Last Esperanzars

Last Esperanzars

自傷碧



「……あ」

 ベッドから起き上がった木野雪也は、真っ二つに切断された目覚まし時計を見てため息をついた。

「またやっちまった……これで何度目だか」

 右手で頭をかきつつ、左手を見つめる。巻かれていた包帯がパラリパラリと落ちていた。

「ったく……まあいい、シャワー浴びよ」

 欠伸をしながらテレビをつけた。どこかの報道バラエティが流れている。

『――昨日、日本初の死者からの両足移植が成功したとのニュースが入りました。これで二年前の腕の移植手術から二例目となりました。こうした死体からの移植は論理問題として非難も多く――』

 シャツとパンツを脱ぎ、シャワールームへ駆け込む。登校時間まで少し余裕があるが、今日はシャワーだけで十分だろう。右手でハンドルを回し、同じく右手でホースを掴んだ。
 熱いシャワーを浴びているその肢体は、鍛えられて筋肉質だったが、よく見ると異様だった。

 切り傷が無数にある。しかも小さなものから病院に搬送されるべき大きなものまで幅広く存在した。
 しかもさらに異様なのは、その切り傷はどこもかしこも『右半身』に集中していたことである。

「……さて、今日はおとなしくしててくれよ?」

 儚げに雪也は、先ほどからまったく使っていない左手に語りかけた。



 自傷碧



「ねえ、あの子……」
「ん?」

 昼休み。教室で女子生徒たちが弁当を広げていると、ある女子生徒が怪訝そうな顔をして指差した。

「ああ、木野か。あいつがどうかした?」
「あ、うん。なんか、左手がおかしいから……」
「左手? ああ、そういやあんた転入生だったっけ」

 からから笑った友達に、転入生は「もう……」と顔を膨らませた。
 転入生が不思議がったのは、パンを頬張っている雪也の左手が黒塗りの手袋に包まれていることだった。おまけに夏服の半そでからは、腕全体に包帯が巻かれていることにも気づく。

「あああれ。なんかよく知らないけど、左手が動かないんだって」
「え?」
「噂だけどさ、二年くらい前に雪山で遭難して、左手が動かなくなったとか、左手凍傷で切断してあれは機械の手だとか聞いたけどよく知らない」
「ふうん……」

 大して興味もなく素っ気ない反応をした友達に比べ、転入生はどこか気になってチラ見していた。
 確かにパンを食べる時もジュースを飲む時も雪也は右手だけで食している。そういえば授業もそうだったかもしれない。
 でも、だったら今宙ぶらりんになっている左手がピクピクけいれんしているように見えるのは気のせいだろうか。

「それよりさ、聞いた? 例のタクシードライバー殺し、また出たんだって」
「え? あのタクシーの運転手が次々惨殺されるってあれ?」
「そうそう、昨日起きた六件目なんて、車もズタボロにされてたらしいよ。おっかないよねえ……」



『――が、動かな……助け――』
『――ってこないと、こっちも……ちまう――』
『寒……よ、……さん――』



 放課後。
 転入生は階段を上っていた。放課後と言っても遅い時間なので人はかなり減っていた。にもかかわらずこうして教室に戻っているのは、プリクラを貼った手帳を忘れてきたから。彼氏と撮ったプリクラなので、もし誰かに見られたら恥ずかしくて仕方ない。だから焦って戻ってきた。

 そうして息をせききらして教室の扉に手をかけると、ガラガッシャンと何かが倒れるような音がした。

「え?」

 驚いた転入生、何事かと一瞬硬直するが、恐る恐る扉を開けて中を覗いてみた。
 教室の机がいくつも倒れていた。さっきのはこの音かと思ったが、その視界の端に男子の制服が。

「つ、うう……」
「な、なに?」

 うめき声がして、反射的に扉を開いた。
 さっきの雪也という生徒が倒れていた。しかも右手から血を流し、にもかかわらず左手を抑えている。

「ゆ、雪也君?」
「う……あれ、あんたどうしてここに」

 転入生に気付いて目を丸くした雪也に駆け寄る。

「大丈夫、血が出てるよ」
「これくらい傷に入んないよ、大丈夫だって……」

 笑っているが、血はだくだくと流れ続けている。どう見ても平気そうじゃない。

「保健室行ったほうがいいって。まだいると思うけど……」
「いや平気平気。こんなもんいつもの……いや、だから保健室なんていいってば」
「あ、もしかして左手も怪我してるの? ちょっと見せて……」
「触るな!」

 ばっ、と突き放された。よろけて後ろにこける。
「あ……」と雪也も自分のしたことに気づいてバツが悪そうな顔をしたが、「ごめん」とだけ言って教室から走り去ってしまった。
 夕暮れ時の教室には、何が起こったのかよくわからない転入生と、バラバラになった包帯、それと倒れ刀傷のついた机だけが残された。



『――もう……腕が、壊死状態で――』
『もう一人はすでに……してま――』
『――の……を、……する――』



「しまったなあ……」

 太陽がすっかり沈み、闇のカーテンが辺りを包んだ夜深く、雪也はため息一つついた。
 今回はまずかった。放課後あんな場所で『やってしまった』のもまずいが、人に見られた。幸い全部見ていたわけではないようだが、それでもあの反応はまずかった。できれば何事もなく高校生活は過ごしたいのに……と嘆いていると、携帯が鳴った。右手で取り出すと、表示されていたのは母の名前だ。

「何?」
(何じゃないわよ。あんた今年こそ来るんでしょ、法事)
「あー……俺はいい。行かない」
(行かないじゃないわよ、あんたの弟の二周忌なのよ。それを……)
「俺が行っても、あいつは喜ばないよ」
(……だから、あれはあんたのせいじゃないって言ってるじゃない)

 声のトーンが落ちた。同情や憐みを越えて、頑なな息子に呆れすら感じている声だった。

(あれは事故なんだから、いつまでも気にしちゃダメよ。そっちで一人暮らししてないで、線香でも上げなっては。それに……あいつは生きてるじゃないの)
「……そうだな。じゃ、気が向いたら」

 それだけ言うと、一方的に電話を切った。携帯をしまうと再び大きくため息をついた。

「事故……か。そうだったらよかったんだけどな……」

 手袋と新しく巻いた包帯で『拘束』された左手を見下ろして呟く。

 父は山岳部出身で、日本のほとんどの山を登山したという根っからのクライマーだった。
 さすがに結婚して子供が生まれてからは自重していたが、子供が大きくなるにつれ衝動に勝てず、一緒に山へ連れ出すように。
 無論子供でも登れる簡単な山だったが、成長するにつれレベルが高くなっていき、二年前、中学最後の冬にとうとう雪山登山に乗り出した。無論そんな険しいところではなく、中学卒業祝いの軽い登山のつもりだった。
 だが、予期せぬ悪天候が襲った。
 嵐の中、父とはぐれ慣れない冬山の中ただ戸惑うことしかできなかった。俺も、一緒にいた弟も。とにかく下山するべきと、視界もはっきりしない嵐の中歩いた。体力も気力も限界に達した時――そして、俺は雪崩に巻き込まれた。
 こうして生きているのは奇跡に過ぎない。たまたま救助隊が雪で埋もれた俺を丁度よく発見しただけであり、本来死んでいるはずだったろう――弟と一緒に。
 父も何とか生存していたが、さすがに母との折り合いが悪くなって別居状態から二年続いている。そろそろ離婚するだろう。

 ――しかし、両親は、いや誰も知らないのだ。
 俺が生きて、あいつが死んだのは『当然』であることを。
 それは――

「……ん?」

 ジャキ、と奇妙な音がした。何かを切るような、突くような奇妙な金属音。
 それも断続的に鳴っている。ジャキ、ジャキ。まるで足音のようだ。――足音?

「お……」

 よく見ると、目の前の暗闇にタクシーが停車していた。
 いや、停車していたというのは間違いで、正確には『置かれていた』だの『投棄されていた』というのが正しい。もはやそれはタクシーの体裁をしていなかった。
 屋根が何か重たい物でも落とされたかのようにつぶれ、ひしゃげている。しかし屋根はへこんでいるのではなく、無数の穴がブスブスと開いていた。
 割れたフロントガラスの向こうには、真っ赤に塗られぶよぶよした生肉が散乱していた。ここからでも血の匂いがプンプンする。
 そして何より異様なのは、そのタクシーの上に乗ってる――否、『突き刺さってる』異形だった。

「うわ……」

 思わず雪也はたじろいだ。腰まである黒髪に、白いワンピース。そこまでは普通。
 ただし、長髪が隠す顔は化け物そのものだ。目は光沢を持たずカピカピでそれでいて白目という気味の悪さ。肌も乾き切っておりミイラの印象を持たせる。それでいて耳まで裂かれた口からは牙が剥き出しで赤く塗りかためられていた。白いワンピースもところどころ黒く汚れているが、あれが泥や油の類でないことは嫌でもわかる。
 だが、もっともおぞましいのはその下半身だった。もう下半“身”と言っていいかわからなかったが。

 本来スラリとした脚線美があるはずの腰から下に、両刃の刀が生えていた。それも一本ではない、クレイモア級の大型の刃が何本もタクシーに突き立てられていた。それが血に染まっていることは、もはや言うまでもない。

 ざわ、と左腕が蠢いた。ぐっと右手で押さえつける。

「……わかってるよ。最近のタクシードライバー殺しの犯人はこいつだな」

 およそこの世のものとは思えぬ異形を前にして、さして驚いた様子もない雪也は、左手に話しかけるように呟くと、今度は異形に笑いかけた。

「下半身がない、か……その様子で、タクシードライバーを専門に殺してるっとなると、轢かれて体真っ二つにでもされたか? でも何人も殺してるとなると、もうほとんど手当たり次第ってとこだね」

 グルル、と小さく唸り声が聞こえた気がしたが、構わず雪也は続ける。

「俺としては、あんたが誰を“断罪”しようと、無差別に殺しちまおうと関係ないよ。だからさ、ここは帰ってくれないかな? 俺は部外者なんだし……」

 最後まで喋ることはできなかった。異形はその脚部では考えられないほど高く跳躍し、刃を体ごと雪也に突き立てたからだ。
 生肉専用のプレスマシンは地面にその刃を突き刺し、新たな鮮血でデコレーションされ……ることはなかった。
 無数の刃の下に、雪也の肉体はどこにもなかった。

「――なんてね」

 先ほどと変わらぬ声がした。異形がその先を振り返ると、そこには先ほどと変わらぬ姿の雪也がいた。
 左手一本で電柱の上に逆立ちし、余裕の笑みを浮かべて。
 そのまま体を反転させ立つと、雪也は手袋を外し、包帯に縛られた左腕を天高く掲げた。

「こっちとしては、あんたとあんたを殺した運転手には感謝するしかない。だって――こいつの気を逸らせてくれるんだからね」

 ぐにゃりと顔をゆがめると、左腕の包帯が破れ、刃が突きだした。

「……! ――!?」

 異形が動揺を露わにすると、更に左腕は変貌していく。刃から刃が突き出て、本来の腕以上に刃が肥大化していく。

「ふう……」

 雪也が息を整えたときには、もはや左腕は原形を留めておらず、目の前の異形と同じ、いやそれよりさらに禍々しい“剣の腕”が完成していた。

「さて……やりますか」

 前に倒れるように電柱から降りると、重力に従って落下。だが落ちるのは地面ではなく、あの異形……“断罪剣”の怪物だった。

「うらぁ!」

 落下による運動エネルギーと合わせて、剣となった左腕を異形に突き立てる。異形は咄嗟に体を持ち上げて己が断罪剣と剣をぶつけさせる。ガキィンと甲高い音が響くと、はじかれた両者は距離をとった。

「くそっ! さすがに七人も殺してると違うな」

 舌打ちした雪也はアスファルトをかけ、左腕を振りかぶる。だが異形はそれを察知して大きく跳躍した。

「だあ! あんな足でよく跳べるな!」

 さっきのプレスが来る、と判断し下がろうとするが、ドクンと剣――断罪剣となった腕が大きく脈打った。

「ぐっ……!」

 激痛に膝をつくと、断罪剣がまるで意思を持っているかのように――いや、こいつは意思を持っている――ビクビク痙攣し始め、雪也に刃を向けた。

「っ!」



 雪庇(せっぴ)、とかいうらしい。雪のかぶった山の尾根、山頂などに、風が一方方向に吹くとできる雪の塊。一見すると普通に通れそうな道だが、所詮雪なので足を入れたりると簡単に崩落する。冬山に慣れていない俺たち兄弟は見事にそれにはまってしまった。
 弟が雪庇を踏んでしまい、崩れた時咄嗟に俺は両手を出して腕を掴んだ。そこは道でも何でもない、ただの崖だった。
 幸い俺は落ちずに済んだが、弟は俺に掴まれてやっと中空に留まっていた。崖はどこまでも高く、落ちれば一巻の終わりなのは素人目にもわかった。
 絶対に離さないと腕を掴んでいる反面、長い遭難で体力も精神も疲れ切っていた脳は別のことを考えていた。
 このままだと二人とも落ちてしまう。弟は恐怖と疲労で自力で這い上がることもできまい。たとえ仲間を見捨てても生き残らなきゃならない、それが山というものだと教わったではないか。仕方ない、何も悪くない、諦めろ、こうするしかない、許してくれる――
 最後の言葉が、決め手だった。俺は、あいつの左腕を――
 ――アオぉっ!!



「っぁめろ、アオ! よせって!」

 下半身が剣の女と左腕全体が剣の男が戦っている異様な光景の中でも、今雪也が繰り広げているのはひと際おかしかった。
 巨大な剣と化した左腕が、自身の右半身と頭部を切り裂こうとしているのだ。しかもその切り裂かれようとしている体の主は必死にそれを避け、説得している。異形も首をかしげんばかりの様だ。

「駄目だ、まだ駄目なんだ! こいつをくれてやるから、俺を殺すのはやめろアオ! 今はまだ、まだ……っだ!」

 かわしきれず、ついに頬を割かれる。かすったような軽いものだが、血がスッと流れる。

「言うこと……聞けっての!」

 逆上し、剣を踏みつける。バタバタと抵抗したが、やがて収まっていく。

「……お待たせ」

 血に濡れた顔をにやけさせる雪也に、異形は奇声を上げて襲いかかった。
 ジャキジャキジャキと幾本もの剣を地面に突き刺して駆け、自らの足たる剣を突き立てる。

「だおりゃあ!」

 それに対し雪也はカウンター気味に一閃、剣を数本断ち切った。異形は動揺を露わにする。

「悪いが、年季が違うよ。こちとら二年も前から百人近く殺してるからな。……お前らのような、“断罪”に取り憑かれた化け物を」



“断罪剣”。何処の誰が名づけたか知らんが、そういう都市伝説が存在する。
 身勝手に命を奪われた人間が、その殺した相手が裁かれない場合殺された肉体が“剣”となってその人物を裁く異形の怪物になると。
 無論ネットに徘徊するだけでまともな思考を持った人間は誰も信じないが……この左腕が剣になったあの日、雪也はそれの実在を知った。
 断罪のケダモノはお互い惹かれあうのか、こうした相手を殺せていないはぐれ断罪剣とめぐり会うことがたまにある。そのたび殺されかかるので本来は迷惑な話だが……雪也としては感謝の念を禁じ得ない。こうして“アオ”の気を逸らせるのだから。



 復讐と憎悪にこり固まった異形に、その姿になって初めての感情が芽生えた。
 『恐怖』である。
 まだ死ねない。断罪剣は断罪するために存在しているのだから。自分を殺した者を裁くまで死ぬわけにはいかない。知性の無くなった頭脳で本能的に理解した異形は、飛び出して逃げようとする。

「逃がさないよ、大事な餌さん?」

 無様な化け物に嘲った笑いを浴びせると、左手を地面に力いっぱい突き刺し、棒高跳びの要領で高く舞った。
 それに反応した異形はあわてて迎撃しようとしたが時すでに遅し。巨大な剣が眼前に迫っていた。

「うらぁ!」

 掛け声とともに振り下ろされた刃は、異形の体を真っ二つにしただけでは飽き足らず、返す刃でV字型に分断した。
 黒ずんだ血が噴き出し、雪也の全身と刃を汚す。血で濡れた部分がないほど剣が血を浴びると、少しずつ刃を戻し完全にただの腕になった。

「これでしばらくおとなしくしとけよ……碧(あお)?」

 左肩、腕を一周する縫合跡のついた部分をなぞりながら囁くと、逆らうように血管が浮き出てきた。雪也はさすがに呆れて「あーあ」とため息をつく。

「ちょっとは兄の言うこと聞いたらどうだ、弟のくせして」



 あいつを、碧を落としたあの時、つい叫んでしまい雪崩が発生、結局自分も落ちてしまったのだから笑うしかない。
 それでいて助かったのは、まあ運が良かったのだろう。左腕が完全に凍傷で使い物にならなくなっていたが。
 息子の無事だけを願っていた両親は生きていたことを知って欲が出たのか、よせばいいのになんとかしてくれと医者に懇願した。幸か不幸か近年発達した医療技術は、他人の腕を移植することすら可能にしていた……俺より早く墜落して死んでいた、実の弟の腕を。

 両親はたとえ腕一本でも弟が生きていけるなら、と喜んだ。でも俺は当然喜べなかった。だって、俺は、あいつを――

 それからしばらくしてからだった。俺の、碧の左腕から剣が生えるようになったのは。
 初めは小さなニキビ程度の代物で、トゲが刺さったぐらいにしか思っていなかった。だが、日に日に生えてくる剣は巨大化して――ついに俺を襲ってきた。
 それが裁かれぬ罪人を裁く“断罪剣”であることを知ったのは、ずいぶん後でのことになる。自分の腕に殺されかかるという日々の中、同じ断罪を求める化け物と出会い――今に至るわけだ。

 わかってる。この剣が何を、誰を“断罪”したいのか。
 碧は俺を殺したいのだ。あの日、実の弟を殺したクソ兄貴を“断罪”したい。当然だな。
 だが、俺は殺されるわけにはいかない。
 だってあいつは、碧は……『生きて』いるのだから。この俺を殺そうとする、異形の左腕のみ。
“断罪剣”を、別の復讐の剣を殺せばこいつはしばらくおとなしくなる。そうして無数に殺してきたが、最近暴れだす幅が短くなってきた。そろそろ“断罪剣”だけで持たせるのは限界かもしれない。



「――アホみたいな話だな。自分を殺そうとするやつを助けるのに、こんな必死になるなんて」

 自嘲気味に雪也は笑う。実際笑い話にしかならない話だ。

 自分が殺した人間が自分の一部として生きている奇妙。
 自分を殺したい命を守るため生きねばならない矛盾。
 だとしても生きなきゃならない。別に、俺まで死んだら母が一人になるとか、弟を生かすためとかそういうんじゃない。
 それが俺の贖罪で、“断罪”だと思うから……

「さて、帰るぞ碧」

 血みどろの頬を拭い、帰路についた。
 殺人鬼と復讐鬼の恐らくそう長くは続かない共存の日々は、こうして暮れていくのだった。



 ――ねえ、あの話知ってる? 最近ここらを騒がせてる殺人事件。
 ――ああ、知ってる知ってる、十人くらい犠牲になったんだって?
 そうそう。噂だと、犯人は左利きで、すっごいでかい刃持ってて……

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