リキッドの奮闘記

リキッドの奮闘記

下書き・3




2017年、バルメシア公国はフォーバット共和国に宣戦布告した。バルメシア軍は宣戦布告と同時にフォーバットとの境目に進撃。準備不足と突然の事態に、フォーバットの小規模な国境防衛軍はあっという間に全滅。一日で制圧出来る所をバルメシア軍はほとんど占領してしまった。これを見たオーシア連邦はバルメシアへの侵攻の中止を促した。しかし、バルメシアはオーシアからの外交官の乗った飛行機を対空砲で脅すという行為に出る。もはや交渉は決裂し、オーシアも武力に頼らざるを得ない物となる。


フォーバットとバルメシアの国境は夜を迎えている。時々遠くで爆破音がした。国境は殺風景な草地と灰色の岩山で覆われ、至る所に有刺鉄線が張られていた。今は切れているが。フォーバットのエンブレムを身に着けた戦車や装甲車が燻り、戦闘機の破片が散乱していた。戦いの後を片付けずにバルメシア軍は進撃して行く。その例がここである。
薄い黒い煙が立ち込める中、あちこちに空いている砲弾の穴の中に数人の泥で汚れた人間が息を潜めていた。一人は水色のパイロット・スーツを身につけ、残る三人はヘルメットを被った地上軍兵士だ。穴の中はまだ焦げ臭さと火薬の臭いが残っていた。その中の一人が無線に向かってなるべく小さな声で喚いている。
「こちら第27歩兵大隊、どうぞ。こちら、第27歩兵大隊!司令部、応答願います」
返答が帰ってくる様子は無い。
「こちら第27歩兵大隊!誰か返事を!」
その横にいた三十代の少尉らしき兵士が人差し指を着き立て、唇に当てて無線機の前の男に言った。
「シーッ!声が大きいぞ。もっと小さく」
無線機に喚いていたフォーバット軍の兵士は目の前の機械を小突くと、ヘルメットを脱いだ。
「誰も出ません。国境防衛軍指令部はどうなったんでしょう?」
「多分、壊滅しただろうな。味方の戦車も戦闘機も全部・・・・・・」
少尉はため息を付くと、青い目の男はもう一人の男に声を掛けた。その兵士は皺の多い汚れた地図を見ては穴から顔を出していた。
「ファイア軍曹、ここはどの辺か分かったか?」
「恐らく・・・・・・この辺でしょうね。六番トーチカが見えますから」
やつれた顔の軍曹は懐中電灯を片手に地図に折れた鉛筆で小さなマークを付け少し地上に顔を出し、遠くに見える石の山の様な物を指差す。どうやらあれがトーチカだったらしい。原型は全く留めていないが。あれが六番トーチカだと言う保障は無い。しかし、今は疑っている場合ではない。
「ここから一番近い味方の陣地は?」
「オーレン地区にある前哨基地ですね。ただし、あるかどうか分かりません」
やれやれ、と少尉は首を振った。そして辺りを見回している空軍のパイロットに話かける。
「敵はいそうか、えーっと・・・・・・ジョニーか?」
パイロットは振り向くと、首を横に振った。ジョニーとか言うしゃれた名前の割には随分老けた男だ。鬚もろくに剃っていない。
「いないみたいだ。とっくに前進してお留守だ。だけど、夜が明けたらキャンプでも造りに来るだろうな」
「そうか。ヴィロ二等兵、使えそうな乗り物を探して来い」
無線機に叫んでいたヴィロと呼ばれた二等兵は頷くと穴から這い出て、身を屈めながら歩き出した。この陸軍少尉の名はテェルナー・クリス。内乱の時からの古参兵だった。オーシア出身で、環太平洋戦争時はデザート・アロー作戦で負傷し、そのまま終戦を迎える羽目となる。彼は酒が好き―――アルコール依存症にならない程度に―――だったので、いつも二つの水筒を持ち歩き、一つにはソーダで割ったウイスキーが入っていた。
それを飲もうと彼は「酒」と小さく書かれた水筒を取り出し、蓋を開けて中の物を口の中に注ごうとする。
一滴も落ちて来ない。
彼は諦めて蓋を閉めた。
すると、ヴィロが戻ってくる。
「横倒しになっているジープがあります。何とか動きます」
「それで味方陣地へ行こう。全員、移動!」
クリス達は砲弾の穴から這い出ると、ヴィロに従って一同は身を屈めながら小走りした。
少し行くと確かに横倒しになったジープが闇に転がっている。乗れるようにしないといけない。クリスらはジープをちゃんと立て直そうと、一気に片側から車を押した。ジープが音を立てて倒れ、ちゃんと乗れる状態になった。
「ヴィロ、ファイア、荷物を取って来てくれ。俺はガソリンを確かめる」
「了解」
二人が穴に戻って行くのを横目に運転席に乗り込む。キーは刺さったままだ。アクセルをふかしてみると、見事にエンジンが唸った。
これはいける。
と、思った瞬間にエンジンが黙った。ガソリンが足りない。確か、荷物の中にポンプがあったはずだ。
「くっそー・・・・・・ジョニー、ガソリンを探してくるからここで待ってろ」
「オッケー」
ジョニーはにんまり笑った。戦闘機のパイロットは運が良ければ燃え上がる機体から脱出出来る事がある。しかし、脱出したとしてもパラシュートで降りた場所によっては悲惨な目に会う事もあった。
この男にはあまり、それは関係ないらしい。
クリスは何処かに乗り捨てた装甲車でも無いかと、あちこち見回った。幸い、ドラム缶が一個落ちていた。まだ開けられていない。少尉はそれを転がそうと、近くに寄った。すると、何か踏んだらしい。妙な感触がした。
足元を見ると、クリスは飛び上がった。
仰向けになった味方の兵士の死体だ。今はどうしようも無いので、クリスはその兵士の両手を胸の上で組ませる。その後、彼はドラム缶を転がして元の場所へ戻り始めた。
ジープの場所へと戻ると、既にジープの荷台は彼らの備品で埋まっている。クリスはその中からストーブの給油に使うポンプを取り出した。
燃料を入れていると、何かが遠くから飛んでくる。
「何でしょう?」
ヴィロがAK-101を無意識に荷台から取り出す。
突然、轟音が響き渡り、ジェット機が上空を飛び去った。バルメシアの方角からだ。案の定、敵は攻撃してくる様子は無い。
「今のは敵機みたいですね」
ファイア軍曹に続いてジョニーが言った。
「ありゃ、Mig-23だな。戦闘爆撃機だ」
あんなに早く通り過ぎたのに良く判別出来たものだ。クリスは思った。さすがはパイロットだ。
しばらくしてクリスはガソリンのメーターを確認した。十分入っている。ヴィロと一緒にドラム缶を荷台に乗せた後、彼は再び運転席に乗り込んだ。今度はバッチリ動く。
「よし、みんな乗れ」
四人と荷物を乗せたジープはエンジンを唸らせて走り出した。


2017年 11月7日 午前6時6分

やはりサンタクロースに見えるが、実際は赤い服も着ないし、赤鼻のトナカイの牽くソリにも乗らないディックマンがモニターの前で大声で言った。
「ちゃんと目を開けるんじゃぞマクロード大尉!」
マクロードは朝に弱い。もっとも、まだ太陽は顔を出していない。
「へーい」
彼は眠そうな返事をした。アンダーソンは彼の耳元で囁く。
「この任務が終わったら取って置きのDVDを貸してやるぜ」
マクロードはしっかり起きた。

―――作戦内容――――――――――――――――――――――――――――――――――――

敵軍の攻撃は熾烈を極めている。一旦撤退し、軍を立て直す事になった。その為には各地の地上軍を逃がす必要がある。
オーレン地区から撤退する第5戦車大隊、第42装甲大隊から支援要請が下った。
撤退する戦車部隊、及び装甲車を敵の航空攻撃から援護するのが今回の任務である。味方地上軍が我が軍の防衛拠点に着くまで支援せよ。
また敵は制空権の確保の為に、攻撃機のみならず、戦闘機も送り出してくる事が予想される。
他の戦闘機隊も援護に向かっている為、連携を取って任務を遂行せよ。
地上からの対空火器による支援もあるが、君達が一番の頼りだ。
武運を祈る!

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


離陸して、しばらく経ってからようやく太陽がかすかに顔を出し始めた。なるべく早くオーレンまで行かねば、地上軍が被害を受ける。
寝起きからあまり経っていない飛行の為か、何だか空に浮いている気がした。マクロードはDVDのお陰で完全に目を覚ましている。
<<こちらローエングリン1!オーレンまで、あまり時間は無い。気を引き締めろよ!>>
スーパートムキャットが横で元気に飛んでいた。ほんと変わらない。
<<約束はちゃんと覚えてろよ!アンダーソン!>>
どっちも生き残れればな。
戦争において先の事なんてなかなか分からないものだ。
<<こちらスノー・アイ。そろそろオーレンに着く。地上部隊はもう撤退準備を始めている。他の戦闘機部隊と合流次第、交戦を開始せよ>>
AWACSの声が響く。
何処かでE-767が飛んでいるのだろうが、空中管制機には武装が着いていないので、なるべく戦場から離れた所を飛ぶ必要があった。だから、飛んでいる姿は確認できない。
太陽が次第にハッキリと姿を見せ始めている。それと同時にレーダーに反応が出始めた。友軍機だ。四つの点がくっきりとガラスに浮かんでいる。
<<こちら第18戦術飛行隊“ワルキューレ”だ。何処の隊だ?>>
太いパイロットの声が聞こえた。
「こちら第45戦術飛行隊“ジークフリート”だ。もしかして、ヴォレンか?」
<<その声はアンダーソンか?久しぶりだな>>
マーカス・ヴォレンも四年前の戦争時の戦友だった。
「こっちもだ。何に乗っているんだ?」
<<俺はフランカーだが・・・・・・部下はF-5だ。全員まだ訓練を終えたばっかりだ>>
彼に比べれば、自分の背負っている荷はずっと軽いかもしれない。こっちの隊の連中はベテラン揃いだが、あっちはまだ新米兵なのだ。ヴォレンは自分がしっかりせなば、全員死ぬ。そう思っているだろう。
丁度彼のフランカーの機影と三機のF-5の姿が遠くにぼんやりと見えた頃、木の無い山脈の向こうにオーレンが見えてきた。内陸と違って、こっちの方は随分寂しい風景だ。
<<こちらAWACS。オーレンに辿り着いた様だな。これより地上部隊は完全にオーレンより撤退する。援護を行え>>
「了解」
アンダーソン達は山脈を越えた。大量の戦車や装甲車、兵員輸送車両がかすかに見えている。まるで蟻の様に連なって動いていた。よく考えれば、オーレンはかなり近い。戦闘機で飛んでるからだろうが。こんなところの部隊まで撤退し始めているなんて・・・・・・そろそろ内陸部に敵軍の爆撃機がうようよ飛んでくる気がする。
ある程度地上部隊に接近すると、地上からの通信が入り込んで来た。
<<繋がるか・・・・・・よし、繋がった。こちら第5戦車大隊だ。まだ敵機の姿は見えないが、空をよろしく頼む>>
少し疲れた声だ。アンダーソンは「了解」と返事をすると、レーダーを警戒した。
そう言えば、他の航空部隊もいると聞かされたが、ヴォレンのワルキューレ隊だけなのだろうか?まだ来ていない事だけを願うばかりだ。
<<レーダーに敵性反応!方位280>>バルクホルムの若い声がコクピットに響いた。
レーダーに赤い点が四つ・・・・・・いや、八つは映っている。
「ジークフリート1、交戦」



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