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帰宅して、息つく暇もなく夕飯の準備にとりかかっていると、電話が鳴った。学校からではないか。坊が何か問題に巻き込まれたのかとドキドキしてしまう(汗)。小姐の担任からだった。「お願いがあるのですが」と。来年度のPTA役員を受けてもらえませんかというお願いだった。えぇ、やりますとも。PTAをやるなら広報と決めていましたから。(1、2年の保護者は文化委員、3、4年の保護者は広報委員、5、6年の保護者は厚生委員と 属する委員会が決まっている)毎年1月に、来年度の役員をやれるかどうか確認のプリントが届く。私は、我が子が3、4年生にあたる 平成24~26年度にマルをつけて提出した。そのプリントには「お子さん1人につき1回は引き受けて下さい」と書かれているが、マンモス校であるため、6年間で一度もやらなくても 人数は足りるらしい。実際、なんだかんだと理由をつけ逃げ続ける人もいるとのこと。「仕事をしているから」なんて理由にならない。今時、働いている母親のほうが多いだろうに。とはいえ、月に一度の集まりは平日昼間だというから、これいかに。そういうこともあろうかと、有給は残してあるけど(1時間単位で取得できる)、まったくよー、みんながみんな専業主婦じゃないっつーの。かといって夜だと、子どもを留守番させるのが危なっかしいからダメだって?1~2時間くらい、どうにかならんかね。小学生なんだしさ。え?末っ子が小学生ならともかく、うちはもっとおチビさんがいるから困りますって?うぬぬー。要はアレだ、会合は さっさと進めてさっさと終わろうぜってことさ。
2012/02/17
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会社員時代の知り合いの息子さんが、天国へと旅立った。毎年いただく年賀状から、彼が重い病気を持っていることはわかっていたが、それほど親しい間柄でもなく、詳しいことは何も知らなかった。仕事を早くあがって、告別式へ。会場では「おかあさんといっしょ」の名曲や、アンパンマンの歌が流れていた。祭壇の横には、息子さんの写真を用いて毎年つくったカレンダーや、ぬいぐるみ、バルーンアートの動物、かわいいベビーウェアなどが飾られていた。未熟児で生まれた彼は、心臓の病気を持っていたらしい。何本ものチューブをつながれ、1歳半近くまで入院していた。自宅療養になっても人工呼吸器を装着し、口から食事を摂ることもできなかったという。告別式は神式で、開始時刻ギリギリまでお母さんに抱かれていた。写真でしか見たことがなかったS君、まさか こんなに小さかったなんて!生まれた時、医師からは「余命1週間」と宣告されたとのこと。それが、驚きの生命力で5歳4ヶ月まで頑張ったのだ。喪主として挨拶したお父さん(かつての私の上司)は、絶叫した。「病気の子の世話は大変だと思われるだろうけど、私も妻も幸せでした。息子の笑顔に、どれだけ励まされたことか!」花でいっぱいになったお棺に眠る幼子の顔は、笑っているように見えた。最愛の我が子に先立たれる親の気持ちは、身がよじれるほどつらい。でも、医師も「奇跡だ」と驚くほど頑張って生きたS君。「お父さん、お母さん、僕がいなくなっても悲しまないでね。僕の人生は短かったけど、優しい愛に包まれて幸せだったよ。ありがとう」安らかな顔は、そう語っているように見えた。
2011/01/17
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妹(次女)が、彼氏の後を追って東京から沖縄へ移ったのは3年ほど前だっただろうか。仕事命の妹には結婚願望がないように見えた。しかし、そこまでするということは…。つきあっている彼は東京生まれ東京育ちだが、両親は沖縄出身である。沖縄にいる親戚(本家)の事業を継ぐために 彼が沖縄へ行くことになり、妹もついて行く形になった。沖縄では同棲しているという。我が家の両親は、そういうことは許しがたい、早く籍を入れなさいと口を酸っぱくしていたが、妹は昔から親の言うことなどろくに聞かない娘なので、そのままできてしまった。しかし ここへきて、ついに両家の顔合わせをおこないたいとの話がまとまり、本人たちは沖縄から、彼の両親と兄は東京から、愛知県内の某温泉へ集まった。そこに、私と妹(三女)も呼ばれた。両親と妹(三女)は、2年前に中日の沖縄キャンプを見学に行ったついでに彼に会っている。会ったことがない、写真すら見たことがないのは私だけだ。沖縄の人ということは濃い顔立ちなのだろうと思ったら、やはりそうだった。とてもしっかりした考え方の持ち主。妹よ、なかなか見る目があるじゃないか~!お父さんもお母さんもお兄さんも感じのよい人たちだった。東京では、大学病院の精神科病棟に勤務していた妹。沖縄に移って最初の頃は、役場で健康診断に携わっていたが、すぐに退屈になり、やはり自分には病棟が向いている、と 重病の子ばかりが集まる小児科病棟で働くことになった。この病院は嫌だな、とか この先生の考え方にはついていけないな、などと思ったことはあっても看護師の仕事を嫌だと思ったことは一度もないという。そして、カウンセリングの勉強もしたくて、通信制の大学で学んでいる。病棟勤務だけでも大変なのに、プラスアルファの勉強までして、我が妹ながら尊敬している。そんなに仕事仕事で、さらに寝る時間まで削って勉強していたら、結婚どころじゃないだろうと思ったけど、彼もまた、妹の向上心を尊敬しているという。1月に入籍するとのこと。まだかまだかとヤキモキしていたけど、決まってよかった!ちなみに、挙式は未定。石垣島で、伝統にのっとった盛大な式をするしきたりがあるからお金をン百万ためないといけないんだってさ~!
2010/11/21
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おっちょこちょいが招いた昨夜の「事件」を、子どもたちは知らない。朝、湿布が貼られている私の右足について小姐に尋ねられたので、いきさつを話すと「痺れがきれた時は、少しの間じっとしていたほうがいいよ」だってさ。さようですね、はい。いや~、7歳の娘にそんなことを言われるなんて、情けない。坊は「こっちは痛くないんだな」とか言って、左足を踏みやがった。コノヤロー!朝一番で整形外科へ。怪我なんてしたことなかったから、整形外科へは初めて来たけど、さすが平日の午前中、高齢者ばかりでほとんどの人がリハビリ室へ入っていく。受付で渡された問診表に、昨夜のことを詳しく書いた。診察室へ呼ばれると、先生は問診表を見ながら「その状態で立っちゃったわけだ…。法事で長い時間正座していて、立とうとした時 足がグキッとなって骨折する人がいるけど、それと同じかな」ええーっ!私の骨も折れているというのですか!あの鈍い音の正体は骨折!?レントゲンで確認した結果、やはり折れていた。(ひびが入っている程度らしいけど、医者は「ひびが入る」とは表現しないらしい)「本当は、ギプスで松葉杖が一番いいんだけど、お子さんがいらっしゃるし、仕事もしているのでは、そうも言ってられないでしょう。家ではギプスで固定するとして、外ではジョギングシューズのようなフィット感のある靴をギプスがわりにして下さい」とりあえず足の型をとってギプスを作って、装着のしかたを教えてもらい、車に載せてあるテニスシューズを持ってきて、それで仕事に行った。運転に使う右足だが、オートマだし 運転は可能だ(いつもより100倍慎重に!)。ただ、外回りは控えさせてほしいとお願いした。運転できても、行った先で びっこひいて歩くのはね~。階段とか つらいし。やってしまったことは仕方ないが、己のバカさ加減に呆れるばかりだ。いくら寝ぼけていたとはいえ、まさかこんなことになるなんて。立ち上がって体重がかかったからって、骨が折れる?そんなにヤワなのか?小姐には「お母さんは痩せっぽっちで肉がないから、骨を守れなかったんだよ」と慰められたがこれしきで骨折だなんて、私は骨が弱いのかもしれないな。年に一度の健診に行ったら、オプションで骨密度を調べてもらおう。骨折なんて、スキーで派手に転んだとか、そういう場面からしか想像できなかったのに、よもや 家の中で、立ち上がった拍子にだなんて。わたしゃ老人か?本当に骨が弱いなら、食べ物のせいかもしれないな。栄養を考えろ!牛乳を飲め!まったく、立て続けに ろくでもないことばかり起きているよ。7月にはギックリ腰になったし、9月には交通事故、そして今回が骨折だなんて。呪われているのか!今年は厄年か?(いや、違うはずだ)。まぁいいさ、嫌なことは全部今年のうちに済んでくれ。学童に小姐を迎えに行った時、指導員さんに「お母さん、その足!」と驚かれた。かくかくしかじか、と話すと「小姐さん、お母さんの手伝いしなくちゃね」。小姐は、洗濯物を取り込み、風呂を掃除し、坊のバスの出迎えもしてくれた。助かったよ!
2010/11/19
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秋も深まり、寒くなってきた。布団の中が最高と思える今日この頃である。子どもたちを寝かしつけようとすると、必ず自分も寝てしまう。そして10時過ぎにハッと目が覚める、ということが続いていた。今日もそうだった。あぁ、夫の食事を用意せねば、と思いながら半分寝ぼけ眼で起き上がろうとした。その時、右足が痺れていた。しばらくじっとしているべきなのに、何故か その状態のまま立ち上がってしまった。表現しようのない、なんとも鈍い音がして、激痛が走った。半分寝ていたのが一気に目が覚めたのは言うまでもない。もんどりうつようにリビングへ移動し、電気の下で両足を見比べてみると、5分、10分と経つにつれ右足が腫れてきた。これは只事ではあるまい!歩けるから、まさか骨折なんてことはないはずだけど、あの鈍い音は何だったのだろう。とにかく湿布を貼って、明日の朝一番で整形外科に行こう。
2010/11/18
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町内のお祭りでは、毎年 福引がある。一軒に一枚、券が配布され、三角クジをひく形式で、昨年は小姐がひいたら2等のホットカーペットが当たった。しかも、最初は2枚ひいてしまい(1枚ひいたつもりが くっついていた)、どちらかを箱に戻さなければならなかったので、余計にラッキーだと思った。しかし いつも小姐に託しては 坊が僻むと思い、今年は坊にひかせた。この福引は、いわゆる「スカ」はなく、一番下でもティッシュ5箱もらえるので、それでもいいや~と 正直期待していなかったのだが、なんと!坊がひいたのは3等だった。景品は あきたこまち5kg!いや~、君もなかなか運を持った男だね。しかも米を当てるとは、しっかり家計に貢献してくれて、ありがとう。<おまけ>子どもにはお菓子が配られるので、会場には子どもの姿が目立つ。見覚えのある顔が何人もいた。4年生の子たちに違いない。でも、学校で名札をつける義務がないみたいだから、名前はわからないんだよね~。授業中よく発言するとか、逆に うるさくて先生にたびたび注意される子だとなんとなく名前が覚わるけど、そうでない子はなかなか…。
2009/10/10
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七五三の前撮りをしたいのに、小姐の目の下の傷が気になってなかなかできなかった。ちなみに3歳の時もそうだった。まったく嫌がらせのような病気だ!(写真はデジタルだから、目立たないように加工してもらえるんだけどね…)その傷も、完治とはいかないが切開した甲斐あって かなり気にならなくなった。抜けてしまった真ん中の歯も、永久歯が生えたので笑っても穴は空かない。しかし、その横の歯がグラグラしているという。気になるのはわかるが触るな~!写真を撮り終わるまでは。月曜日に予約と衣装選び。今日が撮影である。お盆ならすいているかと思ったら、結構な混み具合で スタッフは皆 忙しそうだった。衣装選びでは、案の定 小姐は「お姫様みたい~!」と目を輝かせていた。坊は興味ないぜ~って感じで見向きもしないので、完全に私の好みで決めた。ヘアセットと着付けに1時間近くかかった小姐、かたや坊の身支度はたったの10分!丸刈りだからヘアセットもへったくれもないのだ(笑)。美容師のお姉さんにはエグザイルと言われたけど、いやいや、どう見ても一休さんだよ…数珠と木魚を渡したいくらいだ。黒の羽織に金の袴なので、夫が「タイガースカラーか…」とポツリ。数え7歳(6歳になったばかりだけど)として臨んでいる小姐はいっぱしのレディのようで、ドキリとしてしまった。馬子にも衣装(笑)。3歳だと被布があるし、いかにもかわいらしい感じだけど7歳は帯を締めるから一気にお姉さんっぽくなる。11月の本番(神社に行く日)は今日とは別の着物で、腰まである髪を日本髪にしてもらう予定なので、また違った雰囲気を味わえると思うとワクワクする。小姐はドレスも着たので、倍の時間かかったが、坊は文句も言わずに待っていたし(ビデオを見ていた)、疲れた様子もなかった。撮影中ずっと楽しそうだった。きっといい写真が撮れているに違いない。小姐が3歳の時に作ったアルバムは本当によくできていて、また同じものを作ってもらうつもりだが、今回は姉弟一緒に撮ったので(勿論1人ずつの写真もある)、仲良さそうなショットがあるだろうと思うと実に楽しみである。後日、写真選びに行くのが待ち遠しい。それにしても、坊が大きくて身長がほとんど変わらないから7歳と5歳に見えないな…。
2009/08/13
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ブログを始めたのは4年前の今日、坊が ちょうど生後半年になった日だった。小姐は2歳の誕生日を目前にしていた。嵐のような毎日だったので、細かいことはほとんど覚えていない。気がついたら坊は1歳になっていた、そんな感じ。朝から晩まで子どもにつきまとわれていたあの頃。早く幼稚園に行ってくれないかな…と思っていた。何度そう思ったか。しかし、そう思うたびに「産んだのは誰?」と、もう一人の自分が囁いていた。産んだのはまぎれもなくこの私。子どもが欲しかったから産んだ。ならば責任を持って育てなければ。親戚のおばさんなど人生の先輩たちには「今が花」と言われた。この状況が人生の花というなら、人の人生って一体何なんだと思っていた。育児で大変な時期に自分だけの時間をつくることはなかなか難しいが、敢えてそれをつくることが、心の健康につながると思った。昔から書くことが好きだったので、ブログを始めた。文字として表すことで、ボヤボヤしていた気持ちがはっきり見えてきて、かえって落ち込んでしまうこともあったが、記入率は90%を超え、今日まで続けてきてよかったと思う。あんなに小さかった子どもたちも、今や年長と年中。私は一気に楽になった。肉体的には勿論、精神的にもかなり余裕ができた。しかし、のんびり構えていて希望どおりの人生が送れるほど世間は甘くない。ともすれば、目の前のことをこなすだけであっという間に時間が過ぎていく。自分の人生は自分でリードせねば。常に自分自身で目標を掲げ、それに向かって努力したい。それが、何歳になっても人が人として成長し続けることのできる崇高な生き方だろう。何かに挑戦すれば、必ず成功が待っているわけではない。つまり、それ相応の覚悟を持って臨まなければ、何もできないということ。しかし、だからといって負けるのが嫌だから試合に出ないとか、不合格になるのが嫌だから試験を受けないなどと言っていたら、結局何も始まらない。人生は、立ちはだかる跳び箱の連続である。勇気を出して全力で向かっていかなければ前に進めない。勿論、失敗することもあるだろう。大事なのは、結果が出るまでにどれだけ努力したかであって、その結果が思わしくない場合でも諦めないで再起することである。うまくいかなかった時の悔しさがあるからこそ今があると思えるような人生を送りたい。
2009/07/12
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夫の会社は、夏のボーナスが3割カットになるらしい。誰でも知ってる有名企業だが、まぁアレだ、前代未聞の赤字だとか国内の生産拠点をいくつ減らすとか、新聞に載りまくっているからなぁ。何から削るって、そりゃ人件費だろうから、仕方ないね。3割も削られたら痛いなんてもんじゃないけど、ボーナスもらえるだけいいよ。このご時世だもの、ボーナス自体がなくなる会社だっていくらでもあるんじゃない?私も頑張って働かなくちゃね。毎日じゃないし、時間も短いし、仕事してますなんて言うのもおこがましいけど、自分の小遣いは自分で稼ぎたいし、何か買おうとする時、何時間働いたらこの金額になるか…と考えると安易な買い物はしなくなる。小姐と坊も高校生になったら、夏休みはバイトしてお金の尊さを学びなさいよ。
2009/05/20
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年に一度の健康診断。昨年までは坊がいたので、実家に預けて 実家近くの病院で受けていたが、今年は子守りを気にしなくていいため、市内の病院にて。初めて訪れた病院だったが、噂どおり混んでいた。ギリギリ34歳なので、基本的な検査のみ。検尿から始まって、レントゲン、血圧、採血、心電図、身長、体重、視力、聴力、そして最後に内科医による診察で終了となる。診察室に呼ばれた時、先に撮ったレントゲンがモニターに出されていたが、それを見て先生が「うーん」と怪訝そうな顔をしていた。何か治療中の病気はありませんかと尋ねられたので、貧血のため定期的に点滴を打ちに行っていますと答えると、またモニターを見て「…」といった感じで、今度は タバコは吸いますかと尋ねられた。手元にある問診表に吸わないって書いてあるじゃん、と思いながら吸いませんと答えると「そうですか…」。その後、聴診器を当てて、特に何も言われなかったものの、先生のあの様子が後味悪くて仕方がない。レントゲンに、何か影のようなものが見えたのだろうか?見えるような見えないような…というレベルだろうか?タバコを吸いますかと聞いてきたあたり、肺が悪いのか?もしかして何かの病気だったりして…。健診の結果が郵送されてくるまで悶々としそうだ。貧血の数値が昨年より上がっていればいいなと思っていたのに、別の項目で心配事が増えてしまった。
2009/01/29
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元々体が丈夫で、風邪で病院にかかったとしても処方された薬を2~3回飲めばケロッと回復するから全部飲んだ試しがない私。火曜日の夕方熱が出て、水曜日は仕事を休んで1日中寝ていたら熱は下がった。これで治ったと思い込んで木曜日 出勤したのがまずかったようだ。何しろ、クリスマスプレゼントを物色する客で溢れかえる職場である。初詣のような賑わいで、空気は異常なほど乾燥している。病み上がりは一撃でやられてしまうような環境といえるだろう。滅多に風邪をひかない、ひいても1日で復活するような私が、火曜日から毎食後 薬を飲んでいるのに ちっともよくならない。こんなに長引くなんて、もしかして風邪ではないのかも!?朝は、熱はまだ37度台だったし、それほどつらくはなかったのだが、休ませて下さいと職場へ電話を入れるあたりから、急に悪寒が始まった。熱はまたしても38度に上がってしまった。金曜日は、小姐が課外(絵)、坊が小姐の課外終了まで待機という日で3時に迎えに行くことになっているのだが、こんな状態が続くようではとても車の運転などできやしない。小姐には申し訳ないが、課外は欠席して 通常の2時のバスで帰してもらおうか。絵の教室はピアノより楽しみにしているくらいだし、今年最後だから休ませるのは気の毒だが、緊急事態…うぬぬ~。母に電話したら、たまたま在宅だった(母は今時珍しく携帯を持っていない)。これから祖母の畑を手伝いに行こうかと思っていたところだったらしいが、私の状態を聞いてかけつけ、病院へ連れて行ってくれた。これでは車の運転もできないからタクシーで行こうと思っていたので、とても助かった。今日は夫がどうしても外せない会議があって、早退してくることもできないし、夜は会社の忘年会がある(泊まり)。母は、幼稚園へ迎えに行ったらそのまま家に泊まって、子どもの世話や食事の支度をして、夫が帰宅するまで待つと申し出てくれた。病院では、待合室にいる間も寒くて寒くて 毛布を貸して下さいと言ったら、奥の部屋で横になって休んでもいいですよとのことで、そうさせていただいた。毛布を2枚かけてもらっても、海老のように丸くなって震えていた。検査した結果、インフルエンザだった。もしかして…という疑いは持っていたが、いざ その言葉を聞いたら後頭部を殴られたような気分になって、また悪寒が酷くなった(まさに病は気から)。健康優良児(児じゃないけど)の私がインフルエンザなんて罹るわけないわ、と予防接種も受けたことがない。あーあー、やっちまったな。体が丈夫だからといって、甘くみていいはずがない。家族や職場、みんなに迷惑をかけてしまって…。自己管理の甘さを悔いながら、倒れこむように布団に潜り、ひたすら寝た。
2008/12/19
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我が家の子どもたちは、体が丈夫なほうだと思う。小姐も坊も、4月から まだ一度も幼稚園を休んでいない。このまま3月まで皆勤するのだと張り切っている。(ちなみに小姐は、昨年は2日、一昨年は1日しか休んでいない)それ以上に丈夫なのが私である。風邪など滅多にひかない、熱なんて出した試しがない。そんな私が、昨日ダウンした。昨日は仕事が休みだった。私は健康診断でひっかかるレベルの貧血持ちで、治療しなければならないのだが、昨年の健康診断で 少し状態がよくなったので油断して治療をやめていた。しかし相変わらず、白目の下の 本来赤くなっているべき箇所が赤くない。夫が心配して「仕事もしていることだし、近いうちに点滴してきたら」。かかりつけの内科で点滴してもらった。ついでに、少し喉が痛かったので、風邪薬も処方してもらった。風邪薬を飲んだら急に眠たくなってきて、子どもたちが帰宅する少し前まで寝ていた。2時間くらい寝たのに、すっきりしない。もっと寝たいところだったが、子どもたちをスイミングに連れて行かねばならない。私の都合で休ませてはならん、と 体に鞭うって出かけた。ところが、やはり無理だったのか。観覧席にいる時、悪寒がした。とても普通に座っていることはできず、椅子にもたれかかってぐったりしてしまった。帰宅して熱をはかったら、38度!とにかく早く寝たくて、子どもたちには買ってきた牛丼を食べさせ、小姐にはピアノの練習もさせず、寝室へと追い立てた。朝起きたら 熱は36度台まで下がっていたが、だるさは抜けていなくて、これではとても仕事に行けない…と休ませてもらうことにした。無理に出勤して悪化させるより、今日休んで一日しっかり休養すべきだと思った。午前も午後も、ずっと寝ていた。今日は課外があって子どもたちの帰宅が4時半だから助かった。声はしゃがれているが、この調子なら明日は出勤できそうだ。それにしても…。学校も会社も、病欠なんて皆無に近かった。中学と高校は、欠席は勿論、遅刻も早退もなかった。家族の中で最強のはずの私が、一番先にダウンするなんてショックだなぁ。
2008/12/17
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天気に恵まれたので、愛知こどもの国 へ行った。私の母方の祖母がすぐ近くに住んでおり、子どもの頃 何度か訪れたことがあるが、何故だが ほとんど記憶がなく、初めて来たような気分だった。広すぎて全部は制覇できなかった。東側(あさひが丘=遊具と芝生広場)と西側(ゆうひが丘=乗り物中心)に分かれていて歩いて移動しようとすると距離が長くアップダウンがきついため、無料のランドトレイン(15分ごとに運行)を利用したのだが、日曜日ということで多くの客で賑わっており、1台待ちは覚悟しなければならなかった。小さい子はゆうひが丘のほうが向いているとガイドブックで読んだので、そちらの駐車場にとめたが、園内にたどりつくまでひたすら山道を登った。しかし、最初からこれかよ~とウンザリしたのはどうやら私だけだったようで、子どもたちは竹の林の中を探検気分で楽しかったようだ。ゆうひが丘にはゴーカートや 子ども汽車がある。汽車は、石炭を燃料として走る本物の蒸気機関車で、もくもくと煙を吐き、迫力のある汽笛が聞こえるたびに坊が興奮していた。乗車口は展望台になっていて、海抜124m、三河湾の景色を眺めることができる。あさひが丘には遊具がたくさんある。直径2m、全長130mの長いトンネル遊具「ドラゴン」は、途中がネットになっていたり、橋になっていたりと仕掛けが多く、小姐は苦戦しながらも最初から最後まで自力で渡りきり、達成感からか満足そうな顔をしていた。坊は、お尻が痒いと言いながらもローラー滑り台を何度も滑っていた。芝生広場では、キャッチボールをしている親子が目立った。買ってまもないドッチビー持ってくればよかったね、車の中にあったのに…。アスレチック広場は、小姐と坊には少々難しいかと最初から行く気はなかったが、運動広場の「変わり自転車」に乗る時間がなかったのが残念だった。パンダや犬など かわいらしいものから、2人漕ぎのちょっとテクニックが必要なものまで多種多様に揃っている。ランドトレインに乗って ゆうひが丘に戻ってきて、自由広場で一頻り遊んだ。小姐も坊も まだ遊びたいと言ったが、4時近くなって冷えてきたので帰ることにした。駐車場代500円、子ども汽車 大人1人200円(小学生以下は無料)、ゴーカート1台150円、それ以外は ほとんどお金がかからず たっぷり遊べる。弁当持参(といってもパンだけど)で来て、青空のもとで体を動かして、実に健康的な一日だった。
2008/11/02
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車で10分とかからないところに、市の視聴覚センターがある。高台に建物があることは知っていたが、どこから入るのか知らなかった。ここで、機関車トーマスのプラネタリウム番組をやっているという。春に、名古屋市科学館でプラネタリウムに入った時は、ちょっと難しかったのか小姐も坊も飽きてしまって、途中で退席したのだが、今回は なじみの深いトーマスが登場するため、2人とも最後まで見ていられた。トーマスは、夜中の特別列車の運行を任された。星を眺めるのが好きな人たちが集まって、終点の駅まで行くというのだ。機関士も、トップハムハット卿も その仲間だという。街中では電灯などに邪魔されるが 終点は田舎で周りに何もないので星がよく見えること、星にはいろいろな種類があること、星座とは何かの形をイメージしたものであること、太陽や月も星であることなどを機関士から教わったトーマスも、星に興味を持った。「機関車座はないの?じゃぁ自分で作っちゃえばいいんだ!」地球は太陽の周りを回っていること、他に 火星や金星、土星なども太陽のまわりを回っていること、トーマスが月まで走ったら何ヶ月もかかることなど、わかりやすい説明だった。小姐と坊は、一つ賢くなっただろうか(笑)。楽しみながら知識を増やせたね。
2008/11/01
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祝日。夫は仕事だが、子どもたちが「退屈~!」とボヤくのは目に見えており、日中の暑さも和らいできたので、大きな公園にでも連れて行こうと考えた。向かったのは、あいち健康の森公園 、高速を使って 自宅から1時間半ほどの道のりだった。駐車場は混むと事前にリサーチ済みだったが、想像を絶するほどの激混みだった。最初に入った第二駐車場は、本来は駐車スペースではないところまで無理矢理とめてあり、通路をすり抜けるのにヒヤヒヤした。こりゃイカン、と第一駐車場をめざしたが、広い公園を半周するような形になる。途中に信号があるが、別の施設から出てくる車と鉢合わせになるようでその信号を通過するために渋滞がおきていた。ようやく辿り着いた第一駐車場も、第二駐車場と同じ状態で激混み。道を挟んで反対側にある第三駐車場も同様だった。こんなに混む公園って一体…と顔面蒼白の一歩手前だった(大袈裟?)時刻はちょうど正午くらいだった。お昼時なら帰ってくる人もいるのではと思いきや、皆さん弁当持参で来ているんですか?誰も帰ってこないじゃないですか。うーん、出ていく車に期待するのも可能性としては薄いぞ。かといって、せっかく遠路はるばるやって来たのに、諦めるのも悔しい。後部座席では「お腹すいた~!」と文句を言う奴が約2名。芝生広場で食べようと思って持参したパンだったが、いつになったら車から下りられるかさえ見当がつかないので、車の中で食べさせることにした。ダメ元で、もう一度 第二駐車場へ車を走らせた。暫く待って空かなければ、近隣の違う公園に予定変更しようと覚悟を決めた。やっぱりさっきと同じ状態だわ…と諦めかけたその時、前方にいる車がウインカーを出しているではないか。おおっ!帰るんですねぇ!ラッキー!!!この時点で、私はほとほと疲れていたのだが、子どもたちは元気いっぱい。とにかく広い公園で、端から端まで歩くと相当な距離だが、一部を除いて、ほとんどは足を踏み入れた。行った先々ではコンビネーション遊具で一頻り遊んだ。結局、なんだかんだと4時までいた。日陰は心地よいけど(風が吹くと最高!)、遊具がある場所は日なた。しかも坊はヘタレだから傍についていないと怖がったりする。澄み切った青空は最高だけど、やっぱり暑かったわ…。芝生広場では、多くの親子がキャッチボールやフリスビー、バドミントンで遊んでいた。うーん、いかにもほほえましい、幸せな家族の休日の象徴ですなぁ。小姐もやりたいと言ったけど、今日は勘弁してくれ!どうせアンタら ノーコンで明後日の方向にしか投げられないんだから、毎回毎回捕りに行くのは誰だよ。お父さんがいる時にしよう(笑)。
2008/09/23
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暑い!真夏のようだ!って、7月だから特におかしくもないのだが。風もほとんどなくて、耐え切れずに今季初のエアコン始動となった。(子どもたちは幼稚園でエアコンなしで過ごしているのにと思うと申し訳なかった)こんな日は洗濯物があっという間に乾く。干す場所が空いたので、これはチャンスと敷布団パッドを4人分洗ったがこれもあっという間に乾いた。少し前に ハンガーやピンチ、小物干し等ランドリーグッズをすべて新品に取り替えた。こだわって、全部白いものにした。スカッと晴れた青い空に、白いランドリーグッズが揺れている。うーん、爽やか!ランドリーグッズというのは圧倒的に青系が多いように思う。青も爽やかな色には違いないのに、なんとなく生活臭が強いのは何故だろう。洗濯物を干す行為は元々好きだが、白のおかげでますます楽しい時間となっている。
2008/07/04
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好きな数字は何ですかと尋ねられたら、私は12と答える。深い理由はない。ただ、なんとなく。1年は12の月で成り立っていて、四季の変化が楽しいから。自分の誕生日の月日の積だから(2月6日。ついでに坊も1月12日で積は同じ)。プロ野球は12球団あるから(そんなの関係ねぇ?)。ところで、西洋で忌み嫌われる数字といえば13である。その理由は、キリストが処刑された日が「13日の金曜日」であり、キリストを裏切ったユダが キリストの「13番目の弟子」だったからと言われる。しかし、実は西洋における13嫌いにはもっと古い歴史があるらしい。古代ギリシャでは、十二進法が基本であった。さらに、オリンポスの山に住む神々が12人だったように、12は古代ギリシャ人にとって、完全を表す数字でもあった。というわけで、その完全なる12に1を足した13は、完全を破壊する数字として忌み嫌われるようになったとのことである。そうか、12って完全を意味する数字なのか~。ちなみに、洋の東西問わず 縁起がいいとされる7の由来だが、これもキリスト教と関係があるという説が有力らしい。キリスト教では「創世記」の中で、神が6日間で地球上の一切のものをつくり、7日目には休んだとされている。こうして1週間という単位が生まれたが、ここから7をラッキーナンバーとするようになったのだとか。私の好きな数字は12だが、携帯のメール受信音と朝のアラームは「ラッキー7」だ。着信音は六甲おろし。でも これは良し悪しだったりする。鳴ると「うーん、いい曲だ」と嬉しくなってしまい、すぐに電話に出ない!勿論、相手に悪いから5~6小節目くらいで出るけど(オイオイ)。
2008/06/13
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腰の状態がかなり回復してきて、コルセットもいらなくなったと喜んでいたのに、今度は背中が痛いじゃないの~!知らず知らずのうちに、庇っていたのか?「体が丈夫」だけがとりえの私にも、異変がおきている。いつまでも若い気でいてはいけない。明後日、また接骨院に行くことになっているが、少なくとも 更に1~2回は行かないとダメだろうな…。
2008/04/06
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テニスの最中に、腰を痛めてしまった。ネット際にいてポーチに出た瞬間、今までに経験したことのない痛みが走った。あと1ポイントでマッチポイントというところだったので、そのまま続行したが、終わってコートから出ると、さらに痛みがじわじわ出てきた。これは只事ではない。終了予定時刻までは あと2時間近くあったが、これにて本日の打ち止め!夫はまだやっていたので、先に帰ることにした。帰宅後、義母に湿布をもらい、唸っていたら小姐が「お母さん、歩き方 変だよ…」。それもそのはず、前かがみになって、まるで老人である。坊が眠たいというので、沿い寝をしてやったら、痛くて寝返りが打てないではないか。まるで産後すぐのような…。あああ、なんてことだ。情けない、情けないとくり返す私に夫が一言「もう歳なんだから、労わらないと」。30代も半ばにさしかかれば、あそこが痛いここが痛いは普通になってくるそうな…。やけに説得力があるのは気のせいか?(夫、あと少しで大台である)。
2008/03/30
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「おかあさんといっしょ」の歌のお兄さん・お姉さんが、この3月で交代するらしい。歴代のお兄さん・お姉さんも、だいたい5年前後で交代しているようなので、現在の ゆうぞうお兄さん、しょうこお姉さんもそろそろ交代かと思っていたら、案の定。「今月の歌」として流れている曲は「君に会えたから」。最初は、歌っているお兄さんとお姉さんだけが映っているが、途中、スタジオで子どもたちと一緒にいる映像が入る。白く靄がかかって、いかにも思い出といった感じだ。あの撮影って毎日あるんだってね。体調を崩したら交代要員はいないし、相手は大勢の3歳児だし、お疲れ様でした。ルミナリエもどきだが とても綺麗な映像で、去りゆく二人に栄光あれ といったところか。そして最後に、カラーンと鐘の音がするので、なるほどね~と納得した。この2人はつきあっていると随分前に 週刊誌に書かれたそうだ。 でも番組が終わるまでは寿なんて言えないだろうからね…。 ゆうぞうお兄さんの最後のアップ顔は、これから好きな人を守ってともに歩んでいく決意を表したものだろう。 しょうこお姉さんの笑顔は、彼に身を委ね 幸せな未来に胸が躍っている感じだろうか。 それにしても、やっぱり子どもの笑顔は最高だね!み~んなかわいい! その子どもたちと同じ目線で、体全体で楽しんでいたお兄さんとお姉さん。(お兄さんの やる気のなさそうな態度は何だと批判もあったようだが、私個人的には それほど悪い印象はなかった) 我が家の子どもたちも、朝夕毎日この番組を見て大きくなったのです。本当にありがとうという気持ちでいっぱいです。
2008/03/03
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朝、坊の熱は平熱に下がっていた。たぶん もう大丈夫だろうけど、念のため小姐は避難させておこうと、夫が実家へ連れて行くことにした。しかし、昨日も一昨日も買い物に行っていなくて冷蔵庫の中が寂しかったので、夫と小姐が出かける前にスーパーに行かせてもらうことにした。9時半になり、行ってきますと一人で足取り軽く玄関を出て、車に乗り込んだはいいが…。エンジンがかからない。キーを挿して回すと、今まで聞いたことがない変な音がした。しかも、電動スライドドアまで閉まらなくなった。怖くなって、慌てて夫を呼びに行った。夫は冷静に「バッテリーだな…」と呟いた。ふと気づくと、2列目の室内灯がついたままになっていた。「もしかして、このせいかもしれない」最後に車に乗ったのは、金曜日の夕方、小児科に行った時だ。いつもは助手席に小姐が乗り、2列目(運転席の後ろ)に坊が乗るのだが、ぐったりしている坊を目の届くところに座らせたくて、小姐に交代してもらったのだ。そうだ、あの時 小姐が、DVDプレーヤーを勝手にいじっていた。家に到着して、さぁ車から下りるよという時に、停止の仕方がわからないというので「もう!お母さんの許しもなしに使っちゃダメでしょ」なんて言いながらリモコンを取り上げた。でも暗くてよく見えなかったので、室内灯をつけてリモコンを操作した。そのまま消さずに車から下りてしまったのだ。つきっぱなしが一晩くらいなら、多大な影響はないのかもしれないが、昨日は一歩も外へ出ていない=車に乗っていないから気づくはずもない。夫が小姐を連れて実家に行き、戻ってきたのは夜9時頃だったが、横に停まっている私の車を見ても、気づかなかったという。まさか室内灯がついているなんて思わないから じっくり見ないし、2列目より後ろはスモークガラスになっているから、気づきにくいのも確かである。夫がボンネットを開けて、ガサゴソやりながら「ベンツで行ってきたら?」「やだよ!一度も自分1人で運転したことないのに!」左ハンドルだから車両感覚が違って怖いのだ。歩いて行けないこともないスーパーなので、歩いて行こうとしたら、夫がベンツで送ってくれるという(雨も結構降っていたし)。小姐と坊にはDVDを見せておいて、5分で戻るから待っていなさいと言い聞かせた。ベンツは2シーターなのだ…。買い物の最中も、車が心配だった。夫の手で直せる故障ならいいけど、お手上げだったらディーラーに来てもらわなければ。夫と小姐が実家に行くのが遅くなってしまうかなぁ…。あああ、私が室内灯をつけっぱなしにしたばっかりに!帰りは家まで歩こうかとも思ったが、 依然 雨は降っていたし、夫と小姐が避難した後は坊と2人きりになるから出られないと思うとあれもこれもと買ってしまって、結構な荷物になってしまったので、小姐と坊には悪いけど また夫に迎えに来てもらうことにした。なんと、迎えには ステップワゴンが登場した。直ったんだ~!よかった!いや~、それにしても夫がいる時でよかったわ。自分一人の時にこんな事態を招いたらパニックだわ(ディーラー呼ぶだけのことだけど)。そういえば、独身時代に出先でパンクして困ったこともある。会社のテニスの練習に行く途中のことだった。その時は、私が通った道と同じ方面から来るであろうテニス部の男性に電話でSOSした。パンクした時の処置って自動車学校でも習ったけど、交換の仕方を見ているだけでは 実際にできるわけがない。(教官は「女の子は、助けて下さ~いって誰かを呼べばいいですから」って言ったけど)滅多に起こることではないとはいえ、トラブルって怖いなぁ…。女性はできなくても仕方ない ではなくて、少しは知っておいたほうが安心だわ。
2008/02/03
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「愛知県でインフルエンザ警報が発令されました。人混みへの外出はできるだけ避け、帰宅時にはうがいと手洗いを徹底しましょう」と幼稚園から連絡メールが来た。明日、小姐のいとしのK君が我が家に遊びに来る予定だったのに、夕方 お母さんから電話があり、来週に延期することになった。K君のお姉ちゃん(小学生)のクラスでインフルエンザが流行っており、ついに明日は学級閉鎖になるとのこと!お姉ちゃんは今のところ全然何ともないが、もしかしてもしかするし、それがK君にうつって小姐にまで影響したら申し訳ないから、と大事をとって延期という形にしたのだ。K君は「お姉ちゃんは家において行けばいいんだから」と不満爆発らしいが…。小姐は「明日はK君が小姐と同じバスに乗って小姐の家に来るんだよ」と朝から何度も嬉しそうに話していたので、予定変更といったら さぞガッカリするだろうなぁ、と思ったら 案の定。「お姉ちゃんが病気というわけではないし、K君だって元気なのに どうして来てくれないの」と、こちらも不満爆発!インフルエンザという病気は怖いのだと説明したら、しぶしぶ承諾したが…。「明日じゃなくて次の火曜日に約束し直したから」と言うと「あと何回寝ればいいの?」「8回」「えー、そんなに…」「でも来てくれることには変わりないからいいじゃん。それまで、小姐も病気にならないように気をつけようよ」あぁ、でも今回 私がうっかりしていたせいで予防接種を受けられなかったんだよねぇ。打ってあれば、たとえ感染しても軽く済むだろうに。昨年は打ったけど結局インフルエンザには無縁だったから、今年も大丈夫だろう、風邪だって滅多にひかない子たちだし、と思いたいけど、打ってない時に限って感染したりしてね!とにかく!うがいと手洗い、できることはしっかりやろう。
2008/01/28
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我が家は、休日といっても特に出かけたりしない。義父とその仲間と一緒にテニスをさせてもらうので、子どもたちは義母に預け、テニスが終わったら夫の実家に行って、そのまま夜まで過ごすというパターンが多い。小姐は、ジジババが好きだし、家に行くことも好きだが、「幼稚園が休みの日って、バアバの家に行ってばかりだよね」と言うのでハッとした。嫌なのかと尋ねると「嫌じゃないけど…」と口ごもった。どうやら、坊がうらやましいようだ。坊は、小姐が幼稚園に行っている間にあちこち連れて行っている。そのことは小姐もわかっていて「今日はどこへ行った?」とチェックが入ることもある。小姐は、スーパーへの買い物すらほとんど行けないのに、坊は買い物は勿論のこと、プラレール博だの名古屋の街だの、遠くまで連れて行っている。尋ねられて「○○に行ってきたよ」と報告しても、小姐は「いいな~」とか「小姐も行きたかったな」とは言わなかった。それでも私は内心、小姐を不憫に思っていた。だからチェックが入らなければ敢えて報告しないようにしていたのだが、この頃は坊が逐一報告するようになり、全部バレてしまっていた。「どうして小姐はバアバの家だけなの?」と、ついに本音が出た。そこで、この3連休で小姐が喜びそうなところに連れて行こうと夫と相談し、日本モンキーパーク へ行くことにした。ここは猿専門の動物園と遊園地が合体した施設だが、目的は遊園地!幼児が乗れるアトラクションがたくさんあるのだ。一昨年12月に行った鈴鹿サーキットも、幼児向けのアトラクションが多かったが、3歳以上が対象だと坊(当時はまだ1歳)は乗ることができなかった。体だけは大きいから、3歳と言っても通用しそうだったけど、タダ(2歳以下は無料)で入っているから、手に巻いたフリーパスがない時点で嘘つきになってしまう。しかし今回は坊も3歳になり、小姐と同じように楽しめた。到着してまもなく、アンパンマンと写真を撮ろうというコーナーで小姐だけ記念撮影した。坊は元々アンパンマンに興味がないのだが、着ぐるみのアンパンマンを見るや否や、異様な空気を察して(?)脱走した。アンパンマンはアニメのはずなのにおかしいとでも思ったのだろうか。そんな坊が目をキラキラ輝かせたのが、「トーマスとジェームスのハッピートレイン」である。よくある遊園地の汽車は、いかにも作り物といった感じで車輪もゴムだが、このトーマスとジェームスは、鉄の車輪で、ガタンガタンという音も本物そっくり!発車する前から、このはり切りよう。モンキーパークは、山を切り崩してつくられたらしく、高いところにある。ジェームスは林の中をくぐり抜けて行った。小姐の側は、眼下に犬山市の町並みを眺めることができる。しばらく行くと、トンネルが見えた。…と思ったらトンネルではなく、機関庫だった。トーマスが休んでいた。おなじみのテーマソングが流れていた。森本レオの声が聞こえてきそうだわ(笑)。坊は、ほとんど瞬きもせず じっと見入っていた。機関庫を抜けると、ジェームスは停車した。なんと、この先には線路がない。線路の端は、転車台になっていた。ジェームスは向きを変えて移動し、今まで一番後ろだった客車と連結された。客車の横を通り抜けていくジェームスに、乗客みんなが手を振った。来た道を戻ることになるので、また機関庫へと突入した。駅に到着し、客車から下りても、坊はジェームスが気になって仕方がない。他の乗客は皆 柵の外へ出ていくのに、坊はジェームスが見たいという。ここでも転車台に乗って方向転換するので、その様子をじっと眺めていた。坊はまだ名残惜しそうに見ていたが、乗れるものには全部乗るという意気込みで、次のアトラクションに移動した。寒い時期だからか、適度にすいていて、それほど待たなくても乗れるのがよかった。昼からはアンパンマンショーがあるというので見に行った。ここでも坊は興味なしお君だった。司会のお姉さんの「アンパンマンが大好きなお友達~!」というかけ声に皆は「はーい!」と答えているのに、坊はシラッとしていたのが笑えた。(それでもまぁ、ショーは一応ちゃんと見ていたけど)アンパンマンって小さい子の定番といった感じで、誰でも知っているはずだけどそこを敢えて関心を持たず、鉄っちゃん趣味一筋の坊、母はそんな君が好きだぜ!まだまだ遊びたい様子だったが、3時半を回って日が傾きかけ、どうにもこうにも寒くてつらくなってきたので、帰ることにした。家から2時間(うち高速に乗るのが1時間)、遠すぎず近すぎない距離だし、アトラクションの内容が子どもに最適なので、暖かくなったらまた行きたい。小姐も満足できたみたいで めでたしめでたし。
2008/01/13
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実にどうでもいい話だが…。本日、1月11日。スーパーでの支払い金額、1111円。見事に1並びである。買い物の際には、およその合計を暗算してレジに行くが、さすがに1円単位までは計算しないので、金額を言われて驚いた。7つも並ぶと、何かいいことがありそうな気がする。って、特にどうってことない平凡な1日だったけどさ(爆)。
2008/01/11
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久しぶりに市営プールに行った。寒い時期だから すいているだろうとは思っていたが、予想以上にガラガラで、ほぼ貸切状態だった。1時間半くらいプールで過ごして、更衣室に戻ると、還暦はゆうに超えている、おばさんというよりおばあさんという風貌の人が入ってきて「こんにちは」と声をかけられた。小姐には「プール楽しかった?」小姐が満面の笑みで「楽しかった!」と言うと「そう~、それはよかったね」。その時の、彼女の温かい笑顔が忘れられない。シワさえ魅力的と思うような笑顔だった。私は、自分のことを「歳をとっていくばかりだ」などと否定的にとらえていたが、マイナス方向ばかりに寄っていっても何もいいことはない。「私はヴィンテージもののワインみたいなもの」くらいに過ごしてきた時間と自分自身に誇りを持ってもよいのではないか。たった今は中途半端な気がしても、今からの心がけ次第でいくらでもすばらしいワインのようにコクがある女性になれる、いや、なりたい。きっとあの女性は、せっせとプールに通っては健康維持に努めているんだろうな。何か目標を持っている人は、いくつになっても輝いていると思う。若くて外見が美しくても自分の考えがない女性では、上等のワインとは言えない。さぁ、シワさえ魅力的に映るようなおばさん目指して日々精進しよう。
2007/12/15
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以前、77777番を踏んだ方にプレゼントをお贈りしますと発表しましたが、何しろ随分と前のことだったので、皆様お忘れになっているかも…と思っていました。昨夜記事を更新し、PCを閉じる直前(10時半頃)のカウンターは77755でした。これは今夜中に77777を踏む方がいるに違いない、と思いましたが今日はテニスの日で午前中は出かけており、帰宅して坊に昼食をとらせ、寝かせて戻ってきてPCを立ち上げると、既に77842でした。結局、77777を踏んだのは誰なのか確認できませんでしたが、確認できた中では午前0時頃に楽天の会員以外の方が77790を踏んでいるので、それより前、午後11時頃にコメントをくださった +++雪+++さんがおそらく77777に一番近い数字だったであろうと判断させていただきました。+++雪+++さんには、近々地元の名産品をお贈りします。しばらくお待ち下さいませ。
2007/09/25
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ピアノの教本を持ち運ぶための袋が必要である。運搬という役目を果たすだけなら何だって構わないのだが、やはり幼稚園に持って行くものだから、小姐が喜ぶようなものを持たせてやりたい。夏休み中から、ウサハナのレッスンバッグがないかと探していたのだが、どうしても見つからなかった(ウサハナは生産中止になるという噂もアリ)。こりゃ~自分で作るしかない?直線縫いするだけだから私にもできるかしら?手芸用品店には およそ足を向けることがなくて知らなかったけど、キャラ物の布ってたくさん種類があるのねぇ~。ウサハナだけでも5種類もあったわ!その中で最も小姐が好きそうな淡い色の布を購入し、いざ実家へ。ミシンなんて持ってないから母に借りないとね…。いや~、ミシンなんていつ以来だろう。高校時代まで遡ることになるのか。なんと恐ろしい!最近、母が使ったらしく 糸は通してあったが、そこまでスタンバイしていなかったら、きっとうろたえたに違いない!?レッスンバッグなんて簡単なはずなのに、やたら時間がかかってしまった。途中「これでいいと思う?」なんて母に聞いたりして。ハンドメイドなんて言うのもおこがましいシロモノだが、子どものために作った、というところに意義があろう(笑)。手作りは初めてだし。幼稚園は、体操服にゼッケンをつける以外は 特に何か作る必要もないし、箸セットを入れる袋等だって既製品を買っているのだ。今回も、既製品が見つかっていれば即購入していただろう。ないならないで、キティのでも買って済ませてもよかった。しかし、どうしてもウサハナを持たせてやりたくて、苦手な裁縫に敢えてチャレンジした(というレベルのものでもないのだが)。小姐が「ありがとう、お母さん!」と喜んだので、チャレンジした甲斐があったわ!裁縫が得意な人は子ども服とかジャンジャン作っちゃうんだろうなぁ。いいなぁ、全部自分の思い通りのデザインになるなんて。まぁ私には到底無理だけど、直線に縫うくらいならできるからリネンの布を買ってきてテーブルクロスとかコースターくらい作ってみようかしら?って、その前にミシンがないわ…。一家の主婦として、ミシンくらい持っていたほうがいいのかな。子どもに持たせる雑巾を縫うにもミシンがなくて既製品買うんじゃ恥ずかしい!?
2007/09/14
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大洗の名所といえばアクアワールド(茨城県大洗水族館)。太平洋に面した立地で、イルカやアシカのショーをおこなうプールも広がる大海原が背景にあって とてもダイナミックなものだった。動物が苦手な坊は、水族館にも興味はないだろうと思っていた。以前、義父母が地元の小さな水族館(水族館と呼ぶのもおこがましいほど)に坊を連れて行ったら、嫌がったというので、あんな川魚しかいないようなところで嫌がったら大きなカメとか見たら怖がってまたトラウマになるかも…と心配していた。その坊が、意外に大丈夫だった。イルカのショーは身を乗り出して拍手喝采で喜んでいたし、出てきたところにあったグッピーの水槽に釘付けになった(しかし何故グッピー?)。坊は、一つ一つ真剣に見たいタイプだが、小姐はすぐに飽きるのか、ちょっと見てハイ次、と どんどん先に進みたいので、坊を待っていられるはずもなく、案の定 気がついたら姿を消していた。(小姐には夫が付き添っていたし、携帯があるからはぐれても問題はないのだが)次に坊が虜になったのはペンギンだった。お盆に義母が「ハッピーフィート」のDVDを借りてきて坊と一緒に見ていたが、それが記憶にあるのか、ずっとペンギンペンギン言っていた。その後も、魚を真剣に見ていた。なーんだ、杞憂だったじゃないの。この調子で動物嫌いも克服してくれるといいのになぁ。モルモットでさえ近寄らないなんて、まったくヘタレ野郎で情けない!最上階の7階は展望台になっていて、とても眺めがよかった。海を見ると、自然と心が洗われる気分になる。ちっぽけなことで悩んでいる自分はとてもちっぽけだということに気づく。義母が夫に電話をかけ「今どこにいるの」と話していたその時、坊が「お父さんだ!」と叫んだ。シースルーのエレベーターを見ていた坊が、その中に夫と小姐が乗っていることに気づいたのである。この後、どこかで昼食をとって ひたち海浜公園に行って観覧車や汽車に乗ろうと思っていたのだが、あまりに暑いので行く気が失せてしまった。何が楽しくてこんな暑い中を…と。あそこは気候のいい時に行ったほうがよい、とのことで、早めに帰ることにした。夫は明日仕事だし、小姐も幼稚園(夏期保育)だし。往路同様、私と夫が交代で運転して、およそ6時間で到着した。義父母(特に義母)は、孫と一緒に旅行ができるなんて夢のようだと喜んでいた。遠いから運転が大変だったでしょうと気遣ってくれたけど、私も夫も運転は好きだし、後ろで子守してくれるほうがよっぽどありがたいのだ(笑)。皆が楽しく過ごせて、無事に行って帰って来られて、何よりです。<おまけ>実家への土産として納豆を買った。早く渡したほうがいいから、とインターを下りてついでに実家に寄った(通り道である)。電気はついているのに、呼び鈴を押しても誰も出てこなかった。どういうこっちゃ。鍵はかかっていないので、中に入って呼んでも、すぐには出てこなかった。中日×阪神を見ていて、中日が点を入れたちょうどその時だったのだ!父に一番会いたくないタイミングで来てしまった…。
2007/08/26
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かねてから「おばあちゃんを、小姐と坊に会わせてあげたい」と切望していた夫。夫の祖母は茨城県に住んでいる。とてもじゃないけど気軽に行ける距離ではない。しかし、小姐も坊も随分と手がかからなくなってきたし、義父母も同行すれば子守の人手が多いから問題ないだろうということで思い切って出かけることにした。私たち夫婦は両親と弟妹のみ伴ってグアムで挙式したため、私は今まで夫の祖母に会ったことはなかったし、茨城に行ったこともなかった。夫の祖母は認知症が進行しており、孫の中で一番かわいがっていたという夫を見ても誰だかわからないそうだが、とにかく一度 曾孫の顔を見せてあげたかった。金曜日の夕方6時頃に家を出て、義父母を拾って、いざ東名高速へ。東名~首都高速~常磐自動車道と、約6時間の旅である。日付が変わる頃、水戸駅前のホテルに到着した。寝ていた小姐と坊は、車から下ろす時に起きてしまい、そこから興奮してなかなか寝なかった。翌朝、部屋から駅のホームが見え、スーパーひたちを見た坊はとても喜んだ。遅めの朝食をとり、義母たっての希望で那珂総合公園へ(これは急遽決まった)。ヒマワリ畑があるというのだ。映画の撮影で使われた場所らしい。見てください、この美しい風景!ヒマワリ畑の道の反対側では、那珂市主催(?)のイベントで大賑わいだったので、近くの会社の駐車場が臨時で借りられていたし、シャトルバスも走っていた。ちょっとヒマワリが見たかっただけなのに、この暑い中とても遠い駐車場まで歩かなくてはならず、倒れるかと思ったくらいだった。その後、西山荘へと向かった。水戸黄門が好きな私は、茨城に来たら絶対に訪れてみたいと思っていたのだ。義母曰く、春はツツジがきれいだから訪問者が多いけどこの季節は誰もいないかも…とのことだった。そちらに向かう車は全然いなくて、到着した駐車場にも数えるほどしかとまっていない。でもいいのだ。わび・さびの世界だから、静かなほうがいいのだ。おお~!あのテーマソングの最初のほうに写るアレだ、なんて感動してしまった。印籠ストラップを購入した。早速、穴に通した。ジャラジャラつけるのは女子高生みたいで嫌だったはずなのに、いつのまにか増えてしまったわ。しかし、黒い携帯に阪神・白鵬・印籠だなんて、パッと見、男性のものだと思われそうな携帯だわ。しかも年寄りくさい?一応、キラキラしたセリーヌのストラップもついているけどねぇ。夫の祖母の家(義母の妹の家)に向かう途中、遅い昼食をとった。昔ながらの食堂だったが、自家製のうどん・そばがとても美味しくて、外食すると大抵 ろくに食べない小姐もガツガツ食べた。夫の祖父の墓に行き、その後、祖母の家に到着した。初めて会った義祖母は、笑顔を絶やさない人だった。脳梗塞で倒れたため車椅子の生活を送っており、毎日デイサービスに行っているとのこと。ほとんど喋らないが、小姐と坊を見て目を細め「かわいい子だねぇ~」と必死に手をのばしていたのが印象的だった。一番かわいがっていた孫の子どもだと理解できたらどんなに喜んでくれただろう…。その後、ホテルがある大洗へと向かった。オーシャンビューの部屋で、太平洋が一望できた。やはり海といえば外海だよね~。小学校5、6年の担任の先生が奇しくも茨城出身だったけど、三河湾を初めて見た時これは海ではないと思った、って言っていたっけ…。
2007/08/25
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私の拙いブログにいつもお越しくださっている皆様、まことにありがとうございます。今年1月に、5万件アクセスでカウプレを実施いたしまして、キリ番に最も近い「50004」を踏んでくださった 元ちやんさん に地元のお菓子をお送りさせていただきました。次はラッキー7の「77777」をキリ番にしたいと思いますので、興味のある方は狙ってみて下さい!前回同様「77777」を楽天の会員さん以外の方が踏んだ場合、もしくは、会員さんであっても今までこちらで拝見したことのない方であった場合はいつもお馴染みの方の中からニアピンの方にプレゼントしたいと思います。記入率100%を保っているこのブログ、あっという間に2年が過ぎました。書いてある内容はたわいもないことばかりですが、10年後くらいに読み返してみたらおもしろいかな~などと考えているところです。皆様、今後とも どうぞ宜しくお願いいたします。
2007/08/15
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今日は、麻由4649さんから回ってきたバトンをやります。○ ルール ○ 1、必ずバトンを回す5人の方々を題名に書いて驚かせて下さい。 2、回ってきた質問には等身大の自分で答えましょう!!笑 3、やらない子はお仕置きです♪ 4、ルールは必ず掲載して下さい。 5、紹介する人がいない時は友達の輪を広げましょう!!○ お名前は? 虎猛子○ おいくつですか? 寅年生まれの30代です○ ご職業は? 現在は専業主婦ですが社会復帰したくてたまりません○ 資格は持ってる? 普通免許、医療事務○ 今、悩みはありますか? 体重が史上最高値(妊娠中を除く)で大台に乗りそうなこと○ あなたの性格を一言で言うと? バカがつくほど正直○ 誰かに似てるって言われた事ある? 中高生の頃は後藤久美子、大学生の頃は松雪泰子、今は…見る影もなし(^^;)○ 動物占いの動物は何だった? やったことがありません○ 社交的?人見知り? 幼少時から人見知りが激しく、今でも苦労しています ○ 人の話には耳を傾ける? どちらかというとあまり聞かないほうかしら○ ギャンブルは好き? 嫌い○ 好きな食べ物飲み物、嫌いな食べ物飲み物は? 好きなのは焼肉、スタバのキャラメルフラペチーノ 嫌いなのは青っぽい魚、果物、アルコール ○ 恋人はいる? 夫ならいますが、何か?○ 彼氏・彼女にするなら 若くてイケメンでさわやかな、テニススクールの某コーチ○ 親友と呼べる友達は何人いる? 3人 ○ バトンを回して来たあの人…正直この人○○である 服装がまっくろくろすけ(らしい。拝見したことはございません)○ 何人家族ですか? 4人○ ペットは何を飼ってる? 飼っていません ○ 今までの自分の経歴で面白い事や自慢できる事は? 昔ヤクルトにいたギャオス内藤が、バイト先の店のサイン会に来て、 裏の業務用エレベーターで一緒になったこと○ これの為なら一食抜ける! 焼肉○ 趣味・特技(いくつでもOK) 特技はありませんが、趣味は野球観戦、相撲観戦、自分でやるならテニスとスキー○ 好きなブランドある? ミッシェル・クラン○ 今行きたいところは? 甲子園球場のナイター○ もし自由に使える100万があったら何に使う? 中国各地を旅行したい○ 将来の夢を語って下さい。その夢の為に何かしてることある ? 夢というほど大それたものではありませんが、 坊も入園したら、身近なところでアルバイトをしたい。 そのために求人情報誌をチェックしまくっています。 ゆくゆくは教育関係の仕事をしたい。とにかくアンテナを張って情報収集あるのみ!○ バトンを回す5人の紹介を盛大にお願いします 固定の読者様が少ないので、勝手に お一人にさせていただきます。 元ちやんさん → 先日、甲子園で会いましたが、コテコテの大阪人といった感じ! 話を聞いているととにかくおもしろい。そして、マメなお方です。 野球と相撲でマニアックな話をもっともっとしたいです。 元ちやんさん、ごめんなさいね。野球がない日にでも、もし気が向いたら書いてみてください。
2007/06/17
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新聞記事より―――千葉県白井市の雑木林で2月、ポリ袋に入った嬰児の遺体が見つかった事件で、県警捜査1課と印西署は11日、死体遺棄容疑で先月逮捕した母親の無職少女(18)=千葉市中央区=を殺人容疑で再逮捕した。「産んだら泣き声を上げたため、家族に知られると思い頭を殴って殺した」と容疑を認めているという。調べでは、少女は1月19日ごろ、白井市内の実家の2階自室で男児を出産。男児が泣き声を上げたため、家族に出産を知られることを恐れ、男児の全身をバスタオルで包んだ上、頭や顔を数回殴るなどの暴行を加えて殺害した疑い。千葉地検は11日、母親の少女とともに逮捕された友人の派遣社員の少女(19)=白井市=を死体遺棄の非行事実で千葉家裁に送致した。 先日、新潟の女子高生 に唖然としたばかりだが、これはさらに酷い!木を見て森を見ずってやつかね?出産の事実を知られるよりも、殺してお縄になるほうが大問題だとは思わないのかね?神様(私は無宗教だけどね)は不公平だ。何故こんな輩でも子どもが産めるんですか!周りの人間がまったく気づかないのは本当ですか?誰からも相手にされていないのか、最初からものすごく太っているのかのどちらかぐらいしか考えられないのだが…。(そんな輩でも性行為ができるっていうのもおかしいような気がするが…)今ドキの男子は、穴があれば何でもいいのか?猿でもこんなむごいことはしないわよ。神様は不公平だ。どんなにお願いしても子どもを授かることのできない人たちが大勢いるのにどうしてこんな輩に子どもを授けるのでしょうか?不幸にして亡くなってしまった赤ちゃんの遺体を手放さず、ずっと抱き続ける母、遺体はどんどん腐っていく、それでも手放さない…。映画にそんなワンシーンがあったような気がする。母親ってそういうものでしょ。若いからとか無知だとか、そんなの絶対理由にならない。己の体に宿し子ども、十月の辛酸を重ね、力を振り絞って産み落とすわが子を腕に抱く喜びこそあれ、それを何度も殴って殺すなんて本当に信じられないし、信じたくもない!彼女をそこまで追いやった環境が悪いとか、 娘の臨月に気づかない家族もおかしいとか、意見はいろいろあれど、同情なんかできるはずがない。この世に生を受けた赤ちゃんのことは誰一人としてかばってあげないのだろうか? 生まれてくる命は、場所や環境、ましてや親を選ぶことなどできないのだ。 あまりにも命を軽く見すぎている。自分がこうして生きているのを当たり前のように勘違いしているのだ。 「少女」という記述を目にするたびに、嫌悪感を覚える。18歳なのだからそのように書かざるを得ないのだが、自分がまだ成人に達していないのにもう次世代を産むというのは、私から見れば悲劇的である以外の何ものでもない。勿論、出産に年齢的制限はない。女性が性的に成熟し、月経が始まれば妊娠・出産が可能である。しかし、まだ経済的に自立していない少女が子どもを産み、養育していくことは、生みの親である少女にとっても、生まれた子どもにとっても酷である。だから自覚も責任感もない輩が性行為なんぞするなって。こういう、性が関わる事件で痛い目を見るのは決まって女性だが、 妊娠という機能がある以上、男性よりも痛い目を見ることになる事実は変えようがない。 それなら女性は自分で自分を守らなければならない。 といっても、好きな男子の機嫌を損ねたくないとか嫌われたくないなんて思って避妊に対する警戒心がなくなるのかね?まったくもって甘い! しかし、相手の体を無視してまで避妊なしを望む男がまともな男なわけはなかろう! 私たち人間は未熟のままに生まれてくる。何ら防衛力も備えずに生まれてくる。それは、周りの人にたくさんたくさん愛情を注いでもらうためである。生まれたその瞬間、私たちの周りにいる人が私たちを見捨てたら、私たちはたちまち生きていくことができなくなる。生まれたての私たちには助けを呼ぶことも、危害から逃れることもできない。私たちを産んだ人が唯一の頼りである。生まれてすぐに、母親から殴られ蹴られた末に亡くなった赤ちゃんの冥福を祈ります。
2007/06/12
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新聞記事より―――5日午後9時45分ごろ、新潟県長岡市の病院から「高校で出産した女子生徒が運び込まれた」と県警長岡署に通報があった。生まれた男児も搬送されたが、すでに死亡していた。同署は殺人の疑いもあるとみて、出産の経緯や男児がいつの時点で死亡したかなどを調べている。調べでは、男児を出産したのは同市内の県立高校3年の女子生徒(18)。5日午後5時ごろ、校内の女子トイレの個室内で産んだとみられる。出産直後、トイレ内から友人に携帯電話で連絡し、知らせで駆けつけた教職員らが病院に連絡した。生まれた男児は体重約2800グラム。臍の緒がついたままで、洋式便器の中で見つかった。同日、女子生徒は午後3時ごろまで授業に出ていた。周囲に「午後4時ごろ、お腹が痛くなってトイレに行った」と話しているという。学校側は、妊娠に気づかなかったという。なんだかなぁ…。呆れてモノも言えんってこういうことだわ。世も末だね。高校生が、子どもができる行為をして、妊娠を隠し、学校へ行き、産んで、挙句の果てに死なせてしまう。 これって尋常じゃないでしょ?トイレで(しかも衛生的とは思えない学校のトイレで)あっさり産めるものなの?臍の緒はどうやって切ったの?胎盤は出たの?どうしてそんなに大きくなるまで放っておいたの?最初、トイレで産んだって知った時は、てっきり未熟児だったのかと思ったわよ。 何?ちゃんと2800あるじゃないの。 普通の赤ちゃんと同じじゃないの。 ここまで大きく育っていたのに、赤ちゃん死んでしまって…。命を何だと思っているのですか。 産んだ女子高生は相談できる人もいなかったのだろう。しかし、妊娠してから今まで、何を考えて生活していたのだろうか?「どうにかなる」なんて安易な考えでいたのだろうか? いろいろ考えたら想像は膨らむばかりだが、亡くなった赤ちゃんが気の毒で仕方がない。 望まれて生まれてくるはずだった子なのか、望まれなかったからこんな結末になったのか。女子高生本人も、お腹にいた子も同じ命を持っていたのに。大事ではない命なんてないのに。 高校生、下手したら中学生が妊娠するという話題が多くなってきている。 その背景には性教育の不十分さと、携帯一つでどこでも行くことが可能な無限のネットワーク等々、原因はいろいろある。しかし!何よりもまず、命の重大さがわかっていないのだ。 生まれてきた赤ちゃんには、ちゃんと命と心がある。こんなふうには生まれたくなかったはずだ。 私の中の定義では「性=命を生む行為」という方程式が成り立っているから軽はずみな行動が本当に信じられない。 その責任を取れる年齢か?相手だって、一緒に責任を取れる立場の人間か? 体格は大人でも、高校三年生なんてまだまだ未熟でしょ。 そりゃぁ中にはしっかりしている子もいるだろうよ。でも精神面はまだまだ脆いと思う。とうに三十路を過ぎた私でさえいまだに不安定なんだから(威張って言うなよ!)それにしても、これぞ不幸の数え満貫といったところだろうか。さて、考えるべきは、性教育はきちんとできていたのか、そして、周りの人間は本当に気づかなかったのかということ。まず 性教育だが、これは ある程度の効果は見込めてもやはり限界があると思う。 本人に学ぶ姿勢がなければ身にはつかないから。 また、何をどこまで教えてよいかも難しい。生物学的なことに終始するのでは意味がない。 命の尊さ、出産・育児の責任といった母性にかかわることから、 具体的な避妊法、 育児にかかる費用や援助交際のリスク&リターンといった経済学、 果ては男の行動パターン類型と制御方法に至るまで…。これらのうち、何を教えて何を伏せるかを、 教育委員会や有識者連中の顔色を見ながら決めるのはかなりの重労働と思われる。もう一つ、周囲が気づかなかったのかという疑問については具体的にこの女子高生がどんな感じだったかがわからないと何とも言えないが、限られた情報の中でもいくつか推測できることはあるわけで、 おそらく母親との連携がうまくいっていなかったのだろう。体質云々もさることながら、 母親は娘が妊娠したら気づくはずである。だって自分が妊娠したときとほぼ同じ挙動を示すことになるのだから。 よほどの肥満体でない限り、妊娠は隠せない。太ったからと服装でごまかせるのはせいぜい妊娠6ヶ月までである。反るような歩き方になり、動作はドッコイショといった感じになる。これで気づかないのは、家族関係がよほど希薄だからとしか言いようがない。妊娠後期になっても お腹が目立たない人も稀にいることはいるが、悪阻があったり食べ物の好みが変わったり、母親なら気づくと思うのだが…。一緒に食事なんてしていなかったのかしら。一家団欒なんてない家庭だったのかしら。たとえ周囲が気づかなくても、本人が相談すらできなかったとしても、 相手の男とセットで遺棄致死くらいは立件してほしいものだ。 大人と子どもを都合よく使い分けるなんて話にならない。 することした結果だからねぇ、そりゃ生まれるさ。「したいからする」だったら動物と同じだわよ。仮にもアナタ、親に食わせてもらっている身なのよ。やることだけ一人前なら、独立したものとして今後一切金銭的援助をカットされればいい。 一生拭い去れない心の傷、女子高生よ背負えるのか? 事の重大さを理解するのはこれから一生かけていかないといけないのですよ。重すぎます。 それから、よーく聞け、世の男どもよ。 女はねぇ、毎月腹から大量の血を流してだねぇ。生理痛じゃなくたって、股からダラリと血が流れてきて気持ち悪いのよ! 便器が真っ赤になるくらい血が出る時だってあるのよ! 立ち上がれないほど苦しむ人だっているのよ! 妊娠して、臨月近くになったら胎児と羊水、総重量で10kg近いものを腹につけて産むときは手前らの股についているより数倍でかいもんをひねり出すのよ!しかもその後20年近く面倒見るのよ。ハタチまでに子どもにかかる金額が幾らだと思っているのよ? ずっと公立だとしても1000万は簡単に超えるのよ? 産んだからには面倒見なきゃいけない。テメェの胸に手を当てて聞いてみやがれ!自分に、そして相手にそれが背負えるのかということを。
2007/06/07
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GW、家族で出かける予定は今日のみ。我が家のコンセプトは近場!どこに行っても混んでいるし、遠出して渋滞に巻き込まれるのは嫌だし、たいそうなところに連れて行っても記憶に残るような年齢の子どもたちじゃないからね~。というわけで、車で5~6分の動植物園へ。動物園といえば子どもが喜ぶスポットだが、今日は私たち夫婦にもお目当てがあった。「クールポコ」がやって来るのである。11時半と2時の2回だが、2回目でいいや~とのんびりしていると駐車場が満車になってエライ目に遭うので、朝テキパキと支度して9時半に到着した。開始1時間前から、野外コロシアムの入り口には長蛇の列ができていた。クールポコってそんなに有名なのかしら?こんな田舎に来てくれるくらいだから、めちゃくちゃ有名ってわけじゃないだろうけど「エンタ」を見ている人なら知っているはずだから そこそこ有名なのかなぁ。この暑い中、小姐と坊が1時間近くも待っていられたことに驚いた。お菓子を食べて気を紛らわせていたとはいえ、成長したってことだよね…。あの臼と杵を持って新幹線に乗って来たそうですよ。何事かと思われちゃうよね~。ちなみに、臼は百貨店で買うと高いものだと20万くらいするらしいけど、彼ら曰く「お金がないので中古品を探し歩いた」らしい。一体いくらだと思いますか?
2007/05/05
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子どもの習い事にはいろいろある。たくさんある中で 何を習ったら、どんな力が身につくのだろうか。技、表現力、創造的思考力、問題解決能力、判断力、コミュニケーション力、これらは 習い事の種目によってさまざまだろう。ただ、どんな習い事にも共通しているものがある。それは集中力である。習い事によって身につく力はさまざまだが、いずれも子どもが好きでやっていることが大前提だと思う。脳というのは、嫌いなことに一生懸命取り組めるようにはできていないらしい。好きなことをやっている時、脳の中では、やる気を引き出す脳内物質ドーパミンが「知」をつかさどる前頭葉外側部に向かって放出され、前頭葉の活動が高まるという。ドーパミンは結果に対して働くもので、好き→やる気が出る→上達する→さらにやる気が増す→上達する という、望ましいスパイラルができる。これが「好きこそものの上手なれ」の科学的根拠である。また、好きな何かに取り組み結果を出した子どもは自信を持ち、そのことが 集中力のある働きやすい脳をつくることにつながるらしい。ということは、習い事は どんな種目であれ、本人が好きでやっているのであれば脳のパフォーマンスを上げる可能性があるといえるだろう。幼稚園で、年少児は来月から課外教室が始まる。水泳とバレエに申し込んだ。水泳は、今まではスイミングスクールに通っていたが、幼稚園の課外教室でやってくれれば送り迎えをする必要がなくなるのだ。今までのスクールではキッズクラスに在籍していたので、4歳になる7月までしかいられず、ジュニアクラスに上がることになる。そうすると開始時刻が遅く、中途半端な時間を過ごす羽目になるのだ。ただ、ベビーからキッズクラスを経て、泳げるようになっている小姐は幼稚園の課外教室では物足りないと思うかもしれない。その時はその時で、元いたスクールのジュニアクラスに入り直すか、時間の融通がきくように もっと家から近いスクールを選ぶか、また考えればいい。いずれにせよ小姐はプールが大好きなので、水泳はずっと続けさせたい。バレエは私の一存で決めたようなものである(笑)。あの優雅さが憧れだったのよ。あどけない子どもが、フリルのついたレオタードにシニヨンを結い、膝を折って挨拶なんて、考えただけでほほえましいわ~!バレエの美しさとは、何よりも姿勢の良さにある。この姿勢を保つには力が必要である。しかも、全身を緊張させるのではなく肩はリラックスして、音楽を感じながら呼吸するのだという。無駄をそぎ落とし、体の芯に力がみなぎる状態がいいのだという。内臓が引き上げられて呼吸が深くなり、血行がよくなるとのこと。美しいだけではなく健康にもよさそうだわ。あ~、だから初心者の大人がバレエをやるのが流行っているのかしら?大好きなウサハナがバレリーナ志望らしいから(!)小姐も興味は持つだろう。満3歳児クラスで仲がよかったMちゃん、I ちゃんもバレエに申し込んだらしいからきっと喜んで習うのではないかしら。(勿論、無理強いはしない。本人の意思を尊重して、どうしても嫌なら辞めさせる)
2007/04/11
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いつもご訪問いただいている皆様、まことにありがとうございます。少し前に、カウプレ開催をお知らせいたしましたが、覚えていてくださいましたか?カウンターの「50000」を踏んでくださった方にプレゼントをお贈りする企画です。「50000」を踏んでくださった方は、残念ながら存じ上げない方でした。楽天の会員さんではありましたが、失礼を承知で言えば 長ーいHNで警戒してしまいました…。というわけで「50000」に一番近かった方!「50004」を踏んでくださった、元ちやん さんです!ほぼ毎日ブログを更新され、その中身は ご自身の生活から、野球の話、相撲の話、競艇の話と多岐にわたっています。スポーツ新聞を読まなくても阪神の話題を知ることができます(笑)。野球と相撲については本当に詳しく書かれていて、マニアな私はいつもニヤニヤしながら読んでおります(笑2)。いつか甲子園や大阪場所で一緒に観戦できるといいですね~!そして元ちやんさん、初めてコメントをくださった昨年8月から、なんとなんと、ほぼ毎日訪問してくださり、九分九厘コメントをくださるのです!幼児を育てているお母さんが多い中で 独身の男性というのはまさに異色の訪問者様ともいえますが、固定の読者様として今後ともどうぞ宜しくお願い致します。とてもグローバルで、その審美眼に感心させられる 元ちやんさんのブログは こちら 。元ちやんさんには地元の有名なお菓子をお楽しみいただきたいと思います。近日中にお届けいたしますので、しばらくお待ちくださいませ。およそ1年半、毎日続けてきたブログで、たくさんの方と交流ができて、毎日の生活になくてはならないものとなりました。皆様、今後とも宜しくお願いします。
2007/02/09
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私の拙いブログにいつもお越しくださっている皆様、まことにありがとうございます。早いものでスタートから1年半が経過しました。後でまとめて3日分くらい更新する場合もありますが、ここまで記入率100%を保持しています。これもひとえに 読んでくださる方がいる、共感してくださる方がいる、コメントをくださる方がいる、という励みがあったからこそです。さて、アクセス数はもうすぐ5万件になろうとしています。そこで、日頃の感謝の気持ちとして、ささやかではありますが カウプレを開催します。裁縫が得意な方は手作りプレゼントなどを贈ったりしているようで、私もそんな素敵な物を作ることができればよいのですが、残念ながら てんでダメなタイプでして…。地元で有名なお菓子を選びたいと思います。カウンターで「50000」を踏んでくださった方にプレゼントいたします。但し「50000」を楽天の会員さん以外の方が踏んだ場合、もしくは、会員さんであっても今までこちらで拝見したことのない方であった場合はいつもお馴染みの方の中からニアピンの方にプレゼントしたいと思います。皆様、今後とも どうぞ宜しくお願いいたします。
2007/01/20
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私の母は、私が高校生の頃 パンの教室に通っていて、当時はまだ珍しかったパン生地こね器を購入し、オーブンも立派なものを買い、週に何度も焼いていた。私はそのパンを弁当がわりに持参したし、家でパンを焼くなんて主婦の鑑だと思っていた。しかし自分もやってみようなどという気はさらさら持ち合わせていなかった。そんな私の心を動かしたのは、高校時代の友人であった。家に遊びに行くと、毎回パンを焼いておもてなししてくれるのである。教員である彼女は 育児休業中の今、パン作りと裁縫に精を出している。「時間に余裕のある今のうちに、やりたいことをやっておきたい。復帰したらとてもできそうにないから、今やらないと後悔しそうで…」という。日々研究し、いろいろな種類のパンを焼いているという。焼きたてのパンというのは格別のおいしさである。うーん、こんなの食べたら市販のパンなんて食べたくなくなっちゃうわ~。「食パンだったら簡単よ。材料を量って入れるだけでいいんだから」彼女のその一言で、私は目覚めた。よーし、やってみよう、と。4日に購入したホームベーカリーが、いよいよ始動である。材料を入れるだけといっても、なんだかドキドキするわぁぁ。粉と水を入れて、別の場所にイーストとレーズンを入れて、スイッチオン!できあがりは5時間後である。発酵の時間が長いんだよなぁ。焼くのは最後の30分くらい。待って待って待って、ようやく焼く態勢に入った。しばらくしていいにおいが漂ってきた。これぞパンだわ!蓋を開ける瞬間、またドキドキした。おお~っ!記念すべき第一作目だ!(作るっていうのもおこがましいけど)小姐は「ぶどうのパンだ~!」と大喜びだった。パン用のナイフがなかったので(不覚だった)、包丁で切ったが 案の定うまく切れなかった。まぁお腹の中に入れば一緒だからいいよね、ってさすが大雑把なO型ですな。あとは適当にちぎってくださいまし。やはり焼きたてパンにまさるものはない。そのままでもおいしかったが、バターを塗ったらさらにおいしかった。小姐も坊も、そして夫も満足した様子。めでたし、めでたし。小姐は幼稚園から帰ってくると必ず「お腹すいた!パン食べたい!」と言うけどもう市販のレーズンパンは買わないよ。お母さんが焼きますわ。
2007/01/08
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放っておくわけにはいかない。やらなければならない。でも面倒だ。やらなくていいならやりたくない。でもやっぱり目を背けるわけにはいかない。一体何のことか?風呂掃除とトイレ掃除である。どちらも、掃除をサボればサボったことがはっきりと目に見える形となって表れる場所である。汚れが目立つのだ。まるで「掃除しろ!」と訴えているかのように。今日、入浴したついでに 造りつけのシャンプー棚をこすってみた。そうか、これでいいのだ!「ついでに」やればいい。ただし1日1箇所だけ(いっぺんにあちこち手を出すと疲れて嫌になるから)。今日はシャンプー棚を磨いたから、明日は排水溝というように。いや~、これはいい方法だ。入浴したついでに1日1箇所磨くことを習慣にすれば、それほど汚れもたまらないだろう。カビとり等、大掃除の重荷から解放されること間違いなしである。大掃除のための時間をわざわざ設ける必要もなくなり、時間の節約にもなるのだ!
2006/12/21
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4年ぶりに鈴鹿サーキットへ出かけた。遊園地のアトラクションというと、身長が120cm以上ないと乗れないイメージが強いが、ここは幼児向けの乗り物が充実しているので小姐や坊でも楽しめると思ったのだ。小学生以下は単独では乗れないという設定の乗り物でも、大人のつきそいがあれば可というものが多かったので、3歳の小姐はほとんどの乗り物に乗ることができた。ただ、中には0~2歳は大人のつきそいがあっても不可という乗り物もあって、それだと坊は乗ることができない。(そういう乗り物には小姐だけ乗ればよいのだが、小姐が行ってしまうと坊が怒るのだ!)体格はさして変わらないので、ドサクサに紛れて3歳ですと言っても通用するかもしれないが、0~2歳は無料であり、フリーパスのバンドを腕に巻いていないので、腕を拝見と言われた時に歳がバレてしまうのだ(そんなズルイことをする気はないけど…)。坊は「ミニムーバー」という電車みたいな乗り物がいたく気に入り、何回も連続して乗って、つきそう私や夫がいい加減飽きて(!)、他へ行こうよと促しても頑として動こうとせず、しまいには泣いて怒った。係員のおじさんに「いくらでもどうぞ~」と笑われるほどであった。「ミニムーバー」の他に、坊のハートを鷲掴みにしたのがこちら ↓車や電車など、いかにも男の子が好きそうな物に興味津々な坊は、しばらくその場にとどまって動こうとしなかった。いや~、連れてきた甲斐があるってもんですねぇ。夫もほくそえんでいたことだろう。ところで、道路を挟んだ向かい側には 大人向けのアトラクションが少しあるのだが、4年ぶりに乗れると楽しみにしていた「ブラックアウト」が今日に限って運休になっていた。これは両足を宙に浮かせ急降下や宙返りダブルスクリューなどスリル満点のコースターで、絶叫マシンにはとことん強い私も大満足の乗り物なのだが…。なんてこった。鈴鹿へ来た目的の半分(?)はブラックアウトだったのに!気を取り直して、帰りにイオン鈴鹿へ寄ってもらい、スタバに行った。クリスマスプロモーション中ということで バリスタの皆さんは赤いTシャツを着ており、スタバのテーマカラーである緑のエプロンと相俟ってクリスマスムード満点であった。そういえば男性バリスタはイケメンばかりだった。ここまで揃った店も珍しいのでは…。オーダーしたのはホワイトホットチョコレート。スチームミルクと大差ないかと思いきや、飲んでいくうちに甘さが広がって、最後のほうは激甘であった。まさに濃厚なホワイトチョコレートそのもの!しかし、さすが三重県は鈴鹿市ですな。そういう見方をしているせいかもしれないが、ホンダ車の占める割合が非常に高かった!って、私の車もステップワゴンだけどね。
2006/12/16
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台所の整理整頓をしていたら、お菓子のレシピの小冊子が何冊か出てきた。雑誌の別冊付録である。一度も役立ててないんですがねぇ…(汗)。先週、高校時代の友人Hちゃんの家に遊びに行ったら、昼食に手作りのパンを出してくれて感激した。昔はそんなに家庭的なタイプではなかったのに、本人曰く 妊娠してから目覚めたようで、産休(彼女は教員)に入って時間ができたからと布の絵本をチクチク縫ったり、赤ちゃんのメリーを手作りしてみたり、パンを焼くことにも挑戦し始めたのである。来週は長男の4歳の誕生日で、せがまれたチョコケーキを焼く予定だと話していた。パンが焼ける香りというのは、なんともいえず よいものだ。私が高校生の頃、母がパンの教室に習いに行っていて(当時はまだ珍しかった)、家でもよく焼いていたので、私は弁当のかわりにパンを持参することが多かった。それを見た友達に「虎ちゃんのお母さんはすごい」と言われたのは誇らしかったし、帰宅して玄関を開けた途端に漂ってくるパンの香りはたまらなかった。母の手作りパンというのは、子ども心に(といっても高校生だけど)嬉しい思い出として残っている。あのコルネの味は今も忘れていない。もし私がパンを焼くようになったら、小姐や坊も そんなふうに思ってくれるのかしら。そう、パンといえば、小姐がレーズンロールが好きで幼稚園から帰ってくると おやつに出しているのだが、坊も食べるので1袋(7~8個入り)なんて下手すりゃ1日で平らげてしまう。特売の日とそうでない日があるけど、まぁ平均としてだいたい150円。お金のことはあまり言いたくないが、結構な値段ですわ。しかも ああいう市販のパンってパサパサしているからねぇ…。手作りパンなんて食べた日にゃぁ、その違いに腰が抜けそうになるわ(大袈裟!?)わたしゃ料理系は苦手だけど、こりゃぁ一念発起して作るしかないか!?材料費なんぞたかが知れているし、パサパサのパンに150円も払うくらいなら…。とりあえず 今度実家に行ったら、生地をこねる機械を拝借せねば。いや ちょっと待て、パンなんて敷居の高いこと考えてないで、まずは簡単そうなお菓子からスタートしてみれば?と、手にとった小冊子をパラパラめくりながら自分に突っ込みを入れる私であった。
2006/12/10
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今日は夫が珍しく早く帰宅した(といっても21時半頃。それで「早い」って一体…)。私は眠そうな坊を放ったらかして日本ハムの試合に釘付けになっていた。いつも坊は20時就寝だが、今日は昼寝の時間が遅かったので、こりゃ当分寝そうにないな~野球が終わってからでいいや、とお風呂にも入れていなかった。(小姐は発熱のためほとんど一日中寝ていた)夫は、まさか坊がこんな時間まで起きているとは思わず、「グラッチェに行こうと誘うつもりだったのに…」とポツリ。何を隠そう、私たちは不良夫婦である。たまにの話ではあるが、小姐と坊が寝静まった深夜、いそいそと出かけるのである。発端は、夫の車が納車された時、まず一番はじめに私を乗せたいと夫が言ったのだが、2シーターであるため家族全員で乗ることができない。苦肉の策で、子どもたちを寝かしつけてからこっそり出かけたのである。ちょっとそのへん走ってくるくらいの間なら起きないだろう…と。夫の車はオープンになるので、天井を全開にして夜風を浴びるのが爽快である。私たちはすっかり味をしめてしまった(苦笑)。近所のファミレスに行ってお茶して帰ってくるのである。私は日本ハムの試合が終わっても、新庄の引退セレモニーが見たかったので、その間に夫が坊をお風呂に入れて寝かしつけまでやってくれた。22時を過ぎて、さすがに坊も眠かったようで(当たり前だ)、すんなり寝たので、共同記者会見とビールかけまで見届けて、出かけることにした。先日、私は初めて夫の車を運転した。2回目の今日はそれなりに走れたが、左ハンドルのため車両感覚が違い、特に右折が恐ろしい。夜遅くだからそんなに車も走っていないが、通行量の多い昼間に運転できるようになるにはまだまだ練習が必要だ(昼間に乗るということは休日の昼間ということだから、もれなく小姐も坊もいるため、夫に助手席に乗ってもらうわけにもいかないし)。グラッチェに到着した。この店にはお気に入りのデザートがある。名前は忘れてしまったが、シナモン風味の スティック状のドーナツにカスタードクリームをつけて食べるというものである。深夜のドライブを敢行するのは単に車に乗りたいという以外に、この絶品デザートを食すということも目的なのだ。しかし!メニューを見ても、どこにもない。最後に来たのはいつだったか、おそらく1ヶ月も経っていないと思うのだが、いやはや…。他のデザートメニュー(ティラミスやパンナコッタ)はそのままなのに、私のお目当ての品が削除されているとはショック!人気がなかったのだろうか。ファミレスは定期的にメニューの変更をおこなうのかもしれないけど…。
2006/09/27
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「漢字バトン」です。りょうか から回ってきました。 ■1.バトンを回してくれた人に対して持つイメージの漢字は? 「和」です。人とのつながり、絆を大切にする人。 それから私の至極勝手な意見ですが、りょうかは着物が似合いそう!■2.前の人が「質問6」で答えた漢字に対して自分が持つイメージは? 涼 → 古代中国の王朝(五胡十六国)。 神 → 人間を超越し、天地を支配する。 滝 → 祈願や修行。■3.大切にしたい漢字を3つ。 蓮 → 泥の中から浄らかに咲く強さ。 徳 → 善や正義に従う能力、身についた品性。 慧 → 機敏な才知。 ■4.漢字のことをどう思う? 日本が誇る伝統文化(発祥は中国だけど…)■5.最後に、あなたの好きな四字熟語を3つ教えてください。 智勇兼備、明鏡止水、理路整然 ■6.次の人に回す漢字を3つ。 啓、許、護 ■7.次に回す5人とその人をイメージする漢字を。 +Miki+ さん、時間があったらお願いします。 彼女をイメージする漢字は「泰」。
2006/09/12
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テニスをやったら いつになく疲れた。今日は振替の人が2人いて、合計8人だったので休憩する時間もいつもより多かったのに…。先週はお盆休みで1週間空いたから、体がなまっているのだろうか。いや、違うね。歳だ、歳!帰宅して昼食をそそくさと済ませ、坊を寝かせようとしたら自分のほうが先に寝てしまった。ハッと気づくと30分も経過していた。あいや~、小姐をリビングに残したままだ。その小姐も なんだか静かだぞ。物音がしない。そっと覗いたらソファで眠ってしまっていた。皆お疲れってことでございますか~(苦笑)。のんびりしている暇はない、今日は3時から病院をはしごしなければならないのだ。まず1軒目は小児科、水疱瘡の予防接種である。小姐も坊も、針が刺さった瞬間にギャーと言っただけで、あとはケロッとしていた。毎度のことではあるが、非常にありがたい。会計で「12000円になります」と言われて腰を抜かしそうになった。小姐が昨年インフルエンザの予防接種を受けた時 2000円だったので、予防接種は2000~3000円程度なのかと勝手に思い込んでいた私が浅はかだった。注射の種類によって違うのは当たり前だ。しかし水疱瘡は6000円もするなんて高いなぁ…。でも予防接種を済ませておけば、水疱瘡にかかったとしても軽く済むだろうしお金にはかえられない(私は水疱瘡では酷い目に遭った)。そして2軒目、今度は耳鼻科である。実は小姐はお盆の間に中耳炎にかかっており、盆明けに再度受診するよう言われていた。夫の実家のすぐ近くの耳鼻科なので、坊を預かってもらって出かけた。先生が顕微鏡のようなものを私にも覗かせて中を確認させてくださるのだが、1週間前に受診した時は右耳の鼓膜は赤くなっていた(正常な左耳と比べると一目瞭然)。今日は、赤くはなっていなかったが、液体のようなものが付着していた。このせいで右耳の聞こえは悪くなっているだろうとのこと。引き続き飲み薬を続けて、金曜日にまた受診することになった。またスイミングを休むことが確定だ(泣)。目(霰粒腫)でさんざん休んだのに今度は耳か!耳鼻科が思いの外すいていて早く帰って来られたので、義母が「時間があるから ついでにあなたも行ってらっしゃい」。その行き先とは神経内科である。このところ私は、手(特に肘から下)がスムーズに動かない時があることを心配していた。意図せぬ動きをすることがあるのだ。たとえば そうめんを食べようとして、汁碗にごまを入れ、ごまの袋を置こうとした時、汁碗にごまの袋の角が当たって、おつゆをこぼしてしまったとか、皿を洗っている時に、洗剤がついていない状態で滑るはずもないのに 皿を落とした。他にも、廊下から部屋に入る時に戸を十分広く開けたにもかかわらず肩をぶつける等。7月上旬に 動けなくなった時 とにかく頭痛がひどかったのだが、それ以来、あの時ほどではないにせよ度々頭痛に悩まされている。ただの疲れではない、もしかして何か病気の前触れでは?と恐ろしくなった。義母が高血圧の薬を神経内科で処方してもらっているという話を聞いたので「私のような症状の場合は神経内科にかかるのがいいんですかね?」と話したら「あそこの先生は説明もわかりやすくていい先生だから一度行ってみたら?あなたの歳なら病気というよりは たぶん育児疲れだと思うけど医者に見せて どうってことないって言われればそれに越したことはないし」と勧められた。待合室にいる間、壁に貼ってあるポスターが気になって仕方がなかった。脳梗塞の前触れについて書いてあったのだが、それらがことごとく私に当てはまるのだ。どうしよう、もし本当にその気があるのだとしたら…!いや、でも30代で脳梗塞だなんて聞いたことないし、きっと違う。違ってくれ!診察室では、症状について細かく聞かれた後、目を閉じて立つ、片足を上げて立つ、人差し指で鼻の頭を素早く触る動作をくり返す、手のひらでグーとパーをくり返す等をチェックされた。「あぁ、大丈夫だね、心配いりませんよ。病気じゃありません。疲労の蓄積だと思いますよ。頭痛は慢性的なものでしょう」汁椀をひっくり返してしまった等の例を聞くと、脊髄小脳変性症(「1リットルの涙」の主人公が患った病気)を発見するためにそのような動作をチェックするとのこと。一瞬、背筋に冷たいものが走ったが、もしその気があるなら、鼻の頭を人差し指で触る動作はできないのだという。待っている間は脳梗塞の心配もしていたが、杞憂に終わって何より!あぁ、それにしても病院3軒もはしごするのは疲れるねぇ…。
2006/08/21
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昨日の夕方から夫の実家に行った。夕飯の後しばらくして頭が痛くなったので、30分ほど休ませてもらったのだが、起きて居間へ下りてきたら、今度はお腹が痛くなった。私は大学生の頃 過敏性大腸炎と診断され、下痢をしやすい体質である。また来たか…!とトイレに駆け込んだが、何故かいつものようにいかない。お腹だけが痛い。トイレに入ったり出たりのくり返しで激痛と闘う。時計の針は8時半を回っていた。坊が眠くなるので いつも8時過ぎには帰っている。しかし、こんな状態で車を運転できるはずがない。義母に「泊まっていったら」と勧められ、お言葉に甘えることにした。相変わらずお腹が痛い。トイレにこもっているうちに、油のような汗が出てきた。そして胃がもたれるような感覚に襲われた。下痢はするけど嘔吐は滅多にしない。でもこれはただ事ではない!口の中へ指を2本突っ込んだ。案の定であった。でも少しだけすっきりした。その後、やっと下痢が訪れた。これで安心だ…。小姐と坊は2階で義父母と一緒に寝たので、私は一人1階で朝まで死んだように寝た。目が覚めたら8時45分で驚いた。こんなに熟睡したのはいつ以来だろうか。今日はもう体調に不安はなかったが、結局ゴロゴロする一日となった。子守りの手がある時に少しでも休みなさいという勧めに従った。ありがたいことだ。
2006/07/28
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ブログを始めて今日で1年になる。後から2~3日分まとめて更新することもあったが、一応ここまで記入率100%を保っている。こんな拙い文を読んでくださる方々がいらっしゃるからこそ、続けてこられました。自虐のような記事が多く、読んでくださる方まで暗い気持ちにさせてしまったことがあったかもしれませんが、皆さん本当にあたたかいコメントをいただきありがとうございました。今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
2006/07/12
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水曜日の午後、目の奥がズキズキしたので頭痛薬を飲んだ。木曜日は朝から体中が痛かった(肩から背中、腰にかけて)。金曜日は一旦回復したかに思えたが、夜になって頭痛が再発したので薬を飲んで早めに寝た。寝たら治るだろうと思っていたのに、時間が経っても薬が効いてこなかった。頭痛のために熟睡できず、1時間おきくらいに目を覚ましては体勢を変えていた。そして今朝、目が覚めたら しばらく動けなかった。時間をおいて落ち着いてから 立とうとすると、フラフラしたのですぐに座った。これはただ事ではないと思いつつ、トイレまで這って行った。相変わらず頭痛は治っていない。薬を飲んで寝たのに、よくなるどころか悪化している。とにかく目の奥がズキズキして、まともに目をあけていられない。この状態で階段を上るのは危険だ。そのうち夫が起きるだろうから、それまで待とう。静かにしていれば坊も起きないだろう、と息をひそめるようにしていたが、木曜日のような肩や腰の痛みもあったので、寝返りを打つ時につらくて唸り声をあげたために坊を起こしてしまった。坊が起きても何もしてやれなかった。泣く坊に謝りながら放っておくしかなかった。すると今度は、膝から先と肘から先がしびれるようになった。吐き気ももよおした。ほどなく夫と小姐が下りてくる物音がしたので助けを求めた。このところ夫は特に忙しくて帰宅が遅かったので、早くに寝ていた私とは朝しか顔を合わせておらず、頭痛のことも話していなかった。(ちょっと疲れているだけだろうくらいにしか思っていなかったので)病院に連れて行ってもらうため、小姐と坊を着替えさせる等の準備をしてもらっている間、こんな状態で果たして車に乗れるのか、往診は頼めないのか…などと考えていた。しかし夫に支えられ、ゆっくりだがなんとか歩くことはできた。手は 肘から先のしびれだけでなく、手首から先の感覚がなくなってしまった。親指だけが内側に曲がり(四の形)、戻そうとしても戻らない。財布から保険証や診察券を出すという手先の細かい作業はとても無理だった。病院に到着すると、私の歩き方で判断した看護師さんがとんできて奥の部屋で寝て待つように手配してくれた。ベッドに横になり、毛布をかけても寒気がしたので もう1枚かけてもらった。動かないほうがよいだろうということで、先生にもそこへ来て診察していただいた。点滴をすることになった。その間、夫は小姐と坊を連れて公園やコンビニへ行ったようだ。おそらく疲労とストレスからくる強い肩こりが強い頭痛をひきおこしているのであって大事に至る頭痛ではないだろうとの診断であった。点滴が終わると手足のしびれはなくなったが、まだ頭痛はひどかった。帰宅して薬を飲み、夕方まで寝た。夫は本当は今日休日出勤のはずだったらしいのだが、行けなくなってしまった。来週の業務に支障をきたさなければよいのだが…。しかし、急変したのが夫がいる時だったのは救いだった。もし平日だったらと思うと恐ろしい。
2006/07/08
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堀内公園へ行こう、と 前々から母と約束していた。私なんて生きている価値さえないのでは…と落ち込んでいる最中だったため、キャンセルの電話をかけようか、朝ギリギリまで迷っていた。しかし、1日家にいても小姐と坊は退屈してグズるに決まっているし、私1人で見ていたら また分別をなくすかもしれないということで、予定どおり出かけることにした。実家で母を拾い、そこから1時間半弱。家を出る時は空が暗くて心配だったが、次第に晴れてきて、少し動くだけで汗が滲んできた。小姐は、興味深いコンビネーション遊具に大張りきり、汗だくになって走り回っていた。嬉々としてはしゃいでいる小姐を見て、自分の罪をさらに悔いた。初めて訪れた堀内公園は、緑の多い実にさわやかな公園であった。池の周りは 宛ら「ミニなばなの里」とでも形容しようか。水辺の風は、汗をかいた体だけでなく心まで癒してくれるようだった。小姐につきあって観覧車、汽車、サイクルモノレールに乗った。童心にかえると同時に、少しだけ日常を忘れることができた。ソリ滑りが楽しめる人工芝の丘もあった。小姐は一人でできたので、これなら雪山へ行っても大丈夫だな。芝生は広いし、遊具はたくさんあるし、乗り物にはさほどお金がかからず、小さな子どもが遊ぶには最適の公園といえるだろう。気軽に来られる距離ではないが、是非また訪れたいと思った。今度来る時は、小姐とともに心の底から笑いたい。<おまけ>帰りに、母方の祖母の家に寄った。祖母は相変わらず畑にいた。この暑い中、広い畑の草取りに精を出していた。とても87歳とは思えない。私よりスタミナがあるのではないか!?祖母は早くに未亡人となり 苦労を重ねてきたというのに、苦労が顔に出ていない。年寄り特有の僻み根性など微塵もないし、誰にでも公平に接している。シワさえも素敵だと思えるほど、輝いた顔をしている。尊敬してやまない女性である。
2006/06/13
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麻由4649さん より、バトンを受け取りました。質問が変化していくという「質問バトン」です。 【ルール】 ・回してくれた人の質問に答える ・バトンを渡してくれた人にメッセージ ・次の人への質問を3問考える ・バトンを回す3人を指名★麻由さんからの質問です。Q:1 ・1番愛してる人は誰ですか? → 伴侶というのが模範解答でしょうけど、うーん。 トラッキーにでもしておくか。って、人間じゃないぞ~、オイオイ。Q:2 ・大好きな地元の特産品を教えて下さい! → 特産品と呼べるものがあるのかしら…。うーん。 大好きとまでは言わないけど、まぁまぁ好きだから、ちくわ。 Q:3 ・お宅の定番料理は何ですか? → 夫婦ともに好物の中華料理です。炒飯に餃子、卵とわかめのスープ等々。 あ、私の料理の腕がバレバレですねぇ(痛っ!)★バトンを回してくれた麻由さんへメッセージ出産を間近に控え、思うように動かない体に鞭打って、大家族の主婦として甲斐甲斐しく働いていらっしゃいますね。のんびりゆったりできる時間が少しでもありますよう、陰ながらいつも願っております。★次の人への質問はQ:1 ・最近、嬉しかったことは何ですか?Q:2 ・ハタチにタイムスリップできたら何をしたいですか?Q:3 ・10年後、自分はどんな生活をしていると思いますか?★最後に、バトンを回す3人の指名です。困りました…。特定の方を絞れません、興味をもった方がいらっしゃいましたら是非お願いします。
2006/05/24
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いつも訪問してくださっている麻由さんから「17歳のバトン」なるものを頂戴いたしました。1)17歳の時 何してた?? → やたらテストの多い普通科進学校に通っていました。 本分(勉強)をまっとうしていればうるさいことは言われない校風だったので、 茶髪にしたりパーマをかけたりして、校内では目立つほうだったかも!? 2)17歳の時 何考えてた?? → 憧れの先輩がバンドをやっていたので、 自分も大学に入ったら軽音楽部に入ってバンドをやりたいと思い、 とにかく志望校めざして勉強していました(但し第一希望は不合格でした)。3)17歳のイベント → イベントとは意味合いが異なりますが、17歳の時の出来事といって思い出すのは 私にとってテニスの師匠である祖父が亡くなったことです。 5日後に全国模試を控えて2階で勉強していた時、1階で祖父が倒れました。 4)17歳に遣り残したこと → 告白してくれた男の子とつきあえばよかった…。 私ったら憧れの先輩にこだわりすぎて、周りが見えなくなっていたんです(^^;)5)17歳に戻れたら → 英語圏へ1ヶ月くらいホームステイに行きたいです。6)17歳のあの頃に戻ってもらう7人 → 興味を持ってくださった方ならどなたでも、お時間のある時に是非お願いします。
2006/05/07
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