新宿御苑は、御苑トンネルを作った際に
コンクリートの塀と歩道が撤廃されて、
トンネル上の道に、細長い遊歩道が作られていた。
なんで、御苑の外に また囲われた細い散歩道が出来ているのか不思議に思っていた。
このほど、その細い散歩道に 新宿区によって、
2010/4/22 玉川上水が復元された
というニュースを聞いて、ようやく合点がいった。



玉川上水が ここ大木戸門近くの 四谷大木戸まで引かれていたということは、
今回はじめて知った。この復元も、あと1年かけて300mの短い区間だが、
変貌を続ける東京でも、未来へも、ゆっくり歴史を引き継いでいけたらいいですね。
東京新聞(2010年4月21日) http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20100421/CK2010042102000097.html
整備された玉川上水をしのぶせせらぎ。あすの通水を待つ=新宿区で
江戸時代、江戸市中に上水を供給する水路として開削された玉川上水の
終着点、新宿区に、当時の流れをしのぶせせらぎが造られ、
二十二日、通水式が行われる。
区が、地元の歴史を伝えるため、玉川上水・内藤新宿分水散歩道として
新宿御苑内に整備した。 (松村裕子)
玉川上水は羽村(現羽村市)から現在の杉並、世田谷区などを通り、
四谷大木戸(新宿区四谷)まで四十三キロ。
江戸の人口増に伴い、玉川兄弟が開発した。
わずか九十メートルの標高差に水を流すのは難しいにもかかわらず、
一六五三年四月に着工し十一月には掘り終えるスピード工事で、
優れた土木技術だった。大木戸より下流は地中で送水された。
明治期には上水道としての役割を終え、大正末期から昭和初期にかけて地下化された。
現在、新宿御苑北側を走る区道地下に下水道として残る。
区内ではすべて地下化され、付近には水番屋の石碑があるが、
玉川上水自体の案内板はなく、水路の存在を知るのは難しかった。
内藤新宿分水散歩道は、かつて内藤家屋敷だった御苑内の北側遊歩道に整備。
二百四十メートルの区間に長さ百八十メートルのせせらぎ(幅一メートル、
水深五~十センチ)を設けた。
環境省から新宿御苑の散策路を借り、国道20号新宿御苑トンネルでわき出る地下水をポンプでくみ上げて流す。
樹木の下にはヤブコウジやシュンランなどの草木約六十種、計二万五千株を植栽。
地図や歴史解説板も三カ所に立てた。
昨年十一月から一億六千万円をかけて工事した。
今年末には下流百二十メートル、
来年末には上流百八十メートルにも同様のせせらぎを延長する。
区は「玉川上水は次代に受け継ぐべき財産。終着点を象徴する流れを
再現したかった。都心で水を流し、ヒートアイランドの緩和にもつなげたい」とする。
通水式には、玉川上水の出発点、羽村市の市長も出席し、流れの再現を祝う。

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