王さまの白い石

王さまの白い石

新国立劇場のパルジファル


あいかわらず、つましい生活をしているので、オペラの切符を買うのはなかなか難しい。Z席、1620円の抽選に当たったので、ディスティニー!と思ってはるばる出かけた。
オペラを観るのに筋肉痛になるような席だが、とうとうここまで来た。
旦那が買ってきてしまったクナッパーツブッシュのバイロイトのパルジファルのCDを、ここに書いてからあとも3~4年、車の中でかけ続けていた。脳の中に残っている音楽と自分自身のその頃の記憶が、さらさらと流れ出して現実のオーケストラに絡まっていく。
ずっと子供たちにはいつかバイロイトに行くからね、と言い続けていた。
まん中の子は、「ママをデトロイトに連れてってあげてよ。」と旦那に言っていたっけ。

バルジファルは映像では一度も見たことがなかった。
山崎太郎先生の本を読んで内容を理解しただけで、詳しいことは何も知らない。
1951年のルートビッヒ・ウェーバーのグルネマンツの聖金曜日の音楽が、脳内に刻まれていたので、ジョン・トムリンソンの歌がそこだけどうにももどかしくて歯がゆくて、「そこでわたしはきっと泣くだろう」と思っていたのに泣けなかった。1992年のワルキューレのヴォータンのトムリンソンから22年も経っているのだから、老いには抗えないということなのか。

グルネマンツは中立的な立場、騎士団はいい輩、クリングゾルとクンドリは悪人と思っていたのが、今回のクプファーの演出では全然違った。
グルネマンツも騎士団もけっこう嫌な奴らで、むしろクリングゾルとクンドリに義があるように描かれていた。
クンドリがキリストを嘲笑して何度も生まれ変わって永遠の罰を受けている身であることも私は理解しておらず、今回初めてわかった。

原作では、最後、アンフォルタスの傷が治り、クンドリが死んでしまうのだが、今回は違った。
日本のテレビドラマで漫画が原作のものの結末が全然違うようなことは茶飯事だが、まさかワーグナーのオペラで結末が違うなんてことが起こりうるとは思わなかった。クプファーももうかなりの老境に入られているようにお見受けした。もう何をやっても誰も文句は言わない。

クンドリ(とパルジファルとグルネマンツ)が光の道を高みにのぼって行く。
あの方を見つけるために、見つけて謝るために、絶対的に不可能なことを追い求めていく。もしかしたら、可能性は完全にゼロではないかもしれないと、見ているものは誰でも思うような終わり方だった。




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