くらいになってしまった近くて遠い稲佐山
2013.07.26
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俺がつくったYouTubeはこれがあったけっして悪くはない時代が流れた先で俺たちは過去へと舞い戻るときが来るあまちゃんのウニとりシーンでこの歌が流れてくれたら最高なんだが宮藤とはちょっと世代が違うからなあ~
2013.07.25
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大塚まさじとKURO作詞西岡恭蔵作曲この歌が完成したとき3人はハイタッチしたと思うこんな唄を3人で作れるなんて奇跡のように感じる
2013.07.24
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2年前のYouTube記事はYouTubeが削除されているため文章だけが浮いている感じがしてさびしいその点写真は消えないのでブログが日記的にその時を伝えてくれるこの写真だってダサい写真だが僕にはどこになにをしにいったかがわかる
2013.07.23
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30代前半に買ったどこの自転車屋さんか忘れたがハンドルをバーハンドルとドロップハンドルと取り替えられるようにした職場までが近かったので自転車通勤を試みた時代があったということだしかし我が豪邸は坂道のてっぺんにあるもんだからこの自転車だといきはよいよいかえりはこわい状態で過呼吸発作がでたりで大変だったので半年もつづかなかった今は電動付自転車を買いたいと思っているから写真の自転車は最後から2番目の自転車なのだ!
2013.07.22
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なにがきっかけで買ったのか忘れたがワープロという鉛筆と消しゴムになる機械があるというので那珂川町のあたりにあったミスマでこれを買った僕は中学生の頃から詩のようなものを書き集めていたから日曜日はそれをワープロでうって印刷して楽しんだ手作りの本が印刷によって何部もできるのでともだちにどんどん送った送られた側は迷惑だったろうがひとりとして文句は言ってこなかったが読まずに捨てられたのだろう富士通のライトXというのを買っているのだがデスクトップに文字が二行しか見えない今から考えると信じられないようなものだった数行書いたら前何を書いたかを忘れるのですぐ読み返さないと先が書けなかった記憶がある次に買ったのがカシオだったがそのワープロの写真はない最終的にはダーウィンというカシオの最高級のワープロを買ったが時代はパソコンになっていた12万円のダーウィンはあまり長いこと使わないまま別れた
2013.07.21
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ぼくが板切れを買ってきて作ったカセット棚であるぼくの日曜大工作品としてはこれが最高でありこれが最後かもしれないカセットは五十音順に左上から並んでいる右のほうには洋楽が少しあり右下にはオムニバス的なものがある今のGEOやブックオフと同じじゃないか! 写真の上でクリックすると写真が拡大すると思うのでやってみてほしいカセットになったまま一度も聴いてないのもあるレンタルレコード店というのが1980年代にあらわれたころから音楽がお金になり音楽は安売りされるようになった安いお金でレコードを借りてきてとにかくカセットに録音する録音したまま聴かないそんな時代がやってきていた数年前これらのカセットは迷うことなく処分した!
2013.07.20
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年賀状を書くのが死ぬほど嫌いだった年賀状を書かなければいいのに年賀状を出すような仕事をしてたんだ職業のせいにするわけではないがプリントゴッコで楽をしようと買ったが電球を替えたり絵の具を買ったり面倒くさかった年賀状を書かなくなって10年が過ぎた今は郵便書簡という切手つきの便箋のようなものを愛用している
2013.07.19
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なにも坂本竜馬の足跡をたどるなんて興味はなかったただ長崎の裏通りを歩いてみたかっただけなんだいつかゆっくりこの日の長崎散歩については書くよとにかく暑かった夏は散歩にむいてない散歩をするなら冬がいい
2013.07.18
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昭和39年に3年生みんなで社会遠足できているその後は妻と結婚することを決めて長崎まで行くのにまだ長崎道がなかったから西海橋を通って大村湾をながめながら200キロ4時間の長い道だったこれが西海橋を訪れるのは最後だと思って橋の下の渦を眺めてきた
2013.07.17
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九十九島煎餅は食べたことがあっても九十九島というのがどういうところなのか知らなかったそこは佐世保だったたしかにきれいな島々と海だったがぼくのなかにはあまりはいってこない景観だったむしろときめいたのはその途中でみた懐かしいSSKだった昭和40年親父に連れられ佐世保を散策していることが甦ってきた
2013.07.16
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そのときそのときポケットのなかにはそのときがはいっているくるまはなにににのっていたとかたばこはなにをすっていたとかうでどけいはこんなやすっぽいのをはめていたのかなどがわかる
2013.07.15
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そのときそのときポケットのなかにはそのときがはいっているくるまはなにににのっていたとかたばこはなにをすっていたとかうでどけいはこんなやすっぽいのをはめていたのかなどがわかる
2013.07.15
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中村雅俊がCMしていたビデオカメラである重かったとにかく重い機材という感じだったVHSテープを入れる箱を肩からぶらさげて写真のカメラで撮影する40万円くらいだった義兄と半分だしで買った
2013.07.14
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1990年5月という頃三男はまだ生まれていないから4人家族だったころの写真だこのテーブルと4つの椅子はだれかの誕生日記念だという名目で俺がナフコかホームワイドかで買ってきたものだったと思ういっしょに外で食事したり長崎のお母さんが喜んでくれた椅子だったからこの安物椅子は買ってもまったく後悔はないなそれにしてもこの写真が23年前だというのが信じられない1週間後に三男が生まれてくるのであるがその三男の娘を溺愛している俺が今の俺である
2013.07.13
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いやこういうカメラを買った記憶がないということは誰からかもらったのかもしれないどんな写真を撮ったのかも忘れたただこのカメラを撮ったカメラはキャノンのEOSというカメラでカメラのキタムラで買ったことは記憶しているいままわりにあふれているものものものそれらこそ撮られたがっているモデルなのかもしれないところで俺のキャノンのカメラ親父の重いニコンのカメラどちらも手元にないどこへいってしまったんだろう?ま執着はもうないけどね・・・
2013.07.12
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アウトドアーとかキャンプとかなんの根拠もなく家族5人が形成されつつあったときそういう空気にあこがれたんだろうなあ金もあったんだろうなあテントはいろんな形のを買ったそして寝袋やらこのガスコンロやらなんとなく雰囲気で買い集めたキャンプを数回した結果わかったことは「俺はキャンプが嫌いだ」「俺はテントで寝るより旅館の蒲団で寝るほうがいい」「俺は外でビール飲んで肉やら野菜を焼いて食べるよりトンカツ定食のほうがいい」ということだった絵や写真でキャンプする欧米人などを見てると優雅そうできれいな奥さんが安楽椅子にすわり夕暮れをながめ夫や子供たちが夕飯のバーベキューをするのをみてあこがれたが大きな間違いだったテントの準備食事の準備食事の後片付けテントの後片付け中でも一番嫌いなのがテントの後片付けだった大学時代は壱岐や霧島でしたのかな父親になってからは久住や阿蘇でした記憶がある大学時代は友人がなんでもしてくれたから俺はタバコを吸いながらポエムを考えるだけでよかったが父親になってからのキャンプは苦痛だった俺は外泊するなら高級ホテルが好きだと断言しておく!
2013.07.11
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キャノンのEOSを買ったことがあれこれ写真を撮りまくっていたのが今となってはかけがえのない写真を残してくれている思い出の品々という超個人的な写真をアップして思い出がこぼれだしたらいいんだがくつなんて買ったときには可愛くてはいていたら汚れてくるいつ捨てたかなど父親はおぼえちゃいないでもこのくつを三人の息子たちがはいていたということは事実だ証明写真のようだ写真は証明写真であるべきかもしれない
2013.07.10
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赤レンガと砂を買ってきておれがこの俺が砂場を作ったといううそいつわりなしの証拠写真であるおれはエライ(藤岡藤巻的になってきた)おれはがんばったおれには後悔なんてなにもないおれは父親として完璧だったおれは男として完璧だったなあ息子たちよ!
2013.07.09
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10代の少年少女は死についても考えると同時に笑いについても考える性について考えるようにタブーについて考えるどちらかというと「あいつ、ばかじゃないの」と思われるくらいのポジションがいいのだがどうしても「ばかじゃないの」と思ってる奴らの視線を感じると彼らが逆立ちしてもできないことをやろうとするエネルギーになった落ちこぼれ的な強さを高校大学時代に感じることができたことは成果であった2008年の記事
2013.07.08
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初体験シリーズとしてはまさにこういう体験を大切にしたかった松浦鉄道伊万里~佐世保有田~伊万里全部を乗ってみたとなりには筬がいたこれも予定外の出来事だった
2013.07.07
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グランド 雑魚屋のイカが食べたくてこの店に決めたかやしまくんもりくんみちおきみおおさおれ男6人だけの小さな集いそれが七夕の会だった久しぶりに幹事をしたが漢字の書き順は得意であるが幹事は苦手であるそれでもがんばって朝からテンションが高かった雑魚屋の場所を「ミーナビルと西鉄グランドホテルの中間あたり」と書いていっせいにメールで連絡していたんだが「ミーナビル」を知らない奴ばかりだったそう!俺たち世代にはミーナビルではなじみが浅くマツヤレディス(ビル)ならみんなわかるのだった俺はおふくろが浜の町病院にお世話になっていたのでその時間浜の町から歩いてミーナビルでお買い物をしてたからミーナビルという言葉にもなじんでしまっていたわけである※ 正確にはミーナ天神が正しいらしいその夜俺と筬は伊万里グランドホテルに宿泊したのであった
2013.07.06
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どこで手に入れたのかわからないEPだがそれでも歌というのはこころの片隅に残る歌がある別に特別に好きになったわけでもないのだがであった歌に違いないのだ2008年の記事
2013.07.05
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みみなしほういち 下関を散歩していちばんこころにのこったのは耳なし芳一物語のこの木像だった耳なし芳一物語
2013.07.04
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世間には知らないこともたくさんある食べたことがないものもたくさんある飲んだことがない飲料水だってたくさんある大塚製薬のマッチ微炭酸という言葉もはじめて知った味はオロナミンCドリンクを薄めたような味でなかなか飲みやすいのである
2013.07.03
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あまり知られていないフォークシンガーだと思うが俺はこっそり聴いていたんだもちろん実家に彼のLPレコードが眠っているEPレコードも1枚あるYouTubeをアップしてくれた人よありがとう!
2013.07.02
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かつて楽天ブログは5記事までしか更新できなかったある日50更新できるようになったぼくは50更新を数回やったことがあるたぶんYouTubeをはっただけの手抜き記事なんだろうが集中してパソコンに向かったら50日間の空白なんてすぐ埋めることができると思う
2013.07.01
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