前門の虎、後門の狼 <年子を抱えて>

前門の虎、後門の狼 <年子を抱えて>

渡来侍 ~ヨーグルトの国の貴公子~




 ブルガリア出身の2メートル力士としてデビュー当時から話題を呼んだ琴欧州は、端正な顔立ちもさることながら、史上最速、11場所目での幕内昇進など、数々のスピード出世記録を打ち立ててきた。平成14年九州場所で初土俵を踏んでから一度の負け越しもなく(ギリギリの勝ち越しすらないに等しく)、この春場所はとうとう新三役に昇進した。

 しかし、さすがのワンダーボーイも入門以来、初めて追い込まれた。先手をとっても、詰めが不十分である。レスリングで磨いた格闘技センスと恵まれた体格だけで上がってきたのか、絶対的な型がない。まだまだ定石が身についていない印象を受けた。もっとも、1年前は幕下だったのだから驚くほどの進歩なのだが…。あの朝青龍でさえ小結時代には負け越したのだから、ここで壁にあたるのもいい勉強になるだろう。

 ところで、外国人力士が急増し、彼らの活躍がめざましい現在の大相撲だが、そのパイオニアとなったのが元関脇の高見山(現・東関親方)である。昭和39年、ハワイから高砂部屋に入門した高見山は、言葉も習慣も違う相撲界で必死になって稽古に励み、やがて外国人力士として初の優勝を遂げるまでに成長していった。その高見山が新弟子時代、もっとも苦しんだのが股割りの稽古である。激しい格闘技である相撲では怪我を未然に防ぐ意味からも体が柔軟でなければならない。そのためにも股割りの稽古は避けては通れない必須科目なのだ。ところがハワイ出身で椅子の生活に慣れ親しんでいた高見山は、当時あぐらもかけないほど下半身が硬く、股割りの稽古が大の苦手であった。足を開き、体の大きな兄弟子にグイグイと背中を押されての股割りは想像を絶する苦しみだった。あまりの辛さからこぼれ落ちる涙をぬぐい高見山はこう言い放ったそうだ。「涙じゃないよ。目の汗ね」と。この時の苦労に耐え抜いたからこそ高見山は名力士となり、ひいては外国人力士のパイオニアともなったのである。

 琴欧州も、辛い日々が続いた。まず言葉がわからなかった。友達なんて1人もいなかった。日本食、特に白米を食べるという習慣に馴染めなかった。稽古も厳しかった、本当に何もわからなかった。ましてや、無理偏にゲンコツと書いて兄弟子と読むような、独特のしきたりをもつ大相撲の世界である。「ブルガリアに帰ってもやることなんてないし、大学にはもう戻れない。日本で相撲を取るしかないんだ」辛い毎日だった、歩いて国まで帰ろうとまで思った。だが、もう帰る場所はない…。何事にも不退転の決意で臨むしか選択肢がなかった。

 外国人力士は概してまじめで、師匠や兄弟子のいうことをよく聞いて一生懸命稽古し、挨拶もきちんとする。親思いで仕送りをしている力士も多い。琴欧州もその一人である。横綱審議委員会の稽古総見では、露鵬(ロシア出身)が負けて悔しがっているのを見た朝青龍が声をかけ、稽古をつけるシーンがあった。稽古で負けて悔しがる日本人力士はいないだろう。日本人力士が忘れてしまった相撲道をしっかりと受け継いでいるのは外国人力士ではないだろうか。だからこそ、彼らはどんどん強くなる。

 外国人力士の台頭は、日本の少子化や相撲人気の低下で新弟子が大幅に減少していることも影響している。若貴フィーバーに沸いた平成4年春場所の新弟子受検者は史上最多の160人だったのに、最近は50人そこそこという有様である。国内で有望若手の発掘が難しくなり、親方衆は「金の卵」を海外に求めるようになった。海外スカウトの流行に危機感を持った日本相撲協会は外国出身者を各部屋原則1人に制限したが、規制しても流れは止まらない。1人枠を有効に生かすため、海外からの入門者を選りすぐるようになり、逸材がさらに多くなった。

 平成15年初場所では、幕内までの6階級のうち、序二段を除く5階級で外国人力士が優勝した(ちなみにその時の序ノ口優勝が琴欧州)。英国紙は「SUMOが日本人だけのスポーツというのは過去のことになった」と、大相撲の国際化を興味深く伝えた。高見山の十両昇進が昭和42年、その後も外国人力士は小錦、曙、武蔵丸らハワイ勢が主流だった。多国籍化を進めたのが大島親方(元大関・旭国)だ。モンゴル人の足腰の強さに注目し、旭鷲山や旭天鵬を育てて状況が一変、この流れに朝青龍が続いた。

 現在、出身国別で一番多いのはモンゴルである。無敵を誇る横綱朝青龍を始め、無限の可能性を秘め将来の横綱候補といれる白鵬、ベテラン旭天鵬と旭鷲山、若手の朝赤龍、安馬、時天空と、幕内だけで実に7人もいる。幕下以下にも有望な力士が多く次の関取の座を狙っている。ヨーロッパ勢では琴欧州の他、黒海(グルジア)、露鵬(ロシア)が幕内で活躍し、露鵬の弟である白露山は新入幕を狙える地位まで来ている。この他、ヨーロッパ出身力士としては、幕下に把瑠都(エストニア)、隆の山(チェコ)、阿夢露(ロシア)、三段目に大露羅(ロシア)、風斧山(カザフスタン)がいる。また、つい最近琴欧州を慕って入門した青年はハンガリー出身らしい。他にも、幕内の春日王(韓国)、三段目には中国、ブラジル、トンガ出身の力士もいる。

 外国人力士の大躍進は大相撲の国際化を象徴する一方、「国技の衰退」と懸念する声もあるようだ。しかし、私に言わせれば、チャンチャラおかしいと思う。一時に比べると人気が落ち込んでいる大相撲だが、それでも多くの人々から応援されているのは、外国人力士の活躍によるところも大きいのではないだろうか。彼らがいなかったら、人気はもっと落ち込んでいたのではないだろうか。私は、通訳が付くわけでもなく、特別待遇などは一切ない中、自分の力を信じ頑張っている外国人力士たちを心の底から応援している。そして尊敬もしている。日本人でも苦労する封建的な相撲界、言葉も文化も違う外国人力士にかかる重圧はいかばかりか。その中で力を発揮するということは並大抵の努力ではないはずだ。外国人といっても、大金を払って連れてきたプロ野球の4番打者とはまるで違う。彼らは、チャンコ鍋の番をしながら日本で育っているのだ。

 このままでいくと、関取の半分を外国勢で占める時代がくるかもしれない。これ以上外国人力士を入れるべきではない、と主張する親方もいるらしいが、国技に脈々と流れる純血を守りたいなどと言っていたら、土俵が活性化しない。国技として伝統を重んじる大相撲であっても、好むと好まざるにかかわらず、時代に合わせて構造改革していかなければならないのが実情だ。ビデオによる判定を導入しているのは野球なんかよりずっと進んでいると思うのだが…。

 あぁ、琴欧州がとうとう負け越してしまった。今までの、スケールの大きな相撲からは想像もできないような、見るに耐えない取り口と、落ち込んだ表情…。何が何だかわからないような状態で、自分でも気持ちの整理ができないまま連日土俵に上がっていたのだろう。しかし、この悔しさを忘れず、新たな気持ちでまた挑戦するだろう。大きく飛んで羽ばたくためには、今ここで負け越しの屈辱を味わうことも無駄ではないはずだ。頑張れ、琴欧州!

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