Last Esperanzars

Last Esperanzars

新訳サジタリウス3



「ふわああ……」
 冬景色に近くなった町並みをジャンパーの中に制服を着て一機は歩いていた。カバンの中には一応教科書が。授業になるかはっきりせんが。
「あーあ、もう三年生も終わりかあ……ったく、進路も決めず何やってんだか俺は……ま、もっとも」
 ちら、と通学路を見回す。そこかしこに一機と同じ制服を中に着た学生がいるが、それらは大抵ピアスをしていたり茶髪をしていたり、あろうことか堂々とタバコを吸っていたりと明らかにまともな学生ではない。あるいは、いかにも生気がないミイラのようか。
「俺に限った話じゃないけどさ、きっと」

 県立群雲高校。 一機の通う高校である。
 元は複数の高校だったが、過疎化と少子化の影響で生徒が少なくなり、数年前に統廃合した結果生まれた。
 それはよかったのだが、元々生徒減少が原因なのだから子供の絶対数が少なく、生徒不足自体が解決することはなかった。故に自由な校風と謳い入学基準を大甘にするので、必然……

「……で、~~が、**だって」
「うっそーっ! じゃあ、〇〇が……」
 ――こうなる。
 周囲を見まわすと、女子が声高々に軽口を叩き合っている。別の所では男子も同じく。弁当食っているやつが。マンガ雑誌をスナック片手に読み漁っているのまで。まあそれは別に普通だ。
 ここが教室で、しかも授業中でなければ。
 別に珍しい光景じゃない。教師も指導せずに完全無視。黙々と教科書の内容をこなしていく。これなんかいい方で、酷いのになると授業に来ないのもいる。そういえばノイローゼで新任が病院に担ぎこまれたことがあったっけ?
 何しに学校来ているんだと言いたいが、答えはわかりきっている。高校卒業という経歴だけが欲しいのだ。一機自身そうなので文句は言えないが、もうちょっとなんとか出来ないのかとは思う。ノートとってなくて、逆十字のマークが入ったスケルトンブラックの携帯ゲーム機をいじくっている自分に言えた台詞じゃないけど。
 ――ああ、嫌だ嫌だ。逃げたしたいわ、できるなら。

「んなもん、無理に決まってるじゃないですか」
「ん……」
 目を開けると、群雲高校の制服を着た女子が立っていた。
 三つ編みをツインテールで両端に生やすという触角のような髪型が、大きくて少し垂れた目を隠していた。少し覗いた小さな八重歯などのチャームポイントが可愛くはあるものの、見るものに猫のような印象を持たせる不思議な雰囲気をかもし出している。
 いつの間にか、周りの様子が変わっていた。ガラガラの本棚に、木とカビの匂い。暖房がないのか寒くて、ジャンパーを着たまま座っていた。目の前には、大量に積まれた本が。
「あれ、寝てたか……?」
「ええそれはもうぐっすりと。閉館時間まで本の前で寝るなんて、何のために図書室に来ているんですかね? しかも寝言というオマケつきで」
「――悪かったよ。でもさ、確か寝言に返事すると寿命減るんじゃなかったか? 勝手に人の命消さないでくれるか『図書室の魔女』さん?」
 そう言うと、――間陀羅麻紀(まだらまき)――はにやりと嘲ったような薄笑いを見せた。口から八重歯を覗かせて。首筋には、いつもかけている銀のネックレスとうなじが。
 この女は、図書委員会所属だからと組まれているはずのシフトを完全無視して毎日図書室に居座り番をしている。その奇怪さと元来の毒舌家と無表情で『図書室の魔女』呼ばわりされている謎が多い人物。まあこいつがいなかったら図書室は毎日無人になるが。
「確か、弓道部だったんじゃないか。こう毎日番してていいのかよ」
「ご心配なく。ちゃんと行っていますから」
「……おたく俺のクラスメートだろ。とっくに引退してるはずでは?」
「知っていて言う貴方も貴方ですね。弓を撃つだけですよ。私一人で」
「ああ、おたくんとこも幽霊部か……」
 この高校において幽霊部はそれほど珍しくない。部室は暇人どもの溜まり場と化している。高校全体がそうとも言えるが。
「廃部したほうがいいと思うんですけど、さすがに部活がない学校なんて誰も来ませんしね。……あ、噂をすれば」
 窓の外から怒声と物が割れる音が聞こえる。これもこの高校の日課だ。
「また野球部か……部長が代議士の息子じゃなかったらとっくに逮捕されてるな」
「逮捕はされていますよ。すぐに釈放されるだけで」
「あんな連中でも卒業できんだからいい高校だよなあ……単位制万歳ってとこか」
 心底呆れた様子で一機はため息をつく。そう、ここはそういう高校なのだ。
 ともかく入学してくれないと困るということで、入学基準を最初から大甘にしてしまった。それで生徒が増えたのはいいが、普通の高校じゃ鼻にもかけない奴も入れてしまう。自由な校風なんだと掲げたからには退学させ辛くて無法者の溜まり場みたくなってしまい、今では県に名立たる不良校。どっかの裏サイトで『不良という公害病のための隔離病棟』なんてことを書かれていたっけ。
 そんなこんなで、開校して数年で不良校の烙印を押された群雲高校に子供を入れる大人など滅多にいなくて、みな市外へ行ってしまい年々生徒は減少と逆戻り。おまけに教育界の左遷場所とでもされているのか教師すらやる気がないとデフレスパイラルな状況なのである。
 ならば、最低限の単位を最低限取ればそれでいいと生徒が思うのは当たり前。実質みなやる気がないのだ。
「そんな高校の図書室で、居座り番だけ黙々とこなしてるんだから、変な女だな」
「貴方に言われたくないですよ。こんな蔵書も少ないとこで毎日本読んで。しかもそんなどこなのかわからない出版先のばっか」
「……しょうがないだろ。他に無いんだから」
 確かにここは品揃えが悪い。本棚もスカスカだし。誰かが大量に借りパクしたかどこかれ売り払ったなんて噂が出るくらいない。今日の本だって『日本と朝鮮』『世界の武具大辞典』『理想郷と迷い家』『戦艦大和~無用の長物と呼ばれた戦艦~』『石油の歴史』などもう無秩序。しかも聞いたこともない出版社で内容も普通に見せかけて無茶苦茶だった。
 正直こんなもの読みたくないが、他に本ないからなあ。二年ちょっとで読み終えるとは思ってなかったよ俺も。
「知識は邪魔にならないと言いますがね、図書部員が言うのもなんですが、こんな愚にもつかない本読むより、《サジタリウス》カスタマイズした方が有意義だと思いますがね、『ばら撒きヴェック』さん?」
「……その名で呼ぶな、麻紀」
 ため息混じりに呟いた一機の一言に、麻紀はまた嘲った微笑で応じた。
 そう。こいつには知られているのだ。一機が鉄伝で五本の指に入るプレイヤー、『ばら撒きヴェック』であることを。
 きっかけは、隠れて鉄伝の携帯ゲーム版をプレイしていたのを見られたせいだ。鉄伝の最大にして世界的人気を誇る理由になった他と違う点、それはパソコンと携帯ゲーム機との連動である。PLPという携帯ゲーム機用ソフトとパソコンソフトが同梱されていて、PLPで自分のロボットをカスタマイズし、オンラインで対戦する。
通称デュアルリンクシステムと呼ばれるこれが鉄伝の肝と呼べるものなので、無論一機も暇さえあれば利用した。そこを見られたわけだが、それだけでわかるわけがない。しかし、そのPLPが鉄伝同梱プレミアムパックであることを示すスケルトンブラックであるのがまずかった。そこからどうやったかは不明だが、三日後、鉄伝プレイヤー御用達のサイトでこいつは『図書室の魔女』としてこちらにコンタクトを取ってきた。思わず椅子ごとひっくり返ったぞあん時は。
「いいじゃん別に、戦士の休息ってやつだ」
「戦士、ねえ。『鉄伝史上最悪の虐殺者』『金で地位を買った極悪人』『鉄伝人気不足の仕掛け人』とか言われて連日狙われてりゃ、休息ぐらい欲しくなりますよね確かに」
「…………」
 返す言葉もない。実際全部言われているし。
 鉄伝自体は中学の頃から、本格的に始めたのは高校入学頃だった。オンラインゲーなんて初心者だったからとにかくPLPで経験値を得て、潤沢な資金で最強装備を得てから乗り込んだら、対戦者を次から次へと蹴散らしてしまいいつの間にか無配神話が成立していた。悪の。
 ――好きで無敗じゃないんだけどなあ。そりゃ、戦法はああだけど。
 一機の《サジタリウス》による戦法は、敵に察知される前にアウトレンジから仕留めるベタベタの遠距離砲撃タイプ。別にルール違反じゃないが、不意打ちでやられた側からすれば堪ったものじゃなかろう。口々に罵り、その流言が流れに流れいつの間にか『ばら撒きヴェック』と二つ名に。……嬉しくねえよそんな名前。まあほとんどねたみや嫉妬が原因だろうけど。
 最凶プレイヤーと忌み嫌われているなど、誰が誇示したいか。永遠に秘密にしておきたかった。特にこいつには。頭をガリガリ掻く。
「勘弁してくれよ、無敗なのはたまたま強い相手と戦わなかっただけで、他のプレイヤーも守りに入ったから避けてるんだよ。そんな汚名、挽回……いや、返上したいわ」
「手遅れですよぷくくく、小説家の息子のくせに言葉知らないんですから」
 ピタ、と掻く手が止まる。凄んだ目を向けるが、眉一つ動かさず笑っているのですぐに止めた。ま、別に今更か。過剰反応する俺がどうかしてるんだ。
「ところで、閉館なんですけど」
「ああはいはい、えっと、雨は?」
「降ってませんけど」
「は? 天気予報大外れじゃねえか。あーあ、何のために歩きで来たんだよ俺は」
 ぐったりする。一人で住むボロアパートはここから自転車だと五分くらいだが、歩きだと十五分はかかる。いっきに三倍の歩きは鬱になること請け合い。しかも無駄骨。
「ああ、やだやだ。いっそ――」
「だから、無理ですって」
「……独り言の先を読むな、麻紀」
 一機の疲れきった懇願に対し、麻紀は、
「ふふ」
 また、嘲った笑いを返すのみだった。

「ったく、真っ暗だなしかし……この時期なら当然か」
 白い息を吐きながら、コートを着込んだ体を震わせて夜道を歩く。東北に当たる群雲市はこの時期からコートを着なければやってられず、夜になるのも早い。無論街灯くらいあるが、一機はそれすら少ない路地裏を歩いていた。近いからだが、さすがに心許ない。
「どうすっかな、これから。自転車ないから本屋にもカラオケにもビデオ屋にだって行けないし、どうす、る……」
 一人で喋っているうちに、元気がなくなっている。今日何回目かわからないため息をつきながら、カバンの中から一枚の紙切れを取り出した。
「……はあ」
 紙の上には、『進路希望調査書』の文字が。
「ほんと、どうすっかなあ……」
 一太郎かワードか知らない文字を印刷された原稿には、手書きの文字は何一つなかった。つまりは白紙。違う意味で。
 もう三年の秋だというのに進路未定。まあ群雲高校なら珍しい話ではないが、あれだけ軽蔑している連中と自分も変わりないのかと思うと情けなくなる。
 金ならいくらでもある。そりゃもう一生遊んで暮らせるだけの金が。
 父、的場冬樹は世界的に有名な小説家だった。どれくらい有名かと言うと、そりゃもう怪物みたいな人で、年に次々とベストセラーを乱作して二十代で大御所になった伝説の男として名を馳せている。
 しかしこの男、小説の才は溢れていたが、家庭面においては最悪だった。両親はとっくに他界し兄弟もいない。結婚した妻は息子を産んだ後の肥立ちが悪く死亡。以来一人で息子を育ててきたが、今度は自分がフェリーごと海で行方不明になってしまった。
 であるが、生前に書いた作品は今でも高い人気を誇り、再版だドラマ化だ映画化だと収入はバカスカ入り続けている。だけどろくな親族もいないので必然その金は一人息子――一機のものになる。
 無論未成年の一機に独り占めはできないので、どっちだか忘れたが遠縁の親戚が管理している。が――いや、止めた。思い出したくない。
 だから、卒業して何もせずニート生活はできなくもないのだ。半永久的に金を生み出す錬金術は存在する。そもそも高校に通う必要もなかった。ほとんど見栄と一人暮らしの言い訳用に入ったようなもの、ここまでくればもう不要だろう。
 でも、それでいいんだろうか?
 最初はその気だったのに、実際に卒業が迫ると何とも言えない気持ちになる。不安、不満、羞恥……どれとも違う、あえて言うなら、
「……つまんねえ」
 そう。つまらないのだ。仮にこのまま進学も就職もせず卒業すれば、自分は一生あの狭いアパートから一歩も出ず生涯を終えるであろう。そんな確信が一機にはあった。
 それでいいんだろうか? そんな思いが、ある日ふと浮かんで離れなくなった。
 さりとて、今更進学校を探すなんて不可能だ。どこぞの三流大学なら問題ないかも知れんが、今度は大学内で孤立するだけだろう。就職しようとしても、悪名高い群雲高校出身というだけで難色を示されるなんてよく聞く話。多分バイトも難しいかと思われる。そもそも、やる気ない。
 つまりは、単なるワガママ。何も出来ないガキが、妙に何かやりたがるのと一緒。馬鹿馬鹿しい、と自覚しているものの、この不毛な感情は留まることを知らない。
「はあ……何してんだか。ああ馬鹿馬鹿しい。いっそ……ん?」
 ふと、足元に何か転がっているのを見つけた。野球のボールよりちょっと大きいくらいの、何かゴツゴツしたもの。暗くてよくわからない。
「なんだこりゃ……?」
 拾い上げたそれは、ゴツゴツ固かった。それでいてその手の平大の物体はキラキラ輝き、透明で向こうが透けて見える。ガラス玉、いや、
「ダイヤモンド? まさかな、こんな馬鹿でかいダイヤなんかあったら大事だよ」
 砂粒くらいのダイヤが何万とか何十万とか騒ぐのに、一つの結晶でこのサイズだったら値段などつけられまい。ましてや、こんな路地裏に転がっているわけもない。絶対に違う。
「しっかし綺麗だな。まあガラスだろうけど、ちょっと高そ……もらっちゃえ」
 何となく、その気になってしまった。万引きもしたことないが、その不思議な物体の中から、何かえもいわれぬ魅力を感じたと言うのか、とにかく持っていってしまった。
「さてと、もうしょうがないから帰って寝るか。あーやだやだ、毎日こんなばっかで。いっそ――」
 ふと、周りが明るくなった。空を見上げる。
 最近曇り模様だったが、今日の空は満月、いやちょっと欠けるか? でも、月が浮かんでいた。
 ――ああ、そういえば月にはうさぎがいるんだっけ? もしくはかぐや姫が。どんなとこなんだろ、いいなあ。
「いっそ、どっか別な場所にでも行きたいねえ……」
 ポツリと、誰に言うでもなく、一機は寂しそうに呟いた。

 ――いいだろう、連れてってやる。

「――え?」
 どこかから声が聞こえた。辺りを見回すが、誰もいない。気のせい?

 ――行きたいんだろ? 違う場所へ。だったら、連れてってやるよ、この俺が。

「!?」
 聞こえた。今度は確実に。
 しかし辺りには誰もいない。携帯も繋がっていないし、スピーカーのようなものも見当たらない。声が聞ける理由がない。
 でも、実際聞こえている。響いている。どこからか。
「な、なんだ……?」
 闇に覆われた町。でもそれだけで異常は何もない。自分だってそう。カバンの中身もコートも制服もみな同じ。どこも変わったものなんて――変わったもの?
「あ……!」
 視線を下に落とす。原因はこれしか思いつかない。手の中にあるガラス玉を見る。
「――!?」
 すると、信じられないことが起こった。
 透明であるはずの石の中から、光が溢れてきた。
 違う、光なんかじゃない。
 その光の色は、黒。
 偽りの光源から外れた夜の暗闇など児戯に等しく思えるほど強烈な、漆黒。
「う、うわああああああああっ!」
 広がった暗黒の光は一機を覆い隠し、
 そして消滅させた。

    ***

「思い出したか?」
「うん……ここに来るまでは」
 ヘレナの質問に、とりあえずそう返すしかなかった。いつの間にか縄も解かれている。マリーがやってくれたらしい。
「確かに、お前はあそこで倒れていたからな。転移して以降のことは覚えてないのかもしれない。魔獣と戦っている時、囮で隊を離れたのだが、その時たまたまお前を見つけたのだ」
「そうか……」
 それなら納得できる。今まで忘れていたのは疑問だが、それは大した問題じゃない。それよりも……
「なあ、話戻すけど、そのガラス玉がなんなんだ? 俺は道端でそいつを拾ったら、急に真っ黒な光に包まれて……」
「? お前達の世界にも『アマダス』は存在するのか?」
「アマ、ダス……? いや、似たようなものでダイヤモンドってのはあるけど――あ」
 聞いた事がある。確かダイヤモンドの俗称に、『征服せざるもの』って意味のアマダスとかいうのがあったなんて、あの図書室で読んだことがある。
「この石はシルヴィア全土で見つかる石なのだが、この石には世界を繋ぐ力があるとされている」
「世界を、繋ぐ?」
 思わず聞き返してしまったが、ヘレナは深く頷いて続ける。
「そうだ。さっきも言ったろう、貴様のようなことは決して珍しい事ではないのだ。ここ、メガラ大陸ではな」
「そう。『文明の漂流』って呼ばれるんだけど、貴方みたいに違う世界から何かが漂流してくる自然現象。それによって運ばれてきた人間を『アマダス』に導かれし民って意味でアマデミアンって名付けられているの」
「ああ、それが……ってちょっと待て、それじゃ、おたくも?」
「あ、いや、あたしはお母さんがなんだけど……」
 苦笑して目を逸らすマリーの姿に、これ以上聞いてはいけない話のような気がして押し黙った。
「でも、それじゃその『文明の漂流』とやらは、この世界ではよくある話だってのか?」
「いや、それほど多くはない。様々なものが運ばれてくるが、人が運ばれるのはごく稀だ。せいぜい一年間に一人か二人、まあこれは報告されている数だけだがな」
 確かに少ないとも思えるが、ずいぶん多いとも思える。そんなポンポン人間が転移して来ていたら、そのうち人が……いなくなるわけないか。人なんかずっと多い数行方不明になってるんだ。あの人みたく。
「それはわかったけど、その『アマダス』って石がなんなの? 何か関係が?」
「さてな」
「は?」
 あれだけ色々ありそうに振っておいて、ここに来てとぼけられた。一瞬唖然とする。
「いや、別に馬鹿にしているわけではない。本当にわからないんだ。ただ、伝承でな……」
「伝承? また?」
「こういうのは、グレタの方が詳しいと思ったが、どうだ?」
 ヘレナが困ったようにバトンを渡すと、それまで黙っていたグレタが「……仕方がないですね」とやけにわざとらしいため息をつきつつ話し始めた。
「『文明の漂流』がいつ始まったかは不明です。が、少なくともシルヴィア王朝成立以前からなのは間違いないでしょう。シルヴィア王朝成立期を記した文献には『火筒の民』についての記述が多く……」
「あ、あの、ヒヅツノタミってなんすか?」
「ああ、アマデミアンの通称のこと。名の由来はね」
「そこ、説明求めておいて話の腰を折るな!」
 凄い目で睨まれて二人とも硬直する。さっきから機嫌悪かったけど、一層きつくなった。
「なんか、楽しそうだな」
「グレタの歴史好きは相変わらずだな。しかし、シルヴィア成立から語ると長くなるから、割愛してくれると助かるんだが」
「う……」
 どうも語る気満々だったようで、少々赤くなりながら話を戻した。
「ごほん……ですから、先ほどの伝説が事実かどうかはわかりませんが、悪魔はないとしても何かしらの原因はあるのでしょう。まさか魔術が関係しているとは思いたくありませんが……そこで、その霊石『アマダス』が出てくるのです」
「は? どうして石ころが?」
 そう聞くと、グレタはふふんと妙に勝ち誇った顔で笑い、
「無知とは怖いものですね。霊石『アマダス』を石ころなどと……転移現象が発生する場所や、アマデミアンに関しての伝説がある場所には必ず『アマダス』が発掘される。真偽は不明ですが、『アマダス』には世界を繋ぐ力、『文明の漂流』を引き起こす力があるとされるのです」
「おわかり?」と力強く言い切ったグレタの顔はやっぱり楽しそうで、なんとなく反抗心を覚えた一機は一言、
「……それって全部憶測じゃん」
 と返してしまった。
「あ、馬鹿!」とマリーが叫んだが時既に遅し、あんぐり口を開けたグレタの表情が、みるみる歪んでいき……
「な、なんですってぇ!」
「ひいぃっ!?」
 鬼の形相と形容すべし姿になっていた。
「き、貴様余所者のくせに、シルヴィア十七世様生涯の研究の成果を愚弄する気か!?」
「いや、それが誰だか知らないけど、物的証拠も何もない完全な憶測じゃないか。ま、それを言えば民俗調査の類も似たようなもんだけど……」
「ええい黙れ黙れ! 確固たる証拠はないにしても、MNの例を出すまでもなく『アマダス』が持つ魔力自体は本物! そのものの魂の力、霊力に反応して力を生み出すのも事実! これだけでも疑いようもない証拠に――!」
「落ち着けグレタ、よくわかったから! こら、ダガーを構えるな!」
いつの間にか短剣を握り締めて襲いかかろうとしていたグレタをヘレナが羽交い絞めにする。怖い。むっちゃ怖いこの人。
 なんとかグレタを落ち着かせたヘレナは、疲れた様子で口を開いた。
「はあ……とりあえず、あらかたは理解してくれたろう。正直なところ我々にも理由はわからないが、とにかくお前が『アマダス』を持っていたことによって転移が起こったのだと思う。『アマダス』は人の感情、主に強い思いに反応すると聞いたが、こちらはちょっとわからんな――」
「――強い、思い?」
 ふと引っかかり、転移する直前まで思い出してみる。
 あの時、いいやいつも何を考えていた?
 今のこの生活が嫌で嫌でたまらない。止めたい。抜け出したい。
 こんな退屈な世界、逃げれるものなら――!
「……ああ」
 思いっきり脱力してその場で仰向けに倒れた。すごくバカバカしくなった。
「な、お、おい、どうした!?」
 気絶でもしたのかと思ったらしく、血相変えて目の前に来た。
「ああ、大丈夫大丈夫。……一つ、聞いていい?」
「え、あ、構わんが、なんだ?」
 平気そうに見えたのでなんなんだと考えているようだが、律儀に返事を返してきた。
「元の世界に戻る方法ってある?」
「! いや、そ、それは……」
 その質問に、ヘレナはともかくマリーも顔を逸らした。まあ聞くまでもなかったけど。だったらアマデミアンなんて存在するわけがない。
「――嘘がつけないんだねぇ……ないんだ、帰る方法」
「だ、だからそれは、その……その通りだ」
 ごまかしても仕方がないと思ったのか、ため息をついて椅子にドサッと腰掛ける。こちらも脱力したようだ。
「あっそ……さて、どうするかな」
 腕で顔を覆って、完全に力の抜けた頭で思案する。
 別世界だとか何とか言っているが、状況的には身寄りもない外国に飛ばされたと同じ。明日からどうしよう。
 チラと腕の隙間から三人を覗き見る。隠したつもりだったのだが、ヘレナに気付かれて微笑された。その笑みに、一瞬また見とれてしまった。懲りない男だな俺って奴はと一機自身も自重気味に笑う。
「どうした、急に黙りこみおって。何を考えている」
「ん……いやね、ああ……あのですね、これからどうしようかと思っていただけです」
 考えてみれば最初から敬語なんか忘れていたなと今更気付いていると、
「今更無理して敬語なんか使わなくていい。これから私たちの仲間になるのだから、余計な気遣いは無用だ」
「いや、そんなこと言われても……仲間?」
 気のせいか? 今なんか変な単語が聞こえたような……。
「ヘレナ様!?」
 気のせいではないらしい。グレタも寝耳に水って顔をしている。
「どういうことですか、仲間とは。まさか、その男を親衛隊に……!」
 言うのもおぞましい、なんて様子でグレタは呟く。なんだかものすごく失礼なこと言われているようだが、それどころではない。とにかく今はその親衛隊とやらだ。待てよ、先ほどヘレナを『隊長』、グレタを『副長』なんて詠んでいたような……
「決まっているだろう。成り行きとはいえ、一機を拾ったのは私だ。私には一機の身を保障する義務がある。違うか?」
「それとこれとは違います! ヘレナ様、我々は創設百年の歴史を誇るシルヴィア王国騎士団最強の親衛隊。その長い伝統は生半可な事で生まれるものではありません。それをあなたは何だと思っているんですか!?」
 王国? 騎士団? そういえばなんか古めかしい格好だと思っていたが、そういう世界なのかここは?
「別に私は親衛隊を軽視などしていない。私はただ……」
「いいえ、それならば、我が誇りある親衛隊に男を、しかも『文明の漂流』でやってきたどこの誰ともわからぬ馬の骨を親衛隊に入れるなど愚かな行為、出来るはすがありません!」
「あ、あの副長、ですからあたしもそうなんですってば……」
「貴方は別です! MNにおけるアマデミアンの重要性は承知していますし、何より女ですから」
 ……どうもさっきから変だと思っていることがあるのだが、激昂しているグレタに聞くことがどうしてもできないですはい。
「マリーという前例があるんだ、今更男が入っても問題あるまい」
「よくありませんっ!!  ヘレナ様、この際はっきり言わせてもらいますが、あなたは栄光ある親衛隊を何だと思っているのですか!?  そんなことでは、先代の隊長たちになんと言えばいいか……」
 グレタのもはや説教と化したそれに、困ったような面倒くさそうな様子で額に手を置いていると、ふと顔を上げて言った。
「ふむ。ではこうしよう。シルヴィア王国親衛隊に、『文明の漂流』でやって来た的場一機なる男はいない」
「「……は?」」
 突発的にヘレナが発した一言に、初めて三者共意見が一致した。わけわかんない、と。
「というわけで一機」
「は、はい!?」
 いきなり呼ばれてビックリした。しかし本当にビックリしたのはこれから。
「お前名前を変えろ」
「……へ?」
 いきなり何を言い出すんだこの人はと呆気に取られていると、
「的場一機ではバレるんだ。この国風の名前を考えろ」
「……ようするに、メガラのどこかから来た馬の骨ってことにすんの?」
「理解が早くて助かる」
 ヘレナに微笑まれた。笑顔綺麗だけど、なかなか悪なことも思いつくじゃないか。
 しかし、いきなり名前なんて言われても……そうだ。俺にピッタリのがあるじゃないか。
「それじゃあ、ヴァン・デル・ヴェッケンとでもしようかな」
「? ずいぶんスラスラ出たな。どう言う意味なんだそれは?」
「俺の名前、だよ。こっちでの」
 変な顔をされたが、話しても理解してくれないだろう。構わない、どうせ酔狂だ。
「わからんな。でもまあいい。ではヴァン・デル・ヴェッケン、今日からお前は親衛隊の仲間入りだ」
「ちょっ、ちょっと待ってください。勝手に話を進めないで下さいっ」
 強制的に話を終らせかけられたので、あわててせき止めた。
「まだ言うか、グレタ」
「まだ言います。話は終ってません。親衛隊に男を入れるなど言語道断……」
「……その前に、一つ気になっているんだけど、聞いていいか?」
 さっきからずっと妙に感じていることを聞くチャンスがやっときた。一応控えめに声をかける。
「む? 今度はなんだ、一機……じゃなかった、ええと、ヴァンでいいか?」
「あ、できればヴェックで」
「なんだその拘りは? まあよかろう。で、何の用だ?」
「親衛隊って、騎士団、だよね」
「そうだ。騎士団の特別上位に存在するのが我が親衛隊だ」
「……騎士団に男が入るのに、なんでそんなに騒いでるの?」
「「……え?」」
 今度は三人から変な目で見られた。そんなに変な事言いました俺?
「あなた、何を言っているんですか。親衛隊は通常全員女と決まっています。貴方がいなければですけど」
「……ええっ!?」
 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。女しかいない騎士団!? ありえないだろそんなの!
 ヘレナも何か戸惑っているが、そのうち察したのかああと頷く。
「一機、お前の世界では違うのか?」
「いやいやいや、今現在騎士なんかいないよ。でも、女騎士ならともかく、女だけの騎士団なんて全然聞いたこと……」
 そこまで言うと、グレタは憤慨したかのように赤くなった。
「なにをおかしなことを! 確かに騎士団員はほとんど男ですが、士官クラスは近衛隊を除いて全員が女です!!」
 心外だ、とばかりに怒声をぶつけられた。その言葉に理解できない。
「……えええぇ!? うそぉ!!」
 おいおい無茶苦茶にもほどがあるぞ! 議員ならともかく、騎士が女って……!
「グレタ、一機の世界とシルヴィアとは常識が違うのだ。そんなに怒るんじゃ……」
「いいえ!! この男が今言ったことは、我ら親衛隊、いいえ、カルディナ神への侮辱と同じ!! 断罪すべき行為です!!」
「いいから落ちつけ。立つな、だからダガーを構えるな!」
 短剣で今にも刺し殺そうとするグレタをヘレナが必死で羽交い締めにする。怖いけど、さっきと違って耐性がついていたのでずりずりと後ずさる。と、今度は俺が羽交い絞めにされた。後方から伸びてきた無数の手に。
「…………」
 ものすごく嫌な予感がして振り返ると、そこには知らぬうちに帰ってきていた親衛隊の方々が。皆走ってきたけど、顔が赤いのはそれが原因じゃないと思う。だって全員目を血走られているもん。
「グレタ副長、どうぞ!」
「ええーーっ!?」
「こんな大ばか者、処刑されて当然! カルディナ神の名の元に裁かれなければなりません!!」
「ちょっ、ちょっと待てぇーー!!」
 なんだそりゃあ!? 何仰ってるのあなた方!
 なんとか抜けようとするが、ガッチリ押さえられていて動けない。てか、このままじゃ窒息死する! あ、でもなんだか甘い匂いが……って馬鹿ぁ! 死ぬ寸前だってのにエロ心発揮してるんじゃない!
「お前らもやめんかっ! そんなことで殺してどうする!!」
「いたたた、副長暴れないで下さい! 落ち着いててっば!」
「離して、離して下さいヘレナ様!!」
「こっちも離せえぇぇぇーーー!!」
 その悲痛な叫びは、洞窟内ではひときわ強く木霊したそうな。


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