Last Esperanzars

Last Esperanzars

楽園のサジタリウス3



 子供の頃聞かされたお話で一番興味を持ったのは、兎を追いかけた少女が奇妙な世界に迷い込む話だった。
 好きではいたものの、少女がどうしてどんどんその世界の奥深く行くのかわからなかった。自分なら、そんなわけのわからない世界に行かず、すぐ戻ると思ったからだ。当時自分がいる世界に不満も何もなかったから当然ではあるが。
 その後少しして、別に兎を追いかけたわけでもないのに自分の世界をなくしてしまうとは想像もしていなかった頃の、懐かしい思い出である。
 あれからしばらく経ち、自分もずいぶん成長した。しかし……
 まだ俺は、兎を見つけられていなかった。

(右方向、砲弾一発来ていますよ)
「……おっと」
 男が物思いに耽っていると、自分の真横に八十センチ砲が降ってきた。
 通信されずとも男にはわかっていたが、回避するまでもない代物と判断し無視した。砲弾は見当違いの方向へ飛んで着弾、遠すぎて爆風も問題なし。軌道計算怠ったようだ。
(ドーラ型カノン砲なんてずいぶん懐かしいもの持ってきますね。あれ、威力は最強ですから、アウトレンジから貴方を仕留める気だったんでしょ)
「その代わり、チャージタイムが壊滅的に長くて、搭載したら大型機でもまともに歩行できない欠陥兵器だけどな……さて、こっちの番だな」
 男の両足の裏に生やしたキャタピラを駆動させ《サジタリウス》を再起動させる。すでにカノン砲搭載機は照準に入れてある。崖上からのセオリー通り単調な狙撃、発射位置など男にはすぐ読める。
「砲撃ってのはこうやるんだよ……喰らえ!」
 男が叫ぶとともに、右肩部の四十六センチ砲が轟音を上げた。一、二……着弾。ドーラ型カノン砲搭載機は爆発し、大きく浮かび上がった。
(ぱちぱちぱち~。おみごと~……とはいかないみたいですよ?)
「ん、え!?」
 からかったような言葉が表示された刹那、センサーに敵機の表示が浮かんできた。七、八……十か。どんどん増えていく。
「さっきのは囮かちくしょう!」
(でしょうね~。大砲で勝負すれば、貴方が接近して撃ち込んでくると予期してたんですよ。ずいぶん易々と引っかかったもんですねトリガーハッピーさん?)
「誰がトリガーハッピーだ! てか、お前ならもっと早く気付いたろうが、言えよ……っと!」
 などと喚いている場合ではない。《サジタリウス》は遠距離戦なら無敵だが接近されたらほとんど無防備。けん制して距離を開くしかない、と男は即決する。
「ミサイル! 狙いはいらん!」
 脚部キャタピラを旋回させながら、右肩部の多弾頭ミサイルを乱射する。包囲網に切れ目ができた。両腕部のガトリングを吹かせながら突撃する。――抜けた。
「やれやれ、間一髪」
(にはなりませんねえ。今ので一機も撃破されてないし、まだ追っかけてきてますよ)
「……知ってるよ。言ってみただけ」
 わざわざそんなこと書きこまれるまでもなく男は理解していた。べつにそんなもの期待してなかったから結構だが、十機以上の敵がこちらに迫ってるのはまあ、見ていて面白い光景ではないと男はため息をつく。
「てか、んなこといいからさっさと敵の分析と対処法教えろよ。それが仕事だろ」
(仕事とは違う気もしますけど……まあいいでしょ。とりあえず今言えることは、こいつら一つのチームじゃなくて、フリーか小規模なチームが徒党組んだものなのは一目瞭然ですね。だって十三機とも連携というものがありません。俺が俺がと無闇に突進してきて、機体同士衝突しちゃってます。ずいぶんモテモテですこと)
「こんなのにモテたって嬉しくねえよ。それを狙えばどうにかなるか……フィールド」
(右斜めぐらいにドルトネル峡谷がありますよ。谷間には小さい道も)
 フィールド、だけで男の意図せんことを読んだのか、よどみない返答がきた。忌々しくも『彼女』と男はとも長い付き合い。へっと悪態をつきつつ、《サジタリウス》の機体を崖の合間に飛び込ませた。
 谷間というからには本当に細い道だ。大型機に入る《サジタリウス》でやっとの隙間。無論十機が突入するスペースなどあるわけもなく……
「――渋滞、と」
 入り口でガシガシぶつかり合ってる様がセンサーに丸写し。アホかと男は鼻で笑う。
(おお、まるでバーゲンセールに群がるおばちゃんのよう)
「銃器や鈍器持ってるなんて、ずいぶん血生臭いバーゲンセールだこと。おらよ」
 ボケにつまらないジョークで返しつつ一時停止、固まっている奴らを四十六センチ砲を乱射した。砲弾など選びもしない。
 至近距離だからすぐに命中した。爆発、一機撃破。続いて二機目、三機目と連鎖爆発を起こしていく。よほど重装備だったか高ジェネレーター積んでいたかかなり誘爆した。
(三機撃破、四機中破二機が小破しました。でも向かって来てますよ)
「今度は整然と並んでやがる。さすがに学習したか」
(で、どうしますシリアさん? 残り十機、一応追い詰められているのは貴方です。崖から抜けるのももう間もなくでしょ? この狭い隙間から抜け出して、散開でもされたら面倒だし、重装甲重武装の《サジタリウス》じゃ逃げ切れないでしょう)
「……こんなとこばかりシリアかよ。てかこの場にいるんだろ? ちったあ助け舟出せよティンカーベル」
 そう男――シリアと呼ばれた者はセンサーに表示されている十一機目に毒づくが、それはこちらの上を飛んでるだけで援護どころか何もしない。テンプレのようなこの会話にシリアは既に飽きていた。
「しゃーない。出てっちゃやられるんなら、今のうちに仕留めるか」
 ドォンという轟音と、モニターが大きく揺さぶられるのに合わせて砲弾は発射された。弾は即座に命中し……否。
「弾いた!?」
 あり得ないとシリアは思ったが、モニターからの表示ではそれしか考えられなかった。直撃したはずの敵機は健在、どんどんこちらと距離を詰めていく。
「な、なんだ、どうなってやがる!?」
(《イージスの盾》ですね)
 動揺するシリアに対して『彼女』から落ち着いて分析した文字がすぐさま出てくる。
「《イージスの盾》? あの防御力は最強だけどそれだけで搭載スペースほとんど費やしちまうアレか?」
(だったら四十六センチ砲くらいじゃどうにもなりません。チームワークないと思ってたのは間違いでしたか。あるいは、この方だけ小さいチームを組んでいるのかもしれません。まあどっちにしろ、あれじゃ攻撃一切意味ないです。ドーラ型カノンか、レバ剣くらいないとダメージも与えられません)
「そんなもん持ってるか。戦法を改めるか……」
 ツバを飲み込んだ。危機的状況だというのに、シリアの全身にはピリピリした寒気が生じてた。シリアはいつも、この瞬間を待ちわびている。自分が最高に昂る、この瞬間を。
(浸ってないでさっさとぶっ倒しちゃってくださいよ)
「いちいち突っ込むな! 今ノッてるんだから!」
 水を差されつつモニターに注視すると、周囲を覆う岩壁に目が止まった。それを確認すると、シリアはすぐ戦術を決めた。
 右肩部多弾頭ミサイル、及び両腕部ガトリングを構える。
「全弾持ってけ……!」
 ミサイルとガトリングが発射されたと同時に旋回、全速力で後退した。
火線が襲いかかったのは敵機、より上の岩壁。着弾したミサイルとガトリングは、容赦なく岩を砕き岩壁を削り取っていく。
剥がされた岩は重力に従って下へ、敵機の元へ降り注いだ。
(おっと、《イージスの盾》搭載機あっさり撃破)
「いちいち説明されんでもわかってる」
《イージスの盾》の欠点はここにあった。たしかに防御力は抜群だが、それが有効なのは盾の正面だけ。つまり横や後方、ついでに上へは全く無防備な代物なのだ。故にさっきのドーラ型カノン砲と同じく欠陥武器としてもはや相手にされていない。何事も過剰なのはいかんいい例だな、と抜け出したシリアは崩れる音を聞きながら笑っていた。
イージス搭載機は撃破、残りも次々やられていく。念のため何発か砲撃するが、これで終わりとシリアは判断した。センサーの表示が、たった一つになる。
ホッと一息つくと、シリアはマウスとキーボードから手を離してパソコンの横に置いてあった麦茶を飲み干す。
(全機撃破確認、コンプリートですよ。これでまた鉄伝ランキング上がりましたねフレークさん)
「……フレーク言うな、ティンカーベル」
 ドッと疲れを感じてシリアは椅子にもたれかかる。なんとなく嫌気が刺して背を逸らした先には、PCゲームパックが無造作に置かれていた。
『アイアンレジェンド』。今までプレイしていたオンラインゲームの名である。様々な役職になってロボット――じゃなくて何か固有の名称あったはずだが、忘れた――をカスタマイズし、ネット上で多数の人々とミッションをこなすか戦うという、まあよくあるTPSゲームだが、カスタマイズの豊富さとストーリーの重厚さで人気を取り、世界中で十年近く愛され日本では鉄伝(アイアン=鉄、レジェンド=伝説で鉄伝)と呼ばれている。
(まあ大したことない相手でよかったですね。せっかくサーバから貰った《サジタリウス》に傷つけちゃいけませんし)
「……ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと出てこいティンカーベル」
チャットに書き込まれた文字にシリアがため息混じりに呟くと、モニターに今までいなかった機体が現出される。――否、いなかったのではなく、見えなかっただけだ。
 黒い三角帽、黒マントというロボットなのに典型的な魔女スタイルだが、背中には妖精っぽい金色の羽根が生えていておまけに足、というか脚部はあろうことかハロウィンで出てくるあのカボチャ。浮いてるのだからフライトユニットであるが、誰だこんな馬鹿デザインしたのと言わんばかり造形である。
 しかし、こんなものでもシリアのれっきとした相棒、ティンカーベルの愛機《クリティエ》である。戦闘に参加などはしないが、役目は主に索敵や偵察などこちらのサポート――あの三角帽と杖は高性能センサーの役目をもつ。形状は完全にギャグだが――で、《サジタリウス》の支援のためいつもマント型の光学迷彩で姿を隠して浮いている。そっちらの面では優秀だが、この人を小馬鹿にした態度にシリアはどうもうんざりしていた。
(これでライノス領の半分は制圧しましたね。グリードからの報奨金たんまりですよ。まあシルヴィアから依頼されればすぐに奪還するんでしょ?)
「当たり前だろ。傭兵ってのはそういうもんなんだから」
 鉄伝でプレイヤーは様々な職種を選べるが、シリアとティンカーベルはその中で『傭兵』を選んでいた。『アイアンレジェンド』のストーリーで敵対している『シルヴィア王国』と『グリード皇国』の間を金で雇われ行ったり来たり、オンラインマネーの額かその場の雰囲気でどちらかかあるいはどちらでもない盗賊とかに付く。自慢じゃないが腕はいいので引っ張りだこだが、それ故恨みも買っており先ほどのようにわざわざ狙ってくる輩も絶えない。疲れたと肩を回した。
(あ、そうそうフレークさん)
「だからフレークはやめろって。……で、なんだよ」
(ちょっと小腹がすいたので、そこにあるチョコスティック取ってください)
「……そ」
 チャットの書きこみにシリア、もしくはフレークと呼ばれた少年はこめかみをピクピクさせ、傍にあったチョコスティックの袋をむんずとつかんで立ち上がり叫んだ。
「それぐらい口で言えよ麻紀!」
 言い終わるや否や、やけ気味に袋を向かいのパソコンの前に座っている少女に投げつけた。少女は驚くこともなくキャッチすると何事もなかったかのようにチョコスティックを口にくわえた。
「まったく乱暴ですね一機さん、中のチョコ少し砕けちゃったじゃないですか」
「お前がしょーもないことチャット越しに言うからだろ! そんなのキーボード打つまでもねーじゃん麻紀!」
 そうシリア、本名的場一機が柳眉を逆立てても、麻紀と呼ばれた少女は素知らぬ顔でパソコンへ視線を戻した。
三つ編みをツインテールで両端に生やすという触角のような髪型が、大きくて少し垂れた目を隠していた。二つの髪を束ねる向日葵のアクセがついたヘアゴムと、少しのぞいた小さな八重歯などのチャームポイントが可愛くはあるものの、見るものに猫のような印象を持たせる不思議な雰囲気をかもし出している。
その瞳に映る画面には、一機と同じく《サジタリウス》と《クリティエ》が……そう、彼女が一機の相棒であり《クリティエ》の操縦者、ティンカーベルこと間陀羅麻紀である。
この二人、二台のパソコンを向かい合わせて一つ屋根の下でプレイしていたのだ。日付も変わったというのに二人とも同じ高校指定のブレザーなのは、学校から帰って夕飯を一緒に食してからぶっ通しでプレイしているからである。この家は古いが広く部屋は多いので、泊まろうと思えばいくらでも泊まれる。
「にしても、このパソコンスペック悪いですね。最近処理落ちが目立ちますよ」
「文句言うなよ、ただで使わせてやってんだから」
 なんてめんどくさそうに一機が言うと、にやりと嘲ったような薄笑いを見せてきた。
「ただ? 掃除洗濯炊事その他諸々全部やってるのは誰でしたっけ」
「いや俺だってできるわい。お前が勝手にやるんだろうが」
「ほう? 最近は洗濯物どころか食器もなおざりな人がそれ言いますかね」
「……だって、うち食器山ほどあるし」
 何も反論できなくなり、一機は隣に置いてあったボトル麦茶を注いでがぶ飲みする。
 こんな半同棲(一機は断じて認めないが)が始まったのはいつ頃であったか。一機の記憶では高校始まってすぐだから、もう二年近くになる。
 鉄伝自体一機は中学から始めていたが、ある日家のパソコンが壊れて修理に出している間仕方なくネットカフェで遊んでいると、クラスメイトの麻紀にばったり会ってしまった。しかも鉄伝のプレイ画面まで見られ、自分も始めたとか何とか言いだす。

――うちに家は厳しくてやらせてくれないんですよ。でも、ネカフェは金かかるんですよねえ……
――ああそう? 俺んとこじいちゃん住んでた家だけど、今一人だから誰もいないし、パソコンも二台あるけど壊れちゃってさあ、はっはっは……

なんて一機が笑っていたら、気がつけばコンビを組んでこの家でプレイすることに……どうしてこんなことになったのか、未だに理解できない。
 まあ、平日はさすがに高校があるのでせいぜい休日か休日前にプレイしていたのだが、そのためかいつの間にか鉄伝内で一機と麻紀の二つ名は『週末の悪魔』……どこのどいつだこんな名前つけたのと最初聞いた時一機は頭を抱えた。
「あ、そうだ、またメール来てましたよAAから」
「……AA? サーバの?」
 AA……『アイアンレジェンド』の製作者でありサーバの運営企業バルフコーポレーションの最高経営責任者(CEO)A・アールグレイの通称である。十年近くでバルフコーポレーションを大企業にした人物なのに、その顔は知られていない。ネットの噂だと、すごく不細工だとか大怪我で生命維持装置にくくりつけられてるとかいやホントはとっくに死んでいて隠されているだとか、しまいには実在の人物ではなくバルフの役員が作ったキャラクターなどという始末。……ということは、これは空想上の人間からのメールになる。
「またなんかくれんのかな? この前《サジタリウス》くれたみたく」
 一機は少し機嫌よくメールを開いた。AAからメールを貰うのはこれが初めてではない。
 数ヶ月前、連続撃破記録更新とやらをした時、AAから添付ファイルで《サジタリウス》の骨組(フレーム)データが送られてきた。鉄伝のロボットは自由にカスタマイズできるが、こういった懸賞という形で通常では入手できない基本となるフレームが届くことがある。言わば強者の証であり、スペックも他のより上回っている。当時は麻紀が「うちらチームなのになんで一機さんだけ」なんてぼやいて一機は内心いい気分になっていた。
 なので、一機はまた何かくれるのかと期待していたのだが、今回は違った。
「……なんだこりゃ」
 思わず眉をひそめてしまう。
「はい? どうかしました?」
「……なんか変なメール来た」
 歯切れの悪い様子を、変と思った麻紀が画面を横からのぞいてみると、やはりこちらも首をかしげた。
 メールには、こう記されていた。

『現実に飽きてはいませんか?
 くだらないと思っていませんか?
 どこかもっと楽しい、自分の才能が生かせる場所に行きたいと思いませんか?
 貴方を、楽園にご招待しましょうか?
 YES or NO』

「……変な宗教のお誘い?」
「いや、これサーバから来たのだから」
「でも、こんな内容はそうとしか思えませんよ。ただでさえオンラインゲームは最近風当たり悪いんだから、おかしなことされちゃ一プレイヤーとして迷惑ですね」
「風当たり悪いって、あれか? 鉄伝のプレイヤーが突然姿を消したとか? よせよせ、そんな与太話信じる方が馬鹿なんだ。いいから、今日はもう帰るんだろ?」
「ええ。ちょっと明日葬儀か入ってましてね、人出足りないって呼び出されちゃいました」
 麻紀の家は葬儀屋だ。一機と麻紀が在住する群雲市、特にこの周辺には葬儀屋が何故か『間陀羅葬祭会館』一件しかなく、実質的に独占市場らしい。
「商売繁盛結構だな」
「でもないですよ。ボッタクリ同然の商売してたから最近仕事なくて暇だったんです。おかけで弓道部の練習ができるできる」
「……おまえんとこ、定員割れして大会とか行けないんだろ? だいいち時期外れだし」
 あら? なんてわざととぼけながら早々と身支度をして帰っていく麻紀の後ろ髪が向日葵のアクセをポンポンはねさせてるのを一瞥すると、一機は画面を見直した。
「……楽園へご招待、ねえ」
 ふと、一機は視界の端に映った学生カバンを、何の気なしに手にとり中から一枚の紙切れを取りだした。
『進路希望調査書』と印刷された原稿には、手書きの文字は何一つない。
「あー……」
 呻きながら、やたら高い天井をしばらく見上げていると、椅子の上であぐらをかいてキーボードを叩いた。
 奇怪なメールの返信、それに対して一機――鉄伝の中でシリア・L・レッドナウと称する少年は一言、
「……私を飲んで、か」
そう呟くと、本文に『YES』とだけ記した。

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