リキッドの奮闘記

リキッドの奮闘記

下書き・7




2017年 11月14日 午前10時45分

爆撃機を大量に落としてから何日も過ぎた。そろそろこの基地を捨てなければならないかもしれない。
敵はどんどん侵攻してくるからだ。それでも交代で毎日哨戒飛行が行われ、今はローエングリン隊のハーマンとガーベッジが出ている。マクロードはまだ帰って来ない。救出チームを派遣したが、彼は何処かに消えてしまっていたらしい。
ヴォレンも多少、傷が癒えたらしい。完全では無いが、コクピットに座り、機体のチェックを部下達が死ぬ前の顔―――アンダーソンが知っている顔―――で行っているのが見える。
何気にアンダーソンはハンガーの硬い床を歩き、搭乗者とSu-27に近づいていく。何かが歩く音でヴォレンがコクピットから顔を上げた時には、旧友がすぐ側にいた。
「調子はどうだ?」
アンダーソンが緩やかな口調で尋ねる。
フランカーのパイロットは少し黙ったままだったが、やがて口を開く。
「問題ない。さすが、あんたのF-15に匹敵するだけある」
「そっちじゃない」
アンダーソンの返答は驚きでは無かった。彼も良く分かっている。自分の事を尋ねているのだろう。だが、何とも言えない気がした。あの部下達とは会って間も無かった。連中の事をほとんど知らないまま、あいつらは無残に散った。なのに、それがかえって悲しい気がしたのである。まだ若い奴らばかり・・・・・・・腕も大した事も無ければ、実戦経験も皆無だった。それでも彼らは勇ましくF-5のコクピットに乗り込んだ。
最初の戦闘は宣戦布告直前。飛行場を襲ったファントム部隊を迎撃し、見事に追い払った。連中は初めての“殺人”に戦慄を覚え、空から降りても緊張した顔をしていた。まるで昔の自分を見ている気になったのを覚えている。
そして二度目の出撃で全員死んだ。
ワルキューレ隊は今では独り。
「ああ・・・・・・大丈夫さ」
ヴォレンは顔を再び計器に戻す。何処も壊れていない。
「そうか。無理するなよ」
アンダーソンはすぐに立ち去ってしまった。無理とは、二日前の自分の行動を示しているのだろう。
あの時、自分は激しい怒りと一緒に殺しをしていた。普通なら体を締め付けるGも、あの日はほとんど何とも思わなかった。普段は出ない力。それが自分の本能として形成された時、己は“殺人マシーン”と成り果てるのか。長く戦場にいればいるほど、人間はそうなるのか。
やがて、同じ生物を殺すことに全く躊躇いを感じなくなる――――――いや、自分もアンダーソンもそうなっている。ただ、それは戦争の時だけだろう。
そうであって欲しい。
彼はちらっと、戦闘機や機材に飾られたハンガーから出て行く旧友の背中を見た。
奴だって、何年も前から部下を大勢失っているに違い無い。
ただただ国の尊厳の為に。


ダーティーこと、ジェロイド・バートンは軍人の家に生まれた。彼の様な人間はどちらかと言えば参謀本部にでもいそうなものだが、バートンはそれを望まずに一般の兵士として戦う事にした。戦場とは与えられる情報で成り立つ事ではない。そこに行かねば実態を知るのは不可能である。それを知りもせずに馬鹿な作戦を立てる訳にはいかない。そうなるのが怖かったのだ。
今のところテーブルに座り、命ある兵士をチェスの駒の様に動かして無謀な作戦を立てる人材は現れていない。
フォーバット軍の最高司令官アルベルト・シュトラルゼンは航空支援の下、なるべく損害を抑えて軍を下がらせて温存し、後にオーシアを含む連合軍と共に攻勢に出ようという考えを持っている。何故なら、建国当時にはフォーバットとほぼ互角であったバルメシア公国の軍事力はいつの間にか想像を絶する程膨れ上がっており、もはや無駄に叩けば返り討ちにされるだけだった。
オーレンから撤退した第5戦車大隊、第42装甲大隊はフォーバット北部に位置するハーベンにある防衛拠点を強固に守っていたが、もはや耐久力は限界だった。
南東にある都市ディルハイマーを死守しているフォーバット第5軍は側面を守っている第25師団も今ではどの位持ち堪えられるか分からなくなっており、もし第25師団が撃破されてしまえば第5軍は包囲されてしまう状況だった。
一般の兵士なのにこんな事をいちいち考えてしまうのが変に思える。父親の遺伝だろうか。
自分は空軍の一兵士にしか過ぎないのだから、ただ飛んで敵を落とせば良い。
と、思うのだが。
バートンは兵舎の中のソファーに座って、新聞と戦争記事を書いている友人から貰った複製写真を見ていた。写真には火を噴いている戦闘機や、飛んでいる爆撃機や地上に落ちた飛行機の残骸等が移っている。恐らく空で撮られた写真は友人が撮影した物では無いだろう。ピントがずれている写真や、ぼやけた写真等も多い。どちらにせよこっち側の機体が落とされる写真は記事には使われない事が多い。士気にも影響するし。
一方、新聞にはこの様な事が書かれていた。一面には在り来たりな事ばかりしか書いてない。
バートンは小さい記事に目を通す。題名はこうだった。
「一台のジープ」
一体何だろう?
内容はこうだった。

『 昨日、一台の軍事用ジープがとある民家に突っ込み、納屋を吹き飛ばして逃走したとの事である。目撃者によると、ジープにはフォーバット空軍のパイロット二名と、地上軍兵士三名が乗っていたと言う。そのうちの一人が、迷惑代だ、と言って逃走前に何枚かお札を置いて行ったらしく、納屋は既にほとんど修理されている。当社の考えとしては、何処かの戦線の生き残りと思われる。 』

一体何処の誰だろう。写真が無いのが残念である。
にしても、二名のパイロット、と言うのが気になる。まさか、ローエングリン隊のマクロード大尉じゃなかろうか。
あの性格では有り得る事かもしれない。もっとも、彼が優秀なパイロットである事は事実で、バートンはもしこの事件の犯人がマクロードでも構わないと思った。
突然、ソファーの前にある小さなテーブルに置いた写真に手が伸びてきた。フロートだ。右にあるソファーに寝そべっている。彼は数枚写真を撮り、目を凝らす。
「中尉、この戦闘機はMig-21じゃ?」
「そうだと思う。エンジンを木っ端微塵にされている」
新聞を置き、バートンはまだ見ていない写真を手に取った。フロートもまた別の写真を掴む。ダーティーの持っている写真には穴だらけになって不時着したフォーバット空軍のホーネットが。一方フロートは・・・・・・。
「うおっ!」
「どうした?変わった物でも写ってるのか?」
赤ひげの男は咳払いをしながら写真をバートンに渡す。それには確かに“変わった”ものが写っていた。
「何でこんな物が混ざってるんでしょう?」
フロートが吹き出しそうな顔で言った。
「こっちが聞きたいよ。喫茶店のウェイトレスの写真なんか・・・・・・」
とは言えど、なかなか美人である。髪は黒で綺麗な肌の女性だ。年はまだ二十代辺りらしい。この喫茶店なら見覚えがある。開戦前に一度首都に出掛けて行った店だ。フロートが茶化す。
「どうだねバートン中尉殿。私が彼女の電話番号を――――――」
「今は女の子追い駆けている場合じゃないだろ!」
「でも、ちょっぴり興味沸いたでしょ?まだ新品ですし」
何だよ“新品”って・・・・・・。
実はこのウェイトレスも知っている。だが、それを言うとややこしい事になりそうだ。これは秘密にしておこう。
「それよりも、次の任務が来る頃だぞ!ちゃんと準備しとけよ」
「分かってますよ。開戦からまだ五日ですよ・・・・・・ほとんど毎日出撃してますね」
「戦況はこっちが圧倒的に不利なんだ。そろそろまた護衛任務が――――――」
警報が鳴った。
「ほらな。予想通りだ」
バートンが鼻を高くしてそう言っている間に、フロートはもう会議室へ続く通路へ消えていた。
散々からかっておいて何だよ。
ジェロイド・バートン中尉は無意識にウェイトレスの写真だけポケットに押し込むと、フロートに続いてソファーを立ち、廊下に急いだ。
外で戦闘機が着陸する音がした。絶妙なタイミングで二機のトムキャットが帰ってきたのである。


「マクロード大尉はまだ帰ってこん。仕方が無いのでローエングリン隊の指揮はハーマン少尉が行うのじゃ」
サンタクロースが言った。ハーマンは少し不安そうに、「はい」と答える。
彼なら大丈夫だろう。アンダーソンは初めて指揮を執った時の自分を思い出した。あの時は部下がしっかりしていた―――今もそうだが―――から何とか指揮を取れた。ローエングリン隊もマクロードが育てたのだから問題ない。
そうであって欲しい。
横でフロートがバートンに何か話し掛けている。
「ウェイトレスの写真は持って来ましたか?」
「ブリーフィング中だぞ!黙れよ」
なるべく小さな声で話していたが、アラン少佐が咳払いすると二人とも静まった。
ウェイトレスとは一体何の事だろうか。
「今度はオーシア軍の航空部隊も来ている。フォーバット空軍の力を見せ付けてやるのじゃぞ!」
横でフロートが少々嫌そうな顔をした。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

三日前、沿岸地帯のガードケルクから敵を押し返す為にオーシア第82空挺師団が降下した。だが逆に押し返されてしまい、今では海へ追い詰められている。フォーバットとオーシアの軍を脱出させる為に、ガードケルクに輸送船団が既に着いている。
イージス艦や駆逐艦の護衛を着けているが、安心は出来ない。よって、君達の航空援護が必要となる。敵の攻撃からガードケルク海岸から撤退する輸送船団を守れ。
今回はオーシア軍との共同作戦となる。我がフォーバット空軍の強さをオーシアに示すのだ!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「時間が無い!用意が出来次第、出撃せよ!」
力み過ぎたのか、ディックマンが咳をした。
「ゴホッ・・・・・いいか、ゴホッ・・・・・・ゴ、頑張るのじゃぞ!ゴホッゴホッ!」





© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: