別れの予感



第六章    別れの予感

鬱病については、美奈を失ってから中山は、自分なりに勉強をした。
そのたぐいの本を何冊も何冊も読んだ。
「小川 宏」の闘病記録の本などなど。。。
そして、長年、鬱(うつ)と闘っている友人もいたので、
いろいろと話を聞いて、少しでも多くを知ろうとした。

中山は、友人からの話しを聞いて、ほんの少し救われた気分になっていた。
と、言うか、少しでも救われたいために、話しを聞いて納得していたのかもしれない。
そうするぐらいしか、中山には、美奈に対して何も出来ない自分を責め続けてきたのだった。
中山の友人は、いつも体調のいいときは、こちらから連絡するからと常々言ってきていたし、今もそうした関係は変わっていない。
会社を長期に休み、療養中であり、普段、こちらから、あまり連絡をする関係ではなかった。
そうした環境を、友人自身が望んでいるからです。
そこにも、この病気と美奈の行動に、大きなヒントが隠されていたのです。

友人が中山に曰く「病状が思わしくないときは、何も出来ないのです。まして、あれこれたくさんのことをやることは、とうてい無理な状態です。」
「それは、例えば、電話に出ることさえ出来なくなり、
携帯電話のメールに返事を打つことさえ出来なくなります。」
「心の中では、○○さんから、メールがきたので、返事を打たなくては・・・と思うのですが・・・出来ないのです。」
「そして、そんな、ささいなことも出来ないことに、周りは、
『頑張って、早く良くなって下さい』と励ましてきます。」
「頑張りたくても頑張れないから病気なのです。その励ましが、逆につらくのしかかってくるのです。」
そして、酷い場合は、なまけているかのように見られてしまいます。」
「そんなとき、見舞いも、励ましも、何にもいらないのです。」
「この病気を少しでも理解してくれて、そっと静かに<休養>させてくれることなのです。」

(注)これは、あくまで中山の友人小島さんの話しですから、症状等によって、違うと思われます。
一人一人のケアが状況によって違ってくるからです。誤解のないようにお願いします。

そんなことを、あの時、もう少しわかってあげていたら。
中山は、今でも、自分を責め続けずにはおられないと同時に、残念でなりませんでした。
あのとき、言ってしまった「言葉」は、もう、消しゴムでは消すことが出来ないからなのです。
美奈の気持ちを思うと、何としても、もう一度会って謝りたい。そんな気持ちが消えることはありませんでした。


第七章    突然の別れ

ある日、美奈より「アロマセラピスト」の話しが聞きたいとの連絡があり、中山は、友人のアロマセラピストを紹介した。
話しを聞いていて、美奈は、その友人が、セラピストになった理由に一番興味を示していたようだった。
その中山の友人のセラピストも、以前の会社でセクハラにあい、精神的におかしくなり、体にはジンマシンのようなものが出来、自暴自棄の時があったようです。
そんなときに「アロマテラピー」に出会い、立ち直ることができたそうです。
すぐに、イギリスへ渡英して学校に入り、アロマセラピストの英国資格を取得して、開業に至ったそうでした。
「私もやはり、苦しんでいる人々を助ける仕事をしょう。」その話しを聞いて、美奈は、どうもその時に、決心を固めたようでした。

9月のある日、中山は、美奈から相談・・・その時点では、相談ではなく、決心を聞きくことになります。
「私、セラピスト・・・アロマではないけれど、精神的なケアの仕事を、どうしてもやってみたいので、学校へ行きます。」
「そのために、まず、お金(入学金)が必要なので、今年の冬・・・3月まで、北海道のスキー場に住み込みに行って働きます。」
「いま、2~3件あたっています。毎月10万くらいは貯められるので、4月からの学校に間に合うと思うの。」
「いつから行くの?」
「今月いっぱいで、今の仕事をやめるの。」
「その後、どうしても、京都に行ってみたいの。心の整理のためにも・・・。」
「帰ってきたら、支度をして、すぐに北海道へ行くわ。」
「急だね。もう時間があまりないね。美奈がやりたいことだから、反対はしないよ。」
「そこまで、決めて、人を助ける仕事なら、すばらしいことだと思うし。」
「今しかないと思うの。今しか・・・今までズルズルと生きてきたけれど、将来のことを考えると・・・もう27才だもの。」
「そうか、今しかないか。頑張ってほしい。来年の3月までか。それじゃ、早速、送別会をしなくちゃね。京都から帰ってきたら連絡してね。」
「京都から、メール打つからね。」
2001年9月30日。
この日が、中山が、美奈と会った最後の日になってしまったのです。

第八章   永久の別れ

美奈は、4~5日の予定で、以前から行ってみたいという京都を一人で、旅していました。
そして、2日目の夜、中山の携帯にメールが入ったのです。
「今、京都の嵐山にいます。一人旅のはじまりです。
時間があれば、他も是非回ってみたいので、中山さん京都が好きでしたよね。お薦めスポットを教えて下さい。」
「僕の好きな場所は、嵐山とは、反対になるけれど、大原の里から寂光院にかけて・・・・・・・・・。」と
返信メールを入れる。
すると美奈から中山の携帯にすぐに返信メールがあった。
「10月7日に帰る予定です。」
「わかった、10月8日の18時に、○○○で、待ってるから。」
「わかりました・・・。」
このメールでのやりとりが、中山と美奈の最後の連絡になってしまいました。

10月7日の日、中山は、何故か胸騒ぎを感じて、明日の待ち合わせの確認メールを入れた。
美奈からの返事がありませんでした。
胸騒ぎを覚えながら、中山は、はやる気持ちを抑えて美奈の携帯に電話を入れます。「・・・ルールールー・・・」
美奈の携帯を呼んでいますが、美奈が電話に出ることはありませんでした。
「美奈・・・お願いだから電話に出てくれ!」「・・・ルールールー・・・」「美奈、どうしたのだ??」
仕方なく、中山は、メールで「明日、18時に待っているよ。」と入れて、当日の連絡を待つことにしたのです。
当日も、いつまでたっても連絡がなく、何とも言えない不安感を持ったまま、中山は、待ち合わせの場所に行き、
祈るような気持ちで美奈が来るのを待っていました。
美奈は、いつも、必ず時間よりも早く来て待っている女性でした。
いやな予感が的中??なのか・・・まだ、美奈が来ていない。
中山は、キョロキョロとあたりを見まわしてみたが、やはり来ていない。
10分・・・20分・・・30分と時間が過ぎていく。
時間と共に、タバコの吸い殻の数が増えていった。

中山は、待ちながら、イライラ感がどんどんと加速度的に積もっていくのを押さえきれなくなっていた。
「何かの都合で、遅れているのか・・・」美奈の携帯にかけてみる。
留守電になっていた。「おかしい??どうしたんだろう・・・。」
中山は腕時計に目をやった。1時間が過ぎていた・・・。その時、蓄積していた、イライラ感が
頂点に達していた。そして・・・ついに・・・
「美奈のバカヤロウ!!約束を守らない人間は、最低だよっ!!」
「来れないなら来れないと、一言、連絡位、してこいよ!!」
と、美奈へメールを打ってしまつたのです。

最低なのは、中山自身でした。その時、中山の頭には、美奈の病気のことを心配する気持のカケラなど全くなく、
忘れてしまっていたのでした。

中山が思うに
その時の美奈は、襲ってきた鬱の病魔と闘いながら、中山への想いも、周りの人達への想いも、
わかっていてもどうすることも出来ずに、一人もがき苦しみ、絶望の淵にいたのでしょうか。
ひとりで休まる地を見つけて、さまよい歩いていたのでしょうか。
生きる気力もなくしていたのかも知れなかったのです。

もう、中山は、美奈に会うことはないでしょうが、今もなお、
せめて一言「ゴメンネ!」と心から誤りたい気持ちを<心の傷>として持ったままでした。
その日を境に、美奈は、忽然と姿を消してしまったのです。
友人も、職場の同僚も,だれにも知られないように・・・。

京都にいるのか・・・北海道にいるのか・・・
日本にいるのか・・・何処にいるのか・・・
全く消息が、わからなくなってしまったのでした。
とにかく、中山が今も出来ることは、美奈の無事を祈ることだけなのでした。
何処かで、元気に苦しむ人達を助ける仕事をしている美奈を思いながら、「クリスマス・イブ」になると
ポロの紺色の手袋を、両手にはめて、そのぬくもりを感じている中山がいた。

(第1部 完)

第2部 切れた糸(いと)の執筆は・・・。?


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