「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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新訳サジタリウス7
しかしながら、そのままメデタシメデタシで終わるわけもなく、
「うぐぐ、うぐぐぐぐ……」
当然だが、一機にはキツイお仕置きが待っていた。
「あのー……ヘレナさん、私は親衛隊の名誉のため……」
「何か言ったか?」
「いえ、何も申しておりません」
まさに蛇に睨まれた蛙。喰い殺されたくなきゃ、言うこと聞いているしかない。
――でも、ヘレナになら食われてもいいかも。へ、ちょっと何言って
「どうした、何をにやけている。首枷つけて笑っていられるとは案外タフだな」
「いえ別に。私も自分自身で突っ込んでいたところです」
そう。
今の一機の首には、鉄(かどうかははっきりしないが一応黒いので鉄と認識)製のごっつい首輪ならぬ首枷が。しかも輪の中、肌と触れあう部分がなんかザリザリしていて痒い。ワイシャツの襟部分についているタグですら痒くて外す一機には苦痛であった。
しかも、その首枷には鎖で繋がれた鉄球が。なんとか両手で持てるタイプだが、ものすごく重い。とっくに腰はどうにかなっている。だが床を引きずると怒られるので、ひいひい言いながらゆっくり持って歩くしかない。
加えて、全身鎧による筋力アップの特訓は続けられていた。ただでさえ鎧が重いのにこの上鉄球では、まさに地獄としか言いようがない。
これでも処刑されなかっただけマシだ、とマリーは言う。確かに、町中で大ゲンカやったのはまずかったろう。新撰組は規則が厳しくて、ちょっとしたことですぐ処刑していたと聞いたことがある。が、それでこの重さが軽減できるわけではない。
しかもこれ、重いだけでなく恥ずかしい。へっぴり腰で歩く度、周りから嘲笑と蔑んだ視線が……あ、これは元からか。
これがもう三日目である。自分でも意外と保っているなとは思うが、正直限界。にもかかわらず、ヘレナの機嫌は悪くなるばかりで外してくれる素振りすらない。
なんだかわからんが、例のジャクソン・ライノスとの会談で色々あったらしい。というか、今も何か問題があるのか未だライノス領に留まり続けている。こうもヘレナが不機嫌になるとは、よっぽど嫌なことがあったんだろう。聞きたいが聞ける状況じゃないよなあ。
とにかく、食堂に来たからには今は飯を食うことに専念しよう。首枷がちょっと余裕あるくらいなので、正直食事する度呼吸停止しなきゃいかんのだが、食事のときはいつも窒息死の危機は当然と思いこむことにしよう、うん。
そうして自己暗示にかけこの境遇を受け入れようとしていると、ヘレナから声をかけられた。
「ああ、一機。もうそれ外していいぞ」
「……え?」
一瞬、何を言われたか一機は理解できなかった。
「も、もう一度言ってくれませんヘレナさん?」
「聞こえなかったのか一機。もう首枷を外していいと言ってるんだ」
目の前に光が広がった幻覚が見えた。
「……ほ、ホント?」
「何度も言わせるな。懲罰は一応終わりだ。ほら、グレタ外してやれ」
あえて言おう、今の俺の顔は間違いなくにやけている。そりゃ三日間の苦痛から解放されるんだ、前述の食事以外にも、寝る時もトイレもこれできつかった……。
「ああ、どうもどうも。ほんじゃ、外してくださいな」
「……調子乗ってるんじゃないですよ、この雄猿」
グレタの罵倒もこのウキウキ感には何にもならない。てかこの世界にもいるんだサルが。
まあ、処刑を献言していたグレタからすれば、悔しい気持ちもわかるが……ん? なんか変だな。
「あの……どうかしました?」
「別に……」
ブスーッとむくれたグレタの顔、それだけなら懲罰終了が気に食わないと考えるのが普通だ。
しかしどうもその憎しみは俺じゃなくて別の方に向いているような……ため息までついてるし。
さらには、ヘレナが全く同じ顔をしていやがる。これは明らかに嫌々解放したのだ。どうして? 誰に? ここには、ヘレナ以上偉い奴なんていないはずだが。
「……一機、後で話があるから、私の部屋に来い」
言い辛そうに発された言葉に、やっぱりかと首枷もないのに一機はうなだれた。
「……は? い、今なんと?」
「一機……今日は耳がどうかしたのか? 聞き返してばかりだな」
呆気に取られていた一機は、ヘレナがギャグを言ったのということを理解できなかった。
「あの、えっと……も、もう一度言ってくれる?」
「だから、ライノス殿が、お前に会いたいんだとさ」
目頭を押さえてぶっきらぼうに言い放ったヘレナは、本当に煩わしそうだった。「なんだそりゃ」は共通認識らしい。
「ど、どうして? 王国一の大商人が俺みたいなのを?」
「この前うちの娘と大ゲンガした相手の安否が気になるだの、負かした相手がどんな人間か知りたいだの色々抜かしていたが、正直わからん。ったく、そんなことより、もっとすべきことがあるだろうに……」
「は、はあ……」
やはり、話し合いは平行線だったらしい。元々何を話し合っているか不明だったが、ヘレナにはどうもそっち方面は不向きに見える。ただでさえ苦手な仕事を、十年で急に伸し上がったからには百戦錬磨の男とやり合うんじゃ厳しいはず。そこにこんな関係ない話持ち込まれたら、そりゃ不機嫌にもなるわ。
「なるほど、てことは、俺はそれに向かうために首枷外されたと……」
「当然だ。そんな場所に首枷付けた相手なんぞ行かせられるか。礼服は用意したから、さっさと風呂に入って着換えろ」
礼服なんぞどこで仕入れたのか、ああ商業の街だったら大抵のものは揃うかと一人ごちると、風呂場へ向かっていった。風呂があると聞いて驚いたものだが、五右衛門風呂そのままだったので最初入る時はかなり勇気が必要だった。これまでは外で焚く側だったが、ヘレナが入浴中なんとか覗けないか試して露呈しかけたのはいい思い出である。まだ諦めてないけど。
そういうわけで、冷たい水で濡らしたタオルばかりだった身に沁み入った風呂を早々と済ませ、あつらえたようにピッタリな礼服に着替えると、どこからともなく失笑が。……まあ、確かに似合わないなこれは。サイズは何故かピッタリだけど。
そうして、疲れ顔のヘレナたちと馬車に乗って一路ゴルド・ライノス城へ。『マンタ』じゃなくてよかったと安堵しつつ、舗装されていても揺れる馬車に少し気持ち悪くなってきたので、会話で誤魔化すことにした。
「……なあ、ヘレナ」
「なんだ」
ぶっきらぼうを通り越して冷徹な態度をされたのにさっそく後悔したが、もはや後戻りはできない。ていうか、この空気のままいるのはもう限界だ。
「あの、さ……会談とか会合とか言ってるけど、結局何をそんなに揉めてるの?」
ギロ、と横にいたグレタにものすごく睨まれた。「ひぃ」なんて情けない悲鳴を上げてしまった。
ヘレナはというと、深々とため息をついたのみ。
「え、あの……」
「……別に何も揉めていない。むしろ、何もないからこそこんなにも留まっているのだ」
「は、はい?」
意味が理解できなかった。何もないからむしろ留まらなくてはならない?
「今回我々が訪れたのは、表面上は周辺の賊退治や治安維持などついているが、その実体はジャクソン殿に対する威圧が大きいのはわかってるな?」
「まあ、それなりに」
「だが、そればかりではない。例のライノス周辺での不穏な噂の真偽を見極めることもある」
不穏な噂って、例のクーデターとか云々か? んなもん、親衛隊が調べることなのかね。
「無論私だって、そんなものはどこかの誰かがやっかみで流した噂だと笑っていた。が――あの男、どうも腹に一物あるように見えてならんのでな」
「で、自分が納得いくまでここに留まって確認することにしたのか」
「ああ、だが……」
「……収穫ゼロ、と」
引き継いだその言葉が、あまりにも的を得すぎていたようで、小さく舌打ちされた。おれはどうしてこう一言多いんだろう。
とにかく事情は察した。クーデターが眉唾であれ、何かしら隠しているフシのあるジャクソンの腹の内を探ろうとあれこれしているが、あの親父なかなか曲者でのらりくらりと躱され尻尾を掴めず困っていたのだろう。そこにこんな話が舞い込めば、訝しみながらもとりあえず応じたくもなる。
まあ、そんな期待されているようではないがね――と内心失笑した。ヘレナもグレタも、これが打開策になるなど期待していない。どっちかというと迷惑がっているし。
それはそれで構わない。そもそも何もしていないんだし、これくらい安いものだ。
――もっとも、あいつと再会するのは御免こうむるがね……
鼻を潰した野獣女を思い出し、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「……金ぴかすぎる。ここはどこだ、黄金展でも開いているのかこの美術館は?」
「美術館ではない。そうキョロキョロするな一……じゃなかった、ヴェック。こっちではきちんとそう名乗れよ」
小声で耳打ちされ、勿論と応じた。親衛隊でヴェックと呼ばれるのは滅多にないからつい忘れてしまいそうにはなるが。
ともかく、どこかの西洋館を無駄に豪華絢爛にし過ぎたその屋敷に驚かされるばかりだった。なるほど、こんなとこで毎日会談なんぞしとったら機嫌も悪くなる。もしかしたら、そういう効果を狙っているのか?……いや、さすがにそれは考え過ぎか。
「……それでさ、何すればいいの」
「適当に受け答えしていろ」
いやそんな投げやりな。オールアドリブという一機がもっとも嫌う展開を懼れるのは無理もなかったが、ヘレナ自身どうしたものか決めかねているのは承知だったので何も言えない。
どうしたものか……不安に押し潰されそうになり、ついつい持ってきたアクセをいじってしまう。
「うん……なんだヴェック。その小さな鍵は?」
「え、あ、いや、鍵じゃなくて、アクセサリーなんだけど……」
「はて、お前そんなもの持ってたのか? 鍵型の銀細工とは、お前らしくない趣味だな」
そりゃ俺のじゃないからな、と説明する気にはなれなかった。
「しかし、そんな小さいものを丸裸で仕舞っているのはどうかな。ほら、ちょっと貸してみろ」
ひょいと鍵を摘み上げられた。何かと思ったが、自身の首にかけてあったネックレスを取り出した。
「ちょっ……!」
何をするか察したのだろう、それまで憮然とした表情でこちらを覗いていたグレタが言葉を失う。
そんなグレタを相手にせず、ヘレナは取り出したネックレスの鎖を外し、鍵のアクセを通して一機に渡した。
「ほら、首にかけとけ。大事なものなんだろ?」
「え? いやそんなことは……」
「大事なものでなかったら、不安げに見つめていじくるか。無くしたらどうする、ちゃんとかけとけ」
「それはわかるんだけど、でもこれは……」
一機が躊躇うのには理由があった。元々ヘレナの首にかけられていたネックレス鎖だけのわけはなく、既にアクセサリーのようなものが通されていた。
なんだろうこれは。少々黒ずんでいるものの、同じ銀細工のようだ。変な形をしている。王冠に、剣が突き刺さっているような……あれ、どっかで見たなこのマーク。王冠にはパチンコ玉程度の石が埋められて――
「ヘレナ様、それは……!」
「いいんだ別に。お守りというのは、非力な人間が所持してこそ意味がある」
非力、と断言されいい気分はしないが、事実ではある。しかしグレタはどうしてこんな動揺しているのか、なにかすごいものなのかこれが? そういやヘレナは王家の血筋だし……
「やあやあ、遅くなって申し訳ありませんな」
唐突に響いた場違いな声に、皆一瞬身構えた。
「おや、君が例の子かね。先頃はうちの馬鹿娘が失礼をした」
「い、いえ……」
馬鹿娘の言葉を出されるまでもなく、特徴的なオールバックと無駄にきらびやか衣装で領主ジャクソンだとわかる。ブラウンの瞳が、好色そうにジロジロ体を見回されてキモい。
「本日はすまないね、呼び立ててしまって。娘のことをきちんと謝罪していなかったのにやっと気付いて、はは、すまなかった」
「いえ、こちらも悪いですから……」
なんとか返事をする一機だったが、その実ジャクソンという男を理解できず困っていた。まさか本当に謝罪だけで呼んだわけではあるまい。ならば、何の用なのだ?
「いやいや、全ては私の不徳の致すところ、本当に悪かった。ええと……そういえば、名前を聞いていなかったね。なんて言うのだい?」
「あ、はい、ま……ヴァン・デル・ヴェッケンと申します」
「ヴェッケン……?」と少々いぶかしんだ様子だったが、すぐに笑顔を取り戻した。
「そうですか。ではヴァン君とでもお呼びしましょうか」
「あーと、ヴェックとお呼びいただけると」
「ほう? ではヴェック君か。しかし、君はどう見ても男のようだね」
……なるほど、そっちか。そっちが気になって呼んだのか。
「この男は正式な親衛隊の者ではありません。ちょっとした事情でいるだけの雑用要員です」
すかさず返したグレタはやっぱり冷たい。やはり認められていないんだなあ。
「ああ、そうなのですか。いや、親衛隊は女性限定だと有名ですから、少し戸惑ってしまいまして」
「別にそんなことは、隊の規約にも書いてありません」
竹を割ったように、だったか。キッパリ断言したヘレナに、周囲が固まる。
「私としては、男だとか女だとかで親衛隊の隊員を決める必要はないと思っています。確かにヴェックは正式な手順を踏んだわけではない見習いですが、それでもただの親衛隊隊員として扱っております」
グレタはもう、横から見ても顔を真っ赤にしている。ジャクソンはしばらく固まっていたが、やがて会心したのか笑みを戻した。
俺のほうはというと、こう――なんだかよくわからないが、胸が締め付けられるような、ジンと熱くなるような感覚が、その。って何考えてんだ俺は!?
「……なるほど、わかりました」
何がわかったんだろうこの人。優秀な商売人の考えることはわからん。
「さすがはシルヴィア十七世のご息女ですな。その堂々とした態度、王家の血の為せる業、ですか」
「今の私は親衛隊の隊長でしかありません。シルヴィアの血は関係ありません」
「そうですかな。私にはそうは見えませんが」
……なんか、空気がどんどん重くなっていくのを感じる。一機は寒気を覚えた。
ホント何をしたいんだ、このオッサンは。目吊り上ってるぞヘレナの奴。わざわざ怒らせるようなこと言って、どういうつもりだ。
「ふむ……まあいいでしょう。それでは、本題に入りましょうか」
雰囲気が変わった。そんな気がして、思わず姿勢を正した。
「それで、聞きたいことはなんでしたかな?」
「……何度言わせればわかるのです。そちらが行っている取引のことについてですよ」
「ヘレナ様、それこそ何度も申し上げたではないですか。確かにここは私の領地ですが、メガラ大陸にとっては麦粒にも満たない土地でも、人が歩くには広大なのです。その中を歩く人間の流通を全部見渡すなど不可能ですよ」
「では、シルヴィア王国を介さない霊石や『ディダル』全身骨の発掘にも?」
「はい、まったく。もっとも、そんなものが本当にあればの話ですが」
……なんて受け答えが延々と続いた。ヘレナの詰問をのらりくらりを避けていくその様はさながらコンニャクのよう。所詮噂話の域だから、ヘレナもそれ以上は何もできず、牽制し合ってもヘレナだけが体力を消耗するだけだった。
なるほど、こら腹立つわ。根っからの騎士として正直者で一本気、おまけにお嬢様だからこういったタイプは大の苦手だろう。いい様にあしらわれたらムカつくのは当然だ。
そうした口角砲を一方的にどれだけ撃ったか、敵に一発も与えられず弾切れとなった。
「――おおっと、申し訳ない、これから取引先との大事な交渉があるのでした」
「またですか、ジャクソン殿。昨日も一昨日もそうだったでしょう。仮にもシルヴィア王女であるヘレナ様を差し置いて、それより重要な事柄など……」
「いい、グレタ」
「ヘレナ様……」
グレタは憤慨するものの、それ以上は何も言わなかった。グレタ自身、もう終わりだなと感じていたはずだ、納得しているかはともかく。
「それでは、私はこれで失礼させていただきます。あ、そうそう」
部屋を出る直前、思い出したようにジャクソンは戻ってきた。
「よかったら、今日はカールで祭りがあるですが、是非来てもらえませんか? 無論お忍びでも結構ですが、ヘレナ様がお出でになったと聞くと、都の民も喜びますので」
「――ええ、暇があれば是非に」
――何が喜ぶだ。どいつもこいつも馬鹿にしてるじやねえか。そんなとこ行ってどうするってんだ。
重い雰囲気のまま、今回の会合も時間を無駄にしただけで終わった。
部屋を出るとき、思いっきり息を吐き出してグレタに後頭部を殴られたのはさすがに情けなくて誰にも話せなかった。
「……でさ」
「あん?」
いや、あのグレタさん、そんなでさくらいで「殺すぞ」視線するのやめてくれません? 帰りの馬車に揺られながら、一機はいい加減泣きそうになった。
「今日の祭りっての……」
「……行くわけないだろ」
ヘレナ、疲れ切った表情で吐き捨てるように言った。そりゃそうだろう、あんだけ馬鹿にされてしかも皆から嫌われてるのわかってるのに、わざわざ行く奴がいるわけない。
「……いや、待て」
「なんですか、グレタ様」
「……行ってもいいかもしれんな」
何を思ったか、百八十度真逆な言葉に二人は目を見開く。
「な、なにを仰います! ここの連中の態度は知ってるでしょう!? むざむざ訪れたりしたら、何をされるか……」
「無論私は行かないさ。ただ、隊の者を行かせてやろうとな」
「……隊の者を、ですか? どういうことです?」
「気分転換だ。皆慣れない土地で、宿舎に閉じ込められたまま三日過ごすというのも辛いだろう。少しくらい慰労してやらんとな。それに……」
そこで一旦切り、少し躊躇いがちに視線を泳がせた。
「ヘレナ?」
「その……隊の空気が重いのでな、それを少しでも晴らせればと思って、だからな」
――それは、あなた方が不機嫌なのを感じ取ってるからだと思いますが。
なんて言う度胸が一機にあるわけもなく、とりあえず気になることを一つ。
「あのー……俺はそれに行っても」
「ダメだ(です)」
やつぱりか。がくっと首を垂れる。
幸いにも首枷鉄球は再開されなかったものの、特訓は続けられた。
隊の連中が遊びに出かけたというのに、自分だけこんな扱いは辛い。……まあ、街中で乱闘した馬鹿には当然の処置か。
「だああぁ……」
何にせよ、ドッと疲れた。今日はいつもより早く終わったので、寝袋にくるまり、緑の香りをいっぱい吸い込んで寝ることにした。
「……でも、この扱いだけは酷過ぎると思うんだ、うん」
じわりと涙が滲んでくる。宿舎があるのに俺だけ野宿である。ここのどこが楽園じゃい。
元はきちんと、とはいえ一番小さい物置みたいなとこに寝床は確保されていた。しかしやはりあの乱闘のせいで懲罰として没収され、外で寝袋一枚で寝させられる羽目に。外といっても、宿舎の庭の中なので安全ではあるが、この凄まじい疎外感を帳消しにはしてくれない。
――疎外感、か。
思えば、あっちでは疎外感なんぞいつも感じていた。むしろ疎外されていないことが平常であり、麻紀は例外中の例外だ。鉄伝でも過剰なまで敵視され、見敵必殺だったからそれ以前の問題。
「ま、こっちもチャットすらせずただ撃破してたから、お互い様かな……ん?」
ふと、空を見上げていると、隣の屋根に影が見えた。
猫かと思ったが、それにしては影が大きい。あれじゃ人間サイズだ。
その影、おそらく人間が、屋根の上を歩いていた。しかもフラフラで。あれが千鳥足か、と判断した途端、冷たいものが体を走った。
――おいおい、酔っ払ってるのかよ……!?
寝袋から這い出て、向かおうとするが、塀があるから傍へは行けない。こんな高い塀をよじ登れる力なんぞ無いので、門から出るしかない。
幸いにも、門番の類は誰もいなかった。本来なら数人張ってなければいけないのだが、さすがに祭りに行って出払っているし、そんなムードだから油断があってどこかに行ってしまったらしい。何にせよ、自分には僥倖。すぐさま飛び出した。
三階建てほどの西洋家屋の前に立つ。いた。まだフラフラしてやがる。その手には酒ビンのようなものが。やっぱ泥酔中か。屋根に上がるなんてとてつもなく酒癖の悪い奴だな。
んなことはどうでもいい。早く助けねば。ああでもどうしよう。大声で叫ぶか? いやそんなことをすればかえってバランスを崩して落ちるかも。誰か助けを……誰だ、ここに知り合いはいないぞ。第一見たところ祭りの中こんな外れにいる奴なんて存在するか。いっそ下で受け止め……即死するな、俺が。
なんて考えあぐねているうちに、
「あ」
酔っ払いの体がグラリと傾いた。その体はこの世界にもあった重力に縛られ、大きく地面に……
「ふおっと!」
ぶつからなかった。
「え?」
一機は、自分が見ているものを理解するのに数秒を費やした。
その酔っ払いは、グラリと傾いた瞬間屋根を蹴り飛ばし跳躍、近くの木に飛ぶと体を回転させてまた蹴り上げ、その力を利用して壁面へ――を繰り返し、見事な三角飛びで地面に着地した。
香港映画さながらの光景に口を開けて硬直するしかない一機に、酔っ払いが気付き寄ってきた。
「あん? 何見てんだ……あ」
「あ」
紅潮させた顔が硬直した。
酔っ払いの正体は、三日前一機とケンカして鼻血を吹きだしていた自警団のエミーナだった。
「……ええと」
どうしたものか。一機は困惑する。
普通に考えれば、すぐさま逃げ出すべきだろう。なんせこっちはケンカして鼻血を噴出させてしまったのだ。いい印象を持たれているわけはない。むしろ今この場で殺される?
「あん……なんだてめえ」
「え?」
酔って焦点が合わない目をされた。しめた。こいつ気付いてない。今のうちに脱出を
「あ……この前俺にケンカふっかけた親衛隊のおいこら待て、何全速力で逃げようとしやがる」
終わりだ。そう確信した。殺される。間違いなく。涙目で、走馬灯を見た気がした。
「……まあ、それはいいか」
「え?」
呆れ顔のエミーナは持っている円形のボトル――1ガロンボトルとかいうのじゃなかったっけ――に口をつけた。
「今更あんな馬鹿なことで騒いでもなあ。祭りにケンカは付き物だけど、せっかくいい気分で酔ってんだ、つまらんケンカすんのもめんどくせえ」
……意外とわかる人だねこの人は。まあ、考えてみれば一応自警団の団長だしな、と一機はホッ一安心した。
「だけどこんなとこで貴様に会うとはな。酒の肴だ、付き合え」
ああやっぱり悪漢だ。というより勝手な方だ。ただでさえ首をチョークスリーパーの要領で掴まれて苦しいというのに、身長差がありすぎるので必然背中を丸める形になるので、腰も痛くて苦しい。
でもなんかむにゅって、小さいながらむにゅって感触が……あれ、なんか違和感を感じる。触り心地がどうも。
「おら、抵抗すんな。さっさとこっち来い」
「いやあの、ワタクシ帰らないとまずいのですが」
「何言ってんだ夜はまだまだこれからだろうが。ほら、お前も飲め」
「あの、ワタクシまだ十七ですので……」
「だったらなんだ」
……そりゃ、未成年者飲酒禁止なんてこっちにあるわけないか。口実もなくなったし、酒は別に嫌いではないので受けることにした。
コップなんてものがあるわけもなく、ビンに間接キッスは避けようとシャツで注ぎ口をゴシゴシ拭いてから口元へ近づけ……って
「え、これって……」
1ガロンボトルから漂うこの香りは……ポン酒!?
「あん、なんだライズ酒は嫌いか?」
「な、なんすかライズ酒って」
「この国の酒と言えばライズ酒だよ。米原料にした酒」
まるきり日本酒ではないか。
「あの、ブドウとか果実酒はないんですか?」
「はあ? ねえよんなもん」
呆気にとられた。所変われば品変わる、世界が違うのだからブドウ酒がないのは無理なしとしても、まさかポン酒があるとはねえ。騒いでも仕方ないか。飲もう。
「んくっ……大して美味くないな」
「なんだと?」
しまった口が滑った。いや俺元々ポン酒ってそんな好きじゃないし。
「ふん……憎たらしいガキだ。このエミーナ様にそんな口叩きやがるのはお前が初めてだ」
と言うと、ボトルを奪ってグビグビ飲んでいく。あまりに漢らしい飲みつぷりに、間接キスより急性アルコール中毒にならないか一機は心配した。
「ぷはぁ……カズキ、だったか? お前、親衛隊だってのはホントか?」
「ああ、はい。見習いみたいなもんですけど」
「ふん、何がちょっと田舎から来た旅人だよ。王都が田舎だったら、ここは魔境だぜ」
「いやでも、田舎出身というのは本当でして……」
別に間違っていない。群雲市も決して都会とは言えないところだった。もっとも、こいつらの視線ではあっちの世界ならどこでも田舎だろう。しかも貴族だし。
「けっ、どの口がほざきやがる……でよ」
「はい?」
「お前ら、いつになったら帰るんだ?」
「う、や、それは……」
そんなこと、わかるはずがない。特に会合での様を見せつけられた身としてはんなことこっちが知りたいわと叫びたくなる。
言い淀んでいると、「へっへっへ」と女とは思えない下卑た笑いをされた。
「やっぱ上手くいってないのか。まあ領主としちゃいいのかもしれねえか、人間としちゃ最低だしなぁ。成金趣味だし、女癖は悪いし」
「悪いの? 女癖。よくそんなんで領主に慣れたな、シルヴィアは女系国家なのに。あ、酒くれ」
「あいよ。知るかんなこと。たまたま他に空きがいなかったんだろ。親族誰もいないし。ま、俺だって娘じゃなきゃとうに縁切ってるがなあの変態親父が」
「んくっ、んくっ……ずいぶん嫌うじゃないか、父親なんだろ?」
「ああん? だからなんだ、父親だからって最低なのは最低なんだからしゃーねえろうが。そういうお前は父親好きなのかよ?」
「え、そ、それは……」
絶句してしまう。
別に嫌いではない。と言って好きでもない。
というより、好き嫌い以前の問題。ほとんど覚えていないのだ。
俺が赤ん坊のころ死んでしまった母を覚えていないのは仕方なかろう。しかし、実は父も顔すらろくに覚えていない。せいぜい写真程度だ。
かわりに覚えているのは、その後ろ姿。
仕事をしているのだろう、こちらに背を向けて机に座り、カチカチとキーボードをたたく音をさせて、こじんまりとした背中を時々揺さぶって。
俺もそうだが、元々体格も大きくない上に猫背なタチで、その背中は一層小さく見えた。肩をピクピク揺らして、時々鳴る電話にオーバーリアクションで反応し、「すみませんすみません」としか受け答えしない電話をする。いつもそうだった。
だいたい、的場冬樹と言えば世界的大作家だが、その内面どころか顔を知っている人間も少ない。テレビにも雑誌にも載らない覆面作家なんて呼ばれていたが――実際は、あの貧相な顔出したら本が売れなくなること確実だからだろ。
とにかく気の小さい人だった。いつも何かに脅えていて、ビクビクしながら過ごしている。稼いでいるはずなのに群雲なんて田舎でボロい借家住まい。アパートじゃないのは近所の騒音に怯えたくなかったからだと今ならわかる。車も持っていなくて、近所のアパートに食料品を買う以外一切外へ出なかった。おかげで、授業参観って何の日か知ったのは中学生のころだ。
なんであんな人が小説ジャンル無しで名作ポンポン書けたのか、一機にとっては未だに謎だった。一冊も読んではいないが、まあどちらにしろもう読めないか……
「――い、おい!」
「ん? え?」
「えじゃねーよ、何無視してんだこら」
「え? 話かけてました?」
「ったく、何ボケてんだ」
いかん、思ったより深く考え込んでいたようだ。まったく情けない、もう十年以上前だってのに……
「で、ところでワタクシのチョークスリーパーの体制を維持したままどこへ連れてく気でしょうか」
「あー? どうせ暇なんだろ? せっかくの祭り、無礼講だ。楽しまなきゃ損だろうが」
「いや、ワタクシは帰らないとまずいというか、そもそも三日前に暴れたばかりだし……」
「だから、祭りの会場なんか行かねえさ」
「へ……?」
何のことかわからなかったが、エミーナは答える気ゼロの様子でただ腕を首に回したまま引っ張り上げる。なんか匂いが、甘い匂いがするような……
視界がおっぱい(ほとんどないけど確かに柔らかい感触がする)に塞がれつつ周囲を確認すると、言ったとおり喧騒とはどんどん離れていってる様子。てか、祭りの日だってのにちょっと外れるとほとんどゴーストタウンになるな。
そのことをエミーナに聞くと「当たり前だろ」と返された。
「ここは商人の都なんだ。大抵の奴は出稼ぎに行ってるから基本的にスッカラカン。昼間ここで店出してるのも、ほとんど外の人間だぞ?」
「え……でもここって商業都市として人が集まるんだろ? 出稼ぎなんかしなくても」
「ここにいちゃ売る商品がなくなるんだってさ」
「あ、そういうこと……」
もっともな気もする。それでなくてもこの世界には迅速で安全な輸送手段なんてないだろうし、外へ行かなきゃ売ることも買うこともできないだろう。つまりここは単なる拠点ということか。
「それはわかったけど……だから、どこ行くのさ」
「もう着いた。ここここ」
と促されるまま顔を上げてみると、そこには……
「え、ちょっ、ここ、ライノス城じゃないか!」
ゴルド・ライノス城。今日も訪れた領主の館にしてカール最大の建造物。その名に恥じぬ佇まいは、夜闇に染まっても健在だった。
「お、おい、こんなとこ来てどうすんだ、俺みたいな部外者が入っていい場所じゃないだろ。まさかここで飲もうなんて」
「なわけねだろ。こっち来い」
と言うと、正門を離れて影のほうに入っていく。んー、これは裏門ってやつか?
「お、おいおい、入っていいのかよ」
「アホかお前。俺は領主の娘だぞ。フリーパスに決まってる」
そりゃそうだ。どうも臆しているみたいだな。落ち着け俺。
「それはいいけどさ。だからどこ行くのよ。お城の地下室にワイン蔵でも?」
「さっき言ったろ、そんなものはない」
「それじゃひょっとして、例の『マヨイガの秘宝』を見せてくれるのか? 気前がいいねえ、見習いにも満たないと言っても親衛隊隊員にそんな隠し財宝くれるなんて、密告されても知らねえぞ。んくっ、んくっ……」
「あ、てめえ遠慮なくしてきやがったな……誰が見せるか、んなもん。あんな与太話信じるなんて、お前も結構ガキだな」
「与太話だあ? いったいどういう……あの、つまみかなんかない?」
「ずいぶん酔っ払いやがったなおい……顔赤いぜ? ほら、干し魚だけど」
腰の布袋から引っ張り出された小さい木の端みたいな硬い肉を渡された。
「あどうも……うわ臭っ! なんだダシ臭いなこれ!」
かなりアルコールが回っていた一機の頭が少し晴れる。その匂いは、醤油や味噌ではなく冷蔵庫に入れてそのままにしていた生魚の臭いに少し似ていた。
そういや、親衛隊でバター代りに(驚いたことに、この世界乳製品がない)パンに塗ったくっていたペインとかいうソースがこんな感じだった。あれも何かを発酵させた物らしいから、同一の代物だろう。臭さは別物だが。
「食えるのかよ……んむっ、んむ……あ、なかなか美味いな。ちょっとクセあるけど」
「おお、そっちだけは味覚を共有するか。おら、酒飲め」
「ああどうも……てなんすか、その見るからに隠し扉みたいなの」
「みたいなじゃなくて隠し扉だがな。ほら、さっさと入れよ」
城内の庭、木陰に隠れた地下室らしき場所への扉に、一機は恐れつつも酔った勢いで入っていった。
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