Last Esperanzars

Last Esperanzars

新訳サジタリウス1



 幼い頃、父に聞かせてもらった伝説が何故か忘れられない。不信心により神の怒りを買い、喜望峰の辺りを永遠にぐるぐる回り続ける運命を背負わされた船長の話だ。
その話をした翌日に、フェリーごと海から消えた男が残した最後の言葉にしては、ピッタリすぎて笑うしかない。
――まあ、だからこそ未だ父が死んだという実感がなく、十年経っても海で迷子のままなんだろうと思っているのだろう。変な置き土産を残したものだ。
はて……? その船長はなんて名前だっけ……
確か……

「……おっと」
 物思いに耽っていたら、自分の真横に八十センチ砲が降ってきた。
 回避するまでもない代物だが、機体は多少揺れた。すり抜けてずいぶん遠くに着弾したので爆風も問題なし。軌道計算怠ったな馬鹿め。
 だいたい、ここまで近付かれて今更そんなもの使おうってのがズレてるんだ。ドーラ型カノン砲は威力こそ絶大だがチャージタイムが壊滅的に長く搭載したらどんな大型機でもまともに歩行できない。せめて固定砲が関の山という代物で、今では誰も使ってない欠陥兵器だ。アウトレンジ狙撃でこちらのお株を奪おうとしたのだろうが、とんだ無駄骨だったな。
 キャタピラを駆動させ《サジタリウス》を再起動させる。既にカノン砲搭載機は照準に入れてある。崖上からのセオリー通り単調な狙撃、発射位置なんかすぐ読める。間に合うわけもないのに、馬鹿でかい砲身をこちらに向けようとしている様は滑稽を通り越して哀れだった。
「砲撃ってのはこうやるんだよ……喰らえ!」
 右肩部の四十六センチ砲が轟音を上げた。一、二……着弾。ドーラ型カノン砲搭載機は爆発し、大きく浮かび上がった。
「ふん……ん!?」
 ドーラ型カノン砲搭載機――今撃破表示が出た。《ブリューナク》とかいう名前だったらしい。ダサ――を撃破した途端、センサーに敵機が浮かんできた。七、八……十か。もっと増えるかもしれん。
「さっきのは囮か畜生!」
 なるほど、こっちにまで誘い込んで数で囲い込むか。俺一人落とすのとドーラ型カノン砲捨てるので釣り合うとは、俺も随分高くなったもんだ。
 んなこと言ってる場合じゃない。《サジタリウス》は遠距離戦なら無敵だが接近されたらほとんど無防備。けん制して距離を開くしかない!
「ミサイル! 狙いはいらん!」
 脚部キャタピラを旋回させながら、左肩部の多弾頭ミサイルを乱射する。包囲網に切れ目ができた。両腕部のガトリングを吹かせながら突撃する。――抜けた。
「間一髪、じゃないか」
 さっきので撃破0。まあそんなもの期待したわけじゃないが、十機以上の敵がこちらに迫ってるのは面白い光景ではない。
「機体は……バラバラか。一つのチームじゃなくて、フリーか小規模なチームが徒党組んだのか。まだなんとかなるかな……」
 なんせこいつら連携というものがない。俺が俺がと無闇に突進してきて、機体同士の衝突もしばしば。明らかに逸っている。ここを狙えば勝てるかな……?
「フィールド確認と……ん、崖の合間に小さな道があるな。ちょうどいい」
 罠の可能性も――ないな。ここまできてじっと隠れている引っ込み思案がいるわけない。だったら遠慮無しに、と。
《サジタリウス》の機体を崖の合間に飛び込ませた。大型機に入る《サジタリウス》でやっとの隙間。無論十機が突入するスペースなどあるわけもなく……
「――渋滞、と」
 入り口でガシガシぶつかり合ってる様がセンサーに丸写し。バーゲンに飛びつくおばちゃんじゃあるまいし。……いや、連中にとっちゃ似たような代物か。
 ちょっと鬱な気分になったが、とりあえず一時停止、固まってる奴らを四十六センチ砲狙撃。砲弾は、別に何でもいいか。
 至近距離だからすぐに命中した。爆発、一機撃破。続いて二機目、三機目と連鎖爆発を起こしていく。よっぽど重装備だったか高ジェネレーター積んでたかけっこう誘爆したな。こりゃその他大勢もただじゃすまんな。
「おっと、もうきやがった」
 あんだけ派手に爆発したのに回復が早い。七機に減った敵が一応行儀よく並んで突っ込んでくる。少しは学習したか。
 さて、一応追い詰められているのはこっちだな。崖から抜けるのももう間もなく。この狭い隙間から抜け出して散開でもされたらやり辛くなる。そうでなくてもどんどん近付いてくる。重装甲重武装の《サジタリウス》じゃ逃げ切れんか。
「なら、仕留めるのは今しかない――!」
 四十六センチ砲の照準を合わせる。さすがに起動中じゃロックオンは難しいかな。構わん。くたばれ!
 ドォンという轟音とモニターが大きく揺さぶられるのに合わせて砲弾は発射された。よし、命中……ん!?
「弾いた!?」
 あり得ないと思ったが、モニターからの表示ではそれしか考えられなかった。直撃したはずの敵機は健在、どんどんこちらと距離を詰めていく。そういえば、手前の敵はばかでかい盾を装備しているな。
「まさか、《イージスの盾》? それだけで搭載スペースほとんど費やすが防御力は最高のあれか?」
 なるほど、それなら四十六センチ砲くらいどうにでもなる。敵にチームワークがないというのは間違いだったか。あるいは、そいつだけ小さいチームを組んでいるのかも。
 どちらにしろ、あんなものあるんじゃこちらの攻撃は一切効かない。戦法を改める必要がある。
「……っ」
 ツバを飲み込む。全身にピリピリした寒気が生じた。たまらない、この瞬間は。
 その時、周囲を覆う岩壁が目に止まった。
「……よし、やるか」
 左肩部多弾頭ミサイル、及び両腕部ガトリングを構える。狙いは敵機、より上の岩壁。
「フルスピード、全弾持ってけ!」
 ミサイルとガトリングが発射されたと同時に旋回、全速力で後退した。
岩壁に着弾したミサイルとガトリングは、容赦なく岩を砕き岩壁を削り取っていく。剥がされた岩は重力に従って下へ、敵機の元へ降り注いだ。
《イージスの盾》の欠点はここにあった。確かに防御力は抜群だが、それが有効なのは盾の正面だけ。つまり横や後方へは全く無防備な代物なのだ。故にさっきのドーラ型カノン砲と同じく欠陥武器としてもはや相手にされていない。何事も過剰なのはいかんいい例だな、と抜け出した俺は崩れる音を聞きながら笑っていた。
イージス搭載機は撃破、残りも次々やられていく。念のため何発か砲撃するか――まあ、これで終わりだな。
「ふう……」
周囲に敵影なしなのを確認すると、俺はマウスとキーボードから手を離した。ドッと疲れを感じ、パソコンの横に置いてあった麦茶を飲み干した。
『畜生、またやりやがったな『ばら撒きヴェック』!』
モニターに流れた文字に、苦虫を噛み潰したような顔になる。またか。そう呼ばれるのは好きじゃないってのに。
『こんだけ組んで全滅なんて、化け物かよ『ばら撒きヴェック』は!』
『しょうがないでしょ! あっちは金つぎ込んで高額アイテム詰め込んでるのよ! 金で勝てて嬉しいでしょうね『ばら撒きヴェック』さん!』
「……あーうるさい」
 これだけ並べ立てられると文句の一つも言いたくなるが、止めた。どうせ相手にしやしまい。オンラインセッション如きで騒いでどうなる。
 さっきやられた敵機のパイロットが、口々に罵詈雑言を吐いている。負け惜しみ、と言えばそれまでだが、まあまたオンラインマネーを半額にされてやり直す身からすれば何か叫んでおかないと気がすまないのだろう。
「それにしても、最近狙われすぎだな。入ると必ずと言っていいほど襲われる――『ウォンテッド制』も考え物だよな」
 嫌気が刺して背を逸らした先には、PCゲームパックが無造作に置かれていた。
『アイアンレジェンド』。俺がプレイしているオンラインゲームの名だ。ロボットをカスタマイズしてネット上で多数の人々とミッションをこなすか戦うという、まあよくあるTPSゲームだが、一つだけ変わったシステムがある。『ウォンテッド制』というのがそれだ。
 ある程度強くなったプレイヤーには、自動的に懸賞金がかけられる。そのプレイヤーを倒せば勝者には多額のオンラインマネーや多数のオプションが貰える。これは初心者狩りの防止と強さのインフレを防ぐためという意味があるらしいが……そのため、俺みたいな強豪は日々追われるハメになる。
『アイアンレジェンド』、通称鉄伝(アイアン=鉄、レジェンド=伝説で鉄伝)で撃破されるとアイテムとオンラインマネーの半分没収、ランクも落ちるので、とにかく強豪の入れ替わりが激しいが、それは逆に長期間プレイするユーザーが少ないことも示している。世界中にプレイヤーはいるものの、自分のようにランクを維持している古参はもうほとんどいないらしい。
『くっそう! あいつに勝てるのはいねえのかよ!』
『無理よ、『小狼アヴェロン』も全然顔見せないし、逃げたのよあいつ!』
『また一からやり直しだよ! だから嫌だって言ったんだ『ばら撒きヴェック』に挑むなんてさ!』
『何だ! てめえだって乗り気だったじゃねえか!』
 ……だんだんと口げんか化していくチャットの文字に、懐かしい名を見た。
『小狼アヴェロン』。同じ古参として名を馳せたが、一度俺に敗れて以来しつこく俺に挑んできた。巷ではライバル扱いしていたようだが……おれからすりゃ迷惑なやつという認識のみだったな。小型機と装甲をほとんど排した機動力重視のカスタマイズと戦法で『小狼アヴェロン』。
対して、こちらは――いや、やめておこう。思い出すだけで嫌だ。
「ん……ともう時間か」
 時計を見るとけっこういい時間だ。昨日、いや今日は平日だから学校に行かなければ。
 もう見るに耐えない罵りあいになったチャットを無視して、ログアウトした。いつもこんな感じだから、正直閉口するぜ。
「さてと……ちょっと寝ますか」
 パソコンを消して、オンラインゲーマーのヴァン・デル・ヴェッケンとしての仮面を脱ぎ捨てた的場一機は、あくびをしながら布団に潜っていった。

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: